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97話 龍王、堕つ。そして時は戻る。

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「ははは……ははははは!」

 気が付いたら、正気に戻っていた。
 どうやら、トカゲのジジィの幻術は解けたらしい。いいね、すがすがしい気分だ、最高だよ。俺が忘れていた原点を、こいつは思い出させてくれたんだな。

『何かを掴んだ顔をしているな。やはり過去に「うるせぇ黙れ」

 ぐだぐだ口上を抜かしたくそジジィに、エンディミオンの突きを繰り出す。
 そしたらだ、今まで傷つかなかった龍王に、深い傷がついた。
 なんかわからねぇけど、狙うべき場所が光って見えたんだ。それだけじゃない、頭が軽くなって、力が今まで以上に入る感じがする。集中力が、けた違いに上がっていた。

『まさか、貴様、ゾーンに入ったな?』
「ゾーン? へぇ、あの武の境地か」

 聞いた事があるな、禅や武に通じる者が目指すべき、最高の状態か。
 くははっ、なるほどなぁ。俺のディックへの愛が、まさしく新たな力をつけてくれたってわけか。
 いいぜ、今だけは胸糞悪ぃ愛の力って奴に身をゆだねてやる。

「覚悟しな、トカゲのジジィ。今の俺は、強いぜ」
『ばっはっは! こいつは面白くなっはぁ!?』

 くそジジィがなんか言う前に、左足を斬りつける。腱を切り裂いたから暫くは動けねぇだろ。
 そしたら次は翼だ、今度は尻尾、でもって右足だ。今まで通じなかった俺の刃が、面白いように通っている。よく見りゃ、全身がガチガチって訳じゃねぇ。こいつは俺の動きを見切って、攻撃が当たる場所の筋肉を締め上げて防御していたんだ。

 だったら、見切れないくらいの速さで斬りつければいい。単純な攻略法じゃねぇの。

 見る間にジジィの体が切り裂かれ、体のあちこちから血が流れだす。無敵と思われた龍王を、俺は確実に追い詰めつつあった。

『ばっはっは! ゾーンに入って、まるで別人のようではないか! ワシがついてこれぬ程のスピードとはなぁ!』
「ああ、そうだな……今だけは俺は別人さ。これまで信じていなかった愛とやらを、信じてみたからな!」

 ジジィの胸に聖剣を突き立て、思い切り引き裂いてやる。動脈をぶった切り、多量の血があふれ出た。
 これにはたまらず、ジジィも倒れ伏す。剣についた血を振り払い、俺は腕を突き上げた。

    見ていてくれたか、俺の愛しい人、ディック。お前の愛が、俺を更に強くしてくれたよ。
   お礼に抱いてやりたいぜ、マイダーリン!

「俺の勝ちだ、龍王。ドラゴンは強い奴に服従する、その言葉に嘘はねぇよな?」
『ああ……よかろう。我が胸を貫いた貴様は……確かにワシを超えた……!』

 自分に回復魔法をかけて、動脈の傷を治す。この野郎、心臓傷つけても死なねぇのかよ。どんな生命力だ?

『まさか、ワシが人間に負ける時が来ようとは。ばっはっは! こいつは愉快、愉快! 最高の気分だ! 負けるという事はワシにもまだ伸びしろがあるという物。勇者フェイス! ワシは喜んで貴様の使い魔になってやろう。貴様の元でさらなる力を得て、再度戦いを挑んでやる! 強くなったワシと是非とも再戦をしてくれ! ばっはっはぁ!』

「けっ、これじゃ服従したのかイマイチ分からねぇなぁ」

 だが、奴が俺を認めたのは確かだ。
 龍王の敗北にドラゴンどもはどよめいたが、すぐさま俺に傅いた。ドラゴンは強き者に付き従う、その言葉、確かに偽りじゃなかったようだな。
 龍王ディアボロスを下僕に出来た。って事は、噂のあれを拝借できるかもしれねぇ。

