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第29話 罪悪感
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新学期が始まった。
大学のキャンパスは桜の名残を抱えながら、新しい顔ぶれと騒がしい声であふれている。
順子はその喧騒の中を、少し距離を置くように歩いていた。
表情は明るく、髪も整い、外見はもう“あの頃の順子”とは違う。
でも、胸の奥では小さな影がずっと居座っていた。
――悟に、あの姿を見られていたかもしれない。
その思いが消えない。
昼間は笑顔を貼りつけて講義に出席し、夜はそっと、倶楽部へ向かう。
久しぶりの出勤。更衣室の扉を開けた瞬間、ラバー特有の甘い匂いが鼻をついた。
懐かしい匂い――なのに、心がざわつく。
アキが笑顔で振り向いた。
「おかえり、ハルカ。久しぶりじゃない」
その声に、オーナーも顔を出す。
「いやぁ、本当に綺麗になったね。今日は期待してるよ」
二人の何気ない言葉が、なぜか胸に重く響いた。
「ありがとうございます……」
順子は笑って答えた。それでも、その笑みの奥にあるのは嬉しさではなく、どこかの“罪”だった。
ーーーー着替えの時間。
ラバーのスーツを手に取る。
指先に、以前のような震えがない。
(あれ……心臓、全然、ドキドキしない)
鏡の前に立ち、ゆっくりと腕を通す。黒い光沢が肌を覆っていくたび、過去の自分が戻ってくるはずだった。
でも――胸の奥には、あの夜、悟の顔が浮かぶ。
(悟が、これを見たら……)
一瞬で、頬が熱くなった。
高揚ではなく、羞恥と罪悪感。
(私……何やってるんだろう)
ラバーが全身を包み終わり、いつもの“ハルカ”の姿が鏡に現れる。
けれど、その目だけは、もう昔のハルカではなかった。
笑おうとしても、笑えない。
それでも――扉の向こうでアキが待っている。オーナーが期待している。
「……行かなきゃ」
順子は深呼吸をして、鏡に背を向けた。
ラバーの軋む音が、まるで自分の心を締めつけるように響いた。
フロアの明かりがまぶしかった。
グラスの中で氷が転がり、音楽と笑い声が混じる。
久しぶりの接客。
順子――いや、ハルカは黒いラバーの中で自分を奮い立たせていた。
(大丈夫……思い出せばいい。身体が覚えてるはず)
そう自分に言い聞かせながら、トレイにドリンクをのせて客席を歩く。
だが、慣れたはずのヒールが、今夜は足に馴染まなかった。
一瞬、足元が滑った。
「きゃっ――!」
次の瞬間、ガシャンと鋭い音が響いた。
透明な破片が床に散り、客の視線が一斉にハルカに集まる。
(あ……やっちゃった……)
息が詰まり、喉がひりつく。
ラバーの中で汗が吹き出した。
「大丈夫、私が片づけるから」
すぐそばでアキの声がした。
その落ち着いた声が、嵐の中で差し伸べられた手のように感じた。
アキはハルカの肩を抱き、そっと控え室へ連れていった。
――扉が閉まると、喧騒が一瞬で遠のいた。
「久しぶりのヒールだもの。足がついてこないのは当然よ」
アキは笑いながら、ハルカの膝をタオルで拭いてくれる。
その優しさに、張り詰めていた心がいっきに崩れた。
「……アキさん、ごめんなさい……」
声が震えた。
「謝ることじゃないわ」
「違うんです……私……」
言葉が詰まり、涙が一粒、ラバーの頬を伝った。
アキは何も言わず、ただハルカの隣に腰を下ろす。
ハルカは、唇を噛みながら続けた。
「私……夏休みに整形して……オーナーにお願いして。ずっと、昔の顔が嫌いで……」
アキの瞳が優しく揺れた。
「でも……悟って人に会って……恋をして…私、気づいちゃったんです。変わったのは顔だけじゃなくて、私、気持ちまで変わってしまったみたいで……倶楽部に戻っても、もう前みたいに……楽しめないんです……」
ラバーのグローブ越しに、ハルカは顔を覆った。
静寂の中、アキはそっとハルカの背中に手を回した。
「泣いていいのよ。ハルカだって人間なんだから」
その言葉に、堰を切ったように涙があふれた。
アキはただ、黙ってその涙を受け止めていた。
ーーーー控え室の隅。
泣き崩れたハルカの肩に、アキの手がそっと触れた。
ラバー越しでも、その手の温もりが確かに伝わる。
「……ねぇ、ハルカ」
アキの声は静かで、優しく響いた。
「何がそんなに苦しいの? 失敗したことじゃないでしょう?」
ハルカは唇を震わせながら、小さく首を振った。
涙がぽたぽたとラバーに落ちていく。
「……違うんです。私、誰にも言えないことがあるんです」
アキはそれ以上言葉を挟まず、ただ待った。
その沈黙が、ハルカの胸の奥をほどいていく。
「……悟っていう人がいて。私の……大切な人なんです」
