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36話 鉄の体

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 自分が何のために生まれて来たのか、クェーサーはずっと悩んでいた。
 人とあやかしに寄り添うならば、心だけではダメだ。体も無ければ、本当の意味で寄り添えるはずがない。
 動かす体のない自分には、人やあやかしに手を差し伸べる事すら出来ない。狭い画面の中から、指を咥えて見ているしか出来ない。
 私はなぜ、生まれたのだ。何を成すためにここに居る。誰とも寄り添えないAIなど、存在する意味など無いだろう。
 誰か教えてくれ、私は、何者だ。

「クェーサー!」

 電脳空間にサヨリヒメが入ってきた。彼女はクェーサーの腕を引き、

「こっちじゃ、早く来てたもれ。おぬしに見てもらいたい物があるのじゃ」
「私にですか?」

 言われるがまま、クェーサーは連れていかれる。そしたら急に視界が真っ暗になり、サヨリヒメも見えなくなった。

「御堂! クェーサーが入ったぞ」
「了解、起動プロセス、よし。動けクェーサー」

 瞬間、クェーサーは現実世界に降り立った。
 目の前に、羽山の職員が並んでいる。それどころか、手足の感覚も確かにある。
 鏡を見れば、人間大にダウンサイジングされた、クェーサーのボディが立っていた。
 羽山工業が造り出した、170センチの二足歩行ロボットに、クェーサーは入れられていた。

「これは、私の新たな体?」
「そうだよ、急ピッチで造った割にはちゃんとしているな。あやかし達のおかげだよ、協力してくれてありがとな」

 あやかしの職員達がサムズアップした。加えて巨大ロボットの設計図と制作ノウハウがあったのも大きく、短期間での製造を可能にしたのだ。

「考えれば、順序が逆だったね。まずはこっちを造ってから、大型機を造るべきだったよ」
「私が、現実世界に……」

 夢でも見ているかのようだ。いや、クェーサーは夢を見た事がないから、夢見心地がどんなものか分からない。
 それでも、今の信じられない気持ちがそうなのだろう。
 電脳空間でしか生きられなかったAIが、広い世界へと飛び出した。漫画の住民が、現実へと飛び出したのだ。

「どうじゃクェーサー、わらわが分かるか?」
「はい、傍に居ます。貴女をずっと、近くに感じます」
「そうじゃろう? これからはもっと2人で、色んな所に行けるじゃろう。おぬしを立派な男にするべく、わらわも力を尽くそうぞ」

 サヨリヒメに手を握られた。感触は……分からない。だけども繋いだ手を通して、彼女を強く感じた。
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