エルルーシアの受難

海野すじこ

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物語の世界に転生してしまったようです?

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私···御園梨々香は、どこにでもいるようなごく普通の社会人。

食べる事と恋愛小説が大好きで、休みの日は書店巡りが好きだった。

あの日は、大好きな恋愛小説「国王陛下の白薔薇」のコミカライズが発売された日で、書店へ向かう途中だった。

いつも行く書店の近くで、ビルを建てる為の工事をしていたのだけれど····私には関係ない事だと無関心だったのがいけなかったのかもしれない。

工事現場の横を通り過ぎようとした瞬間、ブチッと大きな嫌な音が聞こえた。

男の人の「危ない!!」って声が聞こえたのを最後に意識が途切れた。

あの大きな嫌な音は、たぶん鉄骨を運んでいる時にワイヤーが切れた音だったんだと思う。

最後の記憶から考えると、鉄骨の落下に巻き込まれて死んだのかもしれない。

せめてもう少し関心を持って反対側の歩道を歩いていたら命を落とさなかったかもしれないのに···。

コミカライズ楽しみにしてたんだけどなぁ···。
読めないまま死ぬなんて無念すぎる。


御園梨々香の人生は、そこで終わった····はずだった。


ふと目を覚ますと、何故か見知らぬ外国人男性が私の体に跨がり、鋭いナイフを振り下ろそうとする瞬間だった····。

私は恐怖のあまり大声で叫び、目の前の男を力の限り突き飛ばした。

男は抵抗されるとは思わなかったのか、寝台の上から綺麗に頭から落ちた。

気絶しているのだろうか?男は動かない。

私の叫び声を聞き、執事のような服装をした若い男性とふくよかなメイドの様な服装の若い女性が慌てて部屋に入って来た。

「お嬢様!お怪我は!?お前···お嬢様に何を····!」

二度目の死の恐怖に震える私を見た二人は、執事のような服装の男性が犯人を拘束し、女性の方が私の安全を確認して抱きしめてくれた。

見ず知らずの女性だが、抱きしめてくれた事から私の敵ではないという事がわかり、私は思わず泣きついてしまった。

女性は嫌な顔もせず、「もう大丈夫なので安心してくださいね」と私が泣き止むまで優しく背を撫でてくれた。

しばらくすると、部屋の外からバタバタと複数の足音が聞こえ、バン!!と激しい音と共にドアが開かれた。

「エルルーシア···!?おい!一体何があった!?」と声を荒げて使用人達に状況を聞くこの金髪の男性は、屋敷の主人だと思われる。

質の良い高価そうな服装から、貴族だとわかる。

部屋に入って来たのは、複数の使用人達と、金髪の綺麗目な中年の男性と、その子供だと思われる金髪の顔立ちの整った少年と少女。

屋敷の主人と思われる金髪の男性が、震えて泣く私を見て、慌てて駆け寄ってきた。

三人は、私がケガをしていないか確認すると、安堵の息を吐き、私を優しく抱きしめた。

その金髪の男性は、たぶんこの体の持ち主の父親なのだろう。

「エルルーシア···無事で良かった。もう大丈夫だからな···」と私を優しく見つめて頭を撫でる。

「エルルーシア」という名前を聞いた途端、激しい頭痛と共に大量の記憶が私の頭の中に流れ込んできた。

大量の記憶が、次から次に流れ込んでくるその気持ち悪さに耐えられず、私は意識を手放してしまった。

次に目を覚ました時には、あの気持ち悪さはなく、この体の持ち主の記憶もしっかり定着していた。

私はどうやら···あの夜に死んで、転生というものを体験してしまったらしい。

何故転生したのがわかったかって····?

