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第二章 東常真心
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「朝だよ。もう起きて支度をしないと」
肩を叩かれ、森ヲ噛零一は仕方なく二度寝をやめ、もそもそと布団から出る。
夜のうちに雨が降っていたのか、春を告げる庭の花たちが、朝日にあたりキラキラと光っていた。土のかおりがここまで届き、零一はあくびと一緒に吸い込んだ。
「ご飯できているからね」
「はーい」
毎日の習慣である草むしりのため、“かぁさん”は草履をつっかけて縁側から庭へおりる。
零一は寝巻きから用意されていた服に着替え、布団を押し入れにしまう。
側に置かれたランドセルはかぁさんが用意してくれたもので、今日からこれを背負って小学校という所に通うのだ。
リビングのテーブルには、けして上手とは言えないが、バランスのいい食事が1人分揃っていた。
「いただきまーす」
食べながら、かぁさんの姿を目で追う。
一通り草を抜いたら、花壇から花を1本刈り、丁寧に余分な葉を落とす。それを持って家に戻ってきたら、柱の影にあるちいさい壺に入れた。
零一からしてみれば、そこがどう特別なのかわからないが、かぁさんにとってはとても大切らしい。
かぁさんは壺の前で正座し、ふと零一を見てきた。口の中がいっぱいなので、零一は「なに?」と首を傾げた。
かぁさんはほほ笑んで、また花をながめる。毎日の光景だ。
零一は残さず食べ、ごちそうさまをして支度に取りかかった。
風のない森は静かで、零一とかぁさんの2人分の足音しか聞こえない。
森を抜けると、舗装されていない林道に出る。ここからは零一ひとりで行かなくてはならない。
「······まだ一緒に行ってほしいかい?」
零一はかぁさんを見上げ首を振る。
「かぁさんそう言って、結局学校までついてきちゃうんでしょ? だめだよ、また女の人に囲まれちゃう。かぁさん困っちゃうじゃん」
だからひとりで行く、と零一はつないでいた手を離した。
「零一の言うとおりだ。───それじゃあ、行ってらっしゃい」
「いってきまーす」
零一はかぁさんに手を振って歩き出す。ひとけはなく、草や樹の若芽のかおりが辺りを包んでいる。ちいさい羽虫の虫柱があり、避けて通った。
舗装されている道まで出た。そこで振り返ってみると、かぁさんが林のなかにいた。
「え、まだいる」
零一は苦笑いしながら大きく手を振った。かぁさんも肩の位置で振り返してくれた。
「心配性だなぁ」
丁字路を曲がり、学校へ向かう。
零一とかぁさんの住む家は町外れの森にあり、学校まで行くとなると結構な時間が掛かる。
バスはなく、自転車も許可されていないので、地道に歩くしかないのだ。しかし零一はそれを苦と思わず、町の散策に丁度いいと思っていた。
学校に着いた頃には、もう数人のクラスメイトがいた。初日からすでに仲良さそうに話している子もいれば、ぽつんとただ席に座っているだけの子もいる。
零一は先日の説明会で言われていたとおり、自分の席を探す。
「───あった」
ランドセルをおろし、早速座ってみる。ちょっと高い机に、お道具箱が身を潜めていた。引っ張り出してみる。
「何に使うんだろ、これ」
よくわからないのでしまう。
筆箱と下敷きを取り出し、えんぴつをいじる。が、すぐに飽きた。
窓のほうを見れば、くせ毛なのかボサボサ頭の子がいたり、“してはいけないこと”に書いてあった黒板に落書きしている子もいる。また教室に知らない子が来た。
零一は家庭の事情というやつで、保育園や幼稚園に通わなかった。小学校が義務教育というもので、6歳になったらそこに通って色んなことを学ぶんだよ、とかぁさんが教えてくれたので、零一は興味を示し、行くことになったのだ。
