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37 祝祭
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最近はたまに空気がやたら冷たく感じることがある。夜には暖炉に火を入れることも増えた。
ずいぶんと秋も深まってきたな。
クロスボウや木製鎧の製造も順調なようだし、来年からは徴税も変更してより平等な税の徴収ができそうだという話だ。万事が上手く行っているようで幸いだな。今日中に読んでおきたかった報告も全部読んで、自室でぼーっとしていた。
外から音楽らしきものが風に乗って聞こえてくる。弦楽器に打楽器に木管楽器かな。この世界の音楽か。音階がやや独特でなにやら楽しそうな雰囲気だな。
「サーシャ、いるか?」
「はい」
ドアを開けてサーシャが入ってきた。たまに姿が見えなくなっても必ず近くに彼女は居る。
「遠くで音楽が聞こえる。今日はなにかあるのか?」
「収穫祭です。精霊に舞踊や祝詞を奉納し、音楽と食事とお酒を楽しみます。今年は豊作のようでしたから楽隊が張り切っているようですね。だから音が聞こえてくるのでしょう」
へぇ。異世界の収穫祭か。楽しそうだな。
「俺も行ってみていいかな?」
「申し訳ありませんが警護の都合上難しいです。人がいっぱいいますので。王様や王妃様の挨拶のために我々の一部も警護に動員されていて人手が足りません。その上アラヒト様は・・・その・・・お顔立ちが目立ちすぎますので」
「そうか」
俺のお顔はともかくとして、そんな盛大なお祭りがあるんなら見てみたかったなぁ。
「お望みでしたら料理の一部を持って来させましょうか?楽隊も終わった後に来てもらえればいいです」
市が立っているのであれば、いつもよく働いてくれる彼女たちのために服やら装飾品のひとつでも買ってやろうかと思っていたが、俺はそういうことができない身か。
「じゃぁ万事頼む。この家でも収穫祭とやらを楽しもうじゃないか」
「ではそのように。若い子たちも喜ぶと思いますよ」
「事前に知っていたら休暇くらいあげたんだけれどもな。宮仕えの身とはいえ遊びたい盛りだろうに」
もう少しこの国の庶民生活というものを詳しく知っておきたいんだよな。彼らの生活が豊かになれば国は潤う。俺が王城へ行く時には馬車で護衛がついているし、どこか遠出をするにしても護衛か軍が同行する。窮屈なのは多少は我慢できるとして、いまだに城下町すら歩いていないというのはかなり問題がある。
庭園に燭台を持ち出してロウソクを灯し、テーブルには新品のテーブルクロスが敷かれた。その上にペテルグ最高品質の大皿に乗せた収穫祭の料理が並ぶ。香辛料がたっぷりと使われたローストチキン。付け合わせは肉汁をたっぷりと吸った根菜とジャガイモか。
侍女たちの上機嫌でハキハキした動きを見ているだけでも気分がいい。ものごとが規則正しく良い方向に動いているという気分になる。
「冷えた料理だと思っていたら、まだ温かいじゃないか」
「料理人を何人か連れてきて同じ料理を再現させました」
準備をしている間に楽隊もやってきた。
音楽が始まると何人かは鼻歌を歌いながら仕事を続ける。
やっぱり音階が特殊だな。どこか音が抜け落ちているが、それでいて繰り返される音が異国情緒を感じさせる。何度も繰り返されるメロディーは自然と身体に染みわたってくる。
「さて、食べようか。みんな席に着いた?」
「はい!」
「じゃぁかんぱーい」
「か、かんぱーい」
・・・あれ。乾杯って言わないのか。
ワインも新酒だ。これくらい上出来だと数年後が楽しみだな。リーベリやマハカムのワインが高級品とされているけれどもこの国のワインも悪くない。盆地だし土壌次第でワイン用のいい葡萄が収穫できるんじゃないかな。
