上 下
61 / 140

第61話 中2の夏大会

しおりを挟む
祐輝は部屋で歴史の本を読んでいる。


それは大阪の陣で孤軍奮闘とも言える戦いを見せて「日の本一の兵」と徳川家康に言わせた真田幸村だ。


彼は敗戦濃厚な豊臣の大坂方に参加して奮戦した。


真田丸という強固な要塞を構築して徳川方の猛攻を退けた。


そして最期は騎馬突撃で徳川家康の本陣にまで乗り込み、陣羽織に触れるという距離にまで近づきあと少しの所で討ち死にした。


結果は負けかもしれないが負け方というものがある。


天下人という争うことのできない強大な相手にもただでは死ななかった。


徳川家康は生涯真田幸村の事を忘れなかったであろう。



「負けるにしても負け方か。」



祐輝は真田幸村の生き様を自分に照らし合わせていた。


もはやナインズで間もなく始まる夏大会を勝利する事は不可能だ。


しかし相手チームや野球を見ている多くの関係者にインパクトを残して負けようと考えていた。



「何か繋がるかな・・・」



部屋で1人そうつぶやくとベットに横たわり小学校の卒業アルバムを見始めた。


一輝や勝といった自分に関係のあった者の顔を眺めている。


今何をしているのか気になりながらも目を細めて勝の写真を見て鼻で笑った。


遠足や運動会など様々な写真に勝は写っているがどれも取り巻きに囲まれている。


そしてミズキと自分の写真を見て少し微笑んだ。



「この頃から一緒なんだな。」



運動会で一緒におにぎりを食べている写真や学芸会で兄妹の役を演じたりもした。


どれも楽しい思い出でありもう二度と戻る事のない記憶だ。


今現在、祐輝は非常に厳しい状況にある。


しかしこれもいつの日か思い出になるだろうと祐輝はアルバムを閉じて眠りについた。



その晩はぐっすりと眠った。



一夜明けて祐輝は夏大会の開会式の会場へ向かった。


新宿の様々なチームが整列している中にナインズはAチームBチームで2列に並んだ。


しかしこの夏大会はトーナメントに全チームが組み込まれる。


つまり理想の勝ち方はナインズのA、Bチームが決勝で当たる事だ。


どっちが勝ってもナインズの優勝となる。


そして東京都大会、全国大会へと進める。


だが例年その栄光を掴んでいるのはキングスだ。


驚異の5年連続出場を実現している誰もが認める最強チームである。


そして今年は過去5年の中でも最強かもしれない。


越田と速田という2人の怪童まで有している。


凛々しい表情で祐輝は開会式を眺めていると隣にはキングスのメンバーが行進して整列してきた。


「おっ!」っと驚いた祐輝の隣には越田が立っていた。


ペコリと会釈する越田に祐輝も会釈した。


「お前が目標だ。」と心の中で叫んだ。


今のナインズのチーム力でそんな大それた事が言えるわけもない。


越田の見る先は日本中の怪童で所詮自分の様な弱小チームのエースなんて相手にもしていない。


祐輝は会釈をしてきり越田とは目も合わせずに真っ直ぐ前を見ていた。


そして開会式で対戦相手が発表される。



「えー。 一回戦の第一試合は新宿ナインズBと落合キングスAチーム。」



そのアナウンスに健太やエルドは「終わった。」と言い放つと肩を下げて負けを確信していた。


だが祐輝だけは込み上げる喜びを抑えきれなかった。


また越田と戦える。


すると越田は祐輝の肩をぽんぽんと叩いてきた。



「チームとしての勝ち負けは悪いけど言うまでもないよ。 ただ。 三振なら君の勝ち。 ホームランなら俺の勝ち。 ファーボールやヒットは引き分けにしよう。」





あまりに突然の事に驚き、言葉を失っているが少しすると我に返った様に越田の顔を見て「ああ!」と気持ちのいい返事をした。


野球は一人でやるもんじゃないとかつて佐藤コーチは教えてくれた。


しかしそれは不可能だと祐輝は諦めていた。


だとすれば越えるべき相手である越田との一戦を全力で戦うと祐輝は強く決めていた。


開会式は終わり家に帰ると祐輝は遠足の前日の子供の様に興奮して眠れずにいた。


そして最近になって祐輝は携帯電話を持つ様になっていた。


親以外に最初に登録したアドレスはミズキだった。


そしてメールをミズキに送信した。



「明日の9時に北新宿球場で越田と戦える!」
「よかったね! 応援行くから頑張ってね! 越田君は私にとってもライバルだからさ(笑)」
「必ず倒す。 任せて! おやすみ。」



祐輝は部屋の中でピッチングフォームの確認をしたりと落ち着かなかったがベットに横たわり目をつぶった。


明日を迎えるために。
しおりを挟む

処理中です...