なので、当然知らない子ばかり。
先生が来るまでまだ時間がある。
「ん~、ひま」
誰か話し相手になってくれないだろうか。
教室の端から端まで見渡す。しかしこれといった人はいない。
「·········」
ふと、零一は後ろの席を見た。
眼鏡が大きいのか顔が小さいのか、その男の子は本を読みながら何度もずれる眼鏡をなおしていた。
机のすみにある名前を確認する。漢字に平仮名のふりがなで、「東常真心 とうじょうまなか」とある。
「とうじょう、まなか······」
零一のつぶやきが聞こえたのか、男の子が顔を上げた。目が合うと、驚いて「あ」と口を開けた。
零一はかぁさんに言われたとおり、にかっと笑って挨拶をする。
「まなかくんだね。わたし、れいいち。男の子みたいな名前だけど、女の子だからね。これからよろしく!」
男の子は数秒固まり、「あ、えっと」とおろおろし、また零一に向き直る。
「れ、れいいちちゃん。よろしく」
「あ、“ちゃん”ってつけないで。名前だけでいいから」
「じゃあ······れいいち。ぼくのことも名前だけで呼んでよ」
「うん、いいよー。ねえねえ、なに読んでるの?」
「えっと、これはね───」
こうして彼、東常真心が零一の友人第1号となった。
真心は自分から話しかけることが苦手な性格で、話しかけてもらわないとずっとひとりで読書をしている。零一以外の子も話しかけるのだか、長く会話が続いたことはない。
興味本位と話しやすさで、零一は真心とばかり一緒にいることが多く、家に帰ってかぁさんに「今日あったこと」を報告するときも、真心のことばかりだった。
小学校がはじまって1ヶ月ほどたった頃、零一は真心以外の子とあまり仲良くなっていないことを自覚した。むしろ避けられている。
こっそり机に虫の死骸が入れられていたりするが、これはクラスの誰かがしているようだった。
「あ、モンシロチョウ······」
今日入っていたのは、羽がボロボロになってしまった蝶々。
「かわいそう······」
零一はポケットティッシュを取り出す。そこに真心が登校してきた。
「おはよう、零一。······また入ってたの?」
「うん。もう死んじゃってる」
そっとティッシュにくるみ、ランドセルにしまう。帰ったら庭のすみに埋めてあげよう。
「······零一は、こんなことされて嫌じゃないの?」
「どうして? 虫たちはかわいそうだけど、わたしは気にしてないよ。机も汚れたらきれいにすればいいだけだし」
「そっか······零一はつよいね。ぼくなんか、“モナカ”って言われてすごく嫌な気持ちになるのに」
「え、モナカ? モナカっておいしいよね。真心は食べたことある?」
「な、ないよ。嫌いだから」
「どうして?」
「名前、それに似てるって言われるから」
「ふーん。真心って、食わず嫌いなんだね」
「······まぁ、食べたことないのに嫌いって言うのはおかしいかもしれないけど······」
続々とクラスメイトが登校し、仲良く話している2人をちらちらと見ては、影で内緒話する子たちもいた。しかし当の本人たちはまったく気づいていないのであった。
零一への嫌がらせは、月日が経つにつれ悪質になっていった。
毎日上履きがゴミ箱に入れられ、お道具箱は土まみれになり、机の名前には「零一くん」と書き足される。だがやはり、零一は気にしていなかった。
ただ、犠牲になる虫たちがかわいそうで、心が痛くなるのだ。
ある日の放課後、そんな様子の零一に、真心が提案した。
「零一、コンビニ行こう」
「いまから? 1回家に帰ってからじゃないとだめじゃないっけ」
「いいから。ランドセルは近くの公園に置いていけばいいんだしさ。ちゃんとお母さんからおこづかいもらってるし、大丈夫。ね、行こう」
「······うん」
真心からなにかしようと言うのは珍しく、零一はいつになく元気な彼にしたがうことにした。
