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第三十三話 聴き込み

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「目が覚めたばかりなのだからあまり無理はしちゃダメよ。増血ポーションを使ったとはいえ、まだ貧血気味なはずだから」

 フィーレの説明を素直に聞いていた結斗はコクコクと頷く。
 
「それじゃあ私は他の患者のところに行かせてもらうわね。ここ最近今まで以上に忙しいのよ」

 そう言ってフィーレは出ていった。
 病室に残ったのは結斗と犬神のメル、そしてジーっと結斗を見つめるファリーだった。

「……あ、あの、僕の顔に何かついてます?」

「え? あ、いえ! ただ楓さんのお知り合いとのことだったので少し気になりまして」

「あー、でも知り合いとはいっても同じ国というか、同じ街出身というだけで、そんな交流があるわけではありませんよ?」

「え、そうなんですか? なんだぁ、せっかく故郷での楓さんのことを色々と聞こうと思ったのに」

 見るからに残念がるファリー。せっかく楓の弱味を握れるチャンスだったのにと悔しがる。

「あ、でも向こうでも会長はかなり有名だったというか、目立っていたので、一方的に知っていることは多少はありますよ?」

 結斗のその言葉に「おおっ」と瞳を輝かせるファリー。

「……ん? かいちょう? かいちょうってなんですか?」

「ああ、会長っいうのは役職ですね。向こうでは皆、来栖会長のことを会長って呼んでたんです」

「へー、面白いですね。わたしも今度楓さんのことをかいちょーって呼んでみますね」

 にへにへと面白い顔をしながら楽しそうにするファリー。そんな彼女を見て、会長と仲がいいんだなと何となく思った結斗だった。

「ていうか、早く会長に会ってお礼を言いたいんですが、どこにいるか分かりますか?」

「へ? ああ楓さんですか? うーん、今日もクエストを承けてるんじゃないですかね? でもあなたを運んで来た日以来見てませんね。まあ最近わたしも手伝いで忙しいですし仕方ありませんけど」

「そういえばさっきフィーレさんも言ってましたね。そんなに患者さんが多いんですか?」

「まあこの街にはここしか病院がありませんからね。でも今までは患者のほとんどが冒険者だったんですけど、ここ数日は一般の人の怪我人が多いんですよ。それも普通に生活していたらあり得ないような怪我をして」

「ありえない怪我?」

「はい。腕が逆方向を向いていたり、足の骨が砕けていたり。何でそんな怪我をしたのか訊いても誰もちゃんと答えてくれなくて」

 うーんと腕を組んで悩むファリー。
 毎日のようにそんな患者が来るのは確かに不思議である。

「ファリー! ちょっと手伝って!!」

 部屋の外からそんな声が聞こえてきて、ファリーはハッとなる。

「ではわたしはそろそろ行きますね。楓さんに会いたいならギルドに行くといいと思いますよ。傷は完全に塞がってるので退院して大丈夫ですけど、さっきお姉ちゃんが言っていた通り無理はしないように!」

 そう言い残してファリーはドタドタと部屋を出ていく。
 少ししてから「病院の中を走るな!」という怒鳴り声が聞こえてきたが、まあ聞かなかったことにしよう。

「僕らも行こうか」

『そうですね』

 上着は駄目になってしまったのでフィーレから男が着てもおかしくない黒のシャツを借りて、結斗はメルと共に病院を出た。




 ◇◇◇




「そういえば、会長が僕を助けてくれたとき当然メルもその場にいたんだよね?」

『ええ。普通に会話もしましたよ?』

「え? 会長と話したの?」

『ええ。初めは何者なのか分からなかったので喋りませんでしたが、彼女が例の来栖 楓と分かったのでテレパシーを使って少し』

「そういうことは早く言ってよ……じゃあ会長がどこにいるのかも知ってる?」

『いえ、話したのは3日前ですし、次の日からは病院には一度も来ていないのでその後の動向はちょっと……ただ一応心当たりはあるのでギルドに行くのは賛成です』

 3日前、メルは楓から猫神がいなくなったということを聞いていた。楓はすぐにでも探しに行くと言っていたが、メル達を助けた際に足を怪我していたようでフィーレ達に止められていた。

 いなくなったから1日以上経ってしまったら放浪癖のあるあの猫神の後を追うのはほぼ不可能となってしまう。これはメルの体験談である。犬の嗅覚を持つメルいれば話は別だが、人間1人ではまず無理だろう。

 故にメルは楓がまだ猫神を見つけられていないと踏んでいた。
 というか、楓は猫神の身に何かあったのではと思っていたようだが、メルは十中八九猫神自身の意思でどこかへ行ってしまったと思っている。
 何か理由はあるかもしれないが、少なくとも誰かに捕まったなどということは考えていなかった。

「あ、ギルドってここ?」

『そうみたいですね』

 ギルドに到着した1人と1匹は早速中に入った。

「あの、少し訊きたいことがあるんですが」

「はい。なんでしょうか?」

 奥の受付のような場所に座っていたお姉さんに声を掛ける。そして楓のことを訊ねるのだが――

「来栖さんですか? それが、3日前の朝にクエストを承けて以来姿を見ていないんですよ。もしかしたらクエスト中に何かあったのではと、そろそろ捜索隊を出そうかという話が出ておりまして」