それは、この世界を私は知っていたから···。


次に目を覚ましたのは、それから三日後だったらしい。

私は目を覚ました時に、近くにいた侍女に私のフルネームを聞いた。

流れ込んで来た記憶が定着した為か、その侍女がアンという名前だという事も、私が今いる場所がこの世界での自室だという事もちゃんと理解出来ていた。

目が覚めたばかりで寝ぼけているのだろうとアンは笑うと、私の名前が「エルルーシア・ドミニコフ」だと教えてくれた。

定着した記憶と、生前の記憶から···私は大好きだった恋愛小説「国王陛下の白薔薇」の世界に転生した事を確信した。

そう、私が読めなかったコミカライズの原作である。

エルルーシア・ドミニコフは、小説の中に名前だけ出てくる人物なのだが、ヒロインのアリアナ・グランバートの親友の侯爵令嬢である。

つまりモブキャラだ。

私は、大好きな恋愛小説の“ヒロインの親友”という特等席を手に入れたのだ。

ヒロインのすぐ側で、ヒロインと男主人公達の恋愛模様を見る事ができる····恋愛小説中毒だった私からすれば最高の特等席だったのだが···。

私は、すぐにはその状況を楽しめなかった。

何故なら、私は転生直後にエルルーシアに想いを寄せ過ぎた使用人の男性によって睡眠薬を飲まされ、無理心中に巻き込まれている最中に覚醒してしまったからだ····。

鉄骨落下事故の直後に無理心中···いくらメンタルの強い私でも、さすがに精神的に参ってしまい···しばらく自室に引き籠ってしまった。

この事件のせいで私は男性が怖くなり、社交の場どころか、部屋から出れなくなってしまったのだった。

そんな私でも、恐怖を感じない人間が二人いた。

幼馴染みの伯爵令息レイブン・モーリスと、小説のヒロインで親友のアリアナ・グランバートだ。

レイブンは、小説では名前すら出てこないモブキャラ···私にとってはモブ仲間。

でも、モブなのにやたらと顔が良い···。

白銀のクセっ毛を一つにまとめると、美しい顔がしっかり見える。

モブキャラにしては整いすぎている優しげな甘いマスク、瞳は深い紫色で宝石みたいだし、体はお前どれだけ鍛えてんの?ってくらいガッチリとして引き締まった程よいマッスルボディ···。

正直かなり好みすぎる。

お前本当にモブキャラか?と何度も心の中でツッコミを入れた。

私が事件に巻き込まれて、家族以外ですぐに私の元へ心配して駆けつけてくれたのが、レイブン。

アリアナは、親戚の結婚式に参加していた為すぐには来れなかった。

レイブンは両親にも信頼されているのか、一人で私の部屋まで来た。

初対面は、正直怖くてビクッとしてしまったのだけど、レイブンが傷ついたような表情で悲しげに微笑むものだから···胸が痛くなり、恐る恐るレイブンに近づいて···私からレイブンに「泣かないで?」と彼の頬に触れた。

すると、レイブンがまるで花を咲かせたような華やかな笑みを浮かべるものだから···。

すっかり怖さは消えて、嬉しくなった。

それからレイブンは、家族以外でも大丈夫な人になった。

レイブンに関しては、元々エルルーシアが心を許していた人物だから安全と確信出来たのも大きいけどね。

アリアナは、コミカライズや小説の表紙で見た通りの迫力美女。

乙女ゲー小説のヒロインとは違って、可愛い系ヒロインではなく、どちらかというとサバサバ系の大人っぽい感じ。

黒髪に青空のような綺麗な瞳、身長も高くモデルさんみたいなスレンダー美人。

どちらかというと、エルルーシアの方がヒロインっぽいビジュアルかもしれない。

エルルーシアは、顔立ちは可愛い系でタレ目がチャームポイントの美少女。

いかにも貴族って感じの美しいふわふわとした金髪にエメラルドのような美しい瞳。

体型は小悪魔ボディとでも言えばわかるだろうか?

胸やお尻はしっかりあるのに手足や腰は折れそうな程に細い。

か弱そうな見た目は男性の加護欲を刺激するだろう。
そして末っ子特有の甘えん坊気質···。

ただ、原作では性格がめちゃくちゃ悪いから、モテなかったけど···。だから名前しか出て来なかった。

エルルーシアもレイブンもモブなくせに、そんな美貌必要?と思うけど、ヒロインのレベルに合わせたらこうなるのかもしれない?

見た目が良くて損する事はないだろうし···。

いや、事件に巻き込まれてるから損しているのかもしれないけど···。

エルルーシアが事件に巻き込まれてから、二人の幼馴染みは、エルルーシアに対して異常なほど過保護になったと思う。

まるで物語の王子様のように、エルルーシアを傷つけようとする全ての者から(物理で)守ろうとしてくれる親友のアリアナ。

恋愛小説なのに、剣の達人って···そんな設定アリアナにあった···?

確かに、アリアナが剣を手に取り闘うシーンはあったけど···達人ではなかったような···?

アリアナは、エルルーシアを絶対に裏切らない。

エルルーシアを裏切るくらいなら死んだ方がマシだと笑って言うくらい···たぶん言ってる事はマジ。

エルルーシアの為なら、自分がケガをしても構わない···そんなアリアナだから、私は心を開く事ができた。

エルルーシアの隣で、常にエルルーシアのメンタルを支え、甘い言葉で囁き甘やかすレイブン。

レイブンはエルルーシアの望みを常に叶えたいってタイプみたい。

だから彼は、エルルーシアを絶対に否定しない。

エルルーシアの嫌がるような事は絶対しないから、私はレイブンの前では常に素直になれた。

そんなタイプの違う二人の王子様に四六時中守られていれば、自然と笑顔が増えていくし、心も自然と解れていった。

そんなこんなで、二人のおかげで少しずつではあるけど、心の傷は癒えていた。

二人が徹底的にエルルーシアを守り、ドロドロに甘やかすものだから、私はどんどん二人に依存してしまった。

それがエルルーシアの人生にどんな影響をもたらすのかも知らずに···。

エルルーシアという存在が物語を狂わせている事に···その時はまだ気づかなかった。

































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