公園の、人目のつかないところにランドセルを隠し、2人はコンビニに向かった。
入店すると、店員がだるそうに「いらっしゃーませー」と言った。零一はコンビニに来ること自体がはじめてで、テーマパークに来たようにキョロキョロする。
「真心、なにか買うの?」
「うん。チャレンジだよ」
「チャレンジ······?」
真心が店の奥に進む。零一もついていく。
「あった」
真心がアイスコーナーから取り出したのは、「モナカアイス」だった。
「あっ、モナカ! しかもアイス!」
「そうだよ。零一の分もあるよ」
真心はアイスを2つ抱えレジに向かう。カウンターに置いたら、緊張した声でだるそうにしている店員に声をかけた。
「す、すみません。これと、あとぴ、ピザまんも2つください!」
「はぁい、少々お待ちくださぁい」
店員は眠そうに目をしょぼつかせながらピザまんをケースから取り出し、アイスとは別の袋に入れてくれた。
真心はお金を出し、おつりを受け取る。
「ありがとうございます!」
真心が律儀に頭を下げるので、店員もぎこちなく「あ、ありがとごあまぁーす」と頭を下げた。
袋を2つ持ち、2人はコンビニを出る。
駆け足で公園まで戻ってくると、木陰に座り込んだ。
「き、緊張したーっ」
真心は額から汗を流し、笑った。
「大丈夫? わたしの分まで······」
「うん。お母さんもいいよって言ってくれてたから。───はい、どうぞ」
差し出された袋。温かいのと冷たいのがある。
「溶けちゃうから、アイスから食べよう」
零一はアイスを1つ取り、真心に袋を返した。
アイスの袋を開けると、モナカの香ばしいかおりがふわっと鼻に来た。
「「いただきまーす」」
そろって言ったが、いざ食べたのは真心だけで、零一はそんな彼を見てずっと思っていた疑問を口にする。
「······真心、どうして急にコンビニ行こうって言ったの?」
「ん? んぁ、いっへななっはね」
アイスを飲み込んでから真心は答えた。
「虫のことで落ち込んでたんじゃないかなって思って。それで、零一言ってたじゃん、モナカおいしいよって。だからそれ食べたら、零一が元気になれるかなって考えたんだ。
ぼくも零一に言われてから、ずっと食べてみたいなって思ってたんだ。でもなかなか勇気が出なくて······」
ピザまんもコンビニに来る度に気になっていたのだ。
「でも、零一が一緒だから買えたよ! ───ほんと、零一が言ったとおりだ、モナカっておいしいね!」
真心が口端にモナカのかけらを付けたまま笑うので、なんだか零一もおかしくなって吹き出すように笑った。そしてアイスにかじりついた。
「ん、つめたぁ!」
緊張で火照った体に、アイスの冷たさは丁度よかった。
ピザまんも食べ終えた2人は、昨日の好きなアニメの話をして、帰る支度をする。
そこで真心はランドセルに入れっぱなしだったものを思い出し、零一に声をかけた。
「零一、ちょっと見てほしいんだけど」
「なに?」
ランドセルを背負い、真心の側に行く。
「これ、今日の時計の勉強で使うために、お母さんにかりてきたものなんだけど」
真心が見せたのは、シンプルな腕時計だった。
「これがどうかしたの?」
「うん、見つけたんだ」
「······なにを?」
真心が時計を逆さにし、文字盤を指さす。
「ここ。ほら、10時のとこ。“レイイチ”になってるでしょ」
「あ、ほんとだ」
「授業してるときに気づいたんだ。零一がいるって」
「わたし、全然気づかなかった。真心すごいね」
照れてほほを赤くする真心は、逆さにしたままで時計を腕につける。
「ぼく、これから腕時計をつけるときは、こうやってつけるね。それから───」
真心はつま先立ちになり、零一の額にそっとキスをした。
「······お母さんが、痛いところにこうやってすると、痛いのがなくなるんだって」
おまじないだよ、と真心はさらに赤くなる。
