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第1話 高校3年の春
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校庭の桜はまだ三分咲きで、冷たい風が吹き抜けるたびに花びらが頼りなく揺れていた。
体育館での始業式を終えた生徒たちは、新しいクラスの名簿を手にしてざわついている。
「順子! ねえ、私たち、同じクラスだよ!」
理恵が紙を握りしめながら駆け寄ってきた。
「……ほんと?」
順子は半ば信じられないように名簿を覗き込み、自分と理恵の名前が並んでいるのを確認する。思わず、頬の火傷の痕を隠すように髪を下ろしながらも、唇が小さくほころんだ。
「よかったぁ。これで一年、安心だね!」
理恵は順子の肩を軽く抱き寄せ、にっこりと笑う。その笑顔は、教室の空気を一瞬明るくするような力を持っていた。
順子は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
(理恵が一緒なら、大丈夫……かもしれない)
ざわめきの中で、誰かの名前が飛び交う。
「悟も、このクラスだって!」
男子生徒の声が上がった瞬間、女子たちの小さな歓声が重なった。
順子はその声に、ふと顔を上げる。
背の高いシルエットが扉から現れ、無邪気な笑みを浮かべる悟の姿が目に入った。
悟は教室に入るなり、周囲の視線を集めていた。
軽く手を挙げて「よっ」と笑うだけで、女子たちが小声で騒ぎ出す。
「悟、こっち!」
理恵が手を振ると、彼は自然にその声に応えて歩み寄ってくる。
「お、理恵! また同じクラスか。なんか毎年一緒だよな」
「ほんとだね。もう運命かも?」
「ははっ、だな!」
二人のやり取りは、幼なじみのように気安く、そしてどこか眩しかった。
悟は肩の力を抜いて笑い、理恵も同じように笑い返す。
そのすぐ隣で順子は静かに立っていた。
「……」
心の奥がちくりと痛む。
(仲いいな……やっぱり、理恵は特別なんだ)
順子は無意識に頬の火傷跡に触れる。女子たちの囁きが耳に入る。
「やっぱ悟ってかっこいいよね」
「運動神経もすごいし」
「笑った顔がやばい!」
順子もまた、その中の一人だった。
悟の明るさや自然体な笑顔に、気がつけば目を奪われている。
けれど、心のどこかで自分には届かない光だと分かっていた。
理恵がそんな悟を「友達」としか見ていないことなど、順子にはまだ気づけない。
理恵と笑い合っていた悟は、ふと隣にいる順子の存在に気づいた。
「……あれ、順子も一緒だったんだ」
視線がまっすぐ順子に向けられる。
その瞬間、順子の心臓は大きく跳ねた。
「えっ……」と小さく声が漏れるが、それ以上の言葉が出てこない。
悟は少し首をかしげて笑みを浮かべる。
「よろしくな。同じクラスだし」
ほんの一言。
けれど、順子にはその言葉すら眩しすぎた。
唇を開こうとしても声にならず、結局うつむいたまま小さく頷くだけになってしまう。
悟はその反応に、ほんのわずか肩を落とした。
(……やっぱ俺、嫌われてるのかな)
クラス中の女子が話しかけようと群がってくる中で、順子だけは決して自分に近づこうとしない。
その態度を悟は、冷たさや拒絶と受け取ってしまう。
一方で順子は――
(何か言わなきゃ……でも、声が出ない……)
胸の奥で必死に叫びながらも、結局視線を合わせることすらできなかった。
二人のすれ違いは、始業式のざわめきの中で、ひっそりと芽を出していた。
ーーーーーー
放課後の教室には、もうほとんど人影がなかった。
窓から差し込む夕陽が机を斜めに照らし、長い影を床に伸ばしている。
理恵と順子は並んで座り、鞄を膝に置いたまま取りとめのない話をしていた。
ふと、順子が小さな声で切り出す。
「……ねえ、理恵」
「ん?」
「理恵ってさ、悟のこと……苦手だったりする?」
