わたし、人魚かもしれない ~普通のOLが異世界に行ったら王子の婚約者になりました

水夏 すい

文字の大きさ
4 / 19
ヴェルナード王国

ヴェルナード王国2

しおりを挟む

「……マリ」

 心地良い声が聞こえる。どこか懐かしく、まるで幼い子供に語りかけるようなその響きは、私の心をふわりと包み込む。

「マリ」

 その声がさっきよりも近づいてくる。
 顔の両側から布が擦れる音がして、私は重たい瞼をゆっくりと開けた。薄暗い室内の中で目に飛び込んできたのは、私を殺そうとした男の顔。

「ひゃっ!」

 反射的に飛び起き、男の胸を両手で思い切り突き飛ばした。
 バランスを崩した男が驚きの声を上げるが、そんなことに構っていられない。
 これは夢じゃない、また殺される!

 私の心臓は恐怖で激しく脈打ち、無意識に両手を突き出して身を守ろうとした。しかし、男は私の手を素早く掴むと、深い声で静かに語りかけてきた。

「落ち着いて。もう君に危害を加えるつもりはない」

「嘘! そう油断させてまた殺そうとするんでしょう!?」

 恐怖が蘇り、男の手を何とか振り払おうとするが力が強く振りほどけない。しかし、その手に殺意の冷たさはなく、逆に熱を帯びていた。

「……どうか、落ち着いて話を聞いて欲しい」

 男は私の目線になり、落ち着かせようとゆっくりと話を進める。

「言い訳になるが、突然のことで焦ってしまった。君には怖い思いをさせてしまい申し訳ないと思っている」

 私を掴んでいた手はゆっくりと男の膝の上に置かれ、男の手がそっと私の手の上に重なった。

「君の精霊から話は聞いた。急な出来事だったそうだな」
 
 精霊という聞き慣れない言葉を当たり前のように使う男に思わず視線を向けると、優しく微笑まれてしまった。
 少し気恥ずかしい。

「あの、私の精霊ってどういうことですか?」

「色々と話したい所だが、その前に腕を見せて欲しい」

 そう言うと私の右手をそっと握り直し、袖をめくり上げた。その下には、先ほど押さえ込んだ時についた痣がくっきりと残っていた。

「……ひどいことをした。本当に申し訳ない」

 彼の声は低く、後悔が滲んでいた。指先でそっと痣に触れると、温もりが優しく伝わってくる。

「痛むか?」

「え……少しだけ」

 思わず素直に答えてしまう自分が不思議だった。状況が状況だけに警戒心はあるが、それでも彼の仕草には先ほどとは違った柔らかさがあった。
 
「少し待っていてくれ」

 彼はベッド脇の棚に置いてあった小瓶を手に取り、中から薄紫色の透明な液体を取り出した。瓶の中身が光を反射し、ほんのりとした輝きを放つ。

「これを塗れば少しは楽になるはずだ」

 声が落ち着いているからか、雰囲気に飲み込まれてしまったのか分からないが、拒む気力が湧いてこない。
 私はそっと頷くと、彼が液体を指先にとり、腕の痣に触れた。ひんやりとした感触が広がり、じわりと痛みが引いていく。

「冷たい……けど気持ちいい」

 無意識に漏らした言葉に、安心したようにまたそっと微笑んだのが分かった。

「あと少しで終わる」

 彼の顔は私の腕に近く、視線を下に向けたまま慎重に手当てをしている。その横顔の美しさに気づいた瞬間、ふと意識してしまった。

 指が丁寧に痣を覆っていくたびに、変に心臓が高鳴るのを感じた。体が自然にこわばり、意識がどうしても彼の顔に向かってしまう。
 どうしよう、顔が物凄く近い……近すぎるっ!

