天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

文字の大きさ
31 / 171
シーズン2 犠牲の果ての天上界

第2ー11話 純愛と後悔そして決別

しおりを挟む
 腐敗した武家と刺し違え、第一の人生を全うした夜叉子と山賊衆は天上界へ来た。先に逝ってしまった京之介を探すために、天上界のありとあらゆる情報を吸い上げる毎日。

「きっとうちの人ならこの世界でも、弱者を救っているさ」

 夜叉子は、自分の損得を考えずに、人のために働く者の情報を血眼になって探し続けた。時に、そんな情報を手に入れて、足を運んでも人違い。
 だが、夜叉子は諦めなかった。それから数年が経っても、夜叉子は探し続けた。

「近々、大規模な戦争になるらしいですぜお頭」
「なんだいそれ?」
「噂じゃ既に神の軍勢が破られたとか。 そんで、俺達のような山賊衆にも、天上界の山を守る命令が出されたってわけですぜ」

 連日、京之介を探す毎日だった夜叉子の耳に入った大戦争の話し。この戦いを後に世界は「テッド戦役」と呼ぶことになる。
 天上界が焼け野原になれば、京之介を探すどころではない。夜叉子は、縄張りの山々を守ることにした。


 そして来るテッド戦役が訪れた。冥府の王であるハデスと鬼族の首領である酒呑童子が、自ら大軍を率いて現れた。
 多くの神々が倒れ、戦火に巻き込まれる罪なき民や、夜叉子のように駆り出される人間達。
 夜叉子の守る山にも、その魔の手が迫っていた。用意周到に設置した罠にかかっていく冥府の軍勢を自慢の山賊衆で狩っていく。

「妙だね......」
「お頭! 大多数の敵は罠にかかっているんですが、一部の敵だけまるで罠を知っているかのようにすり抜けています」

 その奇妙な部隊は、山頂にいる夜叉子の元まで辿り着いた。やがて激しい乱戦となり、夜叉子も刀を手に取った。

「自分で戦うのは性に合わないね」
「お頭! ぐあっ!」

 子分が斬り裂かれた。夜叉子は咄嗟に斬った者を仕留めようとした。だが、夜叉子の手は止まった。
 敵は容赦なく襲いかかってくるが、夜叉子は受け流すことで精一杯だ。

「きょ、京......」
「よお......久しぶりだな夜叉子......お前まだ山賊なんてやっているのか?」
「ど、どうしてあんたは冥府にいるのさ......」
「俺は殺される時に思ったんだ......人のために体張るんじゃなかったってな。 所詮は偽善だった......俺も私利私欲のために暴れるべきだった」

 眼の前にいるのは、長年探し続けていた京之介だ。しかし彼は、夜叉子の知っている優しい京之介ではなくなっている。
 虚ろな目をして、まぶたにはどす黒いくまがある。話している内容も、かつてのように弱者のために立ち上がる男の言葉とは思えない。

「世界は残酷なんだ夜叉子......知っているか? 後悔して死ぬと、冥府に行くらしいぞ......お前も部下共も天上界にいやがる......俺が死ぬのがそんなに嬉しかったのか!?」

 京之介の拳が、夜叉子の頬に命中した。頬から伝わるのは、激痛よりも、死体のように冷たくなっている愛する者の手の感触だった。
 吹き飛んで倒れ込む夜叉子は、変わり果てた京之介の顔を見つめている。

「そっか......それであんたは......私はね京さん......あんたを愛していたよ。 残酷な世界から救い出してくれたのは、あんただよ京さん......だから今度は、私があんたを救い出してあげる」

 立ち上がった夜叉子は、静かに、まるで京之介の抱きしめるかのように、腹部へ短刀を突き刺した。

「終わらない苦痛からあんたを解放してあげる......聞いているでしょ? 神々の軍は、総反撃を始めた。 ここにも神々の軍勢がもうすぐ来る。 だったらせめて私が殺してあげないと......世界でたった一人愛した人だからね」

 京之介はその場に倒れた。

「や、夜叉子......本当にお前だったのか......」
「え......?」
「冥王ハデスは、世界の残酷さを話してくれた......俺はもうお前に会えないと思い、人間への復讐に走った......目が覚めたよ......孤独という苦痛から解放された......ありがとう。 俺も、愛しているよ夜叉......」

 最後の最後に京之介は、夜叉子の知っている優しい笑顔を見せた。


 それからどれほどの時が経ったのだろうか。夜叉子は、あの日から毎日悩み続けた。京之介を救う方法は他になかったかと。殺さなくても良かったのではないかと。
 三日月を眺める夜叉子は、虎白に向かって自分の後悔の念を語った。

「ふっ。 おかしいね......珍しく酔ったかな。 口が軽くなっているね」
「そうだったのか......お前もあのテッド戦役で。 俺も親友を失ったんだ」

 奇妙な共通点を持つ二人は、互いに見つめ合った。両者の瞳は、月明かりのせいか、儚いほどに輝いている。

「話してくれてありがとうな夜叉子......」
「私がもっと冷静だったら。 私が京さんを連れて逃げれば。 何か変わったのね」

 それは、永遠に絡みつく呪縛となって、今も夜叉子の体と心を犯し続けている。どんな時でも、喪服を着ている夜叉子は、呪縛から解かれるまで喪服を脱ぐことはないだろう。
 虎白は、静かに立ち上がると、夜叉子の背中を静かに撫でた。

「俺の白陸へ来てくれ」
「は? だから......」
「わかっている。 でもお前が誰も信用しないのは、もう後悔したくないからだ。 俺もお前も深い傷を抱えている。 でもな、生きて前に進めば、見えなかった何かが見えるようになる。 お互い支え合って生きようぜ夜叉子」

 夜叉子は、その時になって気がついた。妙に口が軽くなってしまうのも、この虎白の雰囲気や言動が、京之介に似ているからだと。

「ふっ......無理やり似せているだけか......」
「前を見ろ夜叉子。 もうお前は一人じゃない。 俺も、一人じゃねえんだ」
「ねえ」
「ああ」
「身勝手で悪いんだけど、私には妙にあんたが京さんに見えて仕方ないのさ......だからもし、あんたが不愉快に思わないなら......もう一度だけ、最後に、背中を追いかけてもいいかい?」

 静かにうなずいた虎白は、再び岩に座ると、酒を注いだ。優しく微笑み、夜叉子の肩に手を置いた。

「追いかけるんじゃねえ。 一緒に歩むんだよ」

 夜叉子は小さく笑った。


 思い返せばあの日もそうであった。

「た、助けてくれてありがとう京之介......これからついて行ってもいい?」
「ついて行く? 何言っているんだ夜叉子! 肩並べて一緒に歩こうぜ!」

 夜叉子は、白陸へ加わったのだ。次こそ、肩を並べて歩むために。過去の自分と決別するために。
 二人の夜語りは、朝まで続くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫌いなところが多すぎるなら婚約を破棄しましょう

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私ミリスは、婚約者ジノザに蔑まれていた。 侯爵令息のジノザは学園で「嫌いなところが多すぎる」と私を見下してくる。 そして「婚約を破棄したい」と言ったから、私は賛同することにした。 どうやらジノザは公爵令嬢と婚約して、貶めた私を愛人にするつもりでいたらしい。 そのために学園での評判を下げてきたようだけど、私はマルク王子と婚約が決まる。 楽しい日々を過ごしていると、ジノザは「婚約破棄を後悔している」と言い出した。

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!! スティールスキル。 皆さん、どんなイメージを持ってますか? 使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。 でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。 スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。 楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。 それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。

処理中です...