39 / 103

第39話 悠真視点『夕暮れ、斜めの地平線の先で』

しおりを挟む
 「……何だか女の子っぽいよな、お前」

 東京にいた頃、中学のクラスメイトの男の子に言われた言葉。
 嫌味でもからかいでもなかった。むしろ本気で言ってるような、素朴な言葉だった。
 でも、当時のボクには、そのひと言が何よりも痛かった。

 否定したかった。けど、それすらできなかった。
 ただ笑って、「そっか」と返すしかなかった。
 そうして、自分が“普通じゃない”ことを、また一つ飲み込んで、何事もなかったフリをした。

 うちの父は、厳格な人だった。
 男なら男らしく、という価値観の塊みたいな人で、「泣くな」「背筋を伸ばせ」「女の真似をするな」と、何度も言われて育った。
 母は……ううん、母も父の影に隠れて、何も言えなかった。

 だからボクは、「ボク」って言うようになった。
 一人称に「わたし」と言おうとすると怒られるから。
 男の子の喋り方をしてるつもりだけど、どこか不自然で、どこか中途半端で。
 自分自身の言葉すら、偽りになっていた。

 心は女の子だった。でも家では、それを許されなかった。
 家族に、日常に、自分という存在そのものを否定される感覚は、ひどく、静かに痛かった。

 そんなボクを救ってくれたのは、今治に住む母方の叔母、水野《みずの》志保《しほ》さんだった。
 「しばらくこっちで暮らしなさい」と言ってくれて、ボクは転校して今治市波方町にある波方工業高校に通うことになった。
 叔母の家から学校まで、徒歩で十数分。
 地元の人たちは皆、優しくて、何も知らない。
 ここでなら――もう少し、自分らしく生きられるかもしれない。

 そんなふうに、ほんの少しだけ、心がほどけてきたある日だった。

 放課後、学校近くの駐車場で、カッコいいCB125Rにまたがる女の子を見かけた。
 切れ長の目に、風に揺れる黒髪。背は高くてスラリとしていて、その姿はまるでマンガの中から出てきたみたいだった。

 ──橘 凛。
 同じ工業高校の同級生で、学科は違うけど、ちょっと目立つ存在。
 背が高くて、姿勢が良くて、髪もサラッとしてて。
 制服の着崩し方も自然で、バイク通学が許されるコースの生徒たちの中でも、ひときわ絵になっていた。

 ある日、学校の駐輪場でCB125Rにまたがる彼女の姿を見て、どうしても目が離せなくなった。
 美しい、なんて言葉じゃ足りなかった。
 カッコよくて、凛としてて──名前のとおりの人だな、って思った。

 最初の出逢いは、ひどく滑稽だった。

 その姿に見とれていたら、不審な奴と間違われた。
 ……まあ当然だ。だってあの日、ボクは制服のまま、用もないのにその駐輪場を何度も通ってたから。

 「お、お、俺……じゃなくて、ボク、あのっ……!」

 「……アンタ、ストーカー?」

 「ち、違いますっ! ただ、バイクが……!」

 でもそのあと、ちゃんと話す機会をもらい少しずつ距離が縮まっていった。

 そうして、彼女の後ろに乗せてもらった。

 「じゃあ、悠真、乗ってみる?」

 その瞬間、風が変わった気がした。

 風が肌を撫でて、地面が流れて、景色が斜めに傾いていく。
 カーブを曲がるたび、地平線が傾く。
 夕暮れの光が、頬に斜めに差し込んでくる。
 それは、ボクの知らない世界だった。息を呑むほど、美しかった。

 タンデムの帰り道、ボクは凛ちゃんに「話したいことがある」と言って、自分がトランスジェンダーだと打ち明けた。
 凛ちゃんは、一瞬だけ目を見開いたあと、ふわりと微笑んで「そっか」と言ってくれた。
 それだけだった。でも、そのひと言が、どれだけ救いだったか。

 ……ボクは、そのとき初めて、凛ちゃんを「女の子」としてではなく、「特別な人」として意識した。

 それからの時間は、あっという間だった。
 免許を取って、結さん、彩花さんと仲良くなって、バイクを買って、GROMに乗るようになって――
 皆でツーリングして、笑って、風を感じて。

 そして、あの日。伯方島の伯方S・Cパークで、気持ちがあふれた。
 もう、抑えきれなかった。

 「凛ちゃんのこと、大好きだよ……!」

 口からこぼれたその言葉は、まるでずっと前から決まっていたかのように自然で。
 凛さんは、少し驚いたあとで「……あたしも」って答えてくれた。
 でも、ボクにはわかってしまった。
 たぶん、凛ちゃんは“人として”ボクを好きって意味で答えてくれたんだって。

 それでもよかった。嬉しかった。
 でも、心のどこかが、少しだけ痛かった。

 ボクは――トランスである自分が、ずっと男の子しか好きになれなかった自分が、
 人生で初めて本気で女の子に恋をした。
 それが、凛ちゃんだった。

 その凛ちゃんから、LINEが来た。

 《今度の週末、二人で走りに行かない? ちょっと話したいことがあってさ》

 文字を見て、胸がドキンと鳴った。
 風の音が、スマホ越しに聞こえてくるようだった。

 今度こそ、ちゃんと伝えよう。
 「好き」って言葉に、ちゃんと意味を乗せて。

 ボクは、凛ちゃんの隣を走るために、GROMのミラーを丁寧に拭いた。

 きっと、あの夕暮れの斜めの地平線の先に、答えがあると信じて。

To be Continued...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...