料理もちょっと味が濃いけれど美味い。やはり料理は温いほうが美味しく感じる。ロースト内の詰め物にされた香味野菜とミンチ肉がいいアクセントになっている。
収穫祭に楽隊が必要な理由が分かって来た。単純に収穫祭が行われる頃の夜は寒い。だからみな酒を飲み踊って身体を温めているんだろう。こういう特別な夜に結ばれる男女もいるんだろうな。
料理と水割りのワインで満足気な顔になった若い侍女たちが踊りだした。
屋敷の維持のために諜報訓練中の若い子たちがここに来て働き出すようになった。男に慣れるためなどとサーシャは建前を言っていたが、俺の顔に慣れたらどんな顔の人間でも仕えることができるというしたたかな計算もあるだろう。
それにしても彼女たちは若すぎる。リタもリザも仕事をしに行ってしまったし、もうちょい年配できちんと経験を積んだ女性を少し補充してもらおう。サーシャ一人では俺の相手にはならず、途中で潰れてしまう上に一晩では復調しない。身体の相性が良すぎるというのも考えものだな。
「あの子たち少し浮かれ過ぎてますね。踊りを止めさせますか?」
「特別な日なんだろ?やりたいようにやらせておけばいい。なんなら俺も踊りを教わってみようかな」
小さい侍女たちに交じってステップを教わる。スキップで拍子に合わせ、つま先で動く時とかかとで動く時の二つを組み合わせたもののようだ。男女別の踊りがあり、腕を組んでくるくると回る。こちらの世界の盆踊りみたいなもんか。
ワインも回って来たし、踊りで身体も温まってきた。なかなかいい夜になったな。
ご機嫌な時間を過ごしていたら、西の方角から雷鳴が聞こえてきた。空を見上げると雲がかかってきている。
「雨が降るのかな?」
「いえ・・・これは・・・」
今度は城の方角から雷鳴が聞こえてきた。いや、これは太鼓かなんかか?
「敵襲です!」
チュノスか。
「サーシャ。俺たちも出るぞ。護衛を頼む」
「承知しました」
こまごまとサーシャが撤収の指示をしている間に馬が回されて来た。
初陣か。
ずいぶんと秋も深まってきたな。
クロスボウや木製鎧の製造も順調なようだし、来年からは徴税も変更してより平等な税の徴収ができそうだという話だ。万事が上手く行っているようで幸いだな。今日中に読んでおきたかった報告も全部読んで、自室でぼーっとしていた。
外から音楽らしきものが風に乗って聞こえてくる。弦楽器に打楽器に木管楽器かな。この世界の音楽か。音階がやや独特でなにやら楽しそうな雰囲気だな。
「サーシャ、いるか?」
「はい」
ドアを開けてサーシャが入ってきた。たまに姿が見えなくなっても必ず近くに彼女は居る。
「遠くで音楽が聞こえる。今日はなにかあるのか?」
「収穫祭です。精霊に舞踊や祝詞を奉納し、音楽と食事とお酒を楽しみます。今年は豊作のようでしたから楽隊が張り切っているようですね。だから音が聞こえてくるのでしょう」
へぇ。異世界の収穫祭か。楽しそうだな。
「俺も行ってみていいかな?」
「申し訳ありませんが警護の都合上難しいです。人がいっぱいいますので。王様や王妃様の挨拶のために我々の一部も警護に動員されていて人手が足りません。その上アラヒト様は・・・その・・・お顔立ちが目立ちすぎますので」
「そうか」
俺のお顔はともかくとして、そんな盛大なお祭りがあるんなら見てみたかったなぁ。
「お望みでしたら料理の一部を持って来させましょうか?楽隊も終わった後に来てもらえればいいです」
市が立っているのであれば、いつもよく働いてくれる彼女たちのために服やら装飾品のひとつでも買ってやろうかと思っていたが、俺はそういうことができない身か。
「じゃぁ万事頼む。この家でも収穫祭とやらを楽しもうじゃないか」
「ではそのように。若い子たちも喜ぶと思いますよ」
