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第84話 『結と凛のしまなみタンデムツーリング FINAL』

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Scene.38 夕暮れの登坂、二人だけの時間

 エンジンの鼓動とともに、夕闇に染まり始めた山道を一台のバイクが登っていく。風の音、鳥のさえずりも徐々に静まり、空気は日が落ちる前のひんやりとした静けさに包まれていた。

 「えへへ。もう~本当に凛ちゃんは情熱的だなぁ~」
 結が照れくさそうに、だけどどこか嬉しそうに呟く。

 後ろで運転する凛は、言葉を返さず、顔を真っ赤にしながらハンドルに集中していた。
 「……」

 「ねぇ? あんな情熱的なキス、隼人くんともした事無いよ? だけどキスの後優しいのは二人とも同じなんだよね。もう~兄妹揃ってイケメンなんだから~」

 再び沈黙。凛の首筋までほんのり赤くなっているのが結の目に映る。

 「悠真ちゃんも可愛い女の子だけど、あの子もあの子でイケメンだしキスしちゃったし~……こんなにイケメンにモテちゃってどうしよう! 私ってやっぱり、罪な女?」

 「……だ」
 唐突に凛が呟く。

 「だ?」
 きょとんとする結。

 「黙れちんちくりん」

 「っ!!……ガーン! 言ってはならん事を!」

 「……プッ、何それ~」と凛が吹き出す。

 「知らない? お父さんがよくやってる昔のゲームのキャラクターのセリフなんだけど」

 「結ってゲームとかよくやるの?」

 「大好きだよ~。バイク好きになってからは遊ぶ機会は減ったけど。そうだ凛ちゃん、モンハンとかやる? 今度ひと狩り、しよ?」

 「……うん! そうだね」

 小さな会話の一つ一つが、二人の間の距離をどんどん縮めていく。



Scene.39 沈む夕日、昇る光

 カーブを何度も曲がるうちに、空はすっかり茜色から藍色へと変わっていた。山の中腹から、眼下に広がる今治の街が徐々に姿を現す。

 「綺麗……」

 結が思わず呟く。まるで夜空に散らばる星のような街の灯。どこか夢の中の風景のようだった。

 「まだまだこんなモンじゃないよ! 今治の夜景の本領は正に日没後なの。しかも今日は橋のライトアップの日だし」

 「ライトアップ?」

 「それこそ展望台に登ってのお楽しみ!」



Scene.40 隈研吾の展望台、光の瞬間

 ようやく頂上にたどり着いた二人は、隈研吾が設計したという亀老山展望台に足を踏み入れる。

 重なり合う直線が織りなす、木とコンクリートの未来的なデザイン。だがその建築以上に、視界いっぱいに広がる光の海が圧倒的だった。

 「……凄い……」

 結の声が自然と漏れる。

 その時だった。

 「……もうそろそろ点灯するよ。来島海峡大橋をよく見てみて」

 「どれどれ……ああっ!!」

 眼下に広がる巨大な吊橋――来島海峡大橋。その橋が、ゆっくりと、しかし確かに光を帯び始める。



 まるで星のネックレスが海の上に浮かび上がるように、オレンジ色の光が線を描いていく。その様子は、まさに神の筆が闇夜に一筆を描いたような荘厳さだった。

 「……凄い……本当に凄い……こんなに綺麗な夜景が、この世にあったなんて……」

 結はその美しさに心を奪われ、ついには目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 「喜んで貰えて良かった」

 凛が隣で、少しだけ誇らしげに笑った。



Scene.41 交わされる想いと感謝

 結の目には、光り輝く橋の姿と共に、溢れるほどの想いが重なっていた。
 その表情を静かに見つめながら、結がふと口を開く。

 「凛ちゃん、あのね」

 「何?」

 「私、凛ちゃんに出会えて、本当に良かった。もし出会えなかったら、こんな景色を知る事は出来なかった」

 その言葉に凛は言葉を飲み込む。

 「優斗さんのジスペケにも出会えなかった。あの子と一緒に来島海峡大橋を渡る時の、あの空を飛んでるみたいな感覚だって、知る事が出来なかった」

 「……」

 「だから……だからね。凛ちゃん、こんな私と出会ってくれて、本当にありがとう!」

 凛は静かに、だがしっかりと首を振った。

 「……あたしの大好きな結は、決して”こんな”じゃ無いよ」

 「凛ちゃん……」

 「結はさ、可愛くて優しくて、だけど芯は強くて、子供みたいに無邪気な時もあるけど、大事な時には大人になって守ってくれる。あたしにとっては大事な親友でとても頼りになる、自慢のお姉ちゃんだよ。だからね、“こんな”なんて自分を卑下しないで。それはあたしの大好きな人への侮辱だから、ね」

 凛のまっすぐな瞳が、結の胸を打つ。

 「凛ちゃん……分かった。もう言わない。もう自分を卑下しないって誓うよ」

 「それで良いよ……そうだよね、優斗君。うん」

 「凛ちゃん?」

 「結、あたしまだあんたに言ってない事があるの」



Scene.42 今治の夜景と、語られる過去

 光に包まれた今治の街。灯が揺らめくその景色の中で、凛はポツリと口を開いた。

 「実はね。あたしの初恋の人って、優斗君なんだ」

 「凛ちゃん、それって……」

 「草薙優斗君。それが彼のフルネーム。優斗君と兄貴とあたしは幼なじみでさ。何をするのもいつも一緒だった」

 「……」

 「優斗君は不器用な所はあるし、すごいイケメンって訳でも無かったけどとにかく優しくて。中学生に上がった頃にはもうあたしは彼に惹かれてた。だけど、中学3年の頃に友達だと思っていた柔道部の男子に襲われて、兄貴が駆けつけて必死で助けてくれたけど……あたしその後、男性恐怖症になって……」

