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ブル
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「すまない、皇太子一向は暫く滞在することになった」
深夜遅くにエミーはフローラが療養する小屋の扉を叩いた。
「魔獣退治ね、そう来ると思っていたわ」
ベッドのヘッドボードに背中を預けて、以外にもフローラは冷静な声で答えた。
「予想していたの?」
「公爵家も王家もこの土地の硝酸がほしいのよ、森の魔獣は公爵が演出した狂言だと思う、皇太子はそれを暴いて公爵を黙らせたい、簡単な構図だわ」
「婚約の話を延期させただけでも上出来よ」
腕を組んで小首を傾げたフローラの顔色は少し戻っている。
「なるほど、ボスは私以上に見えているのね」
「これでも少しは経験を積んでいるのよ、見直したかしら」
お転婆なだけではないようだ。
「討伐や調査に同行してくると思う、お付きの連中はなかなか鋭い、いつまでも誤魔化せないわ」
「穏便に諦めてくれるのが一番だけれど、硝酸がほしいなら素直にそう言えばいいのよ、わざわざ求婚するなんて回りくどいわ」
「あの皇太子はそんなに悪い奴じゃないと思う、少なくとも君への気持ちは本当だわ」
「よしてよ、例え私たちが良くても周りはそうはいかない、それに私はここを離れたくはない」
「バレた時の罰も怖いけれど、むやみに騙し続けて彼を傷つけるのも貴方らしくないと思う」
「う……」
言葉に詰まる、意識が回復した時点で代役の意義は影武者になっている、皇太子に隠しておく理由はない。
「ごめんなさい、あなたにも迷惑をかけてしまうかもしれない……でも、もう少しだけ待って、せめて自分の足で立てるまで、お願い」
病んだままの弱い自分を見せたくはないのだろう、父を殺され、つい昨日まで自分も銃弾を受けて死地を彷徨っていた、弱音一つも吐かないのは相当に気を張っている。
フローラの精神はギリギリでバランスをとっている状態だ、今追い込まれれば崩壊してしまうだろう。
「大丈夫、気にしないで、相談しながら一緒に乗り切ろう」
ロゼが爪までそっくりだと言った細い指の掌を重ねた。
「優しい事言うのね」
「貴方ならこう言うわ」
「買いかぶりよ、私はそんなに強くない」
「自分の胸で泣いても恥ずかしくはないわ、いつでも抱いてあげるよ」
手を広げておどけて見せる。
「やめてよ、それも演技なの?」
「そう、私は嘘つきなの」
「優しい嘘ね、演技でもちょっと泣ける」
俯いた目がうっすらと光った。
「甘えついでにお願い、今夜は隣にいて」
「忘れてない?私は男よ」
「違うよ、今は女性でしょ、だって私は女だもの」
「フフッ、それもそうね、私も自分に手を出すほどナルシストじゃないし、でも明日の朝ロゼに見つかったら殺されそうね」
「言い訳は任せて」
母親似のフローラはエミーに幼い時の記憶しかない恋しい母親の影を見たのかもしれない、横になったエミーの腕を抱いたフローラは子供のように眠りについた。
誰かと同じベッドで眠ったのは初めてだった、静かな寝息が隣から聞こえる。
横を向くと安らかに寝ている顔が見える、今日の演技は人の役にたったと言えるだろうか、養父がこの姿を見たらなんと言うだろう。
「ウフフフフッ」
きっと目を白黒させて驚くだろう、想像したら可笑しくて笑ってしまった。
「ええええええっ!???」
次の朝、悪戯な笑顔の二人はシーツで顔を鼻まで隠してベッドに入っていた。
果たしてロゼは見分けることが出来たのだろうか?
