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90 マッチョさん、ピースがはまる
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ざわざわと騒ぐ声が聞こえてきた。大親方とその弟子たちが帰ってきたらしい。
「おうマッチョ、着いていたか。こっちは仕事で忙しくてなぁ。人間国では世話になったな。」
「里長、お久しぶりです。」
「悪いが先に仲間へ話したいことがある。おい!俺の大業物が出来上がりそうだぞ!」
里長は大声でドワーフたちに伝えた。おおお、という歓声が広がる。
「やりましたね、大親方!」
「けっこう大変だったなー。現物を見たって言っても、高炉だからなぁ。鎧やら武器やらを作るように簡単には出来ねぇなぁ。仮の火入れをして、試験運転をしてみてから本稼働ってところだろう。」
人間王の時代に作られた高温の高炉か。
「ドワーフ独自というか、俺が考えた工夫もしてある。うまい事いったら、この大陸で歴史上最高の高炉が出来上がるというワケだ。山ごと爆発しなきゃいいけれどな。ところでカイト。俺がいない間に里はどうだった?」
「特に変わりは無いです。皆いいものを作ってましたよ。」
ロイスさんも部下の人に呼ばれたらしく、私たちのテーブルの近くにやって来た。
「他は変わりないか、ロイス。」
「他国との外交は上々です。特に人間国からの燃料と鉄鉱石が増えています。あちらで山見をさせていたドワーフたちがいい仕事をしているようです。牛のほうも変わりありません。人間国での消費も増えているようです。ロキがきちんと後進を育成してくれていたおかげですね。あと少し豚が入ってきていますね。入ってきたとたんに食べつくしていますが。」
「あんまり物事がうまく行き過ぎると順調すぎて怖いな。」
ドワーフの里は通常営業らしい。親方の仕事の話を聞きたくて、ドワーフたちが集まってきた。
「お前ら客人が来ているんだ。先に客人と話をさせてくれ。」
「いえ。私の話はあとでいいです。ドワーフの皆さんも聞きたい事がいっぱいあるでしょう。里長、大業物完成おめでとうございます。」
おめでとうございまーす、という歓声が上がる。
これはドワーフのお祭り、里長一世一代の晴れの舞台なのだ。
質問攻めにあっている里長から離れて、私は客室で一息ついたあとに、ロゴスが居る部屋に戻ることにした。旅のシメに食事だけ摂るつもりで大食堂へと寄ったのだ。ベアリングについての話はあとでいいだろう。
いつかドワーフの里に来たときの客室に案内された。一部改築されてシャワー付きになっている。あとで聞いたところによれば、筋トレが特にドワーフの若い人たちに受け入れられたことによって、気楽に汗を流せるような設備が必要になったということだ。人間国の街にある銭湯のように共用のシャワーができたらしい。
今後はドワーフ国も別の国と交易をするかもしれないのだ。客室にシャワーくらいあってもいいだろう。
ストレッチを入念に行い、部屋でできるトレーニングを終わらせた。たいして空腹でも無いので手持ちのサバスでタンパク質を補給してシャワーを浴びる。ようやく一息ついた。
そろそろ読み終わっただろう。ロゴスのところに行って話でもしておくか。
ドアをノックして入ってみると、ロゴスはまだ写しを読んでいた。いや、読み込んでいたというところか。
「あの二人はやはりいい仕事をしますね。」
ロゴスもこの手記のなにかに引っかかっているようだな。
「その翻訳内容、どこか間違いらしきものがありましたか?」
「いえ。現時点で完璧だと思います。初代王が行った仕事の素晴らしさがよく分かります。ただ・・・」言っていいのか悪いのか判断ができないというところか。
「どこかで手記の方が失われてしまったのかもしれませんが、初代王が急に戦場に立つようになりましたよね。指揮官は後方で全体を指揮するのが仕事だと思うんですが・・・」
さすがロゴスだ。自力でそこに辿り着くか。
「私もペンスもイレイスもそこに引っかかりました。ロゴスから見てこの変化をどう捉えますか?」
