王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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幸福な時間を裂く刃

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幸福な時間を裂く刃
危なかった。触れてしまうところだった。
まさかあんな少しのことであれ程綺麗になるなんて......
あの侍女には礼を言わねばならない。育ちは悪くないのに純朴な性格を見込んでセラの侍女にしたのだが正解だった。セラも彼女を好んでいるようだ。
言質は取った。どんなドレスが似合うかと何度想像したか分からない。こんなことをセラに知られたら幻滅されそうだが。恥ずかしそうに顔を赤らめる姿を見ると意識してくれているのだと嬉しくなる。
馬車で向かいに座ったセラを眺めていた。無言で眺めていると逃げ場を失ったセラが視線を泳がせて俯いている。
逃げる姿を見るともっと追い詰めたくなった。セラにしか感じない加虐心の行き場はどうすればいいのだろう。
「.....街に着いたら何か食べるか?」
口を開いたレオにホッとしているのが伝わってくる。
「レオ様は朝食は取られたのですか?」
「ああ。お前は?」
「私も少しいただきました。」
「なら何か甘い物を買うか。入りたい店には入ればいい。今日は時間があるからな。」
甘い物と聞いてセラの目が光ったのをレオは見た。
「港町なだけに他では見ない菓子もあったはずだ。色々食べてみよう。昼食代わりだな。」
菓子と聞けば子供のような顔をする。化粧をして大人びたセラがその顔をすると妙な色っぽさがあった。
「幸せな昼食です。」
「普段昼食なんか食べもしないだろ。」
「甘い物はどこか違うところに入る仕組みでもあるのでしょうか。」
真顔でそんなことを言う。聡明なセラがたまにおかしなことを言い出すのが、レオは好きだった。
「着きました。」
御者の声に続き馬車が止まる。街から少し離れた屋敷から歩くことにしていた。そうしなければお忍びにならない。
街へ出ると人の声が飛び交い、肉の焼けた匂いに香や菓子の匂いが混じり食欲をそそる。
セラは街に目移りしているようだ。キョロキョロと動く瞳は今にも走り出してしまいそうだった。
人混みに入るとセラの手を取った。セラの驚いた顔が目に入る。
「.....はぐれるだろ。お前は変に迷うから。」
「.....外では迷わないと言ったではないですか。」
「そうだったか?」
物言いたげなセラを無視して歩き出す。確か入ってすぐだったはず――――
「ここだ。アーモンド粉で作られた変わった焼き菓子を売っている。」
「アーモンド粉ですか。どんな味なんでしょう。」
「さあな。それを試してみるんだろ。」
二つ買ってセラに渡す。セラは不思議そうに眺めた後口に頬張った。
「わ、軽い!詰まってなくてちょっと泡が溶けたみたいです。」
「悪くないな。変わった食感だ。泡みたいというのも分からなくない。」
新しい物を試すのにセラは抵抗はないらしい。それならばと別の店に引っ張ってみる。
「こっちはどうだ?異国の香辛料の混ざったケーキだ。好みは分かれるから嫌いかもしれないけどな。」
「どうでしょう?匂いは美味しそうです。」
「なら食べてみろ。ほら。」
「レオ様は食べないのですか?」
「俺は実は苦手でな。お前がどう思うか知りたい。」
「そうなのですか.....んっ美味しい!」
「美味しいのか?」
「これ、すごく美味しいです。」
菓子を食べて上機嫌になったセラは手を繋ぐ抵抗感も忘れてしまったらしい。握った手は何の躊躇いもなく握り返された。
「入りたい店があれば言えよ。このままだと菓子を制覇して終わりそうだからな。」
「失礼な...ちゃんと他の店にも入ります。レオ様は?行きたいところはないのですか?」
「あるにはあるな。見かけたら入る。」
あちこちに目を回しながらセラが一瞬立ち止まったのは貝細工の装飾店だった。小さい頃それなりに可愛い物が好きだったと言っていた。案外今も同じなのかもしれない。
「入るか?」
「あ、いえ....」
「遠慮するな。気になった店は全て入ればいい。」
小さく頷いたセラを連れて入った店内には髪留めからペンダントまで、様々な装飾品がおいてあった。
