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104 秘策
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難易度の高い城攻めに執着していたが、ムサエフ将軍に相談したおかげでかなり見通しは明るくなった。なんとしてでもペテルグが滅びないようにと考えていたつもりだったが、最近はこの世界の人間と俺の考え方とに少しずつズレみたいなものを感じる。
考えてみれば当たり前のことだ。王妃もムサエフ将軍もこの国の官僚なのだから、独自にものを考え、仕事をし、自分の立場に沿った最適な問題解決をするようになる。材料も道具も揃ったのだ。
俺一人でありとあらゆることを考える段階は終わったのだろう。もともと優秀な人材がそろっていて、一年という月日があればこういう変化も起きる。統治は王妃に任せ、軍事はムサエフ将軍に任せ、内政はカラシフ宰相に任せておけばいい。
そもそも俺が国家を背負う必要など無いのだ。
少しずつ、美しい女性たちが死ななくてもいい国になりつつあるのだろう。
俺は頼まれた仕事だけをすればいい。ざっとバリスタの図面を書いて、工房に試作品を作らせ、大型化を監修すればいい。ある意味で理想的なあり方だな、仕事を人に投げられるってのは。
「失礼します。アラヒト様、王妃様から至急城に来るようにとの伝言が来ています」
至急というのは珍しいな。
「そうか。じゃあ護衛を頼む。これを吸ったら行こうか」
「待ったぞ、アラヒトよ」
カラシフ宰相と一緒に王妃が待っていた。まさか俺を待っているとは思っていなかった。
「お待たせしました」
「突然だが、カラシフと練っていた対リーベリの案、さらにチュノス攻略戦の案も一度止めてもらう」
ムサエフ将軍が言っていた、大きい手ってやつか。
「分かりました」
「うん?驚かないのだな」
「先日ムサエフ将軍に、そういう事もあるかもしれないとお話を伺っていましたから」
「そうか。カラシフもいいな?」
「御心のままに」
王妃はふぅっと小さ目のため息をついた。
「すまぬな二人とも。よく働いてくれていたというのは知っているが、状況が変わった。リーベリから宰相が訪ねてくるので、対リーベリのかたちはそこで決まる可能性が出て来た」
「リーベリの宰相が到着するのはいつになるのでしょうか?」
「近日中だ。アラヒト、お前にも謁見には参加してもらうぞ」
他国の宰相か。外交で要人に会うなどとは初めてだな。
数日後にはリーベリの宰相がやって来た。もっと脂っこいオッサンが来るものだと思っていたが、意外と若く見える男だったな。なんなら優男と言ってもいい。挨拶もそこそこに済ませると、先日話を聞いた部屋で会談が始まった。
「単刀直入に申し上げましょう。ペテルグにはリーベリに、冬を超すための燃料を売っていただきたい」
「ふむ・・・まだ夏だというのに燃料の話か」
「既にご存知とは思いますが、リーベリ国内の燃料は足りていません。タージの内戦は収まる気配すらなく、その上マハカムでは他国への燃料販売を禁ずる王令が出されました。この冬の燃料はペテルグから手に入れるしか無いのです」
・・・これは・・・王妃の仕込みか。クレアを通じてマハカムにも働きかけたな。リーベリの宰相も状況を分かっているという面持ちだ。水面下で交渉の下準備は始まっていたか。
「対価はリーベリ金貨でいかがでしょうか?」
「質が下がったリーベリ金貨など対価に貰っても困る」
傲慢に聞こえるが、王妃の言葉は効果的だった。
リーベリの燃料が足りないということは、貨幣の鋳造に用いる燃料も足りなくなるということだ。その結果リーベリ金貨の質は落ちる。王はなんのことか分かっていないようだが、気づいた人間を戦慄させる駆け引きだ。
「ではなにを対価とすればいいのでしょうか?」
「そうだな・・・リーベリの金貨のうち、いくらかを我々が作れるようにしてもらおうか?」
さすがにこれは想定外だったようだ。リーベリ宰相の顔がこわばる。
「簡単におっしゃるが、あれを作るためには特別な燃料が必要となります」
「これだろう?」
合図で王妃の側近がなにか黒いものを持ってきた。あれは・・・コークスか?
