宿題は計画的に

煮込みメロン

文字の大きさ
1 / 1

宿題は計画的に

しおりを挟む
「宿題。それは夏における、全ての学生達の敵である」
「戯言はいいからさっさと手を動かす」
「あ、ハイ」

 私の向かいに座り、妄言を言い出した阿弥あやを一言で切り捨てた。
 再び静かにシャーペンを動かす音が室内に響く。
 このやり取りも今日だけで既に10回を数えている。

「夏休みの宿題が終わらないってあんたが泣き付いてきたから、こうして私のノート写させてやってるんだからさっさと終わらせなさい」
「へへぇ、美琴みこと様には大変感謝しております」

 現在はすっかり日が落ちているが、亜弥が泣き付いてきたのが今日の朝の事。
 そして今日は8月31日。

「本当に何でこんなギリギリになるまで手を付けなかったのよ」
「いや、自由研究の完成に思っていた以上に時間が掛かっちゃって」

 ようやく最後の宿題に手を付け始めた亜弥にため息を吐き出す。
 この様子だと徹夜になりそうだ。

「私は夕飯作ってるから、大人しく宿題進めてなさいよ」
「はーい、ママ」
「誰がママか」

 キッチンへ向かって冷蔵庫を開ける。
 レタスと卵とブロックベーコンとサランラップに包まれた冷凍しているご飯があった。適当に炒飯にでもすればいいだろう。
 冷凍ご飯を電子レンジに放り込み解凍しながら、二枚ばかり千切って水洗いしたレタスを一口サイズに切ってザルに入れおく。それから適当に切り出したブロックベーコンを小さく切る。ボウルに卵を一個割入れ、菜箸でかき混ぜる。
 冷凍ご飯の解凍が済んだことを電子レンジが知らせてくる。解凍が済んだご飯をボウルに入れ卵と混ぜ合わせ、炒める際の手間を省いておく。
 コンロの下からフライパンを引っ張り出して火にかけ、サラダ油を熱してレタスを炒める。油が絡まったところで水を少々入れて軽くしなるまでさらに炒める。しなったところでレタスを皿に移してフライパンから退かしておく。
次にベーコンをごま油で炒め始める。ベーコンに火が通ったタイミングでボウルをひっくり返してご飯を投入。塩コショウと亜弥の好みに合わせて中華スープの素を入れてパラッとするまで炒める。
そして最後に炒めたレタスを戻してから仕上げに炒めながら混ぜ合わせて、レタス炒飯の完成だ。
それをお皿に盛り付け、スプーンを添えてテーブルに持っていく。

「できたよ」
「んー、いい匂いする」

 広げていた宿題のノートを退かして、目の前に置かれた夕飯に眼を輝かせた。

「有り合わせでレタス炒飯よ」
「ママ、しゅきぃ……」
「馬鹿なこと言ってないで食べなさい」
「いただきます!」

 早速スプーンを手に亜弥は炒飯を口に運ぶ。

「おいしい! さすが美琴だね!」
「そう、ありがとう」

 満面の笑みで感想を言う亜弥に言葉を返し、私もスプーンを手に取る。
 レタスのシャキシャキとした食感とお米のシンプルな味付けがよく合っている。我ながら良い出来だ。

「今日は泊めてあげるから、これ食べ終わったら宿題さっさと終わらせなさいよ」
「やった! 分かってるって、ノート半分まで終わったからもうすぐだよ」

 既にほとんど食べ終えた亜弥の口の横に付いた米粒を取って指先で舐め取る。

「あんたは黙っていれば見た目だけは秀才なのに、残念よねぇ」
「そう言う美琴は、悪そうな目つきして完全に不良みたいな見た目して、文武両道な才女じゃない」
「あんたは私より運動できるじゃない。ていうか何それ褒めてんの? ありがとう」
「どういたしまして。私の恋人が美琴でよかった」
「馬鹿な事言ってるとその皿取り上げるわよ」
「残念でした。もう食べ終わっちゃいました。ごちそうさま」
「はいお粗末様。お皿は流しに置いといて。食べ終わったらまとめて洗うから」
「はーい」

 空になったお皿を持って流しへ歩いていく亜弥。
 それから直ぐに戻ってきて早速ノートを広げ始めた彼女の姿を眺めながら、私は黙々と自身のスプーンを動かした。


「終わったー」
「はいはい、お疲れ様」

 もうじき日付が変わろうかという頃、パタリとノートを閉じて亜弥は大きく伸びをした。
 そんな亜弥の背後でベッドに寝転がって漫画を読みながら終わるのを待っていた私は言葉を掛ける。

「うん、今日はありがとうね美琴」
「あんたに留年でもされたら私が困るもの」
「素直じゃないなぁ美琴」
「うるさい。さっさとお風呂入ってきなさい」
「美琴も一緒に入ろうよ。ご褒美だよご褒美」

 ベッドに寄りかかって、亜弥の手が私のパジャマの隙間に差し込まれたのを叩き落とす。

「あんたの自業自得なんだからご褒美なんてあるわけないじゃない。それに私はもう入ったから一人で入ってきなさい。出たらもうさっさと寝るわよ」
「はーい。行ってきまーす」
「パジャマはもう籠に入れてあるからそれ使って」

 叩かれた手をぶらぶらと振りながら、彼女は素直に浴室へと向かう。
 その背中に声を掛けると、亜弥は分かったと言葉を返し、それから直ぐに浴室からシャワーの音が聞こえてきた。


「じゃ、電気消すわよ」

 私の熊柄パジャマを着てベッドに潜り込んだ亜弥に声を掛けて、部屋の電気を消す。
 それから、私もベッドに潜り込む。

「ねえ美琴」

 部屋に一つしかないベッドの中、背後から私を抱えるようにして、亜弥が私の名前を呼ぶ。

「ごめんね。今日はありがと」

 耳元で囁いて、見た目に反して鍛えられた腕が私を抱きしめる。

「私をこれだけ待たせたんだから、ちゃんと寝かせてよ」
「もちろん、寝不足なんてさせないよ」

 パジャマの中に滑り込む手に、私は自身の手を重ね合わせた。



「亜弥は自由研究は何にしたの?」

 翌朝、いつも以上にすっきりした頭で私は亜弥に問いかけた。

「ん? これだよ。夏の間の出来事全部書き出すのに苦労したよ」

『美琴の性態』

 分厚い冊子のタイトルを見せてきた亜弥の鳩尾に私の拳が突き刺さった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

婚約者の番

ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...