「え、3日前?」

 3日前といえば結斗が病院に運ばれた日だ。
 つまりこの情報はおかしい。結斗が運ばれたのは昼過ぎだと聞いている。

「いや、3日前の昼過ぎにあたし達彼女と会いましたよ?」

 すると、後ろから冒険者の格好をした3人組が現れた。

「リーンさん、グレンさん、サマリーさん。それは本当ですか?」

「ええ。ここで一緒に昼食を食べましたし」

「ですが昨日、一昨日はクエストを承けに来ていません。つまり、その日のお昼が最後ということですか」

 どうやらギルドでも彼女が現在どこにいるのか把握できていないらしい。

「どういうことだろう?」

『つまりクエストを承けずにどこかへ行ってしまったということでしょう。結斗、その3日前のクエストで彼女がどこへ行ったのかを訊きなさい』

 メルの言葉に首を傾げながらもとりあえずその通りに訊いてみる。

「3日前のクエストですか? 確か森の廃教会に住み着いたワークスの群れの討伐だったはずです。まだ完了報告を受けていないのでクエストは継続中となっていますね」

『彼女はそこで猫神がいなくなったと言っていました』

「……! 猫神って確か君が言ってた……」

『はい。わたくしと同じで来栖 楓をこの世界に飛ばした本人です』

「つまり、彼女は今もその猫神を探している?」

『可能性はあります』

 2人はその廃教会に当たりをつける。その周辺に彼女はいるのだろうと。

 しかし残念なことに2人の予想は大きくハズレていた。
 
「とりあえずもう少し聴き込みをして、それから特に情報が無さそうならその教会に行ってみようか」

『行くにしても明日以降です。貴方はまだ安静ですから』

「わ、わかってるよ」

 結斗は昔からすぐに無茶をする性格なのでメルはよく気をつけて結斗を監視するのが癖になっていた。



 結斗とメルはギルドを出て、人通りの多い大通りに来た。
 結斗はまず近くにあった肉屋のおばちゃんに訊ねてみた。

「楓ちゃんかい? 1ヶ月くらい前から毎日のように来てくれてたんたけど、今日、昨日、一昨日と来なくてね。少し心配してたんだよ」

「おお、楓の嬢ちゃんの話か? そういやここ数日見てない気がするな」

 すると向かいの果物屋のおじさんも会話に参加してくる。どうやらこの大通りでも楓はそれなりに知られているらしい。
 
「そりゃあ、あの大食漢だからな。食い物屋の多いこの大通りでは有名になるわさ」

 果物屋のおじさんがカッカッカッと高笑いをする。
 まさかあの生徒会長が大飯食らいだとは知らなかった。

「でも一昨日くらいからこの通りじゃ誰も見てないと思うよ。来ていれば誰かが気づくだろうし」

「そうですか……」

 やはり一度例の廃教会に行くべきかと考えたとき、松葉杖をついた男性がやってきた。

「今、楓って女の話をしていたか?」

「ん? そうだよ? あんたは……この辺りじゃ見ない顔だね」

「ああ、普段はこの辺りには来ないからな。今日は病院の帰りだ」

 確かに左足には痛々しいほど包帯が巻かれており、慣れない松葉杖をついて歩いているといった感じだ。
 この街はやたら広いくせに病院が1つしかないため、街の中でも遠くに住んでいる者は病院に行くだけでも一苦労なのだ。

 どこからでも大体同じくらいの距離になるため、ギルドと病院は街の中央付近に建てられている。
 しかし、その2つを利用するのは基本冒険者だけなので、必然的に街の中央には冒険者達が集まる。

 逆に街の周辺に住んでいる者は街の中央には滅多に近づかないので、街の中央に住んでいる者と周辺に住んでいる者ではあまり面識がないらしい。

「ていうかあんた冒険者じゃないだろ? その怪我はどうしたんだい?」

 肉屋のおばちゃんが訊ねた途端、男は血相を変える。

「その楓って女にやられたんだよ! 夜仕事から帰ってた途中にいきなり襲われて、財布の中身も全部取られちまった!」

 楓のことをよく知っている者達は一度顔を見合わせた後、男の訴えを鼻で笑う。

「はっはっはっ、そんなわけないだろ。あの子がそんなことするはずないじゃないか」

「そうだぞ。あの娘はなかなかにできた人間だ。んなことしやしねぇよ。誰かと見間違えたんだろ」

「本人がそうやって名乗ったんだぞ? ミノタウロスを1人で倒した来栖 楓だって。白いシャツに黒いスカートを履いて髪は黒くて腰の上辺りまで伸ばしてる17、8歳の女だろ!?」

 その特徴に心当たりがあるのか肉屋のおばちゃんも果物屋のおじさんもむっと黙り混む。

 結斗が知っている楓の特徴とも確かに一致している。
 特に結斗の通っている高校の女子の夏服は白い半袖のワイシャツに黒いスカートだ。

「その人は本当に来栖 楓と名乗ったんですか?」

「ああ。間違いない」

「いや、やっぱりおかしいよ。だってあの子はお金になんて困ってないはずだよ。なんてったって余ったお金を孤児院に寄付してるくらいなんだから!」

「そんなこと知ったことか。俺から取った金をそのまま寄付してたんじゃないのか?」

「そんなことするはずないだろう!」

 おばちゃんと男性が言い合いになる。
 男性は怪我をしているので殴り合いのようなことになる心配はなさそうだが、2人は次第にヒートアップしてくる。

 そんなとき――



「おい大変だ! 3日前に楓の嬢ちゃんが警備団の詰め所に連れていかれるのを見た奴がいるらしいぞ!」


 突然雑貨屋の若いお兄さんが、そんな情報を持って結斗達の前に現れた。




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