現代文ショートショート集

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ベンチ

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 まぁいつかは言いだすかなと思っていた。だから準備はしていた。会社の先輩に相談したり、専門家の先生に相談したり。

 僕は彼女と一緒に居ることを、公園のベンチで隣に座っているような感覚だなと思っていた。
 末永く隣に座っていたいな、と思ったから結婚した。

 公園のベンチは、伸びたり縮んだりしない。お互いに譲り合わないで押し合いをしていると、どちらかは地面に落ちてしまう。
 どう二人で使うべきか最初に話し合っていたら、結果は違っていたかもしれないし、やっぱり同じだったかもしれない。

 最初はほんのわずかだった。彼女が僕に寄ってきて、少しゆっくり座らせてほしいと言った。僕はそういう時もあるだろうと思って、快く少しだけ自分のスペースを譲った。そしてその状態がいつしか日常になった。

 やたらと疲れた日があった。僕は以前のように、少しベンチを譲って欲しいと要求した。今日は特別に疲れているからと。
 でも彼女は自分のベンチを譲ってくれなかった。何年もこの状態なのに、いまさら変えることはおかしい、と言われた。
 言い合う気力も無かったので、僕はいつも通りにベンチの隅に座って眠った。

 ある日帰ってきたら、彼女はベンチで寝ていた。これでは僕が座れる場所が無い。体調が悪そうなところ申し訳ないんだけれども、座れる程度にベンチを明けてくれないか、と僕は要求した。
 彼女はなにも言わずにすっと膝を抱えて、かろうじて僕のお尻が半分ほど座れる程度に譲ってくれた。

 いつも通りに仕事をして疲れて帰ってきたら、やはり彼女はベンチで横になっていた。少しベンチを譲って欲しいと言ったら、彼女は私だって疲れているんだから、私が掃除したベンチを全部使うのは当然だと言われた。
 僕はどこで休めばいいのか聞いたら、背もたれに寄りかかって寝たらいいじゃない、と言われた。

 当然。ずいぶんと高い目線から、僕は彼女の常識を強引に押し付けられた。
 明らかに僕の話を聞くつもりは無さそうだった。彼女はいくらでも言い争う、いや自説を開陳する余裕がありそうだった。僕は話をすることさえ諦めた。
 僕はベンチの背もたれに寄りかかって眠るような生活になった。

 そしてついに僕が予想していた言葉が彼女の口から出てきた。
「ねぇ、なんで私が怒っているか、分かる?」
 分かるはずが無いし、怒られる理由なんて無いし、考えたくもない。僕が座る場所など彼女の横には無いし、彼女が座っていたベンチは僕が座れるベンチでは無かった。ベンチの背もたれに寄りかかって眠るような生活は、僕を肉体的にも精神的にもずいぶん追い込んだ。
 「うん、別れようか。」
 僕は質問に応えずにそう言った。

 彼女は、いや元妻はなにか言っていたけれども、僕はまるで聞いていなかった。
 ようやく僕は別のベンチに座れる。
 そのためならお金も時間も惜しくない。なぜ彼女が座っていたベンチに拘っていたのか、今ではもう理由も思い出せない。
 独り占めしたかったわけじゃない。僕はただ座って、心も体もきちんと休ませたかった。
 それだけだ。
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