kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

文字の大きさ
5 / 109

下山

しおりを挟む
 登ることよりも下ることの方が筋力に対する負荷は大きい。
 もとよりエミーは短距離型であり長時間の運動は不得手だ、六十五キロを背負っての下山に足のエネルギーは直ぐに枯渇する。
 「くそっ、これはきついぜ……」
 珍しく弱音が口をつく、陽が落ちる前に森を出なければならない、辛うじて生きてはいるが丸二日冷たい風に晒されたギルの体調は意識不明の心停止寸前だ、更に寒空の下の野宿となれば生還は困難になる。
 エミーは担いだギルをマントで包む、高い運動負荷で発熱した身体で冷えたギルを温める、反面足を止めれば汗をかいた身体が一気に熱を失う。
 自身の命にも関わる、足を止めるわけにはいかなかった。
転ばないよう最大限の注意を足元に払いながら予想の六時間を少し過ぎてカーニャの小屋にたどり着いた時には陽はすっかり落ちて昨日と同じ星空が瞬いていた。

「エミーさん!!……ギル!!」
 華奢な背中に背負われたギルを見てカーニャの声は驚きに安堵が入り混じる。
 小屋は暖かさを保っている、弱った身体でカーニャが火を絶やさずにいてくれたようだ、さすがに疲労困憊のエミーはギルをベンチに寝かせると膝から崩れ落ちて尻を地面につけた。
「ギルは無事なのですか?」
「なんとか生きてるが低体温症で昏睡している、早く処置しないと危険だ」
「処置!?なにをすれば……」
 意識のないギルと肩で息をするエミーの間でカーニャはオロオロしている。
「まずはギルを温めろ、毛布で包んで火を増やせ、あとお湯を沸かしてくれ」
「はっ、はい!」
 カーニャの小屋に余分な寝具はない、隣にあるギルの小屋まで毛布を取りに走っていった、取り合えずギルの世話をカーニャに任せて汗で濡れてしまった服を脱ぎ捨てると下着から全て替える。
 乾布で身体を拭いているところヘ毛布を抱えたカーニャが戻ってきた。
「あっ、ごめんなさい」
 桃色に染まり湯気が立つ背中を見てカーニャは目を伏せた。
「ああ、気にしないでくれ」
 汗が光る肌は瑞々しく引き締まり、自分が失ってしまった肌を複雑な視線で一瞬だけ見て直ぐに視線を逸らせた、それは嫉妬、羨望、愚かだった自分への後悔。
 目の前のエミーは美しさと同時に強さと賢さを備えて一人で生きて、こうして他人を助ける余力まで持っている。
こんな女性もいる、今また自分の価値観が崩れ落ちて新たな理想を見た気がした。

 部屋が十分に温まり、ギルの乾いた口に白湯を少しずつ流し込むと咽ることなく飲み込んでくれた、蝋人形の肌が人の色に戻り浅かった呼吸も深くなる。
「もう大丈夫だ、きっと明日には目を覚ますよ」
 ギルの額から手を放してカーニャに微笑んだ、以前はこんな笑顔を作れなかった、フローラの影武者を演じる事で身に着けたスキル、エミーにとっては大事なものだ。
「本当ですか!ありがとうございます、本当に……なんと感謝したらよいか」
「君も休んでおけ、私もさすがに疲れたよ」
「もちろんです、どうか私のベッドをお使いください」
「いや、大丈夫だ、私はここでいい」
 ベンチを指さすと荷物を枕に横になる。
「せめてこれだけでも……」
 差し出された粥はカーニャが新たに創ったのだろう、一口啜ると塩気が効き過ぎていた。
「塩が多すぎましたか?」
「少しな、でも大汗をかいた後にはちょうどいいよ」
「申し訳ありません、調理なども経験が無くて」
「ありがとう、美味いよ」
 自分のバックからナッツ類を砂糖で固めたバーを砕いて入れて、半分をカーニャにも差し出す。
「一緒に食おうぜ」
「マッドハニーって薬効高いのですよね、あれも入れてみますか?」
 大事に包まれた蜂蜜をカーニャは指さした。
「いや、弱った君の身体に原液のマッドハニーは強すぎる、使い方によっては麻薬にもなるのだ、それにあれはギルが命を懸けて採ったもの、私は頂けない」
「そんなに高価なものだったのですね」
 思い出すように見返したカーニャの子爵令嬢時代には珍しいものではなかったのかもしれない。
「ああ、詳しい市場価格は知らないが、あの大きさで牛十頭は買えるだろう」
「まあっ」
 スプーンで粥を口に運んだカーニャの驚きには粥に足したナッツの味が含まれている。
「このナッツ、とても美味しいです、自分で創られたのですか?」
「山で拾ったものを砂糖で煮絡めただけさ、でも保存食として便利なんだ」
「私にも創れるでしょうか」
「もちろんだ、今度一緒に創ろうか」
「はい!よろしくお願いします」
 始めて年相応の笑顔をカーニャは見せた、甘い食べ物は人を笑顔にする魔力がある。
「さあ、私達も休もう、明日の朝には三人で朝食を食べられるさ」
 エミーはカーニャをベッドに寝かせると毛布をかける、少し疲れた様に見えるのは心労と身体的な疲労が重なったせいだ。
「ゆっくり休むんだ、身体を治そう」
「こんなに幸せな気持ちで眠れるのは爵位を失くしてから初めてです」
「そうか……」
 ベッドの端に腰を降ろすと、昨日と同じようにおでこに手を当てる。
「気持ちいい……少しの間手を握っていてもいい?」
「ああ、ここにいてあげる」
 骨ばった手を握るとカーニャの瞳から涙が零れた。
「うれしい……」そう言うと目を閉じて静かな寝息を立て始める。
 人の業とは何なのだろう、この娘は貴族に生まれてその世界の中で生きた、自分の意志とは関係なく庶民を虐げる役を演じた、直接的には誰も殺してはいない。
 これほどの報復を受ける罪を犯したのか、裁く側の人間が彼女の立場に産まれたなら善政を行ったのか。
 罪なら既に両手では足りない人間を殺した自分の方が遥かに罪深い。
 神などいない、やはりそう思う、神は人々に不平等を造り、命を競わせより強い命に愛を与える、強いものだけが愛と命を繋げていく、それは神と呼べるのか。
 師父東郷が言う神は違った、神とは人や世界を統べる全能の者にあらず、この世界にある者のひとり、委ねるのではなく尊敬する存在であり、神は無数に存在する。
「他者を敬い山に川に空に感謝して歩め、視界を広く……か」
 パチパチと薪が爆ぜる音だけが聞こえる、背中に火の温もりを感じながらカーニャの手を握ったままエミーは眠りの淵に吸い込まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

異世界での異生活

なにがし
ファンタジー
役職定年を迎えた男が事故に巻き込まれケガをする。病院に運ばれ治療をしていたはずなのに、なぜか異世界に。しかも、女性の衣服を身に着け、宿屋の一室に。最低な異世界転移を迎えた男が、異世界で生きるために頑張る物語です。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...