石炭は見つかっていたが今のところ使い道が無かった。蒸気機関を作るには金属加工技術が不十分だし、化学プラントを作るには知識が足りず、暖を取るにはあまりにもすすが出過ぎて預言者様に止められていた。
「あれはリーベリの生命線です」
「知っている。だが冬になればリーベリ臣民の生命の方が消えてなくなるぞ」
これは・・・かたちが違うだけの戦争だな。
考えてみれば当たり前のことだ。王妃もムサエフ将軍もこの国の官僚なのだから、独自にものを考え、仕事をし、自分の立場に沿った最適な問題解決をするようになる。材料も道具も揃ったのだ。
俺一人でありとあらゆることを考える段階は終わったのだろう。もともと優秀な人材がそろっていて、一年という月日があればこういう変化も起きる。統治は王妃に任せ、軍事はムサエフ将軍に任せ、内政はカラシフ宰相に任せておけばいい。
そもそも俺が国家を背負う必要など無いのだ。
少しずつ、美しい女性たちが死ななくてもいい国になりつつあるのだろう。
俺は頼まれた仕事だけをすればいい。ざっとバリスタの図面を書いて、工房に試作品を作らせ、大型化を監修すればいい。ある意味で理想的なあり方だな、仕事を人に投げられるってのは。
「失礼します。アラヒト様、王妃様から至急城に来るようにとの伝言が来ています」
至急というのは珍しいな。
「そうか。じゃあ護衛を頼む。これを吸ったら行こうか」
「待ったぞ、アラヒトよ」
カラシフ宰相と一緒に王妃が待っていた。まさか俺を待っているとは思っていなかった。
「お待たせしました」
「突然だが、カラシフと練っていた対リーベリの案、さらにチュノス攻略戦の案も一度止めてもらう」
ムサエフ将軍が言っていた、大きい手ってやつか。
「分かりました」
「うん?驚かないのだな」
「先日ムサエフ将軍に、そういう事もあるかもしれないとお話を伺っていましたから」
「そうか。カラシフもいいな?」
「御心のままに」
王妃はふぅっと小さ目のため息をついた。
「すまぬな二人とも。よく働いてくれていたというのは知っているが、状況が変わった。リーベリから宰相が訪ねてくるので、対リーベリのかたちはそこで決まる可能性が出て来た」
「リーベリの宰相が到着するのはいつになるのでしょうか?」
「近日中だ。アラヒト、お前にも謁見には参加してもらうぞ」
他国の宰相か。外交で要人に会うなどとは初めてだな。
数日後にはリーベリの宰相がやって来た。もっと脂っこいオッサンが来るものだと思っていたが、意外と若く見える男だったな。なんなら優男と言ってもいい。挨拶もそこそこに済ませると、先日話を聞いた部屋で会談が始まった。
「単刀直入に申し上げましょう。ペテルグにはリーベリに、冬を超すための燃料を売っていただきたい」
「ふむ・・・まだ夏だというのに燃料の話か」
「既にご存知とは思いますが、リーベリ国内の燃料は足りていません。タージの内戦は収まる気配すらなく、その上マハカムでは他国への燃料販売を禁ずる王令が出されました。この冬の燃料はペテルグから手に入れるしか無いのです」
・・・これは・・・王妃の仕込みか。クレアを通じてマハカムにも働きかけたな。リーベリの宰相も状況を分かっているという面持ちだ。水面下で交渉の下準備は始まっていたか。
「対価はリーベリ金貨でいかがでしょうか?」
「質が下がったリーベリ金貨など対価に貰っても困る」
傲慢に聞こえるが、王妃の言葉は効果的だった。
リーベリの燃料が足りないということは、貨幣の鋳造に用いる燃料も足りなくなるということだ。その結果リーベリ金貨の質は落ちる。王はなんのことか分かっていないようだが、気づいた人間を戦慄させる駆け引きだ。
「ではなにを対価とすればいいのでしょうか?」
「そうだな・・・リーベリの金貨のうち、いくらかを我々が作れるようにしてもらおうか?」
さすがにこれは想定外だったようだ。リーベリ宰相の顔がこわばる。
「簡単におっしゃるが、あれを作るためには特別な燃料が必要となります」
「これだろう?」
合図で王妃の側近がなにか黒いものを持ってきた。あれは・・・コークスか?
石炭は見つかっていたが今のところ使い道が無かった。蒸気機関を作るには金属加工技術が不十分だし、化学プラントを作るには知識が足りず、暖を取るにはあまりにもすすが出過ぎて預言者様に止められていた。
「あれはリーベリの生命線です」
「知っている。だが冬になればリーベリ臣民の生命の方が消えてなくなるぞ」
これは・・・かたちが違うだけの戦争だな。
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