王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

文字の大きさ
28 / 181

市で買った香りと、ほどけていく距離

しおりを挟む
「ねえ、今日市に出ない?」
そうアメリスが言い出したのは夕刻。仕事も終わりに差し掛かったところだった。
エリシアが答える。
「市?何買いに行くの?」
「香油が切れちゃったの。新しいリボンも欲しいし。」
「こんなところでお洒落してどうするのよ」
「出会いなんていつあるか分かんないんだから常に万全な状態でいなきゃダメよ!セラなんて香油すら使ってないでしょ!」
まさか飛び火してくるとは思っていなかった。
アメリスは真剣そのものだが。
「私は気にしてないから」
「ダメよ!今日いいの教えてあげるから試してみなさい。人生が変わるわ。」
そこまでではないと思う。思っても圧に負けて口にすることは出来ない。
「まあいっか。たまには市も悪くないしね。今日は仕事も早く終わったし。」
エリシアの一言で市に出ることが決まった。
通行許可証をもらい、出た市の賑わいは久しぶりで人知れず高揚してしまう。
「んー、これぞ解放!って感じよねえ。ずっとお屋敷にいたら潰れちゃうわ。」
「アメリスは貴族だよね?働かず結婚も出来たんじゃないの?」
「浮気した婚約者を詰って引っ叩いたのよ。そしたら働いて出直してこいって追い出されたの。」
「浮気されたんならそれくらいいいと思うけどねえ」
「でしょ?ほんと頭固いのよ!」
貴族の世界は面倒くさい。婚約者を決められた上に浮気されたなど踏んだり蹴ったりもいいところだ。
「いい人見つけなきゃね。」
「そうよ!折角軍部が近いんだから出会いが欲しいわ。貴女たちもどう?一緒に。」
「私は遠慮しておくわ。」
「私も。」
「セラはともかくエリシアまで...なんでそんなにつれないのよ。」
「私は家族のために働かないといけないから。」
普段明るいエリシアだが、覚悟を決めて働いているのだ。
「働く理由なんて様々よねえ。セラは?なんで働いてるの?」
まさか弟探しの一環でレオに手伝ってもらってるからなどと言えるわけがない。
「私も家族のためだよ。王都内の方が給金もいいしね。」
「そっかあ....あ、店着いた。」
香油を売っている店に着いた。
棚一面に並ぶ小瓶に反射する光と匂いの入り乱れる店内は酔ってしまいそうだ。
「エリシアはどれ使ってるの?」
「私はラベンダーが多いかな。」
「ならアメリスはローレル?」
「よく分かったわね。」
「匂いが言われてみればそうだと思って。」
「艶がよく出ていいのよ。セラは....そうね、カモミールかアーモンドなんかはどうかしら?」
「効果だけで言えば鎮静効果や抗菌作用もあるカモミール一択だけどね。」
「セラ、目的は髪を美しく見せることよ。目を向けるところはそこじゃないわ。」
アメリスは呆れているが仕方ない。職業病だ。
「私のおすすめはアーモンドよ。花も入っていて香りもいいから殿下も気にいるわ。」
「アメリス、声が大きい。」
エリシアの言う通りだ。王弟の侍女が市にいるなど、周りにバレてはいけないしそこじゃない。
「ならアーモンドにするわ。リボンも買うんでしょ?」
「そうね。行きましょ。」
「リボンはどこで買うの?」
「近くの小間物屋よ。あそこは可愛いのが置いてるわ。」
追い出されたとは言え貴族のアメリスは庶民が入るには少し敷居が高い店に容易く入っていく。
「どっちがいいかしら?ピンクと水色。」
「ピンクなら可愛く見えるし水色なら清楚に見えるかな。」
「この店かわいいね。私も何か買おうかな....」
エリシアは隣で髪留めを眺めている。
「セラならどっちを薦める?」
「んー.....こっちのパープルピンクはどう?可愛いけど大人に見えるわ。」
「あら、それいいわね。そうするわ。」
外に出ると市賑わいは落ち着き始めていた。
「遅くなったね。早く戻ろ。」
「そうね。」
帰ったのは門限ギリギリだった。
「危なかったね」
「ほんと。過ぎたら大目玉よ。」
「じゃあ私こっちだから。おやすみ。」
「おやすみ、アメリス。」
「じゃあ私も。またね。」
エリシアとアメリスに別れを告げ、部屋に戻る。買った香油を塗り櫛を通してみると確かに通りがいい。こんな通りのいい髪は久々だ。1人で感嘆していると戸を叩く音がした。もうそんな時間か。 
「今参ります。」
「殿下がお呼びですよ。」
「分かりました。」
レオは部屋に行くといつも髪に触れたがる。最初は恥ずかしい気もしたがいつの間にか慣れて心地いいとすら思う。しかしよく考えたら香油の感触は嫌いではないだろうか....
「香油、つけるようになったのか?」
部屋に入り、座らせたセラの髪に触れた開口一番、出てきたのはその言葉だった。
「はい、半ばアメリスの押し売りで買ったのですが....お嫌いですか?」
「いや、梳きやすくていい。匂いも少し甘くて...自分で選んだのか?」
耳元で囁くのはやめて欲しい。身震いする身体を悟られぬよう平静を装って答える。
「アメリスに薦められたものから選びました。特にこだわりがなかったので。」
「そうか。アメリスは確か貴族の侍女だったな?」