「ふふ。恋人?」
「はい。夏休みにやっと告白できました。けど……」
ハルカはうつむき、震える声で続けた。
「SNSで……ラバー姿の私を、彼が見てたんです。“ラバーマスクガール”としての配信を……。でも、彼は私だって知らない。本当は、知らないままでいてほしいんです」
アキの目が少しだけ細くなった。
その表情は、どこか切なく、優しい。
「気づかれてないのね?」
「はい……。でも、もし気づかれたら……きっと、嫌われると思うんです。こんな格好してるなんて、知られたら……幻滅される」
声が途切れるたび、胸の奥の罪悪感が膨らんでいく。
「いま私、悟に嘘をついてる気がして……。こうしてラバーを着てること自体が、裏切りみたいで……」
アキはしばらく黙っていた。
その後、穏やかに口を開いた。
「ねぇ、ハルカ。あなたがラバーを着るのは“嘘”じゃないわ。本当のあなたが、そこにいるじゃない。誰かに見せるためじゃなくて、自分を確かめるために覆う。そうでしょ?」
ハルカは小さく頷いた。
でも、その瞳にはまだ迷いがあった。
「……でも悟に、本当の私を見せたら……嫌われるかもしれない」
「もしそうなら、それは彼がまだ“あなた”を全部受け止められないだけ。でもそれで終わりじゃない。あなたはもう、自分を隠すためにラバーを着てるんじゃないんでしょ?」
アキの言葉が胸に沁みていく。
ハルカは深く息を吐いた。
心の奥でずっと恐れていた“もしも”が、少しだけ和らぐ。
「……アキさん、私……悟に嫌われたくない。でも、自分ももう偽りたくないんです」
「それでいいのよ」
アキは微笑み、そっとハルカの頬を拭った。
「愛されるために隠すのは、ほんとうの愛じゃない。“見せてもいい”って思えたときが、あなたが本当に自由になるときよ」
静かな控え室に、ラバーの光が小さく反射する。
ハルカは、涙で濡れた顔を上げた。
迷いの奥に、少しずつ確かな光が戻っていく。
涙で濡れた頬の奥に、少しだけ笑みが戻っていた。
「……アキさん、ありがとう。私、少しだけ救われました」
「いいのよ」
アキは軽く笑って、ハルカの髪を整えてやった。
「でもね――“救われた”だけで終わらせないで。いつか自分で自分を“肯定”できるようにならなきゃ。悟のためでも、私のためでもない。ハルカ自身のために、ね」
その言葉が胸の奥に静かに響いた。
(――自分のために、生きる)
ハルカは、ゆっくりと頷きラバーマスクで顔を覆う。
まだ涙の跡は残っていたが、その瞳にはもう迷いではなく、小さな決意の光が宿っていた。
大学のキャンパスは桜の名残を抱えながら、新しい顔ぶれと騒がしい声であふれている。
順子はその喧騒の中を、少し距離を置くように歩いていた。
表情は明るく、髪も整い、外見はもう“あの頃の順子”とは違う。
でも、胸の奥では小さな影がずっと居座っていた。
――悟に、あの姿を見られていたかもしれない。
その思いが消えない。
昼間は笑顔を貼りつけて講義に出席し、夜はそっと、倶楽部へ向かう。
久しぶりの出勤。更衣室の扉を開けた瞬間、ラバー特有の甘い匂いが鼻をついた。
懐かしい匂い――なのに、心がざわつく。
アキが笑顔で振り向いた。
「おかえり、ハルカ。久しぶりじゃない」
その声に、オーナーも顔を出す。
「いやぁ、本当に綺麗になったね。今日は期待してるよ」
二人の何気ない言葉が、なぜか胸に重く響いた。
「ありがとうございます……」
順子は笑って答えた。それでも、その笑みの奥にあるのは嬉しさではなく、どこかの“罪”だった。
ーーーー着替えの時間。
ラバーのスーツを手に取る。
指先に、以前のような震えがない。
(あれ……心臓、全然、ドキドキしない)
鏡の前に立ち、ゆっくりと腕を通す。黒い光沢が肌を覆っていくたび、過去の自分が戻ってくるはずだった。
でも――胸の奥には、あの夜、悟の顔が浮かぶ。
(悟が、これを見たら……)
一瞬で、頬が熱くなった。
高揚ではなく、羞恥と罪悪感。
(私……何やってるんだろう)
ラバーが全身を包み終わり、いつもの“ハルカ”の姿が鏡に現れる。
けれど、その目だけは、もう昔のハルカではなかった。
笑おうとしても、笑えない。
それでも――扉の向こうでアキが待っている。オーナーが期待している。
「……行かなきゃ」
順子は深呼吸をして、鏡に背を向けた。
ラバーの軋む音が、まるで自分の心を締めつけるように響いた。
フロアの明かりがまぶしかった。
グラスの中で氷が転がり、音楽と笑い声が混じる。
久しぶりの接客。
順子――いや、ハルカは黒いラバーの中で自分を奮い立たせていた。
(大丈夫……思い出せばいい。身体が覚えてるはず)
そう自分に言い聞かせながら、トレイにドリンクをのせて客席を歩く。
だが、慣れたはずのヒールが、今夜は足に馴染まなかった。
