kings field 蝶の森 

祥々奈々

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魔猿熊

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 バサンッ バサンッ 森の木々から何かが零れて落ちてくる。
 「兄ちゃん!!」弟は悲鳴に近い声で兄を振り返った。
 「逃げろ!!」兄は弟を後ろに追いやると、歯をくいしばり小さな鎌を手に足を前に出した。
 零れ落ちた黒い塊がゴム毬のように跳ねている、オッオッオッ 吠える声がはっきりと聞こえてきた。
 ドスンッ 最後に落ちた塊は三、四倍の大きさがあった、遠目にも手足と頭の大きさのバランスが変だ、見た事のない獣だ。
 ギャアアアァースッ 一際大きく吠える、襲撃の合図。
 「魔獣だ!!」
 「ひいいっ」
 兄弟は自分たちが狙われていることを悟った、牛ではなく人を狩ろうとしている。
 弟の手を引いて無我夢中で走った、草原に隠れる場所はない、心臓が飛び出るほどの恐怖が後ろから自分たちの何倍もの速さで迫ってくる。
 ザザザザザッ 小さな塊が放射状に追いついてくるのが分かる、半円の中心にでかいのがいるのを一瞬振り返った時に兄は目の端に捉えた。
 「あっ!!」弟が草に足を取られて転ぶ、万事休す、魔獣はそこまで迫っていた。
 「立て、逃げろ!立つんだ!」
 「うわぁぁぁぁぁあ、痛いよー、もう走れない」
 泣き声を上げた弟は固く目を閉じてしまっている。
 「くっ!」
 ガチャリッ ガチャリッ 金属の擦れる音がする、遠巻きに集まってきた魔獣たちが視界に入る。
 「こいつらは……!?」
 確か猿という獣だ、人に近い獣だと言われているがこの山にはいなかったはず、それにそれぞれが鎌やこん棒を手にしている、獣が武器を使うのか。
 ギャッ、ギャッ、オッ、オッ、アァーーーアッス 威嚇しながら近寄ってくる。
 ズチャッ、ズチャッ むくりと真ん中の大きな影が立ち上がった。
 「ひぃやあああっ!!」
 それを見た兄弟はあまりの恐怖にその場にへたり込む、膝も歯の根も震えて合わない。
 「魔獣っ!!」
 立ち上がった体高は二メートル近い、手は立ち上がった状態で地面につく長さがあり、その掌は人間の倍以上、足は太く短い、固く短い黒毛が身体中を覆っている。
 その頭は・・・灰色熊!灰色熊の頭部を兜のように被り、さらに手には牧羊の男が手にしていた大鎌を持っている、醜悪を絵に描いたような姿、くり抜かれた熊兜の目の奥にさらに赤く小さな目が見える。
 ギャッ、ギャッ、ギャッ 嗤っている、魔猿熊に率いられたサルの群れが牙を剥いて笑っている。
 供物を前に魔猿熊が嗤う、その手の大鎌を振り上げた。
 「神様!!」兄は弟を庇って覆いかぶさり目を閉じた。
 ドッドッドッドドドッ 地響きとともに猛牛の突進、バモオオオォォォォッ!!
 群れの危機に巨牛ブルがその角を前にして突進してくる。
 その音はまるでヘビーメタルのドラムのようだ。
 「!?」バキャッ 怒れる暴君の角は小さな猿を数頭まとめて吹き飛ばす。
 大質量の突進は数十キロ程度の体重との衝突など意味をなさない、はじきとばし踏みつぶす。
 ギャーッ グギャアッ 断末魔の悲鳴が響く。
 ブルは小猿をひき殺しながら兄弟の前まで突進して魔猿熊にその角を突き立てた。
 ガシュッ 素早く飛びのいた魔猿熊の足を角の先端が掠った。
 ギャッンッ 黒い毛が中を舞った、灰色熊をも屠った魔獣の群れが割れた、森の中なら木の上に逃げることができたが、草原では猛牛の突進を避け続けることは出来ない。
 魔猿熊は即座に撤退を決めた。
 ギャアアアァァース 叫ぶと森へ逃走を始める、ボスの退却を見て群れも後を追うが逃げ遅れた小猿がブルの暴走に巻き込まれる。
 「ブル!!」地震のような揺れと、猿たちの悲鳴に目を開けた兄弟たちが見たのは群れのリーダーとして敵を打ち負かすブルの雄姿。
 「たっ、助かった!?」
 暴走猛牛が通った跡には点々と轢死した小猿たちの死骸が転がっていた。

 数時間後には魔獣襲撃未遂事件はムートン家マナーハウスに届けられた。
 自警団マックスが早馬を飛ばして伝達に訪れた、皇太子には身分を伏せて魔獣狩りに雇った王都の冒険者チームとして参加してもらう、マックス以外身分詐称だ。
 「それで子供たちは無事なのね」
 偽フローラは一番にそこを確認した、そうするだろうというエミーの予測。
 「ああ、二人は無事だ、飼っていた雄牛が魔獣から守ってくれたらしい」
 「良かった」
 「子供二人も自分の群れの一員だと思っていたのだな、牛も義理堅い」
 「それで、こちらの方々は?」
 「王都のギルドから派遣されてきた魔獣狩りチームの皆さんよ、腕利きらしいわ」
 「リーダーのエドワードだ、メンバーは聖女も入れて五人、最初に言っておくが我々は公爵派閥ではない、中立の冒険者だ」
 「俺は自警団のマックス、本業は畑だ、最も今は警備が忙しくてあまり畑には出ていないんだが、プロが来てくれて助かるよ」
 二人は握手を交わした、エドは庶民と平然と握手する、普通の王族とは違うと感じさせる。
 「で、その子供は魔獣を見たのね」
 「ああ、それなのだが、なんとも要領を得ない話でな」
 「どういうこと?」
 偽フローラは腕を組むと男爵机の角に浅く腰掛ける。
 「猿だ、ここより南に生息地があるそうだが猿の群れに襲われたっていうのだ、そしてその猿たちはそれぞれに鎌やこん棒の武器を持っていたらしい」
 「猿?聞いたことはあるけれど武器を使う獣がいるの、信じられないわ」
 「私は見たことがある、小さい獣だ、頭はいいが武器の話は聞いたことがないな」
 「本題はこれからだ、その群れの中に特別大きい個体がいたそうだ、身の丈二メートル、黒い体毛、長い手に巨大な掌、そして……頭は熊だそうだ」
 「なんだそれは?熊なのか」
 「分からん、子供が襲われた中での目撃証言だ、正確かどうかは疑わしい」
 「猿って木の上でも暮らせるのよね」
 「ああ、木登りは得意なはずだ」
 「握力は相当強いわね、そして四つ足で走るんじゃない?」
 あっとマックスがフローラの言葉で気づいた。
 「そうか、あの時お前が予想した魔獣の姿と符合するな!」
 「やはり魔獣は存在していた……そして生き物だわ」
 フローラの顎が少し上がり、美しい右手の指が首筋に伸びる、煽った顔が妖艶に微笑む。
 
 「生きているなら殺せるわね」
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