天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

文字の大きさ
38 / 171
シーズン2 犠牲の果ての天上界

第2ー18話 それが背負って生きるということ

しおりを挟む
 それは瞬く間に轟いた。

「ツンドラ帝国のジェイコフ将軍が無名の小国にて討ち死に」

 竹子が一瞬で討ち取った将軍は、ツンドラ帝国で有名な将軍だった。過激な愛国心から積極的に敵地へ乗り込む。ジェイコフ将軍が訪れれば、敵国は直ぐに滅びると。
 とにかく人間嫌いなことでも有名で、交渉すらせずに滅ぼすことも珍しくなかった。


 ツンドラ帝国にとっては、宝とも言える将軍というわけだ。その凶報が知らされたのは、竹子が討ち取ってから僅か三時間後。

「な、なんだとお!?」
「ジェイコフ将軍が......僅か一太刀で......」

 ここはツンドラ帝国首都。人呼んで「ノバグラード」だ。
 騒然とする議会で、息を切らして話すのは戦場から辛うじて逃げ帰った兵士。議会の視線は、満身創痍のツンドラ兵に向いている。

「そ、その後......敵の伏兵戦術と罠によって......」

 信じがたい事実だ。議会で文官共が、ザワザワと話している。そんな空間で響いた音に、全員の視線が兵士から音の方へ移った。

「慌てるな」
「へ、陛下!?」

 冷静な表情で玉座から立ち上がった男は、ツンドラ帝国の皇帝にしてメルキータの実の兄。彼の名はノバ。
 将軍討ち死にの凶報に慌てる議会を、音一つで黙らせた現皇帝ノバはメルキータが国を出た根源だ。

「直ぐに大軍を召集しろ。 周辺の属国にも召集をかけて南へ向かわせろ」
「こ、皇女様は?」
「捕獲が不可能だったら殺せ」

 彼の目はまるで氷。発する言葉は、家族へ向けて放つ言葉とは思えない。その冷酷さに恐れる文官共は、感電でもしたかのように背筋を伸ばしている。
 ノバの命令に従う文官共が直ぐに大軍の召集にかかった。

「本当にいいので?」
「当然だ。 舐められたらそれでツンドラは終わりだ。 特に人間にはな」
「そうでしたな。 若様」

 そうノバを呼んだのは、見るからに剛腕と言える大きな身体をした半獣族だ。冷酷なノバもどこか彼にだけは心を許しているようにも見える。

「バイロン」
「ははっ」
「白陸を滅ぼして南の半獣族も支配下に入れるぞ」
「いよいよ南へ進出ですか。 ですが、スタシアの弱小共はいかがしますか? 弱小同士が手を組むこともあり得るかと」
「お前の息子に行かせればいい」

 ノバは話しを終えると、議会の窓を開いた。同時に、吹き込むのは風に乗った息苦しいまでの熱気。
 そして爆音にも聞こえる犬の雄叫び。ノバの氷のような視線の先には、既に広場を埋め尽くすほどのツンドラ兵が集められていた。
 文官が飛び出してから、十分も経っていない。これがツンドラ帝国という北の超大国の国力だ。


 北の超大国でそのような事態になっているとは知らずに、白陸では呑気なまでに夕食を食べ始めている。

「そうかさすが竹子だよな」
「いやあそんなことないよ」

 竹子の手料理を頬張りながら、秦軍の到着を待つ。そんな時に、飛び込んできたのは、秦軍からの伝令兵だ。

「お聞きになりましたか!?」
「何がだ?」
「ツンドラが大軍を召集して、周辺の属国にまでも召集しています!」
「ええっ!?」

 その時、竹子は自分の行動が果たして正しかったのかと考えた。

「当たり前だろ。 何も間違ってねえよ竹子」
「ええ!?」
「攻め込んできたのはツンドラだ。 それを蹴散らしたら激怒するとか、頭おかしいだろ。 そんな馬鹿とは話しても無駄だ」

 料理を流し込むように完食すると、伝令兵と共に城を出ていこうとしている。扉の前で一度立ち止まると、振り返った。表情は既に戦場にいるかのように、瞳孔が開いて凶暴な目をしている。

「みんな準備しろ。 メルキータを呼んでくるよ」

 虎白のいなくなった部屋で、事の重大さを痛感した一同には殺伐とした空気が流れている。竹子は虎白の言葉を聞いてもなお、冷や汗をかいている。
 煙管を吸いながら、天井を眺めている夜叉子は小さく鼻で笑った。

「北側領土の全軍とやり合うのかもね」
「わ、私が将軍を殺してしまったから......」
「じゃあ代わりにあんたが殺されてあげるの?」
「い、いや」
「あんたは当然のことをしたのさ。 私達がやってんのは戦争だよ。 善悪なんてどうだっていいさ。 勝てばいいのよ」

 そう言って夜叉子も虎白の背中を追いかけた。竹子は妹の笹子の顔を見たが、彼女もまた落ち着き払っている。
 目が合うと吹き出しそうにして、綺麗な口を手で抑えた。

「ちょっと!」
「だ、だって姉上、あんなに勇ましかったのに!」
「まさか北の全軍が動き出すなんて思っていなかったの」
「じゃあメルキータ皇女をツンドラに返して謝りますか?」
「そ、それは......」

 次の瞬間には、竹子の手を掴んだ。静かに見つめる妹の視線は、可愛らしさの奥に別のものを感じた。
 今更迷うな。助けを求めるメルキータの姿が、祐輝が死ぬ前に叫んだ時に良く似ていると感じたのでしょう。だから反射的にメルキータを守りたくなってしまった。
 それはきっと虎白も同じで、自分達のために死んでいった者を照らしてしまうのですね。私も同じですよ姉上。だから、生きられなかった彼らのために、しっかりと生きましょう。これから殺す敵とこれから死ぬ味方の分まで。

「さ、笹子......」
「さあ、行きましょう姉上」
「うん。 そうだね......もう決めたもんね」
「さすが姉上! 大好きですよっ!」

 笑顔で飛びついてくる笹子は、あまりに可愛らしい。だが、手を掴んだ時に見せた彼女の瞳は確かにそう言っていた。
 妹を抱きしめると、美人姉妹も部屋から出ていった。目指すは、北のツンドラ帝国。
 既に城の外には秦軍の大軍が迫ってきているのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい

堀 和三盆
恋愛
「まあ、ご覧になって。またいらしているわ」 「あの格好でよく恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものねぇ。わたくしだったら耐えられないわ」 「ああはなりたくないわ」 「ええ、本当に」  クスクスクス……  クスクスクス……  外交官のデュナミス・グローは赴任先の獣人国で、毎回ボロボロのドレスを着て夜会に参加するやせ細った女性を見てしまう。彼女はパルフォア・アルテサーノ伯爵夫人。どうやら、獣人が暮らすその国では『運命の番』という存在が特別視されていて、結婚後に運命の番が現れてしまったことで、本人には何の落ち度もないのに結婚生活が破綻するケースが問題となっているらしい。法律で離婚が認められていないせいで、夫からどんなに酷い扱いを受けても耐え続けるしかないのだ。  伯爵夫人との穏やかな交流の中で、デュナミスは陰口を叩かれても微笑みを絶やさない彼女の凛とした姿に次第に心惹かれていく。  それというのも、実はデュナミス自身にも国を出るに至ったつらい過去があって……

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

処理中です...