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シーズン2 犠牲の果ての天上界
第2ー19話 知略と武力の化身
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秦国の嬴政が率いる大軍は、八十万名にも及んだ。白陸の城門の外には、緑豊かな平地が続いている。
しかし緑が見えなくなるほど、秦軍で埋め尽くされている。やがて城門から出てきた虎白は、嬴政に一礼して大軍に加わった。
「さあ行くか虎白」
「本当にありがとうな」
「一つ聞かせろ虎白。 お前は今だに戦争のない天上界を創りたいか?」
強張った表情で問いかける。虎白は、しばらく馬上で黙り込んだ。馬のカパカパという蹄の音と、秦軍の鎧兜がカシャカシャと音を立てている。
ただ、それだけの音が単調に響く中、虎白は小さく息を吐いた。
「昔の俺はそんなことを言っていたのか。 まだ実感はわかねえが、いい夢だな」
嬴政は、何も返さなかった。いい夢か。今のお前には、その程度なんだな。天上界の大きさも知らず、記憶もないお前が、当時と同じ夢だった方が幻滅というものだ。この際、現実を見せるためにも、ツンドラへ行くのは良かったのかもしれないな。その上で、まだ戦争のない天上界を創ると言うなら、付き合ってやる。
嬴政は言葉にこそ出さなかった。呆れたように鼻で笑った。
「何笑ってんだよ?」
「いや、記憶のないお前に無茶な質問だったと思ってな」
「当時の俺は、どうしてそんな夢を見ていたんだろうな?」
「......さあな。 改めて、本当に戦争をなくしたいと思ったなら、考えればいい」
嬴政は言葉に出さなかった。虎白がかつて、戦争のない天上界を本当に創ろうとしていた真意を彼は知っている。
だが、それは今ではないと思ったのだ。不気味な沈黙が続きながら、大軍の歩みは進んだ。
それから一時間が経過した。嬴政と虎白は、他愛もない会話をしながら、南側領土の管理者である、アテナが暮らす神殿の前を通過した。
「こら鞍馬!」
「うわ、アテナか......」
「一体何をしているの? 秦軍なんて連れてどこへ?」
「北側領土のツンドラ帝国だよ