王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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平凡でいられぬ娘

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「侍女を1人増やす。だが面に出す仕事は避けたい。何とかなりそうか?」
また面倒なことを言い出したものだ。気まぐれなこの子を相手して25年。ある程度のことには慣れているがーーー
「...私は女ではないかとお聞きしたはずですが?」
あれ程多かった朝帰りが減り始めたのは1ヶ月以上前になる。菓子を手にあれ程穏やかな顔をして出かけて行く様子を見て分かってはいたのだが。
「恋人じゃない。訳あって王都で仕事を探しているんだが、軍に入りたいだの楽師は嫌だの...どうせ嫌がると思って侍女を提案したらそれで良いと言うんだ。仕方がないだろう。」
軍に入りたいとは変わった娘だ。楽師と言うことは市で音にでも惚れたのか。
「ですが殿下はその娘に恋心をお持ちでしょう。殿下が連れてきた侍女など、何を言われるか分かりませんよ。」
「....側に置くには、これしかないんだ。多少噂になるのは避けられん。だが出来るだけ気の良い者を教育係には選んでやってくれ。」
「私に殿下を誑かした娘を庇えと?」
「その言い方はやめろ、グレータ。俺が勝手に惚れただけだ。セラは俺に恋心はない。」
「確かですか?殿下がお声をかけて恋心を抱かない娘を探すのにいつも苦労しているのですよ。」
レオの地位、容姿を見て恋に落ちる女など数えきれない。侍女1人、選別するのに数ヶ月かけて行っている。余計な詮索、野望は抱かず口は固く、機転が利き素養のあるものなど早々おらず、執事長コンペルと共に絶えない苦労の一つなのだ。
「仕事に関しては問題ないはずだ。医療の知識もある。」
「医療の知識があるなら薬師にされては?そちらの方が面に出ることはありません。」
「....それだと俺が呼べないだろう。」
「....殿下の我儘には慣れているつもりですが、今回ばかりは呆れてしまいます。」
「悪いとは思ってる。だが面には出せん。」
「容姿ですか?」 
「容姿だけではないが、面に出せば一瞬で噂になるのは避けられん。」
「...危険過ぎます。その様な得体の知れない娘を屋敷に入れるなど。」
「お前がそう言いたくなるのは分かるが決定を変える気はない。セラの仕事を見て、どうしても問題があるなら考える。」
「...分かりました。」
頭の痛い仕事だ。それでも手筈は整えてセラという名の娘を出迎えた。
一目見て納得がいった。容姿、雰囲気、姿勢に佇まい。これでは面に出すことは出来やしまい。
レオの言う通り、仕事には何ら問題がなかった。唯一道に迷うことが難点だったが、それもクリアしたセラは1人で仕事を行うようになった。
衣服を流すように畳む畳み方一つ取っても平民には見えない。歩き方、食器の扱い方も教育を受けたものでなければ出来ないものだ。
セラは、浮いていた。
仕事を真面目にこなし、見た目より気さくな彼女は多くの侍女が認めるところで、最初のような反感は減っている。
エリシアやアメリスなど話し相手も出来てはいるようだがーーーー
拭いきれぬ違和感。この娘が雑用をこなしているとまるで高貴な娘を働かせている気分になってくる。本人は至って気にしていないようだが。
裏庭で水をやっているセラの元を訪ねてみる。ここに来るとどうも頭痛がしてグレータは苦手だった。
「貴女はいいの?このような雑務ばかりで。」
つい聞いてしまった。
「人前に出るのは得意ではないので正直助かっているのですが、別の仕事に回った方が良いでしょうか?」
「いいえ。私としては回って欲しいところだけれど、殿下がお許しにならないわ。」
「ああ....申し訳ありません。」
「貴方、礼儀作法はどちらで学ばれたの?」
「母が没落貴族の令嬢でプライドが抜けず、作法を多少教えられました。」
「お母様の家名は?」
「さあ...あまり家のことを語りたがらない人でしたので。ところでグレータ様、こちらの空いた花壇のスペースには何か植える予定があるのでしょうか?」
母親のことを話したくないのだろう。セラは話題を変えた。
「丁度植え替えているところのようね。また庭師にでも聞いてみるといいわ。」
「ここはハーブなども多いですね。王弟邸ともなればもっと華やかなものが多いかと思っていました。」
「殿下があまり好まれないのよ。貴女が言えば華やかになさるでしょうけど。」
苦笑いするセラはそれを望んでいるようには見えなかった。
「殿下のお好みで良いと思います。....グレータ様、頭痛でもおありですか?」
「よく分かったわね。」
「眉間にを仕切に寄せてらっしゃいます。他に症状などはありませんか?」
「少し胃が痛む感じがするのよ。ここに来るといつもね。」
「....ミントかもしれませんね。」
「ミント?」
「ミントには冷却作用があります。香りに敏感な方が匂うと頭痛や吐き気を催すことがあるのです。ここに来た時のみですよね?」
「ええ。他ではないわ。」
「頭痛だけでなくお腹の方もならミントだとは思います。中に入って、暖かいカモミール茶などを飲みましょう。」
確か医療の知識があると言っていた。つくづくこの娘の経緯が分からない。
「ええ...ハーブとは気がつかなかった。医務室で貰ってくるわ。」
「お供させていただきます。見立てが間違っているといけないので。」
そう言い連れて行ったセラを医者のコーリフ、そして助手のアシェルは気に入ったようだった。
「グレータ殿は中々医務室に来てくださらんからのう。そちらの侍女が連れて来たと?」
「私が行くと言ったのよ。自分の見立てが間違っていたら良くないからと言ってついて来たわ。」
「合っとると思いますぞ。グレータ殿、頭痛はいかがかな?」
「大分治って来たわね。お腹の方も問題ないからすぐ仕事に戻るわ。」
「それなら良い。ハーブは毒にも薬にもなるが、基本薬として使われるからあまり皆気づかない。医療の知識をお持ちかな?」
「多少は。本物の医者には及びません。」
「侍女ではなくここで薬師をせんか?丁度もう1人ぐらい欲しいと思っておった。」
セラはその手があったかと目が輝いている。
「殿下に聞いてみます。」
「そうなされ。」
レオがダメだと言ったらセラは落ち込むかもしれない。
磨けばそこら辺の貴族令嬢など圧倒してしまいそうな素養と資質を持ちながら本人には何の欲もないようだ。
『俺に恋心はない。』
今は確かにそうなのだろう。夜呼ばれてもハープを弾き、レオが眠ればセラは出てくる。初めて音色を聴いた時は惚れたのも仕方がないかと思ってしまった。ハープの名手で医療の知識を持ち、教養だけでなく生まれ持った素養まで持つ娘ーーーーー
恐らくどこに行っても平凡な生活は送れまい。
本人がそれを望まずとも。
もしセラがレオに恋心を抱くようになればどうなるのか。
レオを鎮め、落ち着かせてしまうセラ。レオは本気で惚れた相手を大事にする質だ。セラが意図せずレオを想うようになっても不思議ではない。
頭が痛い。
今度は茶を飲んだところで治まりそうになかった
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