kings field 蝶の森 

祥々奈々

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寒桜

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 朝の紅茶は春摘みのファーストフラッシュ、雑穀のシリアルバーに蜂蜜、フルーツを一種類、フローラ様の朝食。

 いつものように家族専用のお部屋にご用意する。
 夕方に運び込まれた方は誰だったのだろう、一晩中バトラー・ハリーが付きっ切りだったみたいだ、あまりお加減が良くないのかもしれない。
 
 男爵様が亡くなってからフローラ様の激務は見ているのが辛かった、元々山にも畑にも好んで出てくるお嬢様らしからぬ人、使用人たちが自分に頭を下げるのさえ嫌がる様な人。
 良くも悪くも大らかで真っすぐ、嫌味なくらい影がない、正直眩しすぎて前に立つのが痛いとさえ感じる時があった。
 そんなフローラ様が涙を堪えて奔走したり、誰かに頭を下げたり、いやらしい目をした商人たちと交渉したりする姿は大輪の薔薇に泥水を掛けているように感じた。

 ハウスメイドのロゼは、いつものように銀の盆に朝食を乗せテーブルの上座に置くとウォーターテーブルの前でフローラがくるのを待った。

 ガチャ フローラがハリーとアンヌと共に入ってきた、何か重要な打ち合わせだろうか、退出するタイミングを伺う。
 三人が席に着いた、三人とも疲れているように見える。
 「ロゼ、君も座ってくれ」
 「!?そのテーブルに私が付くなどとんでもありません」
 「いいのよ、あなたにしか頼めないことなの」
 ハリーとアンヌに促されて渋々椅子を引いた、正面に眩しい薔薇の花がある。
 違う!?薔薇じゃない、眩しくない、冬に咲く小さな冬桜が浮かんだ。

 花言葉は冷静。

 「!?……あっ、あれっ」
 「ひっ!!」ガタッと椅子の足が床を鳴らした。
 「誰?フローラ様じゃない!!」目だ、違う、深緑の瞳の奥には深い闇の様に何も見えない。
 「やはり近しい者の中には見分ける者もいるのね」
 フローラに似た誰かが話した、声までそっくりだが違う、フローラ様ではなかった。

 「そう、私はエミリアン・ギョー・東郷、フローラとは別人よ」
 男性であることは気づかれない。
 
 それからバトラー・ハリーとアンヌから聞いた説明で状況は理解した。
 エミーと名乗った女性は神の悪戯というほどフローラ様に似ている、偶然に出会い、そして窮地を助けてくれたとは信じられないような奇跡だと胸の十字架を強く握った。
 「ロゼ、あなたにお願いがあります、フローラ様を別宅で秘密裏に看病してほしいのです」
 「ここではいけないのですか」
 「今フローラ様の状態を知るのはこの場にいる四人だけです、皆が知ってしまえば必ず情報が漏れる、中央に知られればムートン家に明日はなくなります」
 「今は意識が戻っておられないが必ず回復される、それまでお嬢様のお世話をお願いできないだろうか」
 「私ひとりでですか?」
 「秘密を知るものは少ないほど良い」 
 「なぜ私なのでしょうか、私より優秀な先輩方がいらっしゃいます、勤まるか不安です」
 「私の見立てよ、この館の誰よりもフローラ様を理解しているのは貴方だと思う、間違ってはいなかった」
 「そうじゃ、私などいまだにエミー殿と見分けがつかない」
 「正直私も一瞥しただけでは無理よ、貴方は初見で違いを感じていた、そういうことだと思う」
 「そんな、過剰評価です」
 「これから私たちは身代わりのエミー殿に託してフローラ様が帰るまでこのムートン領をお守りしなければならない」
 「それに万が一、我々が倒れてもフローラ様と離れていれば危害が及ばない、その時はお嬢様を頼みたい」

 二階の処置室でまだ危篤状態で意識のないフローラ様に面会した。
 「フローラお嬢様……」
 事態の深刻さが現実となってロゼを圧し潰そうとした、声を上げて泣きそうになるのを、掌を噛んで耐えるが嗚咽が呼吸と共に漏れ出る。
 穏やかな日常は遠い日となってしまったことを思い知らされた。
 「大丈夫、フローラ様はこのまま死んだりしません、必ず目覚めます、どうかそれまでロゼ、貴方がフローラ様を、いえこのムートン家を助けてほしい、お願いします」
 アンヌがロゼの前に膝をついて頭を下げた、床に涙の模様が点々を広がる。
 「わたし!……やります……お嬢様を死なせません!」
 ハリーも堪えられずに目頭を濡らす中、身代わりとなったエミーという女性だけは平然とその光景を見ていた。
 やはり違う、フローラ様は情が厚い方、関係なくとも誰かの涙を見れば誘われるままに泣き、笑う人あれば一緒に笑う感情豊かな女性だ。
 目の前にいる女性はまるでマネキンのように顔色を変えない。

 凍てついた冬に咲く桜だ、初夏に咲く薔薇とは違う、共に美しさは同じでもその雰囲気は真逆、身代わりが務まるのか疑問だ。

 なにより、ロゼはエミーを好きになれないと思った。
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