唐突な問いかけに理恵は目を瞬かせ、それから吹き出した。
「え、なんで?」
「だって……今日もすごく仲良さそうに話してたけど、なんか……そういう好きって感じじゃない気がしたから」
理恵は笑いながら肩をすくめる。
「当たり。悟はただの友達。気楽に話せる男子ってだけ。かっこいいとは思うけど、そういうのとは違うんだよね」
順子は少し驚いたように目を見開き、やがて小さくうなずいた。
「そっか……」
理恵は机に肘をついて、順子を覗き込む。
「順子は? 悟、気になる?」
順子の心臓が跳ねた。
視線を逸らし、両手で鞄の持ち手をぎゅっと握る。
「……うん。ちょっと……気になる」
それはほとんど囁き声に近い。
でも理恵にはしっかり届いていた。
「ふふ、そうなんだ。順子が誰かをそうやって言うの、珍しいね」
理恵は嬉しそうに微笑んだ。
順子は頬の火傷跡を隠すように髪を下ろしながら、胸の奥にじんわり広がる不安と期待を抱えていた。
順子が小さな声で「気になる」と告げたあと、教室にはしばし沈黙が落ちた。
夕陽が窓枠を赤く染め、二人の影を机に重ねる。
やがて理恵がにっこり笑った。
「そっか。じゃあ――私、応援してあげるよ」
「えっ……!」
順子は思わず顔を上げる。
「だって順子、すごく勇気出したんでしょ? 言葉にするのって、簡単じゃないもん」
理恵は柔らかい声で言いながら、順子の手をそっと握った。
「だから大丈夫。悟はきっと、順子のこと嫌いじゃないよ」
「……でも、私……こんな顔だし」
順子は思わず頬に触れる。そこにはいつもの赤黒い痕。
理恵は首を横に振った。
「そんなの、順子の全部じゃないよ。ちゃんと見てくれる人はいる。悟だって、そうだと思う」
順子の胸の奥がじんわり熱くなる。
それでもまだ、不安と期待が入り混じって言葉にはできなかった。
理恵は立ち上がり、窓の外に目を向ける。
「ね、せっかく同じクラスになったんだもん。少しずつでいいから、話してみなよ。私も手伝うからさ」
順子は小さく「……うん」と答えた。
その声は震えていたが、確かな光を帯びていた。
体育館での始業式を終えた生徒たちは、新しいクラスの名簿を手にしてざわついている。
「順子! ねえ、私たち、同じクラスだよ!」
理恵が紙を握りしめながら駆け寄ってきた。
「……ほんと?」
順子は半ば信じられないように名簿を覗き込み、自分と理恵の名前が並んでいるのを確認する。思わず、頬の火傷の痕を隠すように髪を下ろしながらも、唇が小さくほころんだ。
「よかったぁ。これで一年、安心だね!」
理恵は順子の肩を軽く抱き寄せ、にっこりと笑う。その笑顔は、教室の空気を一瞬明るくするような力を持っていた。
順子は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
(理恵が一緒なら、大丈夫……かもしれない)
ざわめきの中で、誰かの名前が飛び交う。
「悟も、このクラスだって!」
男子生徒の声が上がった瞬間、女子たちの小さな歓声が重なった。
順子はその声に、ふと顔を上げる。
背の高いシルエットが扉から現れ、無邪気な笑みを浮かべる悟の姿が目に入った。
悟は教室に入るなり、周囲の視線を集めていた。
軽く手を挙げて「よっ」と笑うだけで、女子たちが小声で騒ぎ出す。
「悟、こっち!」
理恵が手を振ると、彼は自然にその声に応えて歩み寄ってくる。
「お、理恵! また同じクラスか。なんか毎年一緒だよな」
「ほんとだね。もう運命かも?」
「ははっ、だな!」
二人のやり取りは、幼なじみのように気安く、そしてどこか眩しかった。
悟は肩の力を抜いて笑い、理恵も同じように笑い返す。
そのすぐ隣で順子は静かに立っていた。
「……」
心の奥がちくりと痛む。
(仲いいな……やっぱり、理恵は特別なんだ)
順子は無意識に頬の火傷跡に触れる。女子たちの囁きが耳に入る。
「やっぱ悟ってかっこいいよね」
「運動神経もすごいし」