「うーん、難しいですねぇ。断片的な情報だけですし。なんというか組織や国としての強さよりも、今のギルドのように個人としての強さを求めていたとか。人間王自身が強くなりたかったとか。」
なるほど。自分自身が強くなること自体が目的だとしたら、少しは納得がいく話だ。指揮官としての経験以上に、自身の強さを求めた結果が前線での仕事というわけか。
「ギルドの創設も強い個人を求めてのことでしたからね。初代王は魔王という存在がいるかもしれないと仮定して、自分自身も強くなることを求めたと。こういう事でしょうか?」
「魔王まで仮定していたかどうかは分かりませんが、個人としてさらに高い武を求める姿は、今まで読み込んできた初代王の姿勢と反しないという気がします。」
アドバイザーや軍師や指揮官という立場から、一人の武将へと変わっていこうというのか。それは転職などという可愛げがある言葉で表現できるものではないな。今まで手に入れたものをいったん捨てて、全身全霊を賭けてなお届かないかもしれない、まったく別の領域に自分を持っていこうとする発想だ。
「言うほど簡単なことではないでしょう。ロゴスはできると思いますか?」
「私がですか?いやムリです。やろうという気にもならないですね。初代王ほどの才覚があればなんでもできたかもしれませんが。」
「仮にロゴスの想像通りだとして、なにが初代王をそこまで追い込んだのでしょうか。」
ふと追い込んだという言葉が出てしまった。初代王は追い込まれていたのだろうか?
「なにか転機があったのだろうとは思います。手記の失われた部分に書かれていたかもしれませんし。」
いや、ちょっとアプローチが違う気がする。
「もしかしたら失われたのではなく、手記すら書けなくなるような転機があったのかもしれませんね。」
自分が発した言葉によって、私の中でかちりとピースが繋がった。
初代王はこの時期に、あの最愛の女性と子どもを失ったのではないのだろうか?
その痕跡があの西の廃墟にあった墓標だったのではないだろうか?
いやいや、これもまた私の想像に過ぎない。分かっていることは、なにか転機があって初代王が戦場の最前線で戦うようになったということだけだ。
「おうマッチョ、着いていたか。こっちは仕事で忙しくてなぁ。人間国では世話になったな。」
「里長、お久しぶりです。」
「悪いが先に仲間へ話したいことがある。おい!俺の大業物が出来上がりそうだぞ!」
里長は大声でドワーフたちに伝えた。おおお、という歓声が広がる。
「やりましたね、大親方!」
「けっこう大変だったなー。現物を見たって言っても、高炉だからなぁ。鎧やら武器やらを作るように簡単には出来ねぇなぁ。仮の火入れをして、試験運転をしてみてから本稼働ってところだろう。」
人間王の時代に作られた高温の高炉か。
「ドワーフ独自というか、俺が考えた工夫もしてある。うまい事いったら、この大陸で歴史上最高の高炉が出来上がるというワケだ。山ごと爆発しなきゃいいけれどな。ところでカイト。俺がいない間に里はどうだった?」
「特に変わりは無いです。皆いいものを作ってましたよ。」
ロイスさんも部下の人に呼ばれたらしく、私たちのテーブルの近くにやって来た。
「他は変わりないか、ロイス。」
「他国との外交は上々です。特に人間国からの燃料と鉄鉱石が増えています。あちらで山見をさせていたドワーフたちがいい仕事をしているようです。牛のほうも変わりありません。人間国での消費も増えているようです。ロキがきちんと後進を育成してくれていたおかげですね。あと少し豚が入ってきていますね。入ってきたとたんに食べつくしていますが。」
「あんまり物事がうまく行き過ぎると順調すぎて怖いな。」
ドワーフの里は通常営業らしい。親方の仕事の話を聞きたくて、ドワーフたちが集まってきた。
「お前ら客人が来ているんだ。先に客人と話をさせてくれ。」
「いえ。私の話はあとでいいです。ドワーフの皆さんも聞きたい事がいっぱいあるでしょう。里長、大業物完成おめでとうございます。」
おめでとうございまーす、という歓声が上がる。
これはドワーフのお祭り、里長一世一代の晴れの舞台なのだ。
