王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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堕とされた熱、溢れた愛

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友人のシェラードが婚約したと聞いたのは約1ヶ月前のことだった。公爵家の次男である彼とはよく市に抜け出し怒られたものだ。そんな彼が恋に落ち、婚約を結んだのは運良くというべきか伯爵家の子女だった。
堅苦しい宴は好きではないが友人の頼みとなれば参加しないわけにもいかない。主催者である彼自身は挨拶を済ませるとさっさと退席してしまい、レオはつまらない卓につくハメになっていた。こういった宴では香を焚くのが常だが今日はいやに鼻につく。
(早く帰りたいところだ。)
落ち着くセラの香りを思い出す。あの日からセラの様子が違う。レオを意識しているセラを見る度、切れそうになる理性に手を焼いても夜呼ぶことをやめられなかった。
隣には最近家督を継ぎ、勢いをつけていると言われるハンリース家の当主が席についていた。向かいにはその美貌で有名なアイルデール家の娘が座っている。何度か言い寄られたことのあるこの娘が向かいにいるのは不快だったが、今日は妙に大人しい。
「殿下、このような席におられるとは珍しい」
話しかけてきたのはハンリース家の当主だった。確か名前はランドールと言ったか。
「友人の祝事だ。来ぬわけにもいかぬだろう。」
「確かにそうですな。いやはや、本来ならこの席はエンハイム卿が座られるのでしょうが...もう座れんでしょうな。私にはどうにも荷が重いですが。」
「随分噂になっているようだな。」
「勿論ですとも。清廉潔白とされていたエンハイム卿がまさかあのような...ねえ?殿下はご存じでしたか?」
「ああ。噂で聞いた。」
知っているも何も、暴いたのはレオ自身だ。表が綺麗すぎたあの男が裏で行っていたのは夜会と称しながら麻薬を使った乱交酒宴だった。
「全く人は表の顔だけでは計れませんな...おや、殿下、お飲みにならないので?」
その言葉に手につけていなかったグラスを手に取ってみる。
ランドールの世間話に付き合いきれぬと話を終わらせようとした時、身体に異変を感じた。
心拍が速く、身体が熱い。熱でも出たのだろうかと思うが、響く女の声がやたらと艶っぽく聞こえることからすぐに違うと気づいた。
「殿下、顔色が優れませんわ。夜風にでも当たりませんこと?」
こいつか。今日は大人しくしていると思ったら狙いはこちらだったらしい。
いい機会だ。釘でも刺しておけば2度と仕掛けてこないだろう。
「そうだな。少し外に出る。」
そう言い外に出れば案の定女はついてきた。
絡められる腕と押し当てられる胸の感触は薬を飲んでいても不快だった。
「殿下、苦しいのであればこのまま私と....」
「お前と?反吐が出る。こんな薬を使おうがお前如きに欲情することはない。2度と話しかけてくるな。」
「なっ....!」
セラの前では見せることのない冷たい目と声。
いつもの軽妙な王弟しか知らないであろう女は固まっていた。
物言えぬ女を置き、馬車の方へ歩いていく。
「はぁ....」
あの女に欲情などしない。それは事実だったが飲まされた薬の効果は確かにあった。
「帰る。支度を。」
クシェルにそう告げればレオのただならぬ雰囲気を察したのだろう。従者たちが慌てて支度を始める。立つこともままならず、壁にもたれかかるレオにクシェルが不安げな顔をしている。
「殿下、ご気分が優れないのですか?」
「ああ。全く...俺としたことが油断した。」
「まさか毒ではないでしょうね?」
「死ぬようなものじゃない。まあある意味毒だがな。さっさと行くぞ。」
屋敷に着けばグレータが早い帰宅にも動じず迎える。
「殿下、お帰りなさいませ.....熱でもおありで?」
「いや...セラは?」
「湯の準備をしております。」
「そうか。セラを...部屋に近づけるな。」
「近づけないのですか?入れるではなく?」
「......ああ、そうだ。」
「....分かりました。」
歩くことすらままならない。一体どれほど強いものを使ったのか。
(そもそもどこから仕組まれていた?)
妙に強かった香、話しかけてきたランドール...全てが仕組まれていたとしたら厄介だ。
「クソッ....」
「殿下?」
聴こえてきたのは1番聴きたくて会いたくない人の声だった。
「セラ.....」
「大丈夫ですか?とにかく部屋へ...」
心配そうに見上げる顔は何よりも愛しいのに、今だけは現れてほしくなかった。自分の理性を抑える自信もなければこんな姿を見られたくもない。
「いい。自分で行ける...」
「もう部屋はすぐそこです。いいから行きましょう。」
抗う気力も残っていなかった。誘われるまま部屋に入りベッドに座ったレオの額にセラが手を当てる。
「熱...ではないですね。コーリフ医官を呼びますか?」
「いや、呼ばなくていい......セラ、俺から離れろ。」
「何を言って......まさか」
セラがハッとした。
「媚薬、ですか」
「ああ...油断した。だからセラ、早く出ろ。このままお前がここにいたら俺は手を出してしまう。」
「........別に、構いませんが。」
一瞬、薬が切れたかと思った。何を言っているのだと聞きかけた言葉はセラの意を決した顔に飲み込まれた。
「俺に、抱かれると言う意味だぞ?」
「分からず言うほど無知ではありません。私を抱けば薬が抜けるのでしょう?見たところ相当強いものを使われたようです。何もしなければ夜通し苦しむことになりかねません。」
「お前は、薬に苦しむ男がいれば誰にでも身体を差し出すのか?」
「まさか。そこまで聖人ではありません。レオ様であれば悔いはない。そう思っただけです。」
理性の糸が切れるには十分な言葉に、気づけば深く口づけていた。どれだけ欲したか分からないセラの唇の熱。舌を絡め入れると不器用に応える姿が愛おしくてたまらない。キスだけで感じる快感は、決して薬のせいだけではないだろう。
「んっ...はぁ....」
セラの口から漏れる甘い声。求めるように縋る手を掴み、腰を引き寄せた。その身体に手を這わせ、服に手をかけた瞬間、削られた最後の理性が今ここで抱けば後悔すると警鐘を鳴らす。
「っ....!」
思わず離した身体にセラが不思議そうな顔をした。
「レオ様?」
不安げな声を覆い隠すように抱きすくめる。
「違う...ダメだ。こんな風に抱きたかったんじゃない。」
「そんなことを言っている場合では...」
「優しく、抱くつもりだったんだ。お前に触れて、愛して....」
「レオ様、何を....」
「愛してる、セラ。だから、今日は.....出て行ってくれないか。」
セラのスモーキーグリーンの瞳が揺れていた。美しいその瞳を、身体を。叶うなら今すぐ抱きたい。だが、それではどうしたって違うのだ。
言葉を失ったセラは一瞬悲しげな顔をした後、部屋を出て行った。
閉まったドアを見て、自嘲してしまう。
「愚かな男だな、俺は...」
口にしてしまった。もう戻れない。触れたセラの唇の感触が消えることはなかった。
 
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