30 / 171
シーズン2 犠牲の果ての天上界
第2ー10話 夜叉子と虎白の夜語り
しおりを挟む
人々の仕事が、会社員ではなく農民や商人で、警察ではなく武家だった頃。夜叉子は十五歳の少女だった。
しかし時代は違えど、悪人とは時代を問わずいるものだ。村一番の美少女だった夜叉子は、川遊びをするために、一人村から離れた。
「母上と父上に美味しいお魚釣ってあげよう!」
毎日農業に追われる両親の役に立ちたい。夜叉子はそんな純粋な思いから、川で釣りをしていた。母からは、口うるさく、一人で出歩くなと言われていたにも関わらず、両親を喜ばせるために、言いつけを破ったのだ。
「きっとお魚をたくさん釣れば、許してくれるよね」
怒る親の顔を思い浮かべ、魚を見せて笑う親の顔を思うと、楽しみで仕方なかった。
早速虫を釣り針に刺して、川へ投げ込んだ。釣り竿から感じる魚の衝撃を、今か今かと心待ちにしている。
だが夜叉子は、直ぐに異変に気がついた。
「あ、あれ? 村の方からだ」
森の先にある、村から煙が上がっているのだ。夜叉子は、さほど気にする様子もなく平然と村へ戻っていった。
きっと村長が、刈った雑草でも燃やしているのだろう。夜叉子は、その程度の軽い気持ちで村へ帰った。
だが、そこに広がっている光景は、夜叉子の思っていたものとはかけ離れていた。
「や、夜叉子! 逃げなさい!」
「は、母上!」
「ほら奪え! 若い女は殺すな! 男は皆殺しにしろ」
眼の前で、絶叫する母の背中から、真っ赤な血液が吹き出した。母は、倒れると、動かなくなった。
視界の至る所で、無惨な殺され方をしている見慣れた村人達。同世代の友達が、軽々と肩に担がれて、連れ去られていく。
それはまるで、地獄だ。
「おい! そこにも若い女がいるぞ! おお? こりゃ大層な美貌じゃねえか! 高く売れるぞ!」
恐怖のあまり、夜叉子の体は動かなかった。舌を出しながら、好物を食べる獣のように近づいてきた男らは、夜叉子の綺麗な顔を躊躇ちゅうちょすることなく殴ると、肩に担いだ。
布を被せられ、どれほどの時間が経ったろうか。次に視界が開いた時には、薄暗い部屋の中に、村の友達達と押し込められていた。
それは身の毛もよだつほどの恐怖だった。友達の女の子は、一人、また一人と着物を破かれては、男共に抱かれている。悲鳴を上げようが、何をしようが、どうすることもできず、男共の餌にされていった。
「さあてお次は、この上物と行こうか」
やがて男共の魔の手は、夜叉子へと向いた。
「失礼します。 兄貴」
「なんだ京之介。 今お楽しみの最中だぞ? お前らは、まだ後だ」
男共に京之介と呼ばれた若い青年は、兄貴分達が楽しんでいる姿を静かに見ている。しかし何か様子がおかしい。
そして次の瞬間、京之介は兄貴分の背中を刀で斬り裂いたではないか。これを見た他の兄貴分達が、一斉に京之介へ斬りかかると、驚くことに彼は、一人で兄貴分達を全て斬り捨てた。
「大丈夫か!? ここから逃げよう」
「で、でも......」
「俺達は山賊だ......でも若い女子おなごを食い物にする外道じゃない」
京之介は、夜叉子を連れて走った。それについて行く以外に助かる道はないと、村の友達も京之介に続いた。
小汚い小屋から飛び出すと、そこには京之介の仲間であろう、若い山賊衆が刀を持って立っていた。
「怖かったよな......村も焼かれ、君達は売り飛ばされる所だった。 本当にすまないことをした......せめてもの償いの気持ちとしてこれを見てくれ」
仲間の山賊に頷くと、兄貴分から山賊の頭に至るまでの首が運ばれてきた。京之介は、反乱を起こして、山賊衆を乗っ取ったということだ。
しかし平穏に暮らしているだけであった、村の若者達は、恐怖のあまり我先に山を降りていった。
「君は逃げないのかい?」
「眼の前で母上が殺された......村も焼かれた......もう私に帰る場所なんてない」
「そうか......じゃあ俺達と来いよ! 今日から俺が頭だ! 俺は、武家から略奪をするんだ! そして飢えた村人達にも配るんだぜ」
この青年との出会いが、夜叉子の運命を大きく変えたのだ。
それから十年後。夜叉子は、京之介の妻となり、山賊衆も巨大組織へと進化していた。「狩人の京」と武家に恐れられる一方で「救いの京様」と農民達からは、崇拝されていた。