「笑った顔がやばい!」
順子もまた、その中の一人だった。
悟の明るさや自然体な笑顔に、気がつけば目を奪われている。
けれど、心のどこかで自分には届かない光だと分かっていた。
理恵がそんな悟を「友達」としか見ていないことなど、順子にはまだ気づけない。
理恵と笑い合っていた悟は、ふと隣にいる順子の存在に気づいた。
「……あれ、順子も一緒だったんだ」
視線がまっすぐ順子に向けられる。
その瞬間、順子の心臓は大きく跳ねた。
「えっ……」と小さく声が漏れるが、それ以上の言葉が出てこない。
悟は少し首をかしげて笑みを浮かべる。
「よろしくな。同じクラスだし」
ほんの一言。
けれど、順子にはその言葉すら眩しすぎた。
唇を開こうとしても声にならず、結局うつむいたまま小さく頷くだけになってしまう。
悟はその反応に、ほんのわずか肩を落とした。
(……やっぱ俺、嫌われてるのかな)
クラス中の女子が話しかけようと群がってくる中で、順子だけは決して自分に近づこうとしない。
その態度を悟は、冷たさや拒絶と受け取ってしまう。
一方で順子は――
(何か言わなきゃ……でも、声が出ない……)
胸の奥で必死に叫びながらも、結局視線を合わせることすらできなかった。
二人のすれ違いは、始業式のざわめきの中で、ひっそりと芽を出していた。
ーーーーーー
放課後の教室には、もうほとんど人影がなかった。
窓から差し込む夕陽が机を斜めに照らし、長い影を床に伸ばしている。
理恵と順子は並んで座り、鞄を膝に置いたまま取りとめのない話をしていた。
ふと、順子が小さな声で切り出す。
「……ねえ、理恵」
「ん?」
「理恵ってさ、悟のこと……苦手だったりする?」
唐突な問いかけに理恵は目を瞬かせ、それから吹き出した。
「え、なんで?」
「だって……今日もすごく仲良さそうに話してたけど、なんか……そういう好きって感じじゃない気がしたから」
理恵は笑いながら肩をすくめる。
「当たり。悟はただの友達。気楽に話せる男子ってだけ。かっこいいとは思うけど、そういうのとは違うんだよね」
順子は少し驚いたように目を見開き、やがて小さくうなずいた。
「そっか……」
理恵は机に肘をついて、順子を覗き込む。
「順子は? 悟、気になる?」
順子の心臓が跳ねた。
視線を逸らし、両手で鞄の持ち手をぎゅっと握る。
「……うん。ちょっと……気になる」
それはほとんど囁き声に近い。
でも理恵にはしっかり届いていた。
「ふふ、そうなんだ。順子が誰かをそうやって言うの、珍しいね」
理恵は嬉しそうに微笑んだ。
順子は頬の火傷跡を隠すように髪を下ろしながら、胸の奥にじんわり広がる不安と期待を抱えていた。
順子が小さな声で「気になる」と告げたあと、教室にはしばし沈黙が落ちた。
夕陽が窓枠を赤く染め、二人の影を机に重ねる。
やがて理恵がにっこり笑った。
「そっか。じゃあ――私、応援してあげるよ」
「えっ……!」
順子は思わず顔を上げる。
「だって順子、すごく勇気出したんでしょ? 言葉にするのって、簡単じゃないもん」
理恵は柔らかい声で言いながら、順子の手をそっと握った。
「だから大丈夫。悟はきっと、順子のこと嫌いじゃないよ」
「……でも、私……こんな顔だし」
順子は思わず頬に触れる。そこにはいつもの赤黒い痕。
理恵は首を横に振った。
「そんなの、順子の全部じゃないよ。ちゃんと見てくれる人はいる。悟だって、そうだと思う」
順子の胸の奥がじんわり熱くなる。
それでもまだ、不安と期待が入り混じって言葉にはできなかった。
理恵は立ち上がり、窓の外に目を向ける。
「ね、せっかく同じクラスになったんだもん。少しずつでいいから、話してみなよ。私も手伝うからさ」
順子は小さく「……うん」と答えた。
その声は震えていたが、確かな光を帯びていた。
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