kings felds漂流島

祥々奈々

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レヴィアタン

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海は赤く燃える船を映している。
女は砂浜で服を脱ぐと白い肌を晒して冷たい海の中へと躊躇う事無く頭まで没していく、水面に白波が立ち大きな白蛇が姿を見せた。

 冷たい視線に射ぬかれて目が覚めた、外は既に明るい。
 全身に激しい痛みが戻ってきた、痛い、痛いんだ、僕の身体は腐っている。
 霞む視界に男が居た、刀傷でボロボロの制服には嫌というほど見覚えがある、昨日の海戦相手の将校だ。
 至近距離で大砲を打ち合い、移乗攻撃による白兵戦、船内の火薬に引火、爆発。
 二隻仲良く爆沈したはずだ。
 「生きて……いる?」
 声が掠れて皺がれる。
 「そのようだ」
 「あなたが……僕を助けてしまったの?」
 昨日の怒号と恐怖に満ちた怒り、痛みから解放されなかった言葉に怨みが重なる。
 ジャラッと手に嵌められた手枷と鎖を持ち上げた。
 「お前と同じだよ、彼女が助けてくれたようだ」
 扉の前に女がいた、美しい黒髪に白い肌は海には珍しい。
まだ幼さを残した顔が微妙な笑顔を向けて小さく手を振っている。
 「君は……」
 「私……マヒメ」
 たどたどしい言葉、共通語は得意じゃないのか。
 「ルイス・イカール伍長か」
 「あなたはダーウェン・W・バーダイン男爵様、貴族なんだね」
 壁に表札のように名前を書いた木版がかけてある、兵員認識票を見たようだ。
 話すのが苦手なのに文字が書けるとは妙だ。
 「フッ、男爵は貴族階級の一番下、平民と変わらない」
 「それでも士官だもの、いいよね、後ろの方で突撃言っているだけで済む、痛い思いをするのはいつだって平民だ」
 初見の敵船の士官、精一杯の強がり。
 「お前、魔血病だろ、安い強がりだ」
 「そうさ、近くいると移るよ、すごく痛いんだ、早く死んで解放されたかったのに……」
 歯茎の色、痩せた身体、体中の内出血、医者でなくても判別はつく。
 「魔血病の前に、その女々しさが移りそうだぜ」
 ダンッ、マヒメが足を強く踏み鳴らした。
 「喧嘩、ダメ!」
 両手を交差させて⦅やめて⦆といっている。
 鎖で繋がれていて良かった、戦わなくてすむ。
 「!」
 ダーウェンの空気が緊張したのが分かった、マヒメを警戒して黙る。
 「何で急に大人しくなるの、鎖に繋がれているから?貴族様は臆病だね」
 「お前、見てないのだな」
 「彼女が俺たちを生かしておくとは限らんぞ……」
 マヒメが後ろを向くと着ていた服を突然脱ぎ始める、真珠のように白い肌が眩しい。
 「なにをっ!?」
 横顔の視線と目が合った、真珠が溶けるように揺らめくと、次の瞬間マヒメは姿を替えていた。
 そこに現れたのは海神レヴィアタン、蜷局を巻いた蛇は白蝶貝に碧が差す鱗を纏い、頭には冠のような角を伸ばしている。
 「うわあっ!!」
 海神と呼ばれる蛇は、時に荒ぶり船を沈め、伝説では人の魂を喰う水妖として海を知る者には恐れられている存在だ。
 ⦅やはり俺は魔に憑かれていたのか⦆
 スウッと首が伸びてルイスの顔に冷たい体温を感じるほど近づいてくる。
 「くっ、食われる!?」
 ぺろりと赤い舌が伸びる。
 「ひいいっ」
 死にたかったはずなのに本能が拒む。
 黒く深い色の双眸が真っすぐと見据えてくる、恐怖が寒気となって身体を震わせる。
 「私……人、食べない、喧嘩はだめ、病気は痛い」
