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173話 全てを終わらせるために。
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〈シラヌイ視点〉
突如として発生した緊急事態に、バルドフの緊張は高まっていた。
皆不安そうな表情をしていて、落ち着かない様子だった。四天王の私が出てきても、こわばりは晴れてくれない。
エンディミオンの進撃準備は異常なほど速く、その威圧感が遠く離れたバルドフにも届いているみたい。
「……ねぇディック、寄りたい所があるんだけど、いいかしら」
「どこへでも」
快く引き受けてくれる姿勢、好きよ。
私が向かった先は孤児院や小児科医院を始め、子供達が多くいる施設だ。片っ端から慰問して、子供達の不安を少しでも軽くしてあげないと。
四天王として、治安維持や政策への介入は出来る。でもこうした心のケアは、現場じゃないとできない。そこがなんとももどかしい所だわ。
「限られた時間の中で、行けるところは行っときたいの。じゃないと気が済まないと言うか」
「シラヌイらしいな」
「ええ……」
「どうしたの?」
「この事態を終わらせたら、戦争自体が終わるわよね。元々の元凶だったエンディミオンが居なくなるわけだし。そしたらさ、人間領に居る子供とかもどうなるのか、気になっただけ」
「そこまで見据えているのかい? というより、人間の子供も気になるんだ」
「当たり前よ、人間と婚約までしたサキュバスなんだしさ。気づいたら人間に対する嫌悪感も、無くなってたんだ」
だからこそ、事が終わった後が気がかりで仕方ない。四天王だと魔王領の事に集中しなきゃいけないから、フレキシブルに動けないし……。
……私のやりたい事、見えたかもしれない。
「僕も、人間領には心残りがあるんだ」
ディックは空を仰いだ。
「バルドフ、いいや魔王領は僕にとってもう、第二の故郷みたいになっている。ここを守りたいって気持ちはとても強い。だけど、人間領には母さんの墓を残してしまっているんだ」
「あ……魔王軍に移籍してからずっと、ほったらかしよね」
「うん。全てを終わらせられたら、絶対尋ねようと思っているんだ。そのチャンスが今まさに近づいてくれている、これほど嬉しい事はないよ」
「私も、行きたいな。義母さんのお墓」
「必ず一緒に行こう。母さんもきっと喜ぶ」
ディックは柔らかく微笑んだ。
「……でも、パンデミックを収める事が出来て、本当に良かった。もう病気なんてこりごりだから。本当に、病気なんて嫌いだ。大事な人を理不尽に奪っていく、最低の存在だよ」
「けど、撲滅しきれるものじゃないわよ」
「分かっている。でも、かかっても治す方法自体は、必ず見つけられるはずなんだ」
ディックは羊皮紙を出した。それ、もしかしてコープの研究レポート?
「ワイルがかすめていたんだ。この中には母さんを奪った、結核の治療法が書かれている」
「そっか、あいつのまき散らした病気って、結核がベースだから」
「うん。これを使えば、今後肺の病気で苦しむ人を減らす事は勿論、無くす事も出来る。結核や肺炎を、完全に撲滅してね」
ディックは唇を固く結んだ。きっと彼も、やりたい事を見出したのかもしれない。
「けど僕はそこまで頭が良くないし、一人で出来る事も限られている。だから、同じ志を持つ人を集めて、支援する事で夢を果たしたいんだ。それが今の、僕の夢なんだ」
「互いにやりたい事、出来ちゃったわね」
「そうだね。だからこそ、エンディミオンを止めよう。そうしないと」
「私達がやるべき事も、出来なくなるものね」
ディックと手を繋ぎ、決心を固める。
ディックの手が温かくて、心強い。もうすぐ出撃だけど、今だけ、今だけは、この幸福に浸らせて。
エンディミオンは必ず破壊する、私達の未来のために。
◇◇◇
〈ディック視点〉
出撃の時間だ。僕はハバネロへ向かう前に一度、フェイスの見舞いへ向かった。
容態は変わらず、フェイスは意識不明のままだ。アプサラスは泣き疲れたのか、ベッドに寄り添い眠っている。
フェイスが虚無から解放されたのは、彼女の存在が大きいだろう。アプサラスと過ごす内に、失っていた心を取り戻したんだ。
「今だけは、あえてこの名前で呼ばせてくれ。クレス」
僕の思い出に残る、フェイスと過ごしたひと時。あの時の事を、忘れた事はない。
願わくば、もう一度お前と共に戦いたかったよ。
『そろそろ時間だよ、ディッ君』
魔王に声をかけられ、僕は驚いた。こんな所に、何をしに来たんだろう。
『へっへー、びっくりさせちゃったね。皆ハバネロで待っているよ、早く行ってきな』
「わかった。確か、魔王も来るんだよな?」
『ちょっと遅れてね。先にやらなきゃならない事があるんで、許して頂戴』
「エンディミオンよりも優先する事が?」
『君は気にしなくていーの。君は君のなすべき事に集中しなさい、エンディミオンと戦えるのは、ハヌマーンを持つ君だけなのだから』
「……了解」
絆の魔導具ハヌマーン、多くの人との繋がりを力に変える武具。そして母さんから託された、母さんとの絆の証である刀。
虚無を打ち払うには、この二つの力が必要だ。だから……。
「君の力も借りるよ、クレス」
それじゃあ、行ってくる。君の明日も、手に入れるために。
覚悟しろエンディミオン、最後の戦いだ!
