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第16話 婚約(後編)
しおりを挟む父親に連れられやって来た、とある大きな屋敷。
どうやらここが...婚約相手の屋敷らしい。
歴史を感じさせる屋敷はさすが公爵家だと思う。
玄関ホールも広く屋敷内は品があり、センスの良い調度品が絶妙に配置されている。歴史を感じさせるが...けして古くさいわけではない。屋敷の主は、すごくセンスの良い方なのだろう。
私達は応接室に通された。
どうしよう...。とうとう来てしまった。
緊張と焦りと後悔で今にも泣き出してしまいそうだった。
本当に私は愚かだわ。
こんな時でもヘルムート様の顔が浮かんできてしまう。
例え自分が勘当されても...この婚約を断るつもりだ。
あれほどヘルムート様のことは思い出に...なんて言っていたのに。
いざ心が通い始めてしまったら...この気持ちは止まらなかった。
最初で最後の恋だと思った。
もうこの人以外愛せないだろう。
例え勘当されても...ヘルムート様が同じ気持ちでなくとも...この心はヘルムート様だけなのだ。
きっと、彼を愛してしまうのは運命だったのだと思う。
こんなに激しく心が揺さぶられたのは初めてだった。
彼を初めて見た瞬間涙が溢れた。
子供の時のあの時も...彼にしか私の心は動かなかった。
彼を知ってしまえば...愛してしまえば...もう誰も愛せない。
彼以外の人間の隣でなんて...笑うことすら出来ない。
足音が聞こえて来た。
ああ...もう部屋の外にいらっしゃるのね..。
怖い...。お相手の方にお会いするのが怖い。
「 お待たせしてすみません。」
部屋に入って来たその人物を見て驚いた──
そこには今思い浮かべていた愛しい人がいたのだから。
「 ヘルムート様....」
緊張の糸が切れた私は、涙が止まらなくなってしまった。
「 えっ!?シルヴィアどうして泣いてるの!?」
慌てて私のもとへやってくるヘルムート様。
肩を優しく抱き、側にあったソファーに優しく私を座らせてくれた。
「 私...いきなり婚約相手が決まったって...言われて...お父様に..ヘルムート様のこと伝えていなかったから...せっかく両思いになったのに...ダメになるって思って... 今日も...勘当されるの覚悟で断ろうって思って...だから...だから...」
一度涙が零れたら止まらなくなってしまった。
ヘルムート様に嫌われるかもしれない。勘当されるかもしれない。相手が怒って我が家にも迷惑をかけてしまうかもしれない...相手を傷つけてしまうかもしれない...溜め込んだ悲しみ、焦り、不安がすべて決壊し止まらなくなってしまった。
そんな泣きじゃくる私をヘルムート様は優しく抱きしめて、背中を子供をあやすようにポンポンと撫で、言葉のすべてを受け止めてくれるヘルムート様。
「 ごめんねシルヴィア。もっと早く伝えるべきだった...。不安にさせてすまない。シルヴィアを驚かせたくて侯爵にも相手が私だと伝えないでほしいと言ったことが裏目に出てしまったね。私が悪かったよシルヴィア。泣かせてごめんね。」
私が泣き止むまでヘルムート様は私を優しく抱きしめていてくれた。
やっと落ち着いた頃、父が婚約の話を黙っていてすまないと謝った。
そしてヘルムート様との約束を話してくれた。
幼い頃、私を傷つけてしまい部屋に籠りきりになった私をヘルムート様はずっと心配して何度も屋敷へ訪れてくれていたらしい。
部屋に閉じ籠ったその日には、一人で屋敷まで来て両親に土下座して謝ったそうだ。公爵令息がだ...。
両親はヘルムート様から事情をすべて聞いて彼を許した。
それから私が知らない間に何回もヘルムート様は屋敷を訪れ私のことを気にかけてくれていた。
両親はヘルムート様の恋心に気づいていた。
だから両親はヘルムート様と約束したのだ。
私が自分から部屋から出て...外に出るようになるまでその気持ちが変わらなかったら...。ヘルムート様が私の心の壁を取り去り、両思いになることができたなら、その時は二人の婚約を認めようと幼いヘルムート様と約束したのだ。
ヘルムート様はその約束を守る為にずっとずっと私が外に出てくるのを待っていてくれた。ずっとずっとその約束を忘れず...私だけを思っていてくれた。
私は思った以上にヘルムート様から愛されていた。
それを知って私はまた涙が止まらなくなってしまった。
ヘルムート様は...優しく優しく宝物のように私に触れる。
抱きしめる力は優しく、私が泣き止むように優しく頭を撫でる。彼の体温は私を落ち着かせた。
大好きな相手の腕の中は私をとても幸せな気持ちにさせてくれる。
そんな私達の様子を見て、父は優しく微笑んでいた。
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