わたし、人魚かもしれない ~普通のOLが異世界に行ったら王子の婚約者になりました

水夏 すい

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ヴェルナード王国

ヴェルナード王国3

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 ヴェルナード王国――。

 その西側には広がる海、そして国境を囲む山や川によって豊かな水に恵まれたこの国。
 国民たちは、大地に宿る精霊の力を借りて生活を営んでいた。しかし、ある日を境に雨が全く降らなくなり、土地が乾き、人々は疲弊していく。
 危機感を抱いた王は、古からこの地に住む水の精霊王を呼び出し、雨を取り戻そうと試みたが、呼び出されたのは精霊王ではなく――なぜか、私だった。

 そして呼び出された場所は、なぜか第2王子の寝室で――


「……ということで、アルベルト様、今の話で間違いありませんでしょうか?」

 私は現状を整理し、自分の理解が合っているかを確認するように彼に問いかけた。
 そして執事さんが淹れてくれた紅茶を手に取り、そっと口をつけた。ほんのり甘くて優しい香りが広がり、疲れた体にじんわりと染み渡る。
 だが心の中では、先ほど執事さんから聞いた忠告が消えずに残っていた。

「アルベルト様に対しては“様”をつけて呼ぶこと」「発言は常に慎重に」

 最初からフランクにぐいぐい話すほうが日本人には難しい話。けれど相手は王子様。気付かぬうちに不敬をはたらいて打ち首なんてこともあるかもしれない、気をつけねば。


 さて、ここはアルベルト様の寝室。
 寝室という言葉では片づけられないほど広く、とても華やかで荘厳だ。
 荘厳なんて言葉を初めて使ったが、本当に言葉の通りで、目の前に広がるの美しい白と金を基調とした豪華な装飾品の数々。
 大ぶりだが品のあるシャンデリアが朝日に照らされ煌めいている。
 そして天井に施された彫刻、床に敷かれた分厚いが柔らかな絨毯など、どれもこれも一級品でこの部屋の主の高貴さを物語っている。

 中央にある私が落っこちたベッドは初めてみる大きさで、その周りにはふかふかのソファとテーブルが並び、さらに天井まで届く大きな本棚には無数の本がぎっしりと詰まっている。
 どこを見ても目を引くほどの美しさに満ちたこの部屋に、私はつい見惚れてしまう。


「概ね合っているよ」

 隣で書類に目を通しながら、黒髪を一つに結んだアルベルト様が静かに答えた。
 その言葉で私の意識は現状に戻る。
 彼はかっちりとした王子らしいジャケットを纏い、威厳ある姿でとても上品にお茶を召し上がっている。
 つい数時間前、彼に刃を向けられていたことを考えると、今の落ち着いた雰囲気が信じられないほどだが、彼が「危害を加えるつもりはない」と約束してくれた以上、今はその言葉を信じるしかない。
 やりとりをしていると、また急に吐き気とめまいがしたため、背もたれに深く座り直す。

「どうした?」

 俯く私の様子にすぐに気付いたアルベルト様が、顔を覗き込んできた。

「どうも体調が優れなくて……」

「おそらく、この世界に体が馴染んでいないのだろう」

 アルベルト様の声は冷静で、どこか優しさが滲んでいた。閉じた瞼の向こうに彼の表情を思い浮かべたが、それを確かめる余裕は今の私にはなかった。

「無理をせず、しばらく休んだほうがいい」

「馴染んでいない……って、まるで私が異世界から来たみたいな言い方ですね」

 その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
 異世界なんて言葉を現実で使う日が来るなんて、夢にも思わなかった。頭のどこかで「まさかね」と冷静に考えている自分がいる。

「残念だが……。 君が言う『日本』という国は、この世界には存在しない」

 その一言に、ドクンと心臓が跳ねる。思わず目を開けると、アルベルト様が広げた大きな地図が目に飛び込んできた。

「……これは、この世界の地図ですか?」

「そうだ。見ての通り、君の知る地名はどこにもない」

 地図に描かれた見慣れない地形、未知の国々。その一つ一つが、この場所が自分の知っている世界とはまるで違う場所であることを無言で主張していた。

「じゃあ、私は本当に……」

 その時、不意に声が割り込んだ。

“ふふ、そうだよ。マリはあっちの世界から落っこちてきたんだよー!”

 驚きに目を見開いて振り返ると、そこには私を助けてくれた羽の生えた小人がふわりと飛んでいた。

「小人さん、落ちてきたってどういうこと?」

「マリ、この子は精霊だ。それも高位の精霊だよ」

 アルベルト様はまるで予想していたかのように、驚くこともなく、淡々と書類に目を戻した。

 私は混乱しながら問いかけると、小人は空中でくるりと回転しながら、私の手のひらに降り立った。
 そして、ぺこりと頭を下げる。

“わたしはフォンテだよ、やーっとマリと話せて嬉しいな!”

