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71 マッチョさん、デスクワークをする
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翻訳部屋に行くと予想通り山のように仕事があった。
あれやらこれやらとチームから山のように質問が出されたが、なんだか内容が難しくなってきたので後回しにさせてもらうことにした。先に積んである仮訳を読んでいるうちに、翻訳のカンも戻ってくるだろう。
翻訳された内容のほとんどが初代人間王が人間国を統一するまでの歴史である。
教育による才能の発見、文字と数字の統一、弱すぎる軍隊の再編成と新戦術、ハトを用いた情報戦、敵国の弱体化政策、ドワーフとの交流、王宮薬師の設立。
この辺までは一連の仕事として理解できる。が、途中から飛ぶ。
どうもここから先は初代人間王が人族を統一してからの話のようだ。初代王が人族を統一した細かい話が書かれていない。例のサーシャという女性の話も出て来なかった。書いてあることといえば、魔物の対策や他国との同盟あるいは仲裁の話が大半だ。
ドワーフ王にトレーニングマシンの製作の依頼を始めたのも人族統一後のようだ。だとすればこの辺にトレーニングの内容が出てくるハズなのだがそういう手記は無かった。
しかし私が初代人間王の立場であったとしたら、トレーニング方法をいちいち残さないだろうと思う。日常と化しているものを記録として残さないだろう。日々の食事をわざわざ暗号でメモするようなものだ。まったく新しいトレーニング方法を考えたのであれば記録するかもしれないが、そういう方法を思いつかなかったのかもしれない。あるいは、通常の戦闘訓練の中で身につく筋肉の方を重視したのかもしれない。
栄養学的見地についても同様だ。食べ物を探してもらって、ある程度筋肉に効きそうなものを摂取する。初代王の時代には、なんとなく肉を食べていれば丈夫になるくらいの知識しか無かったのだろう。私が興味を持ったのはエルフの豆と書かれていたものだ。なるほど。畜産が難しいとなれば植物性タンパク質に頼るという方法もあったのか。
初代人間王が精霊の恩寵も無いまま戦場の最前線へと好んで向かうようになったのもこの時期だ。
だが、どうにも違和感がぬぐえない。なぜ急に前線に立つようになったのだ?人族統一のあたりに彼の気持ちを変えるなにかがあったのだと思う。が、肝心のその部分が散逸してしまっているようだ。
「このあたりの話の流れに違和感がありますね。急に話が飛んでしまって別人みたいです。」
「そうですよね?僕らも疑問だったのですが、やはり手記が失われてしまったのでしょうか?」
「うーん、私が王から預かった手記はこれで全部なんですよね。やはり失われたと考えるのが自然な気がします。古いものですからね。」
ふむ。彼らの仕事っぷりは見事だ。これでだいたい手記の半分が終わった。
「初代王が人族を統一するまでの手記、ということでひとまずまとめましょうか。今までの君たちの仕事を王に見てもらいましょう。」
自然に拍手が出てくる。だがまだ道半ばだ。
魔王についても魔物についても分からない事だらけだという事実は変わらない。魔石についても書かれているとしたらこの後か。
「そういえば、ロゴスからなにか連絡はありましたか?」
「いろいろ機械の試作品を作っている、という話は手紙に書いてありました。あんまり兵器っぽくないものが多いみたいですよ。」
私は心の中で笑顔になってしまった。
兵器では無いというのであれば、おそらくトレーニング機器の類だろう。楽しみが増えたな。
翻訳書の仕上げは二人に任せて、ドロスさんに挨拶をしにギルド本部へと向かった。二人の勇者の様子も気になる。
受付で話を聞いてみたところ、二人とも訓練所で戦闘訓練を頑張っているらしい。
訓練所に行ってみると、なるほど。ずいぶんとドロスさんにしごかれたあとみたいだ。二人とも動きがヘロヘロじゃないか。
「ご無沙汰しています、ドロスさん。」
「おお、マッチョ君。フェイスの不運に巻き込まれるとは災難だったな。」
ずいぶんな言われようだ。
「しかしこの二人、見どころはあるがあまり強くはないな。勇者がこんなに弱くて大丈夫なのかのう・・・」
ぱっと見た感じは強そうなのだが。やはり技量という点が足りないのだろう。・・・あれ?