 「凛ちゃん大丈夫? もうその先は喋らなくて良いよ」

 首を横に振る凛。

 「……ううん。話させて。その後に優斗君に会って、『話は聞いたけど大丈夫?』って、優しくあたしの肩に触れようとしたの。だけど……あたし、優斗君の事も怖くなって、気が付いた時には突き飛ばしてた」

 「凛ちゃん……」

 「悲しかった。好きだった人に触れられなくなって。だけど優斗君は優しいから『大丈夫だよ。だから気にしないで』って、笑顔で応えてくれたの。あたし思わず『こんなあたしでゴメン』って謝ったの。そしたらね、優斗君は真面目な顔をしてこう答えたの。『凛ちゃん、君は決して”こんな”じゃ無い』って」

 「それって……」

 「『僕の知ってる凛ちゃんは”こんな”じゃ無い。だから自分を卑下しないで。悪いのは襲ったヤツだし、君は絶対悪くないから』って、あたしに話してくれたの」

 「……本当に、優しい人だったんだね」

 「……うん。だけど優斗君その後、肺ガンになって……若かったから病気の進行が早くて……あたし、もっとちゃんと突き飛ばした事謝罪したかったのに、もう謝る事も出来なくて……」

 その場に膝をつき、涙を流す凛。結は何も言わず、そっと凛を抱きしめた。



Scene.43 癒やしと希望、交差する感情

 結の胸元に顔を埋めたまま、凛が震える声で呟く。

 「あれから兄貴も笑わなくなった。あたしも気が付けば孤独になってた。あれから4年間、あたしは罪悪感にずっと縛られ続けてた。それを救ってくれたのは、結なんだ」

 「へ、わ、私?」

凛は結を見つめ、微笑む。

 「結と出会ってから、兄貴は昔の兄貴みたいに良く笑う様になった。あたしも好きな人が出来て、結も好きになって、ようやく前に進むきっかけが出来た。だから、だからね」

 ぎゅっと、結を強く抱きしめる凛。

 「お礼を言うのはあたしの方。結、あたしと出会ってくれて、本当に、本当にありがとう」

 「私の方こそありがとう。凛ちゃん、大好きだよ」

 「……あたしも、大好き」

涙が頬を伝う中で、二人はそっと顔を近づけ、今宵三度目のキスを交わした。



Scene.44 水野邸、夜の妄想タイム

 その頃、水野邸――

 「えへへ~今度は夜景をバックにキスする結さんと凛さん~。今日も尊い妄想が捗るわ~」

 にやけ顔の琴音が枕を抱えてベッドの上で転がっている。

 「……あの二人、まさかな」

 冷めた目でテレビを観ていた彩花が、ふと琴音に視線を送る。

 (まぁあの二人の場合、妄想が妄想にならないんだよね。まぁ相手が結さんだから許せるけど)

 悠真がソファで頷きながら、やれやれといった表情。

 「うふふ、琴音さんって本当に面白いわね~」

 志保がクスクスと微笑んでいた。



Scene.45 余韻と現実、そして約束

 再び亀老山。今治の夜景は変わらず煌めき続けていた。

 「いくら何でも今日はキスし過ぎだよ~、は、隼人くんに何て言えば!」

 結が顔を覆いながらうろたえる。

 「……結って兄貴にわざわざあたしとのキスの報告してるの?」

 「そりゃそうだよ! 罪悪感抱えたまま隼人くんとお付き合いしたく無いもん」

 「少しマジメ過ぎない? というか兄貴がキスの事知ってるって初耳なんだけど!」

 「……まぁ隼人くんの方からは何か言う事は無いと思うよ? この前話した時も『まったくアイツにも困ったもんだ』と笑ってたし」

 「……我が兄貴ながら心広すぎない?」

 「これが他の男だったら嫉妬するけど、相手が凛だから許せるって言ってた」

 「ブッ! それ朝にあたしが悠真に言ったセリフ!!」

 「そう言えばそうだよね!えへへ、似た者兄妹だ~」

 二人はまた声を上げて笑い合った。



Scene.46 新たな夜、そして手がかり

 「さて、もう今治に帰るよ」

 「この景色はさすがに後ろ髪引かれちゃうけど仕方が無いね」

 「結さ、ものは相談なんだけど」

 「はい?」

 「この前からのお礼も兼ねてさ、今日はあたしの家に泊まらない?」

 「凛ちゃんの家って、今治オートセンターに?」

 「そう。晩御飯に結にあたしの料理をご馳走したいし……それにこの前のお風呂で昔、結が自転車で転んで大怪我した所を助けてくれたライダーが居たって話してくれたでしょ?」

 「うん。それが何?」

 「ひょっとしたらだけど、あたしそのライダーに心当たりがあるんだ」

 暗闇の中、凛の目が静かに光っている。
 結はしばし驚いた表情のまま、やがて静かに頷いた。
-


 結と凛のしまなみタンデムツーリング Episode THE END.

To be Continued...
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