 その声は軽やかで、どこか親しみやすさが漂っていた。どうやら、私が突然水を使えたのは、この精霊の力のおかげだったようだ。体調が優れないのも、まだ魔力が完全に戻っていないからだという。

「うーん、でもなぁ。魔力なんて、私にあるわけないんだけど……」

 そう言いながらも、手から水が流れたり、目の前に精霊が現れたりしている現実を否定するのは難しい。 頭がついていかない。

「まさか、アルベルト様も魔力をお持ちですか?」

「私は魔力を持っていない。ただ、精霊の加護を得ているから、その力を使うことはできる」

 アルベルト様はそう言うと静かに手をかざした。次の瞬間、彼の手のひらにふっと小さな炎が灯る。それは風に揺れることもなく、まるでそこに生きているかのように静かに燃え続けていた。その温かな輝きは、不思議と目を引き、思わず見入ってしまう。

 「これが精霊の力を借りた魔法だ」と、彼は簡潔に説明する。

 しかし、炎を見つめる彼の表情に一瞬影が差した。その曇りを見逃さなかったものの、初めて目の当たりにした魔法の神秘さに、私はつい目を奪われてしまう。
 その炎が、ただの光や熱ではなく、精霊そのものの力だと感じられるからだ。

「これが魔法なんですね」

“そう、そう、これが精霊魔法だよ。アルベルト様のはちょっと特殊だけどね。土地や物に宿る精霊たちから力を借りて、人は魔法を使うことができるんだー”

「じゃあ、その力が私にもあるってこと?」

“うん、マリにもすごい魔力があるよ。あ、そうだ、フィオレ――じゃなかった、花が何か言っていなかった?”

 花――それは私の母の名前だ。確か、母が荷物を持たせてくれていたことを思い出した。
 慌てて隣に置かれていたカゴバッグを探り、手を伸ばす。中には私の着替えとともに、醤油や味噌など、調味料がいくつか入っていた。なぜ調味料?と思いながらも、その奥に母の手作りクッキーを見つける。

「あっ! クッキーを食べるよう言われてたんだった!」

“早く食べたほうが良いかも。花が作ったものなら、魔力が安定して落ち着くはずだよ”

「よし!」

 言われた通り、クッキーを包装から取り出してひと口かじる。すぐに、母の優しい味が口の中に広がり、安心感が広がった。しかし、その安堵もつかの間、体に異変が起こり始める。

 生温かいものが全身を駆け巡り、まるで渦を巻くように激しく動き始める。意識がぼやけ、体がふらついた。

「マリ!」

 アルベルト様がすぐに私の背に手を回し、支えてくれる。体がぐらりと傾きかけたが、彼の手がしっかりと私を支えてくれた。

“さすがだね。魔力の戻りが早いから辛いかも。でも、少しすれば落ち着くよ”

 フォンテの言葉にほっとしたが、アルベルト様の表情は険しいままだった。

「まずいな。この魔力の強さだと、すぐに気づかれてしまう」

 アルベルト様の言葉が終わるや否や、寝室のドアが勢いよく開かれた。無数の兵士や、ローブをまとった人物たちが一斉に入ってきて、部屋は瞬く間に人で埋め尽くされた。
 まるで物語に出てくる騎士や魔法使いのような格好をした彼らの姿に、私は圧倒される。

 やがて、全員が整列し終わると、きらびやかな衣装を纏った一人の男が前に歩み出た。金髪に碧い瞳――アルベルト様に似ているが、その鋭い目つきと張り詰めた雰囲気はまったく異なった。

 彼と目が合うと、私はその冷たい視線にじっと見定められていることを感じた。

「ただの町娘に見えるがな。女、王がお待ちだ」

 彼は冷徹な声で告げると、マントを翻して背を向けた。

「兄さん!」

 アルベルト様が慌てて呼び止めるが、彼は振り返ることなく、そのまま去っていった。

「……はぁ。マリ、君に触れることを許してもらえるか?」

 アルベルト様が私に向かって静かに声をかけ、私の両膝の後ろに腕を回し始めた。

 まさか!

「ひぇ!」

 情けない声をあげてしまい、気づくと私はお姫様抱っこされていた。顔が真っ赤になっていくのを感じながら、恥ずかしさに耐えられず、思わず顔を俯けた。

「マリ、急で申し訳ないが、私と来てほしい。」

「え、どこに?」

「私の父、国王様のところだ。君は体調が優れないから、このまま向かうことにする」

「こ、国王様!?」

 叫んだ瞬間、頭が痛くなった。アルベルト様は私をしっかりと抱え、部屋に押し入ってきた者たちを従えて、長い廊下を進んでいった。
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