「はい。浮気した婚約者を引っ叩いたら働いてこいと家から追い出されたそうです。」
「なるほど、気の強そうなあの娘らしい。仲がいいのか?」
「そうですね。嫌味もなく、裏表もないので私は好きですが。」
「それならいい。お前は....なんというか、あまり友達がいるタイプには見えないからな。心配になる。」
「まあ確かにあまりいませんが。特に困ってないので大丈夫です。」
「お前は変なところ頑固だよな。菓子、食べるか?」
「いただきます。」
「ほんとこれだけは食いつきがいい。」
呆れられてもこれだけは特権だと享受していた。バターと砂糖、蜂蜜と卵を混ぜて焼かれた菓子はこの世にいる喜びを感じさせてくれる。
「美味いか?....なんて聞くまでもないな。俺と話してる時もそんな顔見せてくれてもいいんだぞ?」
「菓子は人と違って感情もなければ話もしないので遠慮がいらないのです。うーん、美味しい。」
「俺は菓子以下か.....」
「評価の基準が違います。王族の方にこんなことを言うべきではないのかもしれませんが、レオ様には気を抜いている方です。」
「本当か?」
「少なくとも髪を触られて心地いいとはあまり思いません。」
菓子を食べると素直になるのは気のせいではない。ぱあっと明るくなるレオはまるで犬みたいだ。いつもは気まぐれな猫みたいなのに。
「菓子は毎日用意しておくからな。楽しみにしておけよ。」
「この味に慣れた後が怖いですね....」
「俺が一生味わわせてやるから心配するな。」
それはどういう意味だとは怖くて聞く気にならなかった。
「そろそろ弾きますか?」
「お前話逸らしたな....まあいいだろう。弾いてくれ。」
夜も更けた部屋をハープの音と静寂が覆う。それはきっと、生まれてから1番平和な時間だ。そんなこと、口にはしないけれど。この時間を失うのが怖い。レオから逃げようとした最初、怖かったものの正体はこれなのかもしれない。セラに平安を与えるこの人との時間は永遠ではない。その事実から、何よりも目を背けたかった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

天才魔術師の仮面令嬢は王弟に執着されてます

白羽 雪乃
恋愛
姉の悪意で顔半分に大火傷をしてしまった主人公、大火傷をしてから顔が隠れる仮面をするようになった。 たけど仮面の下には大きい秘密があり、それを知ってるのは主人公が信頼してる人だけ 仮面の下の秘密とは?

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。 強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。 その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。 それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。 「ヴィヴィア、あなたを愛してます」 ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。 そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは? 愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。 ※この作品は、人によっては元鞘話にみえて地雷の方がいるかもしれません。また、ヒーローがヤンデレ寄りですので苦手な方はご注意ください。

公爵家の養女

透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア 彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。 見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。 彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。 そんな彼女ももう時期、結婚をする。 数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。 美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。 国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。 リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。 そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。 愛に憎悪、帝国の闇 回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった―― ※月曜にから毎週、月、水曜日の朝8:10、金曜日の夜22:00投稿です。 小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...