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第2章 出会い アイリス、クロ編 (16話〜48話)
アイリスの気持ち
しおりを挟むマシロさんとの主従契約を終え、自室に戻った私は少ない荷物をまとめてダグラス商館を出る準備をしていた。
と言ってもほとんど荷物はないようなもので、普通サイズのカバンでも充分足りる程度。
荷造りはすぐに終わった。
私物が取り除かれ、シンプルな家具だけが残った質素な部屋を見回す。
別になんの特徴もない普通の部屋だけど、私にとっては数々の思い出の詰まった大切な部屋だ。
初めてここに来て、荒んだ心のまま不安に枕を濡らした日。
従業員の方達と仲良くなって、夜通し恋バナをした日。
仲が良かった子が、買われてここを離れた日。
そして、マシロさんを想い眠れなかった日。
いつだってこの部屋は私と共にあった。
そこを、離れる。
寂しい。
ダグラス様や他の奴隷の子達と離れ離れになるのも寂しい。
……………でもそれ以上に、マシロさんとの新しい生活が楽しみでならないんです。
私はそっと幾何学模様が刻まれた首輪に触れる。
マシロさんとの………ご主人様との繋がりの証。
明確に記されたその事実に、私は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで頬を緩める。
まさか、本当に買ってもらえるだなんて…………。
ノエルさんと話していた事が現実になった。
『アイリスは、真白のことが好きなのか?』
ノエルさんには真っ先に私の気持ちを見抜かれてしまった。
バレバレだって言ってたけど、そんなに分かりやすかったでしょうか…………。
思わぬ不意打ちに反射的に素直に答えてしまい、そのあと質問攻めされたのはすごく恥ずかしかった。
どこが好きなの~とか、どうして好きになったの~とか。
途中からノエルさんが一方的に喋る自慢話みたいになってたけど、それはそれで楽しかった。
まぁその話が盛り上がったおかげで、奥の部屋から帰ってきたご主人様に話しかけられた時に、変な反応をしちゃいましたけど。
さっきまで好きと言っていた人が目の前にいる。
そう意識してしまうと、すぐに顔が熱を帯びるのを感じた。
心臓は爆発しそうなくらいバクバク高鳴って、ご主人様から目を離せなくなった。
さすがに額に手を当てられた時はびっくりしましたけどねっ。
顔がリンゴみたいに真っ赤になって、間近のご主人様をぼーっと見つめて少しの間動けなくなった。
そのあと、ノエルさんにはニヤニヤしながらつつかれたりしましたけど、当のご主人様は何事も無かったかのように行ってしまいました。
…………こう、何かもう少し反応があっても良くないですか?
なにも無しでスルーは結構凹みます…………。
…………い、いえ!最終的には良い形に収まったのですから、結果オーライです!
ぐっ、と両の拳を胸の前で握りしめ、ふんすふんす息巻く。
だけど。
………………私は、ご主人様の期待に応えられるでしょうか。
私みたいな半端者なんて………傍に居て良いのでしょうか………。
ふとした時にすぐこんな風に思ってしまう。
すごく不安なんです。
色々な良くない想像が何度頭を過ぎったことか。
でも、もうマイナスに考えるのは辞めます!
今まで人を好きになるのが怖くて、魔女になるのを拒んだ後もずっと避けてきたけど、初めて本気で好きになったんです。
その好きな人が必要としてくれている。
それなのにいつまでも私がうじうじしていたら、それこそご主人様に失礼ですからね。
…………それに、ご主人様の〈眷属化〉のスキルがあれば───────────。
次の瞬間、私は自分の顔が過去最大級に真っ赤に染まるのを感じた。
理由は言うまでもない。
そ、そっか………私、この後ご主人様と……………。
先程の会話を思い出し、恥ずかしさと嬉しさが倍増された私は悶絶してあちらこちらをバタバタ動き回る。
う、嬉しいですけど、急すぎて心の整理が…………!
~約三十分前(主従契約が終わったあとすぐ)~
「……………実はね、アイリスの過去………と言うか、魔女にならなかったって言うのをダグラスさんから聞いたんだ」
私はビクッ!と肩を揺らし、思わず顔が強ばるのを感じた。
先程まで舞い上がっていた心も冷水をかけられたかのように冷えきって、震えが指先まで伝わってくる。
やっぱり……迷惑ですか………?
私は泣きそうになりながらマシロさんの言葉を待った。
やっぱり半端者の私じゃ………マシロさんの隣に居る権利はないんですか………?
どんどん過度な想像が悪い方向に膨らんでいく。
止めたくても止まらない。
弱りきった心が起こす感情の起伏が自分でも制御出来ない。
…………もしかして、捨てられるんじゃ……………。
そんな訳ない。
マシロさんに限ってそんな事する訳ない。
頭ではそう分かっていても、暴走しかけた感情が言うことを聞かない。
そもそも、その話を聞いた上でマシロさんは私を買ったんだから、それで捨てるなんてありえない。
マシロさんはただそういう話を聞いたよ、って言っただけ。
そんな簡単なことさえ失念していた。
それほど、マシロさんの一言は私の頭の中をぐちゃぐちゃにした。
「俺とノエルはね、不老不死なんだ」
「え……………?」
私は俯いていた顔を上げ、マシロさんの真っ直ぐな瞳を見て思わず聞き返した。
「そりゃ確かにアイリスの思ってる通り辛いことも多い。でも、俺は不老不死になったことを後悔してない」
「なん………で……ですか………?」
かろうじでそう聞くことしか出来なかった。
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