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116話 ディックの積み上げてきた人徳

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 私は人形 強欲な人形

 人の物を見ると ほしくなる 相手が泣こうが 悲しもうが 関係ない

 私一人が 良ければいい 他の奴なんか 知らんぷり

 欲しい物は 奪えばいい 奪えば 相手の心も 奪えるから

 だけど 私は一度たりとも 心を奪えたためしはない

 私が本当に欲しい物 人からどれだけ奪っても 手に入れられた事はない

 私は人形 強欲な人形

 目につく全てを り尽くしてでも 私は心を手にしてみせる

 なぜなら 私は強欲だから 渇望するほど 心が欲しいんだ

 心を手にするためならば 殺してでも 奪ってみせる

  ◇◇◇

 ディックが誘拐されて、四日が経った。
 私は魔王様から下された辞令を最短で終わらせ、バルドフへ帰還していた。
 ドラゴンと人間軍の混成軍から受けた傷は大きかったけど、四天王が全力で事態収拾に取り掛かったおかげで、事後処理は予定よりもずっと早く完了した。

 ……これで取りかかれる、あいつの捜索に。

 魔王城へ向かい、一旦オフィスに荷物を放り捨てる。久しぶりの事務室を見渡してから、私は目を伏せた。

「ディックが居ない……」

 あいつが居なくなってまだ数日なのに、孤独感に押しつぶされそうになる。ディックの居ない仕事場が、とても寒く感じた。
 いつもなら、ディックが迎えてくれる。私の頑張りを労って、優しく抱きしめてくれるのに。
 人形の魔女がディックを攫った光景は、未だ私の脳裏にこびりついている。毎日夢に出て、このところろくに眠れていなかった。

『おいどうした? 次の仕事が控えているだろう、急いだ方がいいぞ』
「わかってる、休んでる暇なんかないわよね」

 シルフィにせかされ、仕事に取り掛かる。ディックが居ない間、使い魔のこいつが副官の代わりを務めていた。
 意外と優秀で、出張先で何度も助けられた。一日に五ヶ所を一気に回る強行軍を乗り越えられたのは、シルフィのおかげだ。

 ……ぼーっとしっぱなしで、殆ど仕事に手を付けられなかったのよ。気を抜けば、頭をよぎるのはディックの事ばかり。

『あの男の事が気がかりなのはわかる。だが、貴様は四天王だ。しょぼくれた顔を続けていては、部下に示しがつかないぞ?』
「そんなの分かってるわよ。そんなの、言われなくたって……」
『ならば、さっきからそこに居る連中に気付いているのか?』

 はっとし、振り向くと、部下たちがいる。人狼にラミア、ハーピィと、ディックに好意を抱いていた女兵士だ。

「あの、シラヌイ様。帰還直後に申し訳ありません」
「事前に頼まれていた書類を持ってきたのですが……」
「ああ、わかった。そこに置いといて、あとで目を通しておくから」

 エルフの国に出張して居る間、溜っていた仕事だ。他にも通常業務だって片付けないといけないし、やらなきゃいけない事が山積みになっている。

「……シラヌイ様、どうかご無理はなさらないでください」
「ディックが誘拐されたのはその、私達もショックですが……」
「大丈夫よ、あいつなら絶対生きてる。必ず戻ってくる。だから、全然へっちゃらよ」

 せめて部下の前では強がっていないと。私は四天王、魔王様軍最高戦力。弱っている所を部下に見せられない。
 なのに、声が震えて止められない。ディックの名を口にする度、涙が溢れそうになる。
 拳を握りしめて泣くのを堪え、首を振る。しっかりしなくちゃ、じゃないとディックに余計な心配をかけちゃう。

「ディックは私が見つけ出す、だからあんた達、私のフォローよろしくね」
「はい、我々一同、力を合わせて貴方を支えます」
「だからどうか、ディックを、ディックを見つけ出してくださいね」

 ったく、あんにゃろめ。私の男だってのに、どうしてこう女どもの人気が高いのよ。
 連れ戻したら、あいつらの前で公開キスの刑よ。自分が一体誰の物なのか、今一度しっかり見せつけてやらなくちゃ。

 勿論それだけじゃ済まないから。エルフの国で約束したもの、三日三晩愛してくれるって。忘れてないから、私、忘れないから。
 ……だから、早く帰ってきてよ、ディック……!

『おいシラヌイ、尻尾がしょぼくれているのだが?』
「はっ!」

 しまった、仕舞うの忘れていた。
 気付けば部下が不安げに私を見ている。ああもう、どうして私はこう、失敗ばかりすんのよ。
 私は四天王シラヌイよ、ふがいない姿を見せ続けるわけにはいかない。踏みとどまれ私、弱音は無しなんだから。
 ディックが居ないくらいなんだ。あいつが来る前は私一人でやっていたんだ。だから一人でも大丈夫、大丈夫なんだから……!

