kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

文字の大きさ
15 / 109

クロワ侯爵家

しおりを挟む
 ニースの港町から内陸に向けて運河が整備されている、上流域との交易都市として発展してきた街、ビージャがある。
 人口は一万人ほどの中規模の都市だ、整備された石畳の道路に石造りの街並みには三階建てのものもある。
 一階には綺麗なカフェやアパレルが軒を連ね、運河沿いには歩道まで整備されている。
 領主はフェス・ド・ラ・クロワ侯爵、四十半ばになるが外見は二十代後半にしか見えない、スマートで足が長く平均より少し背が高い。
 柔らかなブロンズの髪を肩まで伸ばして編んでいる、整った目鼻立ち、女性の様にきめの細かい肌、当然髭はない、切れ長の目に瞳は薄緑色だ。
 物静かだが人懐こい笑顔で微笑むと美男子という言葉以外みつからないが未だに独身でありゲイなのかと噂がたつほどだ、しかし、その周囲に女性の影がない日はない。
 正妻はいないが妾は国内外に十人以上囲っている。
 以前は、正確には三年前までは二人とも年相応の男だった、一年間の失踪事件から帰還したとき二人は豹変していた。
 その時人々は見た、海の上に横に渦巻く巨大な竜巻が遥か彼方まで伸びていくのを。
 商会の帆船で海を渡っていた二人は船ごと竜巻に吸い上げられて彼の地に運ばれた、そして帰ってきたとき二人は今の様に若さを取り戻していた。
 「クロワ様、マルエツ商会の代表が参りました」
 「今いくよ、フレディ」
 黒服に身を固めた執事も若くは見えるが公爵と同い年だ、長い黒髪を伸ばしフェス侯爵よりも長身であり妖しい雰囲気を持つ美形だ、二人が並んで歩けば周囲の女の視線を釘付けにして離さない。
 「今日は天気がいい、テラスで商談にしよう、マルエツの代表はご婦人だったね、メイドたちにアフタヌーン・ティーの準備を頼んでくれるかい」
 「畏まりました、茶葉はどうされますか」
 「そうだね、ニルギリを少し温めで淹れてもらってくれ」
 「はい、承知いたしました」
 優雅な礼とともに執事フレディは厨房に向けて長い足を滑らせて言った、カツカツと足音を立てるような下品はしない。
 ヒージャの街、クロワ公爵家のマナーハウスは敷地内に高級ホテルと運河の管理を行う事務所が並んで建っている、三つの建物が囲む中庭が整備され芝生が青く輝いていた。
 マナーハウスの前には木製デッキのテラスがあり日よけの大きな傘が日陰をつくっている、その下にアンティークなテーブルと椅子が置かれてお洒落な空間を演出している。
 運河事務所から黒服に案内されて庭を横切ってくる中年女がマルエツ商事の代表だろう、小柄でお世辞にも美人とは言えない女を黒服のフットマン(男性のメイド)がエスコートしている。
 まるで女王に接するように椅子を引いて着座させると膝をついておしぼりと水を置いていく。
 貴族でもない商家の女は頬を赤らめた。
 「お待たせいたしました、マルエツ商会のカレン様ですね、お会いできて光栄です、領主のフェス・ド・ラ・クロワです」
 カレンの手を取るとそっと唇をつける真似をする。
 「あっ、公爵様いけません、私のような下賤な女に!」
 「何を言うのですレィディ、貴方のような方を淑女と言わずして誰が淑女なのでしょう、その美しいお顔を拝顔出来て我が心も浮き立っております」
 歯が天上まで昇りそうなセリフもフェスが口にすると様になる。
 カレンの顔から湯気が立つのが見えるようだ。
 侯爵クロワは商談に入る前にたっぷりと雑談に時間を使う、その端々でさりげなくカレンを持ち上げる、決して慇懃にならぬよう今気付いたように、そしてカレンから言葉を引き出す、相槌と同意、そして敬意の連打。
 気が付けば話すことを止められなくなっているのはカレンだった。
 それから後はクロワの薄緑の瞳に魅入られたカレンは言いなりだ、条件など聞いていない、多少不利な条件にも契約書に軽々とペンを走らせる。
 カレンにとっては夢のような一時間、なぜこんなにも魅了されてしまうのかカレン自身にも分からなかった。
 「またお目にかかれることを楽しみにしております、レディ・カレン様」
 優雅な一礼と美麗な黒服フットマンに手を取られてテラスを後にしていった。
 「いい商談が出来ましたかクロワ様」
 「ああ、フレディ、商談はいつもの通りだが面白い話を聞けたよ」
 「面白い話、でございますか」
 「ああ、ニースの造船所で建造中だった蒸気機関付きのクルーザーが売れたそうだ」
 「それはミストレス・ブラックパールが発注した船ですか」
 「そうだろうね、ミストレスが転んだから買い叩けたとしても相当な金額だったはずだ」
 「今の貴族連中でそんなものに触手を伸ばせるのは・・・さて思いつきません」
 「海外の資本か、あるいはマフィアか、いずれにしても私が知らない情報です」
 「興味がおありですか、クロワ様」
 「んー、どうだろう、成金の散財に興味はないけれどなぜ成ったのかは知りたいね」
 「少し探ってみますか」
 「そうだね、ランドルトンの乱からニースやムートンの近辺は金も人も激しく動いている、僕たちの求める物のヒントがあるかもしれない」
 「承知いたしました」
 「それとハウンド(猟犬)たちからの情報はどうかな、有力な人材はでてきているかい」
 「今はこれといって・・・ですがネズミを一匹捕らえてあります」
 「おや、何処まで嗅ぎつけていたのかな」
 「恐らくは皇太子エドワード様配下の者ではないかと・・・尋問にも良く耐えて話しません」
 「まったくですか?」
 「はい、まったくです、名前さえも名乗りません」
 「小物ですね、騙し合いのための言葉を放棄しては敵を前に武器を捨てたも同じ、大した情報は持っていないでしょう」
 「では処分致しますか?」
 「そうですね、これ以上責めても無駄でしょう、今注目されるのは得策ではありませんがどこまで知ったか分からない以上消えてもらうしかありません」
 「ただ殺してしまうのももったいないので実験体として使ってはいかがですか」
 「それはいい案ですね、そうしましょう」
 強い陽射しの中で白いシャツと白いパンツ以上の白い肌が透きとおり、ブロンズの髪が金色を反射する、かざした手の隙間から零れた日の光さえその美貌を祝福している、しかしクロワ公爵は見間違えるはずもなく男性だった。
 対照的に上下黒服に包まれた執事フレディはクロワ公爵の影そのものだ、妖艶で艶めかしい男だ。
 「御意」
 「夏が来るねフレディ、暑い夏が」
 
  クロワが見上げた空の向こう、険しく高い山に向かって入道雲が頂きに足を掛けている、積み重なった雲が厚みを増して灰色を濃くしていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

異世界での異生活

なにがし
ファンタジー
役職定年を迎えた男が事故に巻き込まれケガをする。病院に運ばれ治療をしていたはずなのに、なぜか異世界に。しかも、女性の衣服を身に着け、宿屋の一室に。最低な異世界転移を迎えた男が、異世界で生きるために頑張る物語です。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...