突如として発生した緊急事態に、バルドフの緊張は高まっていた。
皆不安そうな表情をしていて、落ち着かない様子だった。四天王の私が出てきても、こわばりは晴れてくれない。
エンディミオンの進撃準備は異常なほど速く、その威圧感が遠く離れたバルドフにも届いているみたい。
「……ねぇディック、寄りたい所があるんだけど、いいかしら」
「どこへでも」
快く引き受けてくれる姿勢、好きよ。
私が向かった先は孤児院や小児科医院を始め、子供達が多くいる施設だ。片っ端から慰問して、子供達の不安を少しでも軽くしてあげないと。
四天王として、治安維持や政策への介入は出来る。でもこうした心のケアは、現場じゃないとできない。そこがなんとももどかしい所だわ。
「限られた時間の中で、行けるところは行っときたいの。じゃないと気が済まないと言うか」
「シラヌイらしいな」
「ええ……」
「どうしたの?」
「この事態を終わらせたら、戦争自体が終わるわよね。元々の元凶だったエンディミオンが居なくなるわけだし。そしたらさ、人間領に居る子供とかもどうなるのか、気になっただけ」
「そこまで見据えているのかい? というより、人間の子供も気になるんだ」
「当たり前よ、人間と婚約までしたサキュバスなんだしさ。気づいたら人間に対する嫌悪感も、無くなってたんだ」
だからこそ、事が終わった後が気がかりで仕方ない。四天王だと魔王領の事に集中しなきゃいけないから、フレキシブルに動けないし……。
……私のやりたい事、見えたかもしれない。
「僕も、人間領には心残りがあるんだ」
ディックは空を仰いだ。
「バルドフ、いいや魔王領は僕にとってもう、第二の故郷みたいになっている。ここを守りたいって気持ちはとても強い。だけど、人間領には母さんの墓を残してしまっているんだ」
「あ……魔王軍に移籍してからずっと、ほったらかしよね」
「うん。全てを終わらせられたら、絶対尋ねようと思っているんだ。そのチャンスが今まさに近づいてくれている、これほど嬉しい事はないよ」
「私も、行きたいな。義母さんのお墓」
「必ず一緒に行こう。母さんもきっと喜ぶ」
ディックは柔らかく微笑んだ。
「……でも、パンデミックを収める事が出来て、本当に良かった。もう病気なんてこりごりだから。本当に、病気なんて嫌いだ。大事な人を理不尽に奪っていく、最低の存在だよ」
「けど、撲滅しきれるものじゃないわよ」
「分かっている。でも、かかっても治す方法自体は、必ず見つけられるはずなんだ」
ディックは羊皮紙を出した。それ、もしかしてコープの研究レポート?
「ワイルがかすめていたんだ。この中には母さんを奪った、結核の治療法が書かれている」
「そっか、あいつのまき散らした病気って、結核がベースだから」
「うん。これを使えば、今後肺の病気で苦しむ人を減らす事は勿論、無くす事も出来る。結核や肺炎を、完全に撲滅してね」
ディックは唇を固く結んだ。きっと彼も、やりたい事を見出したのかもしれない。
「けど僕はそこまで頭が良くないし、一人で出来る事も限られている。だから、同じ志を持つ人を集めて、支援する事で夢を果たしたいんだ。それが今の、僕の夢なんだ」
「互いにやりたい事、出来ちゃったわね」
「そうだね。だからこそ、エンディミオンを止めよう。そうしないと」
「私達がやるべき事も、出来なくなるものね」
ディックと手を繋ぎ、決心を固める。
ディックの手が温かくて、心強い。もうすぐ出撃だけど、今だけ、今だけは、この幸福に浸らせて。
エンディミオンは必ず破壊する、私達の未来のために。
◇◇◇
〈ディック視点〉
出撃の時間だ。僕はハバネロへ向かう前に一度、フェイスの見舞いへ向かった。
容態は変わらず、フェイスは意識不明のままだ。アプサラスは泣き疲れたのか、ベッドに寄り添い眠っている。
フェイスが虚無から解放されたのは、彼女の存在が大きいだろう。アプサラスと過ごす内に、失っていた心を取り戻したんだ。
「今だけは、あえてこの名前で呼ばせてくれ。クレス」
僕の思い出に残る、フェイスと過ごしたひと時。あの時の事を、忘れた事はない。
願わくば、もう一度お前と共に戦いたかったよ。
『そろそろ時間だよ、ディッ君』
魔王に声をかけられ、僕は驚いた。こんな所に、何をしに来たんだろう。
『へっへー、びっくりさせちゃったね。皆ハバネロで待っているよ、早く行ってきな』
「わかった。確か、魔王も来るんだよな?」
『ちょっと遅れてね。先にやらなきゃならない事があるんで、許して頂戴』
「エンディミオンよりも優先する事が?」
『君は気にしなくていーの。君は君のなすべき事に集中しなさい、エンディミオンと戦えるのは、ハヌマーンを持つ君だけなのだから』
「……了解」
絆の魔導具ハヌマーン、多くの人との繋がりを力に変える武具。そして母さんから託された、母さんとの絆の証である刀。
虚無を打ち払うには、この二つの力が必要だ。だから……。
「君の力も借りるよ、クレス」
それじゃあ、行ってくる。君の明日も、手に入れるために。
覚悟しろエンディミオン、最後の戦いだ!
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