「あ、あの……ここってどこなんですか?」

 恥ずかしさをごまかすため、私は慌てて話題を変えた。

「ここはヴェルナード城にある私の部屋だ」

 また聞き慣れない言葉に頭が追いつかずにいると、そんな私の様子に彼は何かに気付いたような顔をした。

「ここは水の国、ヴェルナード王国だ」

「ヴェルナード……?」

 初めて耳にする国名に、思わず繰り返す。彼の言葉を反芻していると、薄暗い部屋に朝の光が差し込んできた。その光に照らされたアルベルトの姿が目に飛び込んできた。

 背中まで届く艶のある黒髪、透き通る青い瞳、そして整いすぎた顔立ち。柔らかな白いシャツに金ボタンが付いた清潔感のある服が彼の上品さを際立たせている。

「王子様みたい」

 思わず口をついて出た言葉に、彼が一瞬驚く素振りを見せる。だが、すぐに口元に微かな笑みを浮かべた。

 その笑顔にドキッとしている間に、彼はまだ握っていた私の手をそっと持ち上げ、音を立てて唇を落とした。


 チュ

「な、なななな!」

 突然の行動に、私は慌てて手を引こうとする。だが、アルベルトはその手を放さない。
 私は顔が一気に熱くなるのを感じた。

「名乗るのが遅くなってしまった」

 彼は堂々とした佇まいで私を見つめ、静かに語りかけてくる。
 その姿に目を奪われずにはいられない。



「私はヴェルナード王国、第2王子アルベルト・リグノーア」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生バレ回避のはずが、領主の息子に見つかって恋をした。

黒蜜きな粉
恋愛
前世で遊び尽くしたRPGの世界に転生した少女ルーシ。 この世界で転生者は特別な存在として保護され、自由を奪われる。 英雄になんてなりたくない。 ルーシの望みはただひとつ──静かに暮らすこと。 しかし、瀕死の重傷を負った領主の息子アッシュを救ったことで、平穏な日常は崩れ始める。 才能への評価、王都への誘い、そして彼から向けられる想い。 特別になりたくない転生治癒師と、 彼女を見つけてしまった領主の息子の物語。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

社畜OL、異世界で「天使」になる ~私を拾ってくれた太陽の騎士様が、過保護で嫉妬深くて、めちゃくちゃ愛してきます~

藤森瑠璃香
恋愛
連日の残業と終わらないプロジェクトの果てに、OLの佐藤美月は過労で意識を失う。次に目覚めた時、そこはアーサー王が治める国「キャメロット」だった。 森で魔物に襲われ絶体絶命の私を救ってくれたのは、「太陽の騎士」と呼ばれる最強の騎士ガウェイン。しかし彼は、強くて純粋だけど、少し子供っぽい脳筋騎士様だった! 「護衛だ!」と宣言しては一日中手を繋いで離さず、他の男性と話しただけであからさまに嫉妬したり……。その過保護で独占欲の強い愛情表現に戸惑いながらも、仕事に疲れた美月の心は、彼の太陽のような笑顔に癒されていく。 やがて王の顧問となった彼女は、現代知識とPMスキルを武器に「魔女」の嫌疑を乗り越え、国を救う「キャメロットの天使」へ。 不器用で一途な騎士様から贈られる、甘すぎるほどの溺愛に満ちた、異世界シンデレラストーリー、ここに開幕!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

能天気な私は今日も愛される

具なっしー
恋愛
日本でJKライフを謳歌していた凪紗は遅刻しそうになって全力疾走してたらトラックとバコーン衝突して死んじゃったー。そんで、神様とお話しして、目が覚めたら男女比50:1の世界に転生してたー!この世界では女性は宝物のように扱われ猿のようにやりたい放題の女性ばっかり!?そんな中、凪紗ことポピーは日本の常識があるから、天使だ!天使だ!と溺愛されている。この世界と日本のギャップに苦しみながらも、楽観的で能天気な性格で周りに心配される女の子のおはなし。 はじめて小説を書くので誤字とか色々拙いところが多いと思いますが優しく見てくれたら嬉しいです。自分で読みたいのをかいてみます。残酷な描写とかシリアスが苦手なのでかかないです。定番な展開が続きます。飽き性なので褒めてくれたら続くと思いますよろしくお願いします。 ※表紙はAI画像です

処理中です...