「お二人とも、精霊の恩寵は使えないのですか?」
「たまに精霊が自分の中に居るという自覚はありますが、あの時みたいな爆発的な強さみたいなものは一度も出ないです。」
「ロキ殿の言う通りだ。我も精霊に語りかけてはいるのだが、力を貸してくれぬ。」
ふーむ。貸してくれない理由があるのだろうか?
「僕、精霊が力を貸してくれないのではなく、貸せない理由があるのだと思います。」
「我は考えぬことにしている。精霊のような上位のものが我に力を貸してくれるかどうかなぞ、精霊のみが知ることだろう。」
力を貸せない理由か。
「二人とも国の危機に精霊が力を貸してくれましたよね。実戦でしか精霊は力を貸してくれないのかもしれませね。」のっぴきならぬ状況でしか力を貸してくれないのか、あるいは貸せないのか。
「そういうものかもしれぬのう。二人ともに言えることだが、やろうとしていることと技量にあまりにも差があり過ぎる。精霊が教えてくれた戦い方を信じるのもいいが、まずは一個の人間としての技量を地道に積み上げていくべきだと思うのう。」
「はい!」
「・・・承知した。」
地道に積み上げていく。こういうところは筋トレと変わらない。
積み重ねは自信や自己肯定にもつながる。
肉体改造に成功して強くなったロキさん。精霊に認められたことで自信をつけたジェイさん。
彼らが内面的にも肉体的にも成長したと言えど、やはり積み重ねや習慣こそが最大の武器になると私は思う。私はこういう思考法を筋トレやランドクルーザー岡田の本から学んだ。
彼らには戦闘訓練も筋トレも必要だな。
・・・とすると、ドワーフ国でのロゴスと里長の仕事っぷりがますます気になる。
今回の分の翻訳を仕上げたら、ドワーフ国に行ってもいいかどうか聞いてみよう。
あれやらこれやらとチームから山のように質問が出されたが、なんだか内容が難しくなってきたので後回しにさせてもらうことにした。先に積んである仮訳を読んでいるうちに、翻訳のカンも戻ってくるだろう。
翻訳された内容のほとんどが初代人間王が人間国を統一するまでの歴史である。
教育による才能の発見、文字と数字の統一、弱すぎる軍隊の再編成と新戦術、ハトを用いた情報戦、敵国の弱体化政策、ドワーフとの交流、王宮薬師の設立。
この辺までは一連の仕事として理解できる。が、途中から飛ぶ。
どうもここから先は初代人間王が人族を統一してからの話のようだ。初代王が人族を統一した細かい話が書かれていない。例のサーシャという女性の話も出て来なかった。書いてあることといえば、魔物の対策や他国との同盟あるいは仲裁の話が大半だ。
ドワーフ王にトレーニングマシンの製作の依頼を始めたのも人族統一後のようだ。だとすればこの辺にトレーニングの内容が出てくるハズなのだがそういう手記は無かった。
しかし私が初代人間王の立場であったとしたら、トレーニング方法をいちいち残さないだろうと思う。日常と化しているものを記録として残さないだろう。日々の食事をわざわざ暗号でメモするようなものだ。まったく新しいトレーニング方法を考えたのであれば記録するかもしれないが、そういう方法を思いつかなかったのかもしれない。あるいは、通常の戦闘訓練の中で身につく筋肉の方を重視したのかもしれない。
栄養学的見地についても同様だ。食べ物を探してもらって、ある程度筋肉に効きそうなものを摂取する。初代王の時代には、なんとなく肉を食べていれば丈夫になるくらいの知識しか無かったのだろう。私が興味を持ったのはエルフの豆と書かれていたものだ。なるほど。畜産が難しいとなれば植物性タンパク質に頼るという方法もあったのか。
初代人間王が精霊の恩寵も無いまま戦場の最前線へと好んで向かうようになったのもこの時期だ。
