0110.

緋崎辰也

文字の大きさ
9 / 18
第三章 東井マナカ

2

しおりを挟む
    プシッと小気味よい音がして、東井マナカは鉄板から隣に座っている泰希たいきへ視線を移す。
    友人は豪快にアルミ缶を呷っていた。

「びっくりした、酒かと思ったぜ」

    泰希は東井と歳が同じで、まだ未成年だ。彼はうぷっとちいさくゲップし、ははと笑う。

「ちがうちがう、トマトジュースだからこれ。でももしかしたら持ってきてるやついるかもしれないぜ」

「それはおそろしいな」

    東井は焼きそばを焦がさないよう炒めながらも、川に入ってキャッキャしている友人たちを見遣った。
    いいやつらではあるが、その危険性はある。夏休みに入ってずいぶん羽を伸ばしているので、自分の目の届かないところで飲んでいそうだ。

「······焼きそばできたけど、食べるか?」

「ああ、いただくよ」

    ここには料理担当の東井と、食べる専門の泰希しかいない。スマホをいじりながら、器用に食べる彼の行儀についてはいつも通りなので、長い付き合いである東井はなにも言わないでいる。
    泰希にとってはスマホでの情報収集は呼吸と同義なのだ。

「───あ、またあったんだって」

    泰希がさして驚きもせず平坦な声で言った。

「なにが?」

「殺人事件。これで六日連続だ」

「·········」

    それはテレビでも連日報道されているニュースだった。
    被害者のほとんどが10代の学生で、貧困家庭であったり、母子、父子家庭の子ばかりが殺されている。親が仕事で外出している日中、もしくは深夜が殺害時刻らしい。
    なかには暴行されていた形跡のある子もいたという。

「───また“レイイチさん”だったりして」

    軽々しく言った泰希をにらみ、東井は「やめろ」と怒気をにじませる。

「前の時もそうだったけと、零一のはずがない。一緒にするな」

「誰も森ヲ噛さんだなんて言ってないけど」

「言ってるようなもんだろ。零一にはアリバイがある。どうやったって移動時間を考えると無理なんだ」

「それは前の“レイイチさん”の時の話だろ。今回はどうなんだよ、森ヲ噛さんがどこにいるのかわかってんの?」

「······それはわからない」

    零一はこの文明が発達した時代に、連絡手段をひとつも持っていないのだ。それっぽいものといえば、1曲しか入っていないウォークマンくらいだ。

    彼女を今日の川遊びに誘ったのは、1週間前。
    予想通り断られたのだが、そのときの零一はいつにも増して顔色が悪く、苦しんでいるようだった。
    ひとりにさせてはいけない───そう思ったのだが、一度別れてからそれきり、いくら探しても会えなかった。
    念のため行けるときはなるべく大学にも探しに行き、高山教授に訊きもした。
    しかし、どこにもいないのだ。

「べつに決めつけてるわけじゃないし、東井の言いたいこともわかるけどさ。俺はお前ほど彼女のこと知らないしどうでもいいんだよ。なんつーか、ちょっと恐いしあの人」

「どう恐いんだ」

「何考えてるかわからない。お前には悪いけど、ほんとに人を殺していそうなんだよ」

「·········」

    危うい雰囲気、というのか······その点は否定しない。
    いますぐにでも会って、彼女の姿を見ることができればそれだけでいい。無事ならば、それで───。

    しかし。
    このままもう二度と会えないのかもしれない······そんな不安があった。




    *    *    *




    大学の研究室に姿を現した零一は、ソファーに倒れ込み、側にあるゴミ箱に嘔吐してしまう。

    机で作業していた高山教授がハッと気づき、あわてて零一にペットボトルの水を差し出す。

「······ありがとうございます」

    小刻みに震える手で受け取り、すこしだけ水を口に含む。が、むせてすぐに戻してしまう。
    そんな零一に教授はいてもたってもいられず、決して言ってはいけないことを告げた。

「もう、あきらめよう」

    瞬間、高山教授の額に赤黒いものがぴたりと当たる。───銃口だ。

「教授が、そんなこと言わないでくださいよ」

    冷たい声色で言うと、イケメンで人気の教授の顔がひきつる。冷や汗をかき、「ご、ごめんっ」と零一からすばやく離れた。

    ソファーに横たわり、零一は目蓋を閉じる。記憶のなかに生きる、小柄な彼の姿が闇に浮かぶ。

「······もうすこしで、成人だね······真心───」

『君』の姿が徐々に成長していき、別人に変わる。
    東井だ。

    東井はたしか、友人たちと川遊びに行っているはずだ。
    誘われても行くはずがない。私が断ることを見越して、誘ってくれたのだろう。

    二人きりだったら行っただろうか······?
    いや、行けない。
    川は、こわい。ひとりで行くならまだしも、彼と行くなんて───。

    否応にも『君』が死んだ事実を何度も何度も確かめなければいけないのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

処理中です...