質問攻めにあっている里長から離れて、私は客室で一息ついたあとに、ロゴスが居る部屋に戻ることにした。旅のシメに食事だけ摂るつもりで大食堂へと寄ったのだ。ベアリングについての話はあとでいいだろう。
いつかドワーフの里に来たときの客室に案内された。一部改築されてシャワー付きになっている。あとで聞いたところによれば、筋トレが特にドワーフの若い人たちに受け入れられたことによって、気楽に汗を流せるような設備が必要になったということだ。人間国の街にある銭湯のように共用のシャワーができたらしい。
今後はドワーフ国も別の国と交易をするかもしれないのだ。客室にシャワーくらいあってもいいだろう。
ストレッチを入念に行い、部屋でできるトレーニングを終わらせた。たいして空腹でも無いので手持ちのサバスでタンパク質を補給してシャワーを浴びる。ようやく一息ついた。
そろそろ読み終わっただろう。ロゴスのところに行って話でもしておくか。
ドアをノックして入ってみると、ロゴスはまだ写しを読んでいた。いや、読み込んでいたというところか。
「あの二人はやはりいい仕事をしますね。」
ロゴスもこの手記のなにかに引っかかっているようだな。
「その翻訳内容、どこか間違いらしきものがありましたか?」
「いえ。現時点で完璧だと思います。初代王が行った仕事の素晴らしさがよく分かります。ただ・・・」言っていいのか悪いのか判断ができないというところか。
「どこかで手記の方が失われてしまったのかもしれませんが、初代王が急に戦場に立つようになりましたよね。指揮官は後方で全体を指揮するのが仕事だと思うんですが・・・」
さすがロゴスだ。自力でそこに辿り着くか。
「私もペンスもイレイスもそこに引っかかりました。ロゴスから見てこの変化をどう捉えますか?」
「うーん、難しいですねぇ。断片的な情報だけですし。なんというか組織や国としての強さよりも、今のギルドのように個人としての強さを求めていたとか。人間王自身が強くなりたかったとか。」
なるほど。自分自身が強くなること自体が目的だとしたら、少しは納得がいく話だ。指揮官としての経験以上に、自身の強さを求めた結果が前線での仕事というわけか。
「ギルドの創設も強い個人を求めてのことでしたからね。初代王は魔王という存在がいるかもしれないと仮定して、自分自身も強くなることを求めたと。こういう事でしょうか?」
「魔王まで仮定していたかどうかは分かりませんが、個人としてさらに高い武を求める姿は、今まで読み込んできた初代王の姿勢と反しないという気がします。」
アドバイザーや軍師や指揮官という立場から、一人の武将へと変わっていこうというのか。それは転職などという可愛げがある言葉で表現できるものではないな。今まで手に入れたものをいったん捨てて、全身全霊を賭けてなお届かないかもしれない、まったく別の領域に自分を持っていこうとする発想だ。
「言うほど簡単なことではないでしょう。ロゴスはできると思いますか?」
「私がですか?いやムリです。やろうという気にもならないですね。初代王ほどの才覚があればなんでもできたかもしれませんが。」
「仮にロゴスの想像通りだとして、なにが初代王をそこまで追い込んだのでしょうか。」
ふと追い込んだという言葉が出てしまった。初代王は追い込まれていたのだろうか?
「なにか転機があったのだろうとは思います。手記の失われた部分に書かれていたかもしれませんし。」
いや、ちょっとアプローチが違う気がする。
「もしかしたら失われたのではなく、手記すら書けなくなるような転機があったのかもしれませんね。」
自分が発した言葉によって、私の中でかちりとピースが繋がった。
初代王はこの時期に、あの最愛の女性と子どもを失ったのではないのだろうか?
その痕跡があの西の廃墟にあった墓標だったのではないだろうか?
いやいや、これもまた私の想像に過ぎない。分かっていることは、なにか転機があって初代王が戦場の最前線で戦うようになったということだけだ。
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