kings field 蝶の森 

祥々奈々

文字の大きさ
9 / 76

自覚

しおりを挟む
 もう引き返せないところまで踏み込んでしまった。
 (少しは人間らしくなったな)養父ならこう言うだろう。
 
 エミーは喜怒哀楽が分からないわけでも自身に感情がないわけでもない。
 人の痛みや苦しみ、喜びや愛だって理解できる、ただ感動や慟哭に心が揺れないだけだ、恐怖や緊張から手元が狂うことがない、その分正確な判断や動きが出来る。

 物心がついた時、周りの義兄弟同様に自分には親がいないと分かった、いや、世間の子供には親という保護者がいることを知った、そのことを特に羨ましいとも悲しいとも思わなかった。
 自分の置かれた状況に特に不満が無かったからだ、孤児院の暮らしは衣食住が不足することも無かったし命の危険も感じなかった。
 一番は養父、東郷が教える異国の武術を学べたことだ、小さく非力なエミーでも大柄で力の強い先輩たちを打ち負かすことが出来た、持久力はなかったがスピードではエミーに並び立つ者はいなかった。

 最初に人を殺したのは十四歳、外見だけ見れば美少女と言って憚らない容姿、男だと分かり返って喜ぶ者もいる、奴隷売買の商人に目を付けられていた。
 数人で買い出しに行った道で纏めて拉致されそうになった、奴隷商人の男たちは子供だけだと舐めてかかった、この時既に帯刀を許されていた。
 粗暴で遥か体格に勝る男たちをエミーは冷静に殺していった。
 その方法は養父の教えどおり、人体の動きの要所を削ぎ、戦闘力を奪い、とどめを刺す。
 修練どおりの動きで最後は命乞いをする大人を瞬きすることなく平然と命を奪った。
 特別な気持ちにはならなかった、障害を排除した、それだけだ。
 機械のように殺していくエミーを見た義兄弟たちはそれ以降近づこうとはしなくなったのは当然だ。
 不感症は性的な意味ではなく心がない事の例え、フレジィ・エミーとはこの時からの字名だ。
 (よくやった、お前の一番の才能だな、だがもうここにはおけない)
  唐突の別れを告げられた、当然だった、その美貌と男である特異性は奴隷商人ばかりでなく様々な鬼畜を呼んでしまう、孤児院の子供たちに迷惑が及ぶ。
 エミーは自発的に孤児院を離れた、十五歳になっていた。
 雪が降り出した冬に旅に出た、手を振る養父が涙を流している姿を覚えている、養父のために泣きたかったが泣けなかった。
 (お前は普通じゃない、自覚しておけ、でも使い方さえ間違わなければ良い人間になれるだろう、外の世界で学び精進しろ、いつか何かを成せたなら戻ってこい、我が息子よ)
   餞別だと言って渡してくれたのは養父の愛刀、異国の剣。
  あれから三年、養父の元へは帰れていない。
 もしもこの事件を乗り切れたなら帰っても良いかもしれない。
 (元気にしているだろうか、幼い手を浅黒くごつい手が引いてくれた、見上げた鬼のような風貌の笑顔は優しかった、幸せだった)
  「会いたいな……」 マネキンは一人寂しく笑った。

 ムートンの魔獣は鳴りを潜めていた、フローラの襲撃以降被害も目撃情報もない。
 やはり反国王派による自演だったのではと誰もが思い始めていた。

 ムートン家に巻き起こっているもう一つの災禍、王家エドワード皇太子からの求婚問題だ、避けては通れないとエミーも覚悟はしていたが予想よりも早く直面することになってしまった。
 極秘でムートン男爵の弔いにやって来るとの文が今朝届けられた。

 黒い蝋燭の封は確かに王家のものだ。
 「それでいつやって来るのだ」
 「七日後だ……」
 「そんなに早く……」
 少なくとも外見は誤魔化せる、衣装もそのまま使える、しかし、人間性は真似できない、エミーがフローラと接触したのは、ほんの僅かな時間だけだった。
 ハリーやアンヌから事あるごとにフローラならこうする、こう答えるとレクチャーを受けているがロゼの感じた通り薔薇と寒桜の違いがある。
 エドワード皇太子がフローラをどの程度知っているかは未知数だ、少なくともフローラは会ったことがないと言っていた。
 「魔獣討伐か急病ということにして、どうにか合わないで済む方法はないか?」
 「無理です、仮にも当主が皇太子を出迎えないとかありえません」
 「そうだよな、無理だな」
 「ボロがでて替え玉だと分かれば我々の首はもちろんムートン家も終わりますね」
 ハリーが親指で首を横切った。
 「そんなわけですので、エミーさんにはより一層フローラ様になっていただかなければなりません、普段からの言葉使いも改めてください」
 「ずっと女言葉で喋らなきゃならんのか!?」
 「話さなければいけないのでしょうか、です!」
 アンヌは眼鏡を光らせた。
 「マジか……」
 女装するだけでも精神的には苦痛だし窮屈この上ない、一過性で騙すのと身代りになることの違いを思い知った。
 「割に合わん、いや、合いませんわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...