だが、どうにも違和感がぬぐえない。なぜ急に前線に立つようになったのだ?人族統一のあたりに彼の気持ちを変えるなにかがあったのだと思う。が、肝心のその部分が散逸してしまっているようだ。
「このあたりの話の流れに違和感がありますね。急に話が飛んでしまって別人みたいです。」
「そうですよね?僕らも疑問だったのですが、やはり手記が失われてしまったのでしょうか?」
「うーん、私が王から預かった手記はこれで全部なんですよね。やはり失われたと考えるのが自然な気がします。古いものですからね。」
ふむ。彼らの仕事っぷりは見事だ。これでだいたい手記の半分が終わった。
「初代王が人族を統一するまでの手記、ということでひとまずまとめましょうか。今までの君たちの仕事を王に見てもらいましょう。」
自然に拍手が出てくる。だがまだ道半ばだ。
魔王についても魔物についても分からない事だらけだという事実は変わらない。魔石についても書かれているとしたらこの後か。
「そういえば、ロゴスからなにか連絡はありましたか?」
「いろいろ機械の試作品を作っている、という話は手紙に書いてありました。あんまり兵器っぽくないものが多いみたいですよ。」
私は心の中で笑顔になってしまった。
兵器では無いというのであれば、おそらくトレーニング機器の類だろう。楽しみが増えたな。
翻訳書の仕上げは二人に任せて、ドロスさんに挨拶をしにギルド本部へと向かった。二人の勇者の様子も気になる。
受付で話を聞いてみたところ、二人とも訓練所で戦闘訓練を頑張っているらしい。
訓練所に行ってみると、なるほど。ずいぶんとドロスさんにしごかれたあとみたいだ。二人とも動きがヘロヘロじゃないか。
「ご無沙汰しています、ドロスさん。」
「おお、マッチョ君。フェイスの不運に巻き込まれるとは災難だったな。」
ずいぶんな言われようだ。
「しかしこの二人、見どころはあるがあまり強くはないな。勇者がこんなに弱くて大丈夫なのかのう・・・」
ぱっと見た感じは強そうなのだが。やはり技量という点が足りないのだろう。・・・あれ?
「お二人とも、精霊の恩寵は使えないのですか?」
「たまに精霊が自分の中に居るという自覚はありますが、あの時みたいな爆発的な強さみたいなものは一度も出ないです。」
「ロキ殿の言う通りだ。我も精霊に語りかけてはいるのだが、力を貸してくれぬ。」
ふーむ。貸してくれない理由があるのだろうか?
「僕、精霊が力を貸してくれないのではなく、貸せない理由があるのだと思います。」
「我は考えぬことにしている。精霊のような上位のものが我に力を貸してくれるかどうかなぞ、精霊のみが知ることだろう。」
力を貸せない理由か。
「二人とも国の危機に精霊が力を貸してくれましたよね。実戦でしか精霊は力を貸してくれないのかもしれませね。」のっぴきならぬ状況でしか力を貸してくれないのか、あるいは貸せないのか。
「そういうものかもしれぬのう。二人ともに言えることだが、やろうとしていることと技量にあまりにも差があり過ぎる。精霊が教えてくれた戦い方を信じるのもいいが、まずは一個の人間としての技量を地道に積み上げていくべきだと思うのう。」
「はい!」
「・・・承知した。」
地道に積み上げていく。こういうところは筋トレと変わらない。
積み重ねは自信や自己肯定にもつながる。
肉体改造に成功して強くなったロキさん。精霊に認められたことで自信をつけたジェイさん。
彼らが内面的にも肉体的にも成長したと言えど、やはり積み重ねや習慣こそが最大の武器になると私は思う。私はこういう思考法を筋トレやランドクルーザー岡田の本から学んだ。
彼らには戦闘訓練も筋トレも必要だな。
・・・とすると、ドワーフ国でのロゴスと里長の仕事っぷりがますます気になる。
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