「可愛い....」
小声で呟かれた言葉。恐らく好きな物を素直に口にしたことすらないのだろう。
店内にはシンプルな物からパールや金糸をあしらった繊細な装飾品まで、幅広く扱っているようだ。
「これなんかどうだ?」
「わあ。金糸まで重なってる。凝ってて綺麗...」
「そちら、新作なんですよ。付けてみられますか?」
「ああ、頼む。」
戸惑うセラを他所に店主は手早い動きでセラの髪に髪飾りを付けた。
白蝶貝の光が反射し、散らばる真珠が揺れる飾りはセラの色気に溶けて儚さを醸していた。
「えっと...」
「.....よく似合う。これにしよう。」
「へ?」
「店主、これを。このままでいい。」
「あの、レオ様」
「何だ?」
「買っていただくつもりで入ったのではありません。」
「俺が買いたくて買ってるんだから俺の買い物に付き合ったと思えばいい。」
「そういう話ではない気がします。」
「つべこべ言うな。綺麗なものをもっと見たいと思って何が悪い。」
セラも諦めたようだ。早く慣れてもらいたい。侍女だった頃は贈りたくても贈れなかった。与えられる物を全て与え、彼女を満たすことが許されればいいのに。
港町らしい干物の屋台、船大工の工房に小物の露店などを回りながら気づけば日が沈み始めていた。
「そろそろ海に行くか?」
「そうですね。日が暮れてしまいます。」
海に向かって歩き始める。人が徐々に減る時間帯だ。
(気のせいか....?)
尾けられている。そう感じたのが気のせいではないと気づいたのは歩みを速めても気配が変わらなかったためだ。
「レオ様」
「気づいたか?」
「はい。3人でしょうか。かなり気配は消していますが、殺気が消えていません。」
「参ったな。後ろから護衛が来ているはずだ。お前は逃げろ。」
「いえ。ナイフならありますし、路地に誘い込めば私1人でも相手出来ます。その隙に逃げてください。」
「それこそ出来るわけないだろう。というかナイフなんかどこに隠してたんだ。」
「ドレスにはいつもナイフを仕込めるようにしてあります。」
生き延びるために必要なことだったのは分かるが物騒なセリフだ。
「....まさか侍女の時も持ってたんじゃないだろうな?」
「市に出る時は持っていましたが屋敷内では流石に持ってませんでしたよ。暗殺を疑われてはたまりません。」
「お前に暗殺されるなら悪くないか....」
「何馬鹿なこと言ってるんですか。もう埒が明きません。2人で相手しましょう。路地には樽が積み上がっています。影に隠れて待ち伏せれば1人か2人は確実に仕留められるはずです。護衛が気づけば勝機はあります。」
「.......仕方ない。そこの路地に入るぞ。」
セラの腰を引いて路地に入る。気づかれたと悟られるとまずいからだ。
樽の影に身を潜めて待っていた。
(来たな)
影は一瞬、人影がないことに気づき動きを止めた。
心臓を狙って踏み込んだが、男は寸前で身体を捻って避けた。
(浅いか....)
セラの方も仕留めるには至らなかったようだ。
だが傷は深く、思うようには動けまい。
手負い2人と万全な者が1人。レオに向かってくるとの予想に反して男たちはセラに向かって行った。
「なっ....」
狙いはセラの方か。男の動きに面食らい、動きが遅れる。
(間に合わない――――)
『買うのですか?』
『こういうのも面白いだろう。東洋の遊びだそうだ。帰ったら回してみるか。』
ポケットの中に入っている物の存在を思い出した瞬間、賊に向かって投げていた。
まさか物が飛んで来ると思っていなかった賊が気を取られたその瞬間、賊を切り落とした。残るは2人。
レオをどうにかせねばならないと判断した1人が剣をこちらに向けた。
「何者だ?」
「答える必要はない。」
手練れであることは分かる。だが――――
「悪いな。これでも軍長をやっているんだ。」
剣戟をいなし、その腕を切った。逃げようとする賊の元に、護衛が駆けつけた。
「その者を捕えろ!」
その声より早く、賊は崩れ落ちた。
セラが相手をしていた賊の剣がセラに向かって放たれる。
「セラ!」
賊の背を刺した。
倒れる賊の向こうに見えるセラの頬に、一筋の赤が見えた。
 
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