男が魔獣に襲われて殺されてから牧畜を営む者たちは慎重になっていた、しかし草原に出ないわけにはいかない、なるべく単独では出かけない、その程度しか対策はなかった。
自警団が見回りを強化していたが、広い領内全てを同時に監視することなど不可能だ。
羊ではなく乳牛を放牧してチーズを作っている小さな酪農家は羊と同じ場所に牛を連れて行くことが出来ない、仕方なく単独で行動せざるを得なかった。
放牧されているメス牛の中に一頭だけ立派な角を持つ雄牛がいた、繁殖用に残された筋肉質の大きな体格を持った雄牛は群れのリーダーでもあった。
常に群れの安全を気にかけて警戒を怠らない。
ある時、群れを狙って現れた灰色熊に対してもそのトラックのごとき巨体を猛進させて跳ね飛ばし撃退したほど勇猛でもあった。
家畜化された牛が愚鈍で大人しいというのは間違いだ。
千キログラムの突進と巨大な角の破壊力は想像を絶する、真面に衝突すれば人間はもとより熊であっても無事では済まない。
雄牛が見る群れの保護対象の中には人間も含まれる。
特にあのちび共は世話が焼ける、目を離すとフラフラと群れから離れてしまう。
その度に連れ戻しに走らなければならない、二本足は全然大きくならない。
モオォォッ(危ないから遠くに行くんじゃない) ちび共に声をかける。
「兄ちゃん、ほんとに僕たちだけで大丈夫かな」
「心配いらないさ、魔獣は羊飼いしか襲わない、牛が怖いんだ」
「そおなんだ、確かにブルはでかいもんなー、普通のメス牛の倍はあるもんね」
「そおさ、ブルは狼や熊にだって負けないんだ、この国一番の雄牛なんだ」
「でかすぎて専用の牛舎が必要だって父ちゃん嘆いているもんね」
ガサッ ガササッ 牧草地に隣接する森の木が揺れる、流水のようにざわめきが近づいてくる。
「!?」
風のない日の異変に兄弟は気づいた、オッ、オッ、オッ何かが吠えているような声が聞こえる。
ブルが殺気に目を充血させて、ガッガッと蹄で地を蹴り出した。
魔獣が兄弟を狙っているのだ。
深夜遅くにエミーはフローラが療養する小屋の扉を叩いた。
「魔獣退治ね、そう来ると思っていたわ」
ベッドのヘッドボードに背中を預けて、以外にもフローラは冷静な声で答えた。
「予想していたの?」
「公爵家も王家もこの土地の硝酸がほしいのよ、森の魔獣は公爵が演出した狂言だと思う、皇太子はそれを暴いて公爵を黙らせたい、簡単な構図だわ」
「婚約の話を延期させただけでも上出来よ」
腕を組んで小首を傾げたフローラの顔色は少し戻っている。
「なるほど、ボスは私以上に見えているのね」
「これでも少しは経験を積んでいるのよ、見直したかしら」
お転婆なだけではないようだ。
「討伐や調査に同行してくると思う、お付きの連中はなかなか鋭い、いつまでも誤魔化せないわ」
「穏便に諦めてくれるのが一番だけれど、硝酸がほしいなら素直にそう言えばいいのよ、わざわざ求婚するなんて回りくどいわ」
「あの皇太子はそんなに悪い奴じゃないと思う、少なくとも君への気持ちは本当だわ」
「よしてよ、例え私たちが良くても周りはそうはいかない、それに私はここを離れたくはない」
「バレた時の罰も怖いけれど、むやみに騙し続けて彼を傷つけるのも貴方らしくないと思う」
「う……」
言葉に詰まる、意識が回復した時点で代役の意義は影武者になっている、皇太子に隠しておく理由はない。
「ごめんなさい、あなたにも迷惑をかけてしまうかもしれない……でも、もう少しだけ待って、せめて自分の足で立てるまで、お願い」
病んだままの弱い自分を見せたくはないのだろう、父を殺され、つい昨日まで自分も銃弾を受けて死地を彷徨っていた、弱音一つも吐かないのは相当に気を張っている。