「事前に知っていたら休暇くらいあげたんだけれどもな。宮仕えの身とはいえ遊びたい盛りだろうに」
もう少しこの国の庶民生活というものを詳しく知っておきたいんだよな。彼らの生活が豊かになれば国は潤う。俺が王城へ行く時には馬車で護衛がついているし、どこか遠出をするにしても護衛か軍が同行する。窮屈なのは多少は我慢できるとして、いまだに城下町すら歩いていないというのはかなり問題がある。
庭園に燭台を持ち出してロウソクを灯し、テーブルには新品のテーブルクロスが敷かれた。その上にペテルグ最高品質の大皿に乗せた収穫祭の料理が並ぶ。香辛料がたっぷりと使われたローストチキン。付け合わせは肉汁をたっぷりと吸った根菜とジャガイモか。
侍女たちの上機嫌でハキハキした動きを見ているだけでも気分がいい。ものごとが規則正しく良い方向に動いているという気分になる。
「冷えた料理だと思っていたら、まだ温かいじゃないか」
「料理人を何人か連れてきて同じ料理を再現させました」
準備をしている間に楽隊もやってきた。
音楽が始まると何人かは鼻歌を歌いながら仕事を続ける。
やっぱり音階が特殊だな。どこか音が抜け落ちているが、それでいて繰り返される音が異国情緒を感じさせる。何度も繰り返されるメロディーは自然と身体に染みわたってくる。
「さて、食べようか。みんな席に着いた?」
「はい!」
「じゃぁかんぱーい」
「か、かんぱーい」
・・・あれ。乾杯って言わないのか。
ワインも新酒だ。これくらい上出来だと数年後が楽しみだな。リーベリやマハカムのワインが高級品とされているけれどもこの国のワインも悪くない。盆地だし土壌次第でワイン用のいい葡萄が収穫できるんじゃないかな。
料理もちょっと味が濃いけれど美味い。やはり料理は温いほうが美味しく感じる。ロースト内の詰め物にされた香味野菜とミンチ肉がいいアクセントになっている。
収穫祭に楽隊が必要な理由が分かって来た。単純に収穫祭が行われる頃の夜は寒い。だからみな酒を飲み踊って身体を温めているんだろう。こういう特別な夜に結ばれる男女もいるんだろうな。
料理と水割りのワインで満足気な顔になった若い侍女たちが踊りだした。
屋敷の維持のために諜報訓練中の若い子たちがここに来て働き出すようになった。男に慣れるためなどとサーシャは建前を言っていたが、俺の顔に慣れたらどんな顔の人間でも仕えることができるというしたたかな計算もあるだろう。
それにしても彼女たちは若すぎる。リタもリザも仕事をしに行ってしまったし、もうちょい年配できちんと経験を積んだ女性を少し補充してもらおう。サーシャ一人では俺の相手にはならず、途中で潰れてしまう上に一晩では復調しない。身体の相性が良すぎるというのも考えものだな。
「あの子たち少し浮かれ過ぎてますね。踊りを止めさせますか?」
「特別な日なんだろ?やりたいようにやらせておけばいい。なんなら俺も踊りを教わってみようかな」
小さい侍女たちに交じってステップを教わる。スキップで拍子に合わせ、つま先で動く時とかかとで動く時の二つを組み合わせたもののようだ。男女別の踊りがあり、腕を組んでくるくると回る。こちらの世界の盆踊りみたいなもんか。
ワインも回って来たし、踊りで身体も温まってきた。なかなかいい夜になったな。
ご機嫌な時間を過ごしていたら、西の方角から雷鳴が聞こえてきた。空を見上げると雲がかかってきている。
「雨が降るのかな?」
「いえ・・・これは・・・」
今度は城の方角から雷鳴が聞こえてきた。いや、これは太鼓かなんかか?
「敵襲です!」
チュノスか。
「サーシャ。俺たちも出るぞ。護衛を頼む」
「承知しました」
こまごまとサーシャが撤収の指示をしている間に馬が回されて来た。
初陣か。
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