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122話 シラヌイの様子は?

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「私は 人形 空っぽな 人形」

 朝日が昇る 今日も始まる 空虚な日々が
 幾日 幾年 幾星霜 助けてくれる日を 待っただろう
 あたしを 監獄から 出してください 体は出れても あたしの魂は 出てこれないの
 誰か あたしを助けてください 悪夢から 助けてください

「私は 人形 助けを待つ 籠の 人形……」

 人形に囚われて 私はここから 抜け出せない 永遠に あたしはここに 縛られたまま
 誰か たすけて あたしを 独りにしないで
 七人の私が あたしを 囲んでる あたしは 私に掴まれて ここから 逃げられない
 誰か あたしを囲む私を 殺して 私から ……あたしを、助けてください……!

「勇者パーティの二人なら、あたしを……ここか、ら……あ、ああ……あああ……!」

 だめ、またあたしが……七人の私に引きずり込まれる……!
 助けて、勇者フェイス……剣士ディック……! 貴方達なら、きっと、あたしを……!

  ◇◇◇

「シラヌイ様、失礼します。先日受けた件なのですが」

 ディックが誘拐されて、十日。私のオフィスに部下が訪ねてきた。
 出来る限り、笑顔で迎えないと。……部下を不安にさせるわけにはいかないもの。

「ありがと、進捗を教えてくれる?」
「はい、では」

 部下の報告を聞いても、頭に入ってこない。記憶は全部シルフィだよりだ。
 気持ちは今すぐにでも仕事を投げ出して、ディックの捜索に向かいたい想いで埋まっている。尻尾が出ていたら、すぐにばれていたでしょうね。

「報告は以上です。では、失礼します。……どうか、無理はなさらないでくださいね」
「大丈夫。ちゃんと休んでいるから、気にしないで」

 これも嘘だ、ここ暫くは全く寝れてもいない。食事もクッキーで済ませている。公休日でも魔王城にこもり切りだ。寝不足で頭が痛いし、手もなんだかビリビリしている。ストレスのせいかな。
 部下が居なくなり、シルフィと二人きりになる。途端に力が抜けて、壁にもたれかかった。

『酷い有様だな、それでも四天王だろう?』
「……うるさい」
『罵声にキレがないな……これは重症だ』

 シルフィがため息を吐いて、手鏡を持ってきた。
 鏡に映る私は、酷い顔をしていた。目が充血していて、表情に覇気が無い。化粧でごまかしているけど、目の下には隈が浮かんでいるし、顔色だって最悪だ。
 ディックと会う前の私に戻ったみたいだわ。これでも、まだ踏みとどまっている方なんだけどな。

『随分と、心身ともにディックに依存していたようだな。まさかの大弱体化ではないか』
「そうね……まさかこうまであいつにはまっていたなんて、思いもよらなかったわ」

 離れたら、私がディックをどれだけ思っているか改めてわかる。……ディックが悪いのよ、私に重すぎる愛をくれるから、ずぶずぶとはまってしまって……気付いたらもう、抜け出せないじゃない。
 会いたい、ディックに会いたい。お願い、生きていて、無事でいて……。
 貴方が戻ってこないんじゃないか。そう思うだけで、心臓が握りつぶされるかのように痛くなるの。

「どうしよ、お腹も痛くなってきた……」
『はぁ、一度帰宅したらどうだ? そもそも今日、貴様は休みだろうが?』
「ディックが苦しんでいるのに、私一人さぼるわけにはいかないでしょう!」
『さぼるのと休むのは違う。その有様では、いざディックが見つかった時に力を出し切れぬぞ?』
「あうぅ……」

『それに、エルフの国から戻って一度も帰宅していないだろう? 気分転換にもなるし、掃除をしてきてはどうだ? いつディックが戻ってきてもいいように、家を綺麗にしておくべきだと私は思うがな』
「一応、家はハウスキーパーに任せてるけど」
『ふーむ、だとしたら危険ではないか? 万一家の物を盗まれていたらどうする? 特に英雄ディックの私物など、恰好の餌食だと思うがな』
「急いで戻りましょう」