零一はなんだかくすぐったい気持ちになり、ほほをゆるめた。
「あははっ。うん、ありがと真心。元気でた!」
肩を叩かれ、森ヲ噛零一は仕方なく二度寝をやめ、もそもそと布団から出る。
夜のうちに雨が降っていたのか、春を告げる庭の花たちが、朝日にあたりキラキラと光っていた。土のかおりがここまで届き、零一はあくびと一緒に吸い込んだ。
「ご飯できているからね」
「はーい」
毎日の習慣である草むしりのため、“かぁさん”は草履をつっかけて縁側から庭へおりる。
零一は寝巻きから用意されていた服に着替え、布団を押し入れにしまう。
側に置かれたランドセルはかぁさんが用意してくれたもので、今日からこれを背負って小学校という所に通うのだ。
リビングのテーブルには、けして上手とは言えないが、バランスのいい食事が1人分揃っていた。
「いただきまーす」
食べながら、かぁさんの姿を目で追う。
一通り草を抜いたら、花壇から花を1本刈り、丁寧に余分な葉を落とす。それを持って家に戻ってきたら、柱の影にあるちいさい壺に入れた。
零一からしてみれば、そこがどう特別なのかわからないが、かぁさんにとってはとても大切らしい。
かぁさんは壺の前で正座し、ふと零一を見てきた。口の中がいっぱいなので、零一は「なに?」と首を傾げた。
かぁさんはほほ笑んで、また花をながめる。毎日の光景だ。
零一は残さず食べ、ごちそうさまをして支度に取りかかった。
風のない森は静かで、零一とかぁさんの2人分の足音しか聞こえない。
森を抜けると、舗装されていない林道に出る。ここからは零一ひとりで行かなくてはならない。
「······まだ一緒に行ってほしいかい?」
零一はかぁさんを見上げ首を振る。
「かぁさんそう言って、結局学校までついてきちゃうんでしょ? だめだよ、また女の人に囲まれちゃう。かぁさん困っちゃうじゃん」
だからひとりで行く、と零一はつないでいた手を離した。
「零一の言うとおりだ。───それじゃあ、行ってらっしゃい」
「いってきまーす」
零一はかぁさんに手を振って歩き出す。ひとけはなく、草や樹の若芽のかおりが辺りを包んでいる。ちいさい羽虫の虫柱があり、避けて通った。
舗装されている道まで出た。そこで振り返ってみると、かぁさんが林のなかにいた。
「え、まだいる」
零一は苦笑いしながら大きく手を振った。かぁさんも肩の位置で振り返してくれた。
「心配性だなぁ」
丁字路を曲がり、学校へ向かう。
零一とかぁさんの住む家は町外れの森にあり、学校まで行くとなると結構な時間が掛かる。
バスはなく、自転車も許可されていないので、地道に歩くしかないのだ。しかし零一はそれを苦と思わず、町の散策に丁度いいと思っていた。
学校に着いた頃には、もう数人のクラスメイトがいた。初日からすでに仲良さそうに話している子もいれば、ぽつんとただ席に座っているだけの子もいる。
零一は先日の説明会で言われていたとおり、自分の席を探す。
「───あった」
ランドセルをおろし、早速座ってみる。ちょっと高い机に、お道具箱が身を潜めていた。引っ張り出してみる。
「何に使うんだろ、これ」
よくわからないのでしまう。
筆箱と下敷きを取り出し、えんぴつをいじる。が、すぐに飽きた。
窓のほうを見れば、くせ毛なのかボサボサ頭の子がいたり、“してはいけないこと”に書いてあった黒板に落書きしている子もいる。また教室に知らない子が来た。
零一は家庭の事情というやつで、保育園や幼稚園に通わなかった。小学校が義務教育というもので、6歳になったらそこに通って色んなことを学ぶんだよ、とかぁさんが教えてくれたので、零一は興味を示し、行くことになったのだ。
なので、当然知らない子ばかり。
先生が来るまでまだ時間がある。
「ん~、ひま」
誰か話し相手になってくれないだろうか。
教室の端から端まで見渡す。しかしこれといった人はいない。
