【R18】【挿絵多い】理想の女

まへまへ

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第24話 アキになる日。

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日曜の朝。窓の外はまだ薄い朝焼けの色を帯び、街は静まり返っている。

一平は、胸の奥をくすぐるような高鳴りに目を覚ました。

隣で眠る麗子は、まだ深い眠りの中。規則正しい寝息を立て、枕にかかる髪がほのかに光を帯びている。

彼女の安らかな寝顔を眺めながら、一平は「今日がその日だ」と実感した。

そっとベッドを抜け出し、足音を忍ばせてバスルームへ。

シャワーを浴びると、冷えた水滴が一気に体を目覚めさせる。

鏡の中に映るのは、まだ“彼”である自分。

だが、その姿はこれから“アキ”へと変わっていく。

タオルで髪を整え、用意していたメイク道具を並べる。

まずは、フィメールマスクと内側に女性の曲線が出る補正下着を着て上からシリコンスーツで全身を覆う。

指先は震えているのに、動きは迷わない。

「よし!メイクだ。」

ファンデーションの一刷毛ごとに、目の奥が熱を帯びていく。

アイラインを引き、唇に色をのせる。

――カチリ。

部屋のドアの向こうから時計の秒針が響くたび、心臓の鼓動も高鳴っていく。

今日は、アキとして街に出る日。

誰にも邪魔されない朝の静けさが、その決意を鮮やかに照らしていた。

一平が最後の仕上げに鏡へ口紅の輪郭を確かめたころ。

ベッドの方からシーツが擦れる音がした。

「……ん……」

麗子がゆっくりと目を開け、寝ぼけ眼で部屋を見渡す。

隣に一平の姿がないことに気づくと、少し眉をひそめて呟いた。

「……あれ? 一平は?」

まだ眠気を引きずった声。そのまま上体を起こし、耳を澄ます。

バスルームの方からは微かに化粧品の蓋を閉める音が聞こえる。

麗子は、心のどこかで直感していた。――あぁ、もう“アキ”になっているんだ、と。

麗子はまだ少し重たい足取りでベッドを降り、洗面所へ向かう。

扉の前に立つと、内側から微かに化粧品の香りと、ドライヤーの熱気が漏れ出していた。

――カチャ。

ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、鏡の前に立つ“女性”の姿。

「……っ」

思わず息を呑む麗子。



そこにいたのは紛れもなく一平――けれど、化粧を施され、衣装に包まれたその姿は、もう完全に“アキ”だった。

振り返った一平の瞳から緊張と期待を感じる。

「麗子……どうかな……?」

問いかける声はかすかに震えている。

麗子はしばらく言葉を失い、ただ見惚れるように立ち尽くした。

やっと口を開いたのは数秒後。

「……すごい。ほんとに、アキに見える……」

照れたように笑う一平。だが次の瞬間、困ったように鏡の髪を見上げて言った。

「でもね……アップにまとめたいんだけど、どうしても自分じゃ上手くできなくて。麗子……お願いできる?」

そう頼まれると、麗子はふっと微笑んで頷いた。

「仕方ないなぁ。せっかくここまで仕上げたんだもの、最後まで手伝うわ」

麗子は椅子を引き寄せ、一平を座らせる。

指先が彼の髪に触れ、束ね上げていく。鏡の中で少しずつ整っていく姿に、一平の胸は高鳴り続けていた。

麗子は一平の髪を結い終えると、鏡越しに彼の目をじっと見つめた。

仕上がった髪型に、メイク、衣装。そこにいるのはもう“アキ”そのもの。

「……よし、完成。」

軽く手を叩いて宣言すると、いたずらっぽく微笑んだ。

「じゃあ一平――ううん、今日からは“アキ”。」

「え……」

「今日は一日中、その姿で街に出るんだから。呼び方も含めて、完全に女の子になって過ごすの。倒錯だって分かってるけど、そこまで振り切らなきゃ意味ないでしょ?」

その言葉に、一平――いや、アキの胸はドクンと高鳴る。

“完全に女の子として過ごす”――それは期待していた一方で、怖さも伴う挑戦。

「……ぼ、僕に……いや、わたしにできるかな……」

鏡の中で視線を落とすアキの唇が小さく震える。

だが麗子は、優しく肩に手を置いた。

「大丈夫。私が一緒にいるんだから。不安も、恥ずかしさも全部受け止めてあげる。」

その安心に包まれながら、不安と同じくらい強い高揚感が胸を満たしていく。

――今日、アキとして街に出る。もう後戻りはできない。アキの瞳が、決意を帯びて光を宿した。

支度を整えたアキは、全身鏡の前で最後の確認をしていた。

リップの色、髪のまとまり、ストッキングの張り……何度も見直し、仕上がりに満足げに頷く。

「……サングラスもかけて行こうかな。雰囲気出るでしょ?」

鏡越しに麗子を振り向くと、彼女はクスッと笑った。

「ふふ、本当に“アキ”になりきってるじゃない」

だが次の瞬間、麗子の顔が少し真面目になる。

「でもね、一平――じゃなくてアキ。ひとつ、大事なものを忘れてるよ」

「えっ……?」

一平は一瞬、心臓が跳ねた。

「いや、そんなはずないよ。さっき何度も確認したんだ」

麗子は両腕を組み、わざと勿体ぶるように言う。

「ヒントは……見えない部分」

「見えない……部分?」

アキは首をかしげ、必死に思い出そうとする。

バッグの中身? 財布? ハンカチ? ――いや、全部揃ってる。

困惑して考え込むアキの姿に、麗子はもう我慢できず、ニタニタと笑みをこぼす。

「……ぷっ。あははははっ!」

「え、なに? なんなの?」

麗子はついに爆笑しながら、指を突きつけた。

「あなたねぇ――ブラジャーとパンツ履いてないじゃない! ギャハハハ!」

「……っ!」

アキの顔が一気に真っ赤に染まる。



鏡の中には完璧に仕上げた女性の姿――でも“中身”はまだどこか抜けている。

そのギャップが可笑しくて、麗子は涙が出るほど笑い続けていた。

アキは真っ赤になったまま、両手でスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

「そ、そんな……だって、服で隠れるし……」

麗子は涙を拭いながらも、なお笑いが止まらない。

「ギャハハ! アキったら最高! もう可愛すぎてお腹痛い!」

アキが恥ずかしさでモジモジしているを見て、麗子は肩をポンと叩いた。

「でも大丈夫! 私がついてるから! ね、最初にランジェリーショップ行って、下着を買いまーす!」

「えっ!? い、いきなり……?」

アキの声は裏返る。

「もちろんよ。女の子として一日街に出るんだから、一番大事な部分を整えなきゃ! そのほうがもっと自然に振る舞えるって」

麗子はまた、ギャハハと大きく笑い、アキの腕を引っ張った。

「ほら、行くわよ、アキ!」

ドキドキと恥ずかしさで胸がいっぱいのまま、アキは麗子に手を引かれ、玄関のドアの前に立った。

扉の向こうには、まだ見ぬ「完全な女の子」としての冒険が待っていた。






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