一瞬、足元が滑った。
「きゃっ――!」
次の瞬間、ガシャンと鋭い音が響いた。
透明な破片が床に散り、客の視線が一斉にハルカに集まる。
(あ……やっちゃった……)
息が詰まり、喉がひりつく。
ラバーの中で汗が吹き出した。
「大丈夫、私が片づけるから」
すぐそばでアキの声がした。
その落ち着いた声が、嵐の中で差し伸べられた手のように感じた。
アキはハルカの肩を抱き、そっと控え室へ連れていった。
――扉が閉まると、喧騒が一瞬で遠のいた。
「久しぶりのヒールだもの。足がついてこないのは当然よ」
アキは笑いながら、ハルカの膝をタオルで拭いてくれる。
その優しさに、張り詰めていた心がいっきに崩れた。
「……アキさん、ごめんなさい……」
声が震えた。
「謝ることじゃないわ」
「違うんです……私……」
言葉が詰まり、涙が一粒、ラバーの頬を伝った。
アキは何も言わず、ただハルカの隣に腰を下ろす。
ハルカは、唇を噛みながら続けた。
「私……夏休みに整形して……オーナーにお願いして。ずっと、昔の顔が嫌いで……」
アキの瞳が優しく揺れた。
「でも……悟って人に会って……恋をして…私、気づいちゃったんです。変わったのは顔だけじゃなくて、私、気持ちまで変わってしまったみたいで……倶楽部に戻っても、もう前みたいに……楽しめないんです……」
ラバーのグローブ越しに、ハルカは顔を覆った。
静寂の中、アキはそっとハルカの背中に手を回した。
「泣いていいのよ。ハルカだって人間なんだから」
その言葉に、堰を切ったように涙があふれた。
アキはただ、黙ってその涙を受け止めていた。
ーーーー控え室の隅。
泣き崩れたハルカの肩に、アキの手がそっと触れた。
ラバー越しでも、その手の温もりが確かに伝わる。
「……ねぇ、ハルカ」
アキの声は静かで、優しく響いた。
「何がそんなに苦しいの? 失敗したことじゃないでしょう?」
ハルカは唇を震わせながら、小さく首を振った。
涙がぽたぽたとラバーに落ちていく。
「……違うんです。私、誰にも言えないことがあるんです」
アキはそれ以上言葉を挟まず、ただ待った。
その沈黙が、ハルカの胸の奥をほどいていく。
「……悟っていう人がいて。私の……大切な人なんです」
「ふふ。恋人?」
「はい。夏休みにやっと告白できました。けど……」
ハルカはうつむき、震える声で続けた。
「SNSで……ラバー姿の私を、彼が見てたんです。“ラバーマスクガール”としての配信を……。でも、彼は私だって知らない。本当は、知らないままでいてほしいんです」
アキの目が少しだけ細くなった。
その表情は、どこか切なく、優しい。
「気づかれてないのね?」
「はい……。でも、もし気づかれたら……きっと、嫌われると思うんです。こんな格好してるなんて、知られたら……幻滅される」
声が途切れるたび、胸の奥の罪悪感が膨らんでいく。
「いま私、悟に嘘をついてる気がして……。こうしてラバーを着てること自体が、裏切りみたいで……」
アキはしばらく黙っていた。
その後、穏やかに口を開いた。
「ねぇ、ハルカ。あなたがラバーを着るのは“嘘”じゃないわ。本当のあなたが、そこにいるじゃない。誰かに見せるためじゃなくて、自分を確かめるために覆う。そうでしょ?」
ハルカは小さく頷いた。
でも、その瞳にはまだ迷いがあった。
「……でも悟に、本当の私を見せたら……嫌われるかもしれない」
「もしそうなら、それは彼がまだ“あなた”を全部受け止められないだけ。でもそれで終わりじゃない。あなたはもう、自分を隠すためにラバーを着てるんじゃないんでしょ?」
アキの言葉が胸に沁みていく。
ハルカは深く息を吐いた。
心の奥でずっと恐れていた“もしも”が、少しだけ和らぐ。
「……アキさん、私……悟に嫌われたくない。でも、自分ももう偽りたくないんです」
「それでいいのよ」
アキは微笑み、そっとハルカの頬を拭った。
「愛されるために隠すのは、ほんとうの愛じゃない。“見せてもいい”って思えたときが、あなたが本当に自由になるときよ」
静かな控え室に、ラバーの光が小さく反射する。
ハルカは、涙で濡れた顔を上げた。
迷いの奥に、少しずつ確かな光が戻っていく。
涙で濡れた頬の奥に、少しだけ笑みが戻っていた。
「……アキさん、ありがとう。私、少しだけ救われました」
「いいのよ」
アキは軽く笑って、ハルカの髪を整えてやった。
「でもね――“救われた”だけで終わらせないで。いつか自分で自分を“肯定”できるようにならなきゃ。悟のためでも、私のためでもない。ハルカ自身のために、ね」
その言葉が胸の奥に静かに響いた。
(――自分のために、生きる)
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