 「!?」
 レヴィアタンは首を戻すと、再び揺らめき人間に戻る、その姿に妖魔の雰囲気は微塵もない。
 「怪我治る、病気治る、飲め」
 服を羽織ったマヒメが二人の前に小さなガラス瓶を一本ずつ置いていく。
 澄んだ黄金色の液体が満たされている。
 「これはっ!?まさかエリクサーか!」
 「エリクサー!?」
 万病を直す神薬、エリクサーの花から採れる蜂蜜を魔力で精製した秘薬、市場にでれば金貨百枚では足らない価値を持つ、もちろんルイスは見たことなどない。
 ダーウェンは幼少時代に見たことがあった。
 「エリクサー、飲んで、出ていく」
 レヴィアタンのマヒメが言うのだ、本物だろう。
 マヒメはエリクサーをもう一本取り出し、栓を抜くと一気に揉みほした、口元をハンカチで拭うと直ぐに肌に桃色が差した、毒見のつもりか。
 「飲め」
 思わずダーウェンとルイスは顔を見合わせるが、拒否する選択はない。
 覚悟を決めて口に入れる、甘い前味に酸味と苦みが追いかけてくる、後味はすっきりと切れて美味い、上等なリキュールのようだ。
 「おおっ!」
 「ええっ!!すごい、痛みが!痛みが引いていく!」
 直ぐに気力、体力が漲るのが分かる、全身の痛みが嘘のように遠ざかる。
 死んでまで開放されたかった痛みが消える、涙が伝った。
 ダーウェンよりもルイスに劇的な効果があったようだ。
 「寝る、治る」
 マヒメは微笑むと瓶を回収し、エリクサーの香りを残して小屋を出ていった。
 二人残された小屋に、涙を見られた気まずさの沈黙が流れた。
 ザアアッ……サワサワッ……ザアアッ
 開け放たれた扉から春の柔らかな風が細波の音と共に入ってくる。
 「僕達だけかな、生き残ったのは?」
 ルイスが沈黙に耐えかねて尋ねた。
 「たぶんな、俺は爆沈した船から放り出されて、海中で藻掻いていたところを彼女に咥えられたんだ、てっきり食われたと思ったらここにいた」
 「僕も海の中で、雨が降る様に沈んで行く船と仲間たちを見たよ、記憶はそこまでだけど」
 「信用は出来ないが、食われることはないかも知れない」
 「出て行けと言っていたよね」
 「一人……いや一匹だと思うか」
 「分からないよ、でも人間の時はあの身体だよ、僕達を担いで運ぶのは無理じゃないかな」
 「仲間がいるかも知れない」
 ダーウェンはポケットから釘を取り出すと、手枷の鍵穴に突っ込み、カチャカチャと捩じる、ガチャリと鍵が外れる音がする。
 「!!」
 まずいと怯えるルイスに向かってダーウェンは笑った。
 「安心しろ、俺はお前とやり合うつもりはない、戦争なんてクソ喰らえだ、ちょっと外の様子を見てくる、あと小便だ」
 そう言うとダーウェンは、慎重に左右を窺い出て行ってしまった、足音を立てない足捌きは騎士というより泥棒か暗殺者だ。
 小屋は島の中腹にあった、下には砂浜があり、蛇行した跡が小屋の入り口まで残っている。
 だとすれば島にはマヒメ一人しかいない可能性が高い。
 なにかを焚いているのか島の中央の高台から煙が伸びていた。
 「あれが本宅か」
 島の周囲に生い茂っているのは樹は始めて見るものだった、きっとあれがエリクサーの樹なのだろう、黄金に輝く美しい花が咲いている。
 木々を巡る螺旋の道が迷路のように見える、置いてある木箱は蜜蜂に違いない。
 「マヒメが一人でエリクサーを精製しているのか」
 「これは運が向いてきたかもしれん」
 ダーウェンはニヤリと口元を釣り上げた。
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