「·········」
ふと、零一は後ろの席を見た。
眼鏡が大きいのか顔が小さいのか、その男の子は本を読みながら何度もずれる眼鏡をなおしていた。
机のすみにある名前を確認する。漢字に平仮名のふりがなで、「東常真心 とうじょうまなか」とある。
「とうじょう、まなか······」
零一のつぶやきが聞こえたのか、男の子が顔を上げた。目が合うと、驚いて「あ」と口を開けた。
零一はかぁさんに言われたとおり、にかっと笑って挨拶をする。
「まなかくんだね。わたし、れいいち。男の子みたいな名前だけど、女の子だからね。これからよろしく!」
男の子は数秒固まり、「あ、えっと」とおろおろし、また零一に向き直る。
「れ、れいいちちゃん。よろしく」
「あ、“ちゃん”ってつけないで。名前だけでいいから」
「じゃあ······れいいち。ぼくのことも名前だけで呼んでよ」
「うん、いいよー。ねえねえ、なに読んでるの?」
「えっと、これはね───」
こうして彼、東常真心が零一の友人第1号となった。
真心は自分から話しかけることが苦手な性格で、話しかけてもらわないとずっとひとりで読書をしている。零一以外の子も話しかけるのだか、長く会話が続いたことはない。
興味本位と話しやすさで、零一は真心とばかり一緒にいることが多く、家に帰ってかぁさんに「今日あったこと」を報告するときも、真心のことばかりだった。
小学校がはじまって1ヶ月ほどたった頃、零一は真心以外の子とあまり仲良くなっていないことを自覚した。むしろ避けられている。
こっそり机に虫の死骸が入れられていたりするが、これはクラスの誰かがしているようだった。
「あ、モンシロチョウ······」
今日入っていたのは、羽がボロボロになってしまった蝶々。
「かわいそう······」
零一はポケットティッシュを取り出す。そこに真心が登校してきた。
「おはよう、零一。······また入ってたの?」
「うん。もう死んじゃってる」
そっとティッシュにくるみ、ランドセルにしまう。帰ったら庭のすみに埋めてあげよう。
「······零一は、こんなことされて嫌じゃないの?」
「どうして? 虫たちはかわいそうだけど、わたしは気にしてないよ。机も汚れたらきれいにすればいいだけだし」
「そっか······零一はつよいね。ぼくなんか、“モナカ”って言われてすごく嫌な気持ちになるのに」
「え、モナカ? モナカっておいしいよね。真心は食べたことある?」
「な、ないよ。嫌いだから」
「どうして?」
「名前、それに似てるって言われるから」
「ふーん。真心って、食わず嫌いなんだね」
「······まぁ、食べたことないのに嫌いって言うのはおかしいかもしれないけど······」
続々とクラスメイトが登校し、仲良く話している2人をちらちらと見ては、影で内緒話する子たちもいた。しかし当の本人たちはまったく気づいていないのであった。
零一への嫌がらせは、月日が経つにつれ悪質になっていった。
毎日上履きがゴミ箱に入れられ、お道具箱は土まみれになり、机の名前には「零一くん」と書き足される。だがやはり、零一は気にしていなかった。
ただ、犠牲になる虫たちがかわいそうで、心が痛くなるのだ。
ある日の放課後、そんな様子の零一に、真心が提案した。
「零一、コンビニ行こう」
「いまから? 1回家に帰ってからじゃないとだめじゃないっけ」
「いいから。ランドセルは近くの公園に置いていけばいいんだしさ。ちゃんとお母さんからおこづかいもらってるし、大丈夫。ね、行こう」
「······うん」
真心からなにかしようと言うのは珍しく、零一はいつになく元気な彼にしたがうことにした。
公園の、人目のつかないところにランドセルを隠し、2人はコンビニに向かった。
入店すると、店員がだるそうに「いらっしゃーませー」と言った。零一はコンビニに来ること自体がはじめてで、テーマパークに来たようにキョロキョロする。