フローラの精神はギリギリでバランスをとっている状態だ、今追い込まれれば崩壊してしまうだろう。
「大丈夫、気にしないで、相談しながら一緒に乗り切ろう」
ロゼが爪までそっくりだと言った細い指の掌を重ねた。
「優しい事言うのね」
「貴方ならこう言うわ」
「買いかぶりよ、私はそんなに強くない」
「自分の胸で泣いても恥ずかしくはないわ、いつでも抱いてあげるよ」
手を広げておどけて見せる。
「やめてよ、それも演技なの?」
「そう、私は嘘つきなの」
「優しい嘘ね、演技でもちょっと泣ける」
俯いた目がうっすらと光った。
「甘えついでにお願い、今夜は隣にいて」
「忘れてない?私は男よ」
「違うよ、今は女性でしょ、だって私は女だもの」
「フフッ、それもそうね、私も自分に手を出すほどナルシストじゃないし、でも明日の朝ロゼに見つかったら殺されそうね」
「言い訳は任せて」
母親似のフローラはエミーに幼い時の記憶しかない恋しい母親の影を見たのかもしれない、横になったエミーの腕を抱いたフローラは子供のように眠りについた。
誰かと同じベッドで眠ったのは初めてだった、静かな寝息が隣から聞こえる。
横を向くと安らかに寝ている顔が見える、今日の演技は人の役にたったと言えるだろうか、養父がこの姿を見たらなんと言うだろう。
「ウフフフフッ」
きっと目を白黒させて驚くだろう、想像したら可笑しくて笑ってしまった。
「ええええええっ!???」
次の朝、悪戯な笑顔の二人はシーツで顔を鼻まで隠してベッドに入っていた。
果たしてロゼは見分けることが出来たのだろうか?
男が魔獣に襲われて殺されてから牧畜を営む者たちは慎重になっていた、しかし草原に出ないわけにはいかない、なるべく単独では出かけない、その程度しか対策はなかった。
自警団が見回りを強化していたが、広い領内全てを同時に監視することなど不可能だ。
羊ではなく乳牛を放牧してチーズを作っている小さな酪農家は羊と同じ場所に牛を連れて行くことが出来ない、仕方なく単独で行動せざるを得なかった。
放牧されているメス牛の中に一頭だけ立派な角を持つ雄牛がいた、繁殖用に残された筋肉質の大きな体格を持った雄牛は群れのリーダーでもあった。
常に群れの安全を気にかけて警戒を怠らない。
ある時、群れを狙って現れた灰色熊に対してもそのトラックのごとき巨体を猛進させて跳ね飛ばし撃退したほど勇猛でもあった。
家畜化された牛が愚鈍で大人しいというのは間違いだ。
千キログラムの突進と巨大な角の破壊力は想像を絶する、真面に衝突すれば人間はもとより熊であっても無事では済まない。
雄牛が見る群れの保護対象の中には人間も含まれる。
特にあのちび共は世話が焼ける、目を離すとフラフラと群れから離れてしまう。
その度に連れ戻しに走らなければならない、二本足は全然大きくならない。
モオォォッ(危ないから遠くに行くんじゃない) ちび共に声をかける。
「兄ちゃん、ほんとに僕たちだけで大丈夫かな」
「心配いらないさ、魔獣は羊飼いしか襲わない、牛が怖いんだ」
「そおなんだ、確かにブルはでかいもんなー、普通のメス牛の倍はあるもんね」
「そおさ、ブルは狼や熊にだって負けないんだ、この国一番の雄牛なんだ」
「でかすぎて専用の牛舎が必要だって父ちゃん嘆いているもんね」
ガサッ ガササッ 牧草地に隣接する森の木が揺れる、流水のようにざわめきが近づいてくる。
「!?」
風のない日の異変に兄弟は気づいた、オッ、オッ、オッ何かが吠えているような声が聞こえる。
ブルが殺気に目を充血させて、ガッガッと蹄で地を蹴り出した。
魔獣が兄弟を狙っているのだ。
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