 我ながら単純だわ。でもそうよね、もしかしたらディックの私物を奪われているかも。
 絶対嫌。ディックは私だけの男なのに、一部でも誰かに奪われるのはもう嫌。
 もう誰にもあいつを、渡したくないの。

  ◇◇◇

 暫くぶりに帰宅し、急いで中を確かめる。よかった……何も取られてないみたい。
 ……ってか、この屋敷には盗難防止用の結界を張ってある。もし盗難にあったら、すぐに魔王城へ連絡が行くようになっているじゃない。
 それさえも忘れてたわ、どんだけ追い込まれているのよ私。

「にしても、無駄に広いわね」

 ディックに誘われて来た日が懐かしい。あん時はメイライトが変な物送ったせいで、終始自爆しっぱなしだったのよね。
 それで、ロケットをプレゼントされて、ディックの肖像画を入れるよう言われてさ。つい最近の事なのに、随分昔の事みたいな気がしてきた。

 寝室へ足を運んで、ベッドに手を触れる。毎晩ディックと一緒に寝れるようになってから、寝覚めが凄く良くなったのよね。
 けどあいつの寝顔をまともに見た事がない。だって私が起きるよりも早く起きちゃうんだもの。それで二時間の早朝訓練をやって、朝ごはんを作る。それがディックの日課だ。
 んで丁度私が起きる頃に全部出来上がっていて、お弁当まで仕上がっていて。まぁ代わりに夜は私が作ってるんだけどね!

 そんな、他愛ない時間が、私とディックの毎朝。魔女に奪われた、私の大事な日々。
 奪われてわかる、日常の重み。あいつと過ごす全てが私の大事な宝物だ。

「ディック……」

 ベッドをなぞり、目を閉じる。いつか必ずあいつより早く起きて、寝顔を拝もうと思ってたのに、なのに……!

「炎魔法しか使えない自分が嫌になるわね、人探しの魔法ですら、上手くできないんだもの」

 日中の仕事を終えてから、私も人探しの魔法でディックを探している。でも、どうやっても探し出す事は出来ない。どんだけ自分が不器用なのか、悲しくなってくるわね。

『落ち込む事はあるまい、むしろ他より高度に使いこなしているぞ。この幻魔シルフィが言うのだから間違いはない』
「じゃあなんでディックが見つからないのよ」
『簡単だ、探知を阻害する結界を張っているのだろう。それもかなり高度な結界をな』
「? よく分かるわね」
『探知を阻害するには、それなりに強力な結界を張る必要がある。という事は、探知魔法を使った瞬間、結界がある場所には必ず反応があるのだ。シラヌイが人探しを使った瞬間、逆探知をしようと試みてな』
「じゃあ分かったの、ディックの居場所!?」
『わかっていたらこんなまったり話しているか? 逆探知できないよう、上手く隠しているようでな』
「……期待させないでよ」

 でもそうよね、本当に見つかっていたら、とっくに教えているわよね。
 魔女と名乗るだけあって、魔法を高度に使いこなしている。大罪の能力に加えて魔法まで使えるなんて、反則過ぎるわ。
 肩を落とすと、玄関からノックの音が聞こえる。誰か来たみたいね。
 重い腰を上げて向かうと、そこに居たのは、

「帰宅したと聞いてな、様子を見に来たぞ」
「……我も丁度休日だったのでな、土産もあるぞ」
「リージョン、ソユーズ……それに……」

 意外なもう一人の来客に、私は目を瞬いた。

「よぅ! ちょっとだけ上がらせてもらうぜシラヌイ」
「ワイル・D・スワン……」

 稀代の怪盗がここへ来るなんて、なんだか変な感じだわ。
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