kings field 蝶の森 

祥々奈々

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粛清

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 「エミー殿が言っていた通りだったな、盾装備をしてきて正解だった」
 エドが背中に盾を担ぎ直した。
 「私も投石までは考えたけれど槍まで投げ降ろしてくるとは思わなかったわ」
 エミーは首筋から指を離していない。
 「生物兵器とは本当かもしれん、サーカス並みに調教されていたのだろう」
 「それでどうするさね、木上の猿共を撃ち落とすには矢が足らない、グラディの短銃も連射は出来ないし、モリスの手裏剣も致命傷にはならないわ」
 「まともに切り合えばエドのハルバートの敵ではないだろうが、木から降りてくれなければ話にならん」
 「ヤーグル以外の猿は対処できると思う、問題はヤーグル、平地に誘い出したいけれど雄牛を前にあっさり退却したのを考えると自分の利も心得ているとみるべきね」
 スウッとエミーの目が細くなると緑の瞳が影に濃くなる。
 「籠罠返し……あの場所がいいわ」
 考えを巡らしていたエミーがピースを埋め始める。
 
 ムートンの森の中央にある渓谷、いつもなら深い緑を湛えた水が悠々と流れ下る、しかし今日は、山高くで降った雨が残雪を溶かし灰色の濁流となって険しい姿を見せていた。
 その水もムートンの森を抜ける頃には水飛沫を上げる事無く幅を広くした川の水位を上げながら重く冷たく流れていく。
 莫大な量の水が流れ行く中、その河原の末端を赤く一筋の血が溶けて消えていく。
 増水した川を流されていく上半身裸の男はブラックパールシェルの隊長バイパーだった、うつ伏せに流れていく胸に空いた穴から血が流出している。
 死んでいるのは明らかだ。
 川の上流を見ると脇を走る街道をランドルトンの騎兵隊が埋めている。
 その列の中央に漆黒に輝く四頭立ての馬車が止まっていた。
 「酷い道ね、これだから田舎は嫌よ」
 ミストレスブラックパールは清涼なムートンの空気を前にしても酷い匂いを嗅いだように扇子で口元を隠したが扇子の内側には微笑が張り付いている。
 馬車の外ではスイセンの毒に嵌った兵たちの中で動けない者がテントから引きずり出されて処刑の憂き目にあっていた。
 パァンッ パパァン 「ぎゃっ」 制服を脱がされた兵士十人ほどが川岸に並べられて銃殺されて、そのまま川に落とされる。
 バイパー同様濁流に呑まれて見る間に消えていく。
 「今、動けない者などブラックパールシェルを名乗ることも息をすることも許さん!ミストレスの期待を裏切った責任は重大、命を持って償え」
 銃殺隊を指揮しているのはバクラリだ。
 バクラリ配下の騎兵隊に貴族上りはいない、全員が平民や奴隷階級からの登用者、実力で勝ち上がった者たちばかり、向上心、野心は貴族上りとは一線を画している。
 「お、俺達も処刑されるのか……」
 オテロとカーヴは調理に忙しく自分たちで作った食事を摂ることが出来ずにいたため毒に当てられることなく健常を保っていた。
 「お前たちは腹を壊してはいないのか?」
 黒い制服を着た騎馬兵が銃剣をチラつかせながら直立不動の二人を睨んだ。
 「はい!自分たちは問題ありません」
 「自分も大丈夫です」
 「ほう、なぜ貴様たちだけ無事なのだ、理由が分かるか」
 「はい、自分たちは任務が忙しく夕食を取る暇がありませんでした、そのため毒の摂取を免れたのだと思います」
 「なるほど……よかろう、まだ戦えるな」
 「はい、もちろんです」
 「よし、それではその制服をぬいでこれに着替えろ」
 渡されたのは黒い制服、胸には薔薇の刺繍、ミストレス直属の騎兵隊の証。
 「えっ、よろしいのですか、私たちのような者が……」
 「私など元は奴隷階級の身分だった下賤です、黒薔薇の制服など恐れ多く、とても見合いません」
 二人は兵士の前に平伏した。
 「ミストレスは若く優秀な人材を差別しない、毒に当たらなかったのは運だとしてもそれも実力なのだよ」
 「は……はぁ」
 虐げていた先輩が処刑されていく中でオテロとカーヴは思わぬ幸運を手にした。
 「分かったら早速着替えて我々の最後尾に付け、急げ!ミストレスは遅刻も御嫌いだ」
 「はっ、はい!!」
 
 ブラックパールシェルは即刻解体されてオテロたち以外は処刑された、エドの温情で生かされた命は結局消える事となり、ムートンの地から海へと消えていく。
 
 「愚か者共の粛清は完了いたしました」
 バクラリが馬車の外から報告する。
 「ご苦労様、余計な時間を取ってしまったわね、マンバさんたちは大丈夫なのかしら」
 馬車の窓から処刑を見ていたミストレスには不思議に怒りも苛立ちも見えない、むしろ頬はピンクに染まり上気しているかのようだ。
 人が死にゆく様を見るのが好きなのだ、常人なら血臭と断末魔の声を聞いただけで卒倒しそうな状況を見て、むしろ楽しんでいる。
 全員殺すといったエミー、結果は同じだが根本的な人間性は違う、感じるけれど動揺出来ないエミーと死に快感を得ているミストレスでは別次元だ。
 その快感がミストレスの背徳的な美しさを際立たせる、冷酷な女主人は人の苦痛や絶望を糧に復讐の道を人外となって突き進む。
 「はっ、二人とも無事に任務を遂行しております」
 「さすがね、毒の罠に嵌らなかったのね」
 「マンバもまた毒を得意とする狩人、狩り場にて油断はありません」
 「皆そうであってほしいものね」
 「先遣隊が少し先で野営用のテントを立てております、もう暫くのご辛抱を」
 「かまいませんわ、でもムートンの小娘の策にしては出来過ぎているわね、誰か強力な助っ人がいるようね」
 「はい、恐らくこれはスイセンの毒です、意図的に殺さないように弱毒化したものが使われたようです」
 「兵たちに温情を掛けたという事かしら・・・舐められたものね」
 僅かに眉根が寄せられたのは怒りの表れだろう。
 「王家側の援軍があるようね、まったく皮肉だわ、我が子ダフネルを助けることもせず、首さえ晒したままにしておいて一私兵に温情をかけるとは……忌々しい」
 「夕食後にはマンバたちの報告が聞けると思います」
 「よろしくてよ、今日の夕食はなにかしら?」
 「川魚を予定しておりますが、変更なさいますか?」
 「いいえ、皆さんと同じものをいただくわ、特別な物はいらなくてよ、そうね、川魚ならワインではなくてホワイトラムモヒート(ミントのカクテル)の砂糖抜きにしてもらおうかしら」
 「畏まりました、給仕に伝えます、では出発いたします」

 静々と黒い馬車が動き出す、ミストレス・フラックパールは案件の要所で自ら現場に赴き指揮を執ることが多い、最近は銃ばかりだが時には甲冑に身を包み剣も帯びる。
 このムートンの領地は内戦の口火を切る重要な拠点となる土地であることをバクラリは理解している、ここでの失敗は許されない、それは己も同じことだ。
 ミストレスは黒い毒蜘蛛、その糸で獲物を絡め取り養分を吸いつくす。
 
 辺境の地から毒蜘蛛の浸食は始まった。
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