異世界マッチョ

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92 マッチョさん、勝利する

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 人間国に帰る前に、カイトさん試作の封印されたトレーニングマシンを試させてもらうことになった。
 王城で見たことは見たが、マシンを使ったトレーニングはこの世界へ来てから初めてである。
 まずはフットプレスだ。うーむ。やはり軸受けが安定していないというのがネックだな。動かしている途中で引っ掛かりがあるとついつい力を入れ過ぎてしまう。怪我のもとになってしまうので、封印は筋肉的にも正しい措置だろう。
 滑車とヒモを使う機器はそれなりに使える。チンニングマシンは普通に使えるが、いつロープが切れるかと思うとなかなか怖い。里長は鋼線と言っていたな。そういうものも作れるのか。
 「これ、試してみた時点で故障は無かったんですか?」
 「ありましたよ、いっぱい。」あっさり言うなぁ、カイトさん。
 「よく怪我しませんでしたね。」
 「いえいえ。なにかしら新しいものを作って試作すれば問題も起きれば怪我人も出ますよ。」
 どうも私とドワーフとは怪我に関しての感覚が違うようだ。怪我をしたら明日はトレーニングができなくなるではないか。

 とにかくマシンは作れるのだ。そして手記の解読は人間王の依頼でもある。問題になるのは国家間の信義の問題だけだ。
 私はドワーフの里をあとにして、ドワーフ王の親書とともに人間国の王城へと急いだ。
 急げば作れるというものでは無いが、目の前にぶら下がっているものの価値を考えると気持ちは逸る。ドワーフの里でしか作れないし、人間王を説得をできる人間は私しかいないのだ。
 これは私の仕事ではない。もはや私の宗教的な使命と言ってもいい。
 王城で人間王に面会を申し込んだら、明日の早朝になるとのことだった。うーむ。王というのはそうそう簡単に会える人間では無いということか。今まで簡単に面会できたのは王家の仕事をしていたからなのだ。ドワーフ王の親書だけ先に渡して、私は自室でトレーニングをすることにした。
 スッキリはしないが、こういう時だってある。
 いつだってその日にやりたいトレーニングができるとは限らないのだ。

 翌日の朝には人間王に会うことができた。
 「ドワーフ王からの親書でだいたいなにが起きているのかは分かった。俺の裁可が無ければドワーフ国での研究が止まるということだな。」
 「その通りです。ドワーフ王は例の部屋にあるものと同じものを作っていることに、酷く動揺していました。」
 人間王は考え込んでいる。
 「・・・マッチョはあの部屋にあるものをどう使えばいいのか、知っているのだな?」
 改めて確認しているという口調だ。
 「はい。ああいうものが無ければ肉体を作り上げることができませんから。」
 部位別に鍛え上げるには自重トレーニングやバーベルやダンベルだけでは限界がある。よりきめ細やかに肉体を作り上げるのであれば、トレーニングマシンは必須なのだ。
 「以前にあの部屋を勇者たちに公開できないかという話が出たな。あれは正式にダメだということになった。部屋自体が人族の聖域扱いになってしまっていてな。もともとは初代王の私室だったせいか、妙に神聖化されてしまっているのだ。」
 人間王だけでは決められないことであることは知っていたが、そこまで頑なだったのか。
 「だがこの報告を聞いて考え方が変わった。機械自体を増やして王族以外が使う分には問題が無いと思うのだ。論点は部屋を解放することの方にあったからな。ドワーフ王には研究継続を支持する親書を送ろう。新たに技術的な発見があったとしても、人間国にも還元してもらえればなんの問題も無い。」
 部屋はダメだが、トレーニングマシンなら使えるというわけか。
 「そして人間国としてトレーニング用の機械を複数発注することを要請したいと思う。軍の各駐屯地やギルド本部に置くのも良かろう。ギルド本部に置くのであったら勇者たちも機械を使えるだろうからな。」
 なんだかんだで人間王もトレーニーなのである。筋トレが広まることを妨げるものは、もうこの異世界には存在しない。タンパク質の問題もほぼ解決しているのだ。
 完全なる筋トレの勝利である。

 「・・・マッチョよ。お前、ドワーフ国で手記を読んだときにこうなることが分かっていたのではないのか?」
 「ずいぶん前のことですから忘れています。」予感はあったが、可能性がある程度の感じ方だった。ここまでの道のりは簡単だったとは言い難い。そもそも私ではドワーフ国にあったあの文書を読めなかったのだ。
 「・・・まったく。自己研鑽が絡むとどこまでも貪欲なのだな。国までも利用するか。」感心しているのか呆れているのか分からない表情だな。
 「しかし機械に関わる技術をすべて公開してしまっていいのですか?まだ知れ渡ってはいない技術も一部には入っています。」
 「構わん。初代王の時代にはあった技術だ。我々の時代に使わない道理も無かろう。」
 そう言われてみるとそうか。極端な文明発展をしかねないという点だけが少し気がかりだったが、もともとはこちらの世界にあった技術なのだ。
 「おそらく水車や馬車といった、軸を使うものはこの世界では一転してしまいますよ。」
 「・・・ああ。なるほどな・・・」
 人間王は自分のマシンを思い出しているようだ。どういう部品でトレーニングマシンが動いているのか程度は、人間王も理解しているのだろう。
 「うーむ。軍事的な意味を持つものならより効率を上げるために試作品が作られるだろうが、他のものは製造にかかる費用との兼ね合いになるからな。庶民に行きわたるほど劇的な変化は無いだろう。ドワーフにしか作れない上に大量に作れるかどうかもまだ分からぬしな。」
 人間王の予見はだいたい正確なのだ。
 「まぁ今回のことでドワーフ国と問題が起きるようなことは無い。親書を送ってドワーフ王を安心させてやろう。」
 ここだ。
 「私個人としてもあの機械は欲しいです。私専用のものとして。宗教上必要なものなのです。」
 「そうか。マッチョは肉体を鍛え上げる宗教だったな。しかし個人で買えるような値段にはならないだろう。ドワーフ族が作る機械なぞいくらかかるものか・・・いや・・・マッチョはけっこうな額の報奨金を持っているんだったな。」
 あと少しだ。
 「私個人が買ってもいいものでしょうか?王城の自室あたりにあれば嬉しいのですが。」
 「金が出せるのであれば構わん。宗教的な意味があるのであれば、軍よりもマッチョのほうを優先させるのも構わん。それに今ドワーフ国で作っているものが、どれほどのものなのかも分からん。ドワーフ国に親書を持って行った後に、そのままドワーフ国で機械製作の助言を与えてはくれないだろうか?」
 うむ。どうにもドワーフ族が作るトレーニングマシンは、安全対策をしっかりと考えていないように思える。立派な機材があっても、怪我をしたら治るまでトレーニングができなくなるのだ。
 「しっかりとしたものを作ってもらおうと思います。扱い方や作り方によっては怪我をすることもありますから。」なんなら王城のトレーニングルームよりもしっかりとしたマシンを作るのもいいかもしれない。
 「俺が行くワケにもいかんからな。頼むぞマッチョ。」
 頼まれるまでもない。これは私の宗教的な使命なのだ。
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