異世界マッチョ

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108 マッチョさん、終わる

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 ニャンコ族が作り上げた立派な橋を渡る、これだけ丈夫に作られたらどんな魔物でも軍隊でも行軍可能だろう。冗談にしては気合いが入り過ぎている。
 「いいな、十分だけじゃ。十分を超えたら祠も諦めて橋も落とす。タカロス、準備は終わっているな?」
 「作戦通り油を橋の要所に配置し、火矢でいつでも橋を落とせるようにしています。」
 「よし。全員警戒を怠るな。どこからかオーガよりも強い魔物が出てくるか分からんぞ。」
 それにしても大胸筋の痙攣が止まらない。
 この先にあるのは精霊の祠なのではないのか?なにがあるというのだ?
 「マッチョ君、頼むぞ。例の文字を読める人間は今は君しかおらんのだ。周辺警戒はワシらがやる。」
 「・・・イヤな感覚です。皆さん気を付けてください。」
 
 橋を渡った先もニャンコ国のような森だったのだが、微妙に植生が違って見える。
 この大陸では変わった植生や気候の土地も多くあったが、崖ひとつ隔たれているだけでここまで違うなどということはあるのだろうか?
 「ふーむ、ここではちょっと草花が違うのう。見たことがないものもある。」
 「私も大陸中の山に入っていますが、この周辺だけ別の土地みたいですね。」
 「マッチョ殿。精霊がいる場所というのはこういうものなのではないかな?なにか引きつけられる美しさがある。我らの聖なる河とどことなく気配が似ている。」
 「ドワーフ国の草原にもこういう気配がありましたね。」
 精霊がいるから美しいのか、美しい場所に精霊が宿るのか。
 少し腹立たしいが、この土地に魅かれてしまうニャンコ族の気持ちも分からないではない。大型の橋を作ろうとまでは思わないが、訪れたくなってしまう土地だ。
 「魔物の気配は無いのう。オーガはなんとなく別の土地に来ただけかもしれん。」
 「聖域と言ったらいいのでしょうか。精霊が住む場所に居心地の悪さを感じたかもしれませんね。ドワーフ国の草原にもあまり魔物は寄り付きませんでした。」
 珍しい草花があるというのならば、新しい薬効の薬なども手に入りそうだな。安全が保障されたらまたここにやって来ることもあるかもしれない。

 「あった。これだニャ。」
 しゃがみこんでミャオさんが指さした石を覗きこむ。なるほど。苔むしてはいるが、たしかに初代王の暗号で書かれている。
 
  ”精霊の恩寵を求めるニャンコ族に永く伝える。この場で強く求めよ。さすれば与えられん”

 文面まで同じだ。
 「ミャオさん、ここで精霊に力を貸してもらえるように祈ってもらえませんか?」
 「こうかニャ?」
 膝をつき、手を組み合わせる。
 赤い光がミャオさんからあふれ出る。精霊の恩寵の顕現だ。
 同時に青い光がジェイさんから、黄色い光がロキさんからわずかに溢れる。赤い精霊に共鳴したのだろうか。
 ?
 ミャオさんの様子がおかしいな。プルプルと震えている。
 「ミャオさん、どうしました?」
 「・・・信じられないニャ。ニャンであんな生き物が・・・」
 精霊が見せるという映像か。なにを見せられたのだ?
 「マッチョ君!」
 ドロスさんに声をかけられてはっとした。目の前に魔物がいた。
 汗がどっと吹き出る。いつ来た?気配すら感じなかった。
 大きく、そして早い。魔物の腕がミャオさんを狩りに来ている。
 あの腕をどう捌く?正面から弾く・・・いや、目の前の魔物は私よりも強くて大きい。
 考えているヒマなど無い。
 私は全力で大斧を袈裟切りに振り回した。腕先に当てて軌道を逸らせばミャオさんに直撃しない。
 斧が当たった瞬間に気づいた。私の力では魔物の腕の軌道を変えられない。それほどの差がある。
 いや、私がやるのだ。いま、ここで。
 とっさに奥歯を噛み、入れられる限りの力を加えた。
 サポーター代わりにしていた肘当てが弾け飛んだ。
 自分の唸り声が聞こえる。すべてがゆっくりと進んで見える。
 魔物の腕の軌道がミャオさんをかすめて外れていくのが見えると同時に、私の体内からばちんばちんとなにかが切れる音が聞こえた。
 右腕、左腕。ともに切れた。痛めていた腱だろう。
 私にできることはここまでだ。大斧が私の手から滑り落ちた。

 「マッチョさん下がってください!」
 「剣聖!撤退をお願いします!」
 混乱のなか私はドロスさんに担がれ、ミャオさんはタカロスさんに担がれた。
 先ほどとは二人の光り方が違う。初めて精霊の恩寵を見た時のように神々しく輝いている。
 「精霊が力を貸してくれます!時間を稼ぎますので急いで!」
 「祠の近くに置かれていた魔王の罠だ!今の我らでは足止めはできても倒すことはできん!橋も焼いてくれ!」
 音から察するに剣速がいつもの二人とまったく別ものだ。勇者としての力を与えられたのだろう。
 私は肘から先が上がらない。
 ・・・もう、ダンベルもバーベルも持つことはできないのか。
 トレーニーとしての私は終わったのだ。
 大胸筋の痙攣は私の筋肉が警戒していたのでは無かった。
 あれは私と筋肉との蜜月の終わり、別れを告げていたのだ。
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