「さあて次は、あの武家を襲うぞ。 連中、高い年貢を農民に収めさせて、自分達は毎晩のように遊び呆けている。 許せねえ!」
年貢とは、今で言う税金だ。高すぎる税金に苦しむのも、いつの時代でも変わらないようだ。
京之介は、そんな連中が、農民の指導者であることが許せなかったのだ。弱きを助け、強きを挫く京之介は、弱者の希望であり、強者にとっては害だ。
「おい野郎共! 明日は存分に略奪しろ! 今晩は、その前祝いだ!」
それが京之介の最後の言葉になった。
翌朝、木に吊るされている京之介を発見したのは、夜叉子だった。無惨に斬り裂かれている喉には、木札が差し込まれていた。
絶句しながら木札を見ると、そこには武家からの最後通告が書かれていた。
「解散、もしくは、我らの敵勢力の土地への移住。 さもなくば、山ごと焼き払う。 我らには、腕利きの忍びがいるのでな」
昨晩は夜叉子が最後に愛する夫を見たのは、宴会の時だ。楽しむ皆を見て、満足げに笑った京之介は、決まって一人で笛を吹きに行くのだ。
今宵も、綺麗な音色が聞こえてくる。夜叉子は、いつものように夫の背中を見て、微笑んだ。しかし、それが間違いだった。
「どうして......いつも、私の近くにいる人は死ぬの......」
京之介の亡骸を丁重に埋葬した夜叉子と仲間達は、武家へ最後の戦いを挑んだ。そして相討ちとなって、武家は滅び、夜叉子と山賊衆も滅んだ。
これが、夜叉子の第一の人生での経験だ。
「そうか......天上界で夫には会えなかったのか?」
虎白が尋ねると、夜叉子は夜空に浮かぶ月を見ている。月の神が浮かべる天上界の月は、いつだって三日月だ。
夜叉子は黒髪を風になびかせて、三日月を見ている。そして小さい声で、問いに答えた。
「私が殺したさ」
しかし時代は違えど、悪人とは時代を問わずいるものだ。村一番の美少女だった夜叉子は、川遊びをするために、一人村から離れた。
「母上と父上に美味しいお魚釣ってあげよう!」
毎日農業に追われる両親の役に立ちたい。夜叉子はそんな純粋な思いから、川で釣りをしていた。母からは、口うるさく、一人で出歩くなと言われていたにも関わらず、両親を喜ばせるために、言いつけを破ったのだ。
「きっとお魚をたくさん釣れば、許してくれるよね」
怒る親の顔を思い浮かべ、魚を見せて笑う親の顔を思うと、楽しみで仕方なかった。
早速虫を釣り針に刺して、川へ投げ込んだ。釣り竿から感じる魚の衝撃を、今か今かと心待ちにしている。
だが夜叉子は、直ぐに異変に気がついた。
「あ、あれ? 村の方からだ」
森の先にある、村から煙が上がっているのだ。夜叉子は、さほど気にする様子もなく平然と村へ戻っていった。
きっと村長が、刈った雑草でも燃やしているのだろう。夜叉子は、その程度の軽い気持ちで村へ帰った。
だが、そこに広がっている光景は、夜叉子の思っていたものとはかけ離れていた。
「や、夜叉子! 逃げなさい!」
「は、母上!」
「ほら奪え! 若い女は殺すな! 男は皆殺しにしろ」
眼の前で、絶叫する母の背中から、真っ赤な血液が吹き出した。母は、倒れると、動かなくなった。
視界の至る所で、無惨な殺され方をしている見慣れた村人達。同世代の友達が、軽々と肩に担がれて、連れ去られていく。
それはまるで、地獄だ。
「おい! そこにも若い女がいるぞ! おお? こりゃ大層な美貌じゃねえか! 高く売れるぞ!」
恐怖のあまり、夜叉子の体は動かなかった。舌を出しながら、好物を食べる獣のように近づいてきた男らは、夜叉子の綺麗な顔を躊躇ちゅうちょすることなく殴ると、肩に担いだ。
布を被せられ、どれほどの時間が経ったろうか。次に視界が開いた時には、薄暗い部屋の中に、村の友達達と押し込められていた。
それは身の毛もよだつほどの恐怖だった。友達の女の子は、一人、また一人と着物を破かれては、男共に抱かれている。悲鳴を上げようが、何をしようが、どうすることもできず、男共の餌にされていった。
「さあてお次は、この上物と行こうか」
やがて男共の魔の手は、夜叉子へと向いた。
「失礼します。 兄貴」
「なんだ京之介。 今お楽しみの最中だぞ? お前らは、まだ後だ」
男共に京之介と呼ばれた若い青年は、兄貴分達が楽しんでいる姿を静かに見ている。しかし何か様子がおかしい。
