kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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月明かりの幽霊

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 窓に近いカウンターの隅に座ると、バーテンに向かってカルヴァドス(リンゴのブランデー)を注文する。
 店の中はヤクザ者と娼婦とで混雑している、店が繁盛していることは間違いない。
 奥にはVIP専用の個室が幾つかあるのが分かる、既に使用中だ。
 ベールで隠していてもエミーの美形は目立つ、一人でいる女に店の中の視線が集中する、その視線はナンパ目的から拉致目的、潜入捜査の疑念、様々だが誰もが接触するかどうかを迷っていた、それほど若い女が一人でいることは異様なことだ。
 「隣いいかな?」声をかけてきたのは以外にも女だった、聞き覚えのある声だ。
 「どうぞ」殺気はない、明るく白い歯で笑って見せる。
 「!」「貴方そんな顔もするのね、驚いたわ」向こうも知っている、誰だったか。
 「ごめんなさい、私は貴方の隣に座っていい人間じゃない、でも頼みがある」
 女はフードを外して顔を晒す、金髪に白い肌の二十代半場、少し大柄だが素直な顔をした女だ。
 「随分と印象が変わったわね」「ノスフェラトゥ・ハウンドのエロースさん」
 「・・・・・・」女は頷いた。
 「私を待っていた?ここに来ると知っていたの」
 「知っていたわけではないわ、でも確信めいたものはあった」
 「運命?敵討ちではないと良いのだけど」ゾクリと温度が下がる。
 「まさか!私は二度も助けられた、それにもうノスフェラトゥに席はない、むしろ逆」
 「追われているの?」
 バーテンが訝しむ視線を送ってくる、エミーはカルヴァドスを二つ追加した上にチップを乗せる。
 「もう相手にもされていないわ、私を知っているのも教祖と一部だけしかいない」
 様の敬称を省いている、その言葉は演技には聞こえなかった。
 「それで何の用なの、話だけなら聞くわ」
 「図々しいと分かったうえで頼む、ノスフェラトゥから友人を一人助け出したい、協力してくれないか」
 「・・・・・・続きを」カルヴァドスを掌で包み温める、こうするとより香りが立つ。
 「公妾時代からの仲間だった女を私がノスフェラトゥに引きずり込んでしまった、彼女は当初から嫌がっていたんだ、無理やりに拉致してダーク・エリクサーを飲ませた、幸い適性があったから負の反応は無かったけれど彼女の反応は我々とは違った」
 「若返らなかった?」
 「逆、我々よりも高い効果があったと思う、ダーク・エリクサーは身体強化だけじゃなくメンタルも強くなる、特に攻撃的な思想が表面化して過激な行動に酔うようになるわ、私の様に」
 「書き換えというやつね」
 「個人差はあれど、ダーク・エリクサーは魔人製造薬よ」
 「私もある程度の情報は持っている、ダーク・エリクサーと黄金のエリクサーはその目的が違う、黄金のエリクサーは回復薬と言えるがダーク・エリクサーは人そのものを変えるものだ、魔人製造薬とは言い例えかもしれない」
 「名をオルガという、彼女はヒージャの娼館から攫われて消息不明になった、痕跡を辿ってここまで来て、そして見つけたわ、やはりノスフェラトゥ教団の支部に捕らわれていた」
 「教団の支部とは?」カルヴァドスを口に含む、林檎の甘い香りと共に強めのアルコールが喉に心地よい。
 「アルカディア領主ラウド・ツェッペェリのマナーハウス」
 「人食い男爵ね」
 「地下に監禁施設があってそこにいるらしい」
 「情報源は?」
 「昔の客が人食いラウドの部下にいる」
 「信じられる?」
 「分からない、でも嘘をつく意味もない、既に私に価値はないもの」
 「そうかしら?ノスフェラトゥからしたら貴方の能力は惜しいはず、見つかれば追手がかかるわ」
 「まさか・・・・・・」「ムートンの空気に慣れ過ぎたようね」
 窓から見える通りに店を囲んでいる男たちは剣呑とした雰囲気を纏ってこちらを見ている。
 「!」「私と貴方、どちらのお客さんかしら?」「ごめんなさい、迷惑をかけるつもりじゃなかった」
 「店の中で戦うのは不利ね、お店にも悪いし出るわよ、貴方腕は落ちてない?」
 グラスの中身を飲み干すとチロリと唇を舐めた。
 「どういう訳か血が怖い、でも膂力は逆に強くなった、黄金のエリクサーのせいね」
 「上等、自分の身を守る事だけ考えて、後ろを頼むわ、付いてきて」
 二人は立ち上がるとカウンターを後にして裏口へと向かう、厨房を通り抜けようとするとナタ包丁を持った料理人が嫌らしい顔で立ち塞がる。
 「ここは通れないぜぇ」どうやらグルのようだ。
 女の足は止まらなかった、口元が笑っている 「てっ、てめえ」 脅すつもりで包丁を振り上げる ビュッ 二人いたはずの女が一人しかいない 「あっ!?」 次の瞬間、足元から白い顔が目の前に沸き上がる ガスッ 「ぐむっ!!」 強烈な一撃が股間に決まる 料理人は泡を吹きながら濡れた床に沈んだ。
 二人はでかい腹を跨ぎ越えると裏口は開けずに階段を上り三角屋根へと登ると・・・・・・用意周到にそこにも男たちが配置されていた、どうやらエミーも狙われていたようだ。
 「随分手回しが良いのね」
 「今度は逃がさねぇ、諦めて俺たちの食い扶持になって貰おうか、おっと落ちないでくれよ、怪我でもされると困る、安くないんだ、ダーク・エリクサーは!」
 通りにいた男たちも屋根に上ってくる、二人は逃げ場のない屋根で完全に囲まれた、逃げ場がない?
 「ふふっ」嘲笑を残して女二人はいきなり空中に身を投げた。
 「ああっ!馬鹿っ!!」
 二人は軒に手をかけて二階のベランダに飛び移るとそこから地面に飛び降りる。
 見上げると男たちが覗き込んでいた、バイバイと手を振って走り出す。
 「まっまたかよ、お前行け!飛び降りて追え!」
 「無理っす、死んじまいます!」
 「慌てるな、通りにもう一班待機させている、袋の鼠だ」
 「さすが兄貴っす」
 「女は奴らと山分けだな」
 ドカッ バキッ ギャッ グワッ 通りの向こうから争う声が聞こえてきた。
 「捕獲完了だろう」
 男たちが通りで見たのは悶絶して地に蹲る十人のチンピラだった、切られた者はいない、短刀やナイフで武装した男十人が女二人に素手でやられた?
 「なんだこれは・・・・・・」
 
 その光景を見ていた男がもう一人いた、月明りにラメスーツが光っている、ホーン・ボーンだ、今度のエミーは逃げない、しかし刀は抜かなかった、いや抜く必要がなかったのか。
 大柄の女が使う技はサバットだ、足技中心の格闘術、手足には仕込みがある、チンピラはローキック一発で脛を折られて悶絶している、強い。
 しかし、異才なのはやはりあの女だ、理屈に合わない、体重でいえば半分以下、その動きが捉えられない、早すぎる、遠目で見ても追いきれない、相対していたら突然現れては消える、幽霊だ、恐らく決め技は拳、それさえも不確かだ、寸分たがわず肋骨中央を折られた者たちが呼吸を奪われて動けなくなっていた。
 危なくなくなれば助けに入ろうと思って構えていたが無駄だったようだ。
 制圧にほんの数分、月明りの中に立つ影は二つだけだ。

 ボーンが見送る影は直ぐに闇に溶けて消えていった。
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