「おい龍王、テメェ確か、随分ご立派な剣を持っているそうじゃねぇか。そいつを寄越しな」
『ばっはっは! いいだろう、ワシは敗者だ、強者の指示に従うのみよ』

 ディアボロスは俺達の前に、二振りの剣を持ってきた。一本は禍々しく、もう一本は神々しい、対照的な剣だ。

『一本は龍王剣ディアボロス、我が名を冠した世界最強の剣よ。もう一本は輝龍剣オベリスク。かつてワシと共に戦った盟友の名を冠した、同じく世界最強の剣だ。どちらもワシの牙と爪を使い仕上げた、極上の一品よ』
「へぇ、そんじゃあディアボロスを頂くとするか」

 龍王の名前を持った剣の方がご利益ありそうだしな。もう一本は……女剣士にでも渡してやるか。

「おら、こいつを使え。これなら少しは役に立てるだろ」
「勇者様、龍王様……まこと、ありがとうございます!」

 はっ、ただテメェ如きに扱えるかどうかわからねぇがな。
 おいディック、ようやく俺も理解できそうだぜ、お前の語る愛とやらをな。
 だが、まだ俺の愛は不完全だ。俺の愛はお前を殺し、お前を俺だけの物にして、ようやく完成する。だからそれまで、俺は変わらず力を信じる事にしてやるよ。

 俺の愛が完成したら、初めて愛する心の力って奴を認めてやるさ。んでもってお前を永遠に俺の中に閉じ込めて、一生を込めて愛してやる。

 だから覚悟しておきな、俺がこの世で唯一愛した、最愛の男の子。

  ◇◇◇

「……その後は人間軍に作戦を任せたが、まぁ散々な結果だったな。四天王に水を差されるわ、オベリスクは奪われるわ。これじゃどっちが勝ったかわかりゃしねぇ」
『ばっはっは! その割には随分嬉しそうな顔をしているなぁ』
「そりゃあな。ディックがオベリスクを手にしたって事は、俺と同じ力を手にしたわけだろう?」

 もとより、本気で殺す気はなかったさ。
 俺の愛を完成させるには、全力全開、対等の力を持ったディックじゃなければならない。
 あいつはまだ未完成だ、ディックが覚醒の力を手にして、そいつを打ち破る事で、初めて俺の愛に価値が生まれる。

 ……ただ、あいつと戦って、また変な迷いが生まれちまったな。

 あいつがシラヌイを愛して強くなっているのなら、俺もディックを愛して強くなった。それなら、もう少し力の差が出ていても不思議じゃないだろう。
 なのに、僅差で俺は押し込まれた。

 ……同じ愛の力なのに、どうしてこうも違いが出る? 俺の愛とあいつの愛、一体何が違う? 同じ力のはずなのに、どうして俺の方が弱い?
 考えれば考える程分からなくなる。愛の力ってのは、一体なんなんだ?

『ばっはっは! また悩み始めたな。貴様もまた人間というわけか』
「ふざけてんのか?」
『いいや、悩む事こそ人の根源よ。今は悩むだけ悩んでみろ。その悩みこそが貴様をより強くする。永遠の議題である、愛する心と力を求める者の答え。納得いくまで探し続けるがよい。ばっはっは!』
「……そうさせてもらうさ」

 どうやら俺はまだ、愛って奴をよく分かっていないらしい。
 力こそ全て、その信条は変わらない。だがその力の中に愛って奴を組み込もう、そう考えるようにはなった。
 ディック、俺の語る力の先に、お前の愛を否定する答えがある。お前の愛を論破した上で、俺はお前を超える愛を手にしてやる。

 力さえあれば、愛すらも奪う事が出来るんだ。だからよディック、お前の愛を、俺の力で必ず奪ってやるからな。

   それこそが、俺が親友であるお前にしてやれる、最大最高の愛情表現なのだから。

『さぁ、龍の領域で作戦会議だ! より面白い戦を考えようではないか、ばっはっは!』
「くくっ、そうだなぁ。やってやろうじゃねぇか。力で証明する、愛の略奪劇をな」
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