  ◇◇◇

 会議室へ向かうと、すでに四天王達が集まっていた。三人とも仕事を早急に終わらせて、バルドフへとんぼ返りしてきたんだ。

「無理はしていないか? シラヌイ」
「ええ、問題ないわ」

 本当は不安が収まっていない。尻尾を隠したから、三人には不安が伝わっていないと信じたい。

『やぁやぁ四天王の諸君。出張を数日で終わらすなんてすごいねー君達』
「ひゃあっ!?」

 真後ろから肩を掴まれ、私は裏返った声をあげてしまった。
 魔王様がいつの間にか来ていたのだ。暫く忘れていたわ、この神出鬼没な感じ……。

『やっぱ皆気になっているんだねぇ、ディッ君の事。まぁワシも同じだし、人の事を言えんわなぁ』
「魔王様も……」
『なんやかや、短期間で多くの功績を残した人材だからね。みすみす逃しちゃったら大損じゃんか。バルドフの勇者侵攻阻止に、エルフの国の守護、ドラゴン軍との攻防。全部彼無しでは成り立たない戦果だったよ』

 魔王様は私達を見渡し、

『……四天王に命ずる。行方不明になった民も含め、全力で捜索するよ。期間は無期限、魔女に奪われた人々全員を、なんとしても探し出しなさい』
『了解!』

 無期限の捜索か、やっぱり魔王様は大胆な決断を下す方わね。
 時間を気にせずディックを探せる、これ以上ない条件だわ。

『んで、この捜索に関してなんですがぁ、エルフの国の全面協力も得られる事になりましたぁ。ミハエル陛下、お言葉をお願いします』

 魔王様は通信具を出し、指を鳴らした。
 すると、ミハエル女王の姿が映し出される。横には世界樹の巫女姉妹も居た。

『この度は私共の作戦に協力いただき誠に感謝します、ミハエル二世女王陛下』
『いえ、私達エルフ一同、魔王様には大きな恩を受けました。特に勇者と龍王撃退の原動力となったディック氏には、感謝の言葉を尽くせません。彼を見殺しにしてはエルフの名を汚す、エルフの国の総力を挙げ、捜索にご協力いたします』

 ミハエル女王にもこう言わせるなんて、私の男ながら誇りに思うわ。

『現在エルフ軍でも捜索隊を作っています。明日には魔王軍と連携を取りつつ、西側を捜索していく予定です』
『ワイル様も今、各地の情報屋を当たってるんだって。世界樹での探知もしてみるから、大船に乗った気で居て、シラヌイさん』

 ラピスとラズリからもエールを受け、少しだけ勇気がわいてきた。
 私の胸中を察したか、魔王様が頷く。そしてもう一つの通信具を出した。

『協力するのはエルフだけではないぞ』
『彼の事は俺達も聞いている、大ピンチなんだろ?』

 そこから出てきたのは、ドレカー先輩とケイに……

「ポルカ?」
『うん! お姉ちゃん、久しぶり』

 ポルカの顔を見たら、ほんのちょっと笑顔が漏れた。

『相手は魔導具の所有者っぽいでしょ? それなら当然、専門家にも協力を仰ぐさね』
『あいつには俺達ウィンディア人と、ポルカを助けてもらった。こんな形で恩を返す事になるとは思わなかったけど、俺達も全力で協力するよ』
『無論私もな。なぜなら私は宇宙一仁義に厚い男、イン・ドレカー! ダイダラボッチを倒し、我らに平穏を齎した男がピンチなのに、黙っていられれないさ』
「……先輩、ケイ……!」

 ディックのピンチに、沢山の人が力を貸してくれる。当然か、だってあいつは沢山の人を守る為に、全力で戦ってきたんだ。助けの手が伸びるのは当たり前よ。

『しかし、話を聞いて驚いたよ。まさかハヌマーンを持ちながら、魔導具の所有者に負けるなんてな……』
「ええ……アンチ魔導具の効果が薄くて……」
『そこも含めて調査する必要があるな。人形の魔女が使った力は、これまで造られた魔導具とはちょっと異質なんだ。もしかしたら……新しい魔導具を作られた可能性もある』
「新型の魔導具ですって?」
『あくまで仮説さ。それに関しては俺に任せてくれ』
『お父さんに任せて、お姉ちゃん。ポルカもいっぱいお祈りするよ、神様にお兄ちゃん見つけてって、毎日お祈りするから。だから、元気出してね』
「うん……ありがとう、ポルカ……!」
『涙はディックを見つけた時のために取っておきたまえ。この宇宙一捜索が得意な男、イン・ドレカーの名に懸けて! 必ずやディックを探し出してみせよう!』

 ドレカー先輩の言葉が頼もしい。捜索隊として、この上ないメンバーだ。

「それに、あんた達もいる……魔王四天王として、頼りにしてるから」
「任せておけ。ディックが居ない魔王城というのも、どうも味気なくてな。チェスの決着もついていない以上、勝ち逃げさせるわけにはいかないさ」
「私も同じよぉ、あの子が居ないと調子でないもの。それに……私に今までお料理作ってこなかった分沢山集らせてもらわないと」
「……ハイエナかお前は。ともあれ、我が友が奪われている以上、居ても立ってもいられぬ。なんとしても取り戻すぞ、シラヌイ……!」
「当然よ!」

 三人と拳をぶつけ合い、ディック奪還を誓い合う。覚悟しなさい人形の魔女、あんたはこの世で最も敵にしてはいけない奴らの怒りを買ったのよ。
 魔王四天王の恐ろしさを、あんたの空っぽの頭に叩き込んでやるんだから!

『その話、ワシも混ぜてもらおうか』

 突然、威圧感のある声が木霊する。
 全身が怖気立つ、恐怖を与える声。エルフで散々聞かされた、地上最強生物の声。

「まさか……魔王領に!?」

 急いで外へ向かうと、そこには……。

『ばっはっは! 邪魔をするぞ魔王よ!』

 ドラゴンを束ねる龍王、ディアボロスが舞い降りていた。
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