kings felds漂流島

祥々奈々

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アンデッド・ガレオン

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 一人小屋に残されたルイスは現実を受け止められずにいた、実は死んでいるのに海の魔物に騙されているようだった、温かい風が吹き込む部屋が歪んで見える。
 魔血病とはビタミン不足で起こる壊血病のことを指していたがルイスや平民は知らない。
 魔物に憑かれた呪いで起こる病だと都市伝説を信じ込まされているに過ぎない、貴族や商人にとって下級船員は使い捨てだ、航海中貴重な果物を与えないための方便なのだ。
 耐性のないものから発病して身体と精神を病んでやがて死に至る。
 自分の余命が寄港するまで持たないことは分かっていた。
 死ぬなら海がいい、船で死ねば海葬されて暗く深い海で永遠に眠れる、そう思っていた。

 「皮肉だよね、死に方ばかり考えていた僕だけ助かるなんて」

 嘘のように身体に痛みはない、でも鉛を飲んだように倦怠感が重く圧し掛かっている。
 黒かった皮膚は人の色を取り戻したが細かった身体はより痩せていた。
 水妖に囚われ、敵兵と部屋を共にする異常事態よりも痛みから解放された身体は春の微睡に誘われて深い眠りに落ちていた。

 鼻を擽る匂いで目が覚めた、こんなに深い眠りは記憶にない、視界が広く明瞭になったようだ、エリクサーの効果だろう。
 「良く寝たようだな、顔色がいい」
 ダーウェンは何食わぬ顔で手枷を戻していた。
 「寝る、元気なる」
 再びマヒメもいる、目の前に温められたスープと果物があった、匂いの元。
ダーウェンの皿は既に空だ。
 「食え」
 無意識にゴクリッと唾を飲むと暫く感じた事の無かった空腹感、猛烈に腹が減った。
 「むっ……くっ」
 ルイスは魔血病を疑った、呪われるのはかまわないが痛みの再発は嫌だ。
 躊躇していると既に完食しているダーウェンが見かねて声をかけた。
 「大丈夫だ、魔血病なんて貴族たちの作り話さ、本当の原因は別にある、そのスープは平気だ、なかなか美味かったぜ」
 皿の底を見せて笑う。
 「食え」
 マヒメが無邪気な笑顔で汁を掬ったスプーンを口元に差し出す。
 一口啜ると、塩気とトロミのあるスープに刻んだ野菜の旨味が脳天を直撃した。
マヒメの腕から奪い取る様にしてがっつく。
 「うっ、美味い、美味過ぎる!!」
 「美味いか、汁、おかわりあるぞ」
 あっという間に食べ終えて二杯目をもらう、今度は具材が大きい。
 「ゆっくり食え」
 ルイスが食べるのを見て鼻の下を指で擦りながらニカッと心底嬉しそうに笑う、ドヤ顔というやつだ。
 「マヒメ、お前は喰わないのか?」
 ダーウェンが聞いた。
 「私、三日に一度、お腹空かない」
 「そうなのか、俺達ばかり悪いな」
 「人間、沢山食べる、楽しい」
 人間に害を成す魔物には到底見えない、街にいればナンパされない日はないだろう。
 「ひっ、ひっ……美味い、美味いよぉ」
 ルイスは数か月ぶりの美味い食事に感動して泣いた。
 「なんで泣く?どこか痛いか」
 「マヒメ、違うぞ、そいつはお前の作った汁が美味過ぎて泣いているのさ」
 「ふーん、美味いのに泣く、変だ」
 これほど生きていることに感謝したことはなかった。
 食べ終えた皿を置き、汁と涙で濡れた手を拭きもせずにマヒメの手を取ると頭を下げた。
 「ありがとう、ありがとう、あんたは女神様だ」
 現金なものだ、魔血病の水妖から女神に昇格だ。
 「ふぇ、女神?」
 満更でもないのか照れているように頭を搔いている。
 「助けてくれて……ありがとう」
 「寝る、元気出る」
 上機嫌で肩をぽんぽんと叩くとそこから表情を変えて立ち上がった。
 「今夜、危ない、出るな」
 「危ない?何のことだ」
 「海の魔物、危ない」
 全ての窓と扉に鍵をかけ閉じると、ダーウェンを指さして、
 「出るな!」
 「!」
 食器を重ねて小屋を出ていった。
 「バレていたか、以外に隙がない女神様だぜ」
 ルイスの顔からは死相と剣が落ちて本来の温和な男に戻っている。
 「どれ」
 ダーウェンは再び手枷を外すとルイスの手枷も外してしまう。
 「ルイスと呼ばせてもらうぜ、お前も白兵戦の続きをするつもりはないだろ」
 「ルイでいいよ、やっても勝てなさそうだもの」
 「俺はダーでいい、それでルイはこれからどうするつもりだ?」
 「どうするって……正直分からない、帰りたい家があるわけでもないし」
 「そうなのか、家族が心配しているだろ」
 「家族はいない、孤児なんだ、天涯孤独さ」
 「そうか、奇遇だな、俺も同じだ」
 「えっ、士爵もちの貴族じゃ……」
 「いろいろあってな、階級章は俺のじゃない、本業は冒険者さ、密航して大陸で稼ぐはずが見つかって船倉に閉じ込められていたのさ」
 「役に立つかと思って死体から剝取ったけど無意味だったな」
 道理で貴族らしくない訳だ、冒険者というのも怪しい。
 「エリクサーはすごかったな」
 「……僕は余命一月と言われていたのに、痛いのも苦しいのもすっかりなくなったよ」
 「そうだろう、俺の生傷もすっかり塞がっている、神水エリクサーを実際に飲んだ奴なんて貴族でも公爵クラスだけだろうな」
 「出ていけと言っていたよな、このまま逃がしてくれるのかな」
 「魔物が見返りなしに人間を助けると思うか」
 「そうだけど……とても悪い事を考えているようには思えない」
 「ルイ、お前もう惚れちまったのか」
 「やめてよ、マヒメは白蛇の女神様だよ」
 「マヒメは俺が枷を外して出歩いているのを知っていながら目を瞑った」
 「僕もそう思ったよ、許してくれた」
 「見込みはあるかな……」
 「何の見込み?」

 ザザザザッザアアアッ

 小屋の脇を大きな何かが滑り降りていく気配が会話を断ち切った。
 「なんだ?」
 出るなとマヒメに釘を刺されているが、確認しない訳にはいかない。
 音が下った方向には白蛇の姿があった、レヴィアタン、マヒメだ。
 猛スピードで砂浜を滑ると海に潜っていく、激しい水飛沫が上がる。
 「おいっ、あれはなんだ?」
 星の無い暗闇の海中に、炎の灯かりが揺らめいている、だんだんに深度を上げてきている。
 浮かんでくる巨大な影、2人には見慣れた形、突き出た三本マストが水面から顔を出す。
 「ガレオン船だ!」
 「なんてこった、幽霊船、アンデッド・ガレオンだ」
 永遠の命のため、魂を縛られ腐肉を纏う契約を魔王と交わし、使徒に堕ちた船。
 海中でも消えない魂の鬼火を焚き照らしながら、その身に飲んだ海水を吐き出して浮上してくる、甲板に蠢く船員の影は一糸纏わぬ白骨たち、双眸の奥に青い炎が揺れる。
 
 オォゥオォゥオォゥオォォォォォォ

 汽笛のように白骨たちの声なき声が低空飛行して響く、不気味さに足が竦んだ。
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