「真心、なにか買うの?」
「うん。チャレンジだよ」
「チャレンジ······?」
真心が店の奥に進む。零一もついていく。
「あった」
真心がアイスコーナーから取り出したのは、「モナカアイス」だった。
「あっ、モナカ! しかもアイス!」
「そうだよ。零一の分もあるよ」
真心はアイスを2つ抱えレジに向かう。カウンターに置いたら、緊張した声でだるそうにしている店員に声をかけた。
「す、すみません。これと、あとぴ、ピザまんも2つください!」
「はぁい、少々お待ちくださぁい」
店員は眠そうに目をしょぼつかせながらピザまんをケースから取り出し、アイスとは別の袋に入れてくれた。
真心はお金を出し、おつりを受け取る。
「ありがとうございます!」
真心が律儀に頭を下げるので、店員もぎこちなく「あ、ありがとごあまぁーす」と頭を下げた。
袋を2つ持ち、2人はコンビニを出る。
駆け足で公園まで戻ってくると、木陰に座り込んだ。
「き、緊張したーっ」
真心は額から汗を流し、笑った。
「大丈夫? わたしの分まで······」
「うん。お母さんもいいよって言ってくれてたから。───はい、どうぞ」
差し出された袋。温かいのと冷たいのがある。
「溶けちゃうから、アイスから食べよう」
零一はアイスを1つ取り、真心に袋を返した。
アイスの袋を開けると、モナカの香ばしいかおりがふわっと鼻に来た。
「「いただきまーす」」
そろって言ったが、いざ食べたのは真心だけで、零一はそんな彼を見てずっと思っていた疑問を口にする。
「······真心、どうして急にコンビニ行こうって言ったの?」
「ん? んぁ、いっへななっはね」
アイスを飲み込んでから真心は答えた。
「虫のことで落ち込んでたんじゃないかなって思って。それで、零一言ってたじゃん、モナカおいしいよって。だからそれ食べたら、零一が元気になれるかなって考えたんだ。
ぼくも零一に言われてから、ずっと食べてみたいなって思ってたんだ。でもなかなか勇気が出なくて······」
ピザまんもコンビニに来る度に気になっていたのだ。
「でも、零一が一緒だから買えたよ! ───ほんと、零一が言ったとおりだ、モナカっておいしいね!」
真心が口端にモナカのかけらを付けたまま笑うので、なんだか零一もおかしくなって吹き出すように笑った。そしてアイスにかじりついた。
「ん、つめたぁ!」
緊張で火照った体に、アイスの冷たさは丁度よかった。
ピザまんも食べ終えた2人は、昨日の好きなアニメの話をして、帰る支度をする。
そこで真心はランドセルに入れっぱなしだったものを思い出し、零一に声をかけた。
「零一、ちょっと見てほしいんだけど」
「なに?」
ランドセルを背負い、真心の側に行く。
「これ、今日の時計の勉強で使うために、お母さんにかりてきたものなんだけど」
真心が見せたのは、シンプルな腕時計だった。
「これがどうかしたの?」
「うん、見つけたんだ」
「······なにを?」
真心が時計を逆さにし、文字盤を指さす。
「ここ。ほら、10時のとこ。“レイイチ”になってるでしょ」
「あ、ほんとだ」
「授業してるときに気づいたんだ。零一がいるって」
「わたし、全然気づかなかった。真心すごいね」
照れてほほを赤くする真心は、逆さにしたままで時計を腕につける。
「ぼく、これから腕時計をつけるときは、こうやってつけるね。それから───」
真心はつま先立ちになり、零一の額にそっとキスをした。
「······お母さんが、痛いところにこうやってすると、痛いのがなくなるんだって」
おまじないだよ、と真心はさらに赤くなる。
零一はなんだかくすぐったい気持ちになり、ほほをゆるめた。
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