kings field 蝶の森 

祥々奈々

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テトロドキシン

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 手に入れた!何故死んでいたナンバースリーの猿が持っていたのかは知れないが黄色の粉を手に入れた。
 指を入れて掬い取ると一口舐める、甘苦い味が舌に広がり活力が漲ってくる、世界で自分だけが加速している、時が遅い。
 久しぶりのイエローアンバーに中毒を起こしているヤーグルは掬う指が止まらない、やがて掻き込むように掌に大盛りの粉を口入れた。
 ゲヒョッ ゲヒョッ と涎を垂らして酔っ払い酩酊状態に陥る、それを過ぎると激しい暴力衝動がやって来る、自分が最強になったような全能感、全て踏みつけて蹂躙する。
 俺様に向かって矢を射かけた人間の女!顔を覚えた、許さない!バラバラに引き裂いて食い尽くしてやる。
 この森の王は俺だ、ヤーグルは大鎌を手に再び里を目指した。

 「なにをしたんだい?あの男爵令嬢は」
 シファはマイクロクロスボウの矢が刺さった猿を足先で小突いてマンバに尋ねた。
 「直に触るなよ、恐らくテトドロドキシンだ、混じった血を触っただけでもただではすまんぞ」
 「テトドロ……?なんの毒なのさ」
 「海に居る魚だ、爪の垢ほどで即死に至る猛毒だ、なぜそんなものを持っている?」
 「騎馬隊に使ったスイセンといいあの令嬢の仕業なのかねぇ、事前の情報には毒のどの字も無かったよ」
 「付け焼刃で使用出来るものではない、自分で触ってしまえば自爆だ、よほど毒の扱いに慣れている」
 「あんたのお株を盗られたね」
 「俺が使うのは蛇の毒、テンドロドキシンという神経毒、呼吸困難を引き起こして相手を死に至らしめるものだ、即効性ではテトドロキシンに劣る」
 「ガキの令嬢が扱うにはちとマニアック過ぎるようだね」
 「ああ、あの女は偽物かもしれん」
 「影武者かい、王家の息でも掛かっていないと一介の男爵になど用意出来るものじゃないねぇ、なら周りの冒険者が王家派遣だという信憑性は増してくる、ちょっと旗色が悪いんじゃないのかい」
 「関係ない、我々はイエローアンバーをマンドリルに食わせてバーサーカー化を促すのが第一目的、周辺情報の収集が第二目的だ、早って我々だけで仕掛けるなど考えるなよ」
「冗談は良しとくれ、高給は貰っちゃいるけどミストレスのために早死には御免だね」
 「それで良い、我は歯車、回転が速くても遅くても嚙み合わん、狩りとはそういうものだ」
 「そんなものかねぇ、それでこの後どうするのさ」
 「ムートンのマナーハウスを調べよう、影武者の信義を確かめる」
 「了解したよ、マンバの旦那」
 黒衣の2人は惨劇の跡が残る狩り場を後にムートンのマナーハウスに引き返していった。

 サイゾウ達を助けたエミーたちだったが、狩り場で二人が犠牲になり、里は五棟の住居が襲われて家人たちは一人を除いて皆殺しになっていた、いずれも首を切断されている、そして女子供ばかりの胴体が持ち去られていた、大柄な男や老人は殺されただけでその場に放置されている。
 土間や居間に生首だけが転がる様は見ているだけで身の毛がよだつ。
 親戚のものか親しい隣人、恋人だったのか、どの居にも岩人が泣き崩れていた、中には失神してしまったのだろう担架で運ばれる者もいる、子供も含めてこれほどの虐殺は類がない、文字通り人が出来る事ではない。
 「地獄か……悪魔の仕業だ」
 エドワードたちもさすがに言葉と顔色を失っている。
 「フローラ!御婆が……」
 アオギリが涙でグズグスになりながら抱いていたのは今年フローラにブラックシルクの衣を編んでくれた御婆の亡骸、首は付いているが胴体が半分から分断されている。
 「ごめんなさい、私たちの討伐が遅いばかりに……」
 エミーはフローラを模倣して膝を地に付けて血まみれの手を額に当てる。
 皺の深い手は何十年と糸を紡ぎ、シルクを編んで働き岩人の時代を作ってきた証、もう動くことはない。
 本物のフローラなら亡骸に縋って大声で泣くのだろう、今はそれを演技している場合ではない。
 スックと地面から膝を離すと首筋に指を伸ばす。
 「アオギリ、急いで村の人全員を教会に避難させて!再襲撃があるかもしれない」
 「でも、遺体を……このままにしておけない……よ」
 語尾を結べないほど紫色の唇は震えている、涙で腫れた目も焦点を結んでいない。
 「ごめん、今は駄目、ここにいたらまた殺される人がでる」
 「でも……でも、こんな……」
 「辛いけれど、苦しいけれど……今は生きている人を優先しなきゃ」
 「そんな……」
 「サイゾウさん、それからマックスは教会の防衛を!敵はヤーグルだけじゃない、ランドルトンの襲撃隊が来るかもしれない、決着がつくまでバラバラになってはいけない」
 偽フローラのエミーは惨事の中でも状況に呑まれない、動揺出来ない。
 「フローラ、貴方いつからそんなに強くなったの……」
 アオギリが見上げたフローラは血と死臭が漂い始めた中で平然と立ち上がり、言葉こそ優しいが涙ひとつ零れない、顔色さえも変わらない。
 「あなたは……本当にフローラ!?」
 「!」エドたちが我に返る。
 スッと目を細めた偽フローラは少しだけ哀しそうに口を結ぶと一言だけ言い残して扉を出ていく。
 「後で説明するわ、今は非難を!」
 冷静すぎるほどに冷たく熱を持たない。
 「エミー殿は再襲撃があるとみるか?」ガイゼルは再襲撃に懐疑的だ、暫くはこないと判断するのが普通かもしれない。
 「ええ、少なくともヤーグルは食料目的だけじゃない気がする、あの猿は殺しを楽しんでいる」
 「動物が殺しを楽しむ?そんなことあり得るの」
 灰色熊の頭を被ったヤーグルの姿を思い出してジュン少尉は身震いする。
 「あり得るな、野生動物でいってもイタチ類は遊びで殺しをする、海に居るアシカの類もやる、なにも人間の専売特許という訳じゃない、俺はエミーの意見に賛成だ」
 予備の投げナイフをホルスターに補充しているモリスにいつもの軽口はない。
 「クロスボウで狙った時にあいつの目を見たわ、あれは狂人の目だった、人や野生動物の理屈を超えてくる」

 エミーが見据える森の木々がザワザワと風に騒めき揺れていた。
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