そして次の瞬間、京之介は兄貴分の背中を刀で斬り裂いたではないか。これを見た他の兄貴分達が、一斉に京之介へ斬りかかると、驚くことに彼は、一人で兄貴分達を全て斬り捨てた。
「大丈夫か!? ここから逃げよう」
「で、でも......」
「俺達は山賊だ......でも若い女子おなごを食い物にする外道じゃない」
京之介は、夜叉子を連れて走った。それについて行く以外に助かる道はないと、村の友達も京之介に続いた。
小汚い小屋から飛び出すと、そこには京之介の仲間であろう、若い山賊衆が刀を持って立っていた。
「怖かったよな......村も焼かれ、君達は売り飛ばされる所だった。 本当にすまないことをした......せめてもの償いの気持ちとしてこれを見てくれ」
仲間の山賊に頷くと、兄貴分から山賊の頭に至るまでの首が運ばれてきた。京之介は、反乱を起こして、山賊衆を乗っ取ったということだ。
しかし平穏に暮らしているだけであった、村の若者達は、恐怖のあまり我先に山を降りていった。
「君は逃げないのかい?」
「眼の前で母上が殺された......村も焼かれた......もう私に帰る場所なんてない」
「そうか......じゃあ俺達と来いよ! 今日から俺が頭だ! 俺は、武家から略奪をするんだ! そして飢えた村人達にも配るんだぜ」
この青年との出会いが、夜叉子の運命を大きく変えたのだ。
それから十年後。夜叉子は、京之介の妻となり、山賊衆も巨大組織へと進化していた。「狩人の京」と武家に恐れられる一方で「救いの京様」と農民達からは、崇拝されていた。
「さあて次は、あの武家を襲うぞ。 連中、高い年貢を農民に収めさせて、自分達は毎晩のように遊び呆けている。 許せねえ!」
年貢とは、今で言う税金だ。高すぎる税金に苦しむのも、いつの時代でも変わらないようだ。
京之介は、そんな連中が、農民の指導者であることが許せなかったのだ。弱きを助け、強きを挫く京之介は、弱者の希望であり、強者にとっては害だ。
「おい野郎共! 明日は存分に略奪しろ! 今晩は、その前祝いだ!」
それが京之介の最後の言葉になった。
翌朝、木に吊るされている京之介を発見したのは、夜叉子だった。無惨に斬り裂かれている喉には、木札が差し込まれていた。
絶句しながら木札を見ると、そこには武家からの最後通告が書かれていた。
「解散、もしくは、我らの敵勢力の土地への移住。 さもなくば、山ごと焼き払う。 我らには、腕利きの忍びがいるのでな」
昨晩は夜叉子が最後に愛する夫を見たのは、宴会の時だ。楽しむ皆を見て、満足げに笑った京之介は、決まって一人で笛を吹きに行くのだ。
今宵も、綺麗な音色が聞こえてくる。夜叉子は、いつものように夫の背中を見て、微笑んだ。しかし、それが間違いだった。
「どうして......いつも、私の近くにいる人は死ぬの......」
京之介の亡骸を丁重に埋葬した夜叉子と仲間達は、武家へ最後の戦いを挑んだ。そして相討ちとなって、武家は滅び、夜叉子と山賊衆も滅んだ。
これが、夜叉子の第一の人生での経験だ。
「そうか......天上界で夫には会えなかったのか?」
虎白が尋ねると、夜叉子は夜空に浮かぶ月を見ている。月の神が浮かべる天上界の月は、いつだって三日月だ。
夜叉子は黒髪を風になびかせて、三日月を見ている。そして小さい声で、問いに答えた。
「私が殺したさ」
0
あなたにおすすめの小説
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜
来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。
自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。
「お前は俺の番だ」
番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。
一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。
執着と守護。すれ違いと絆。
――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。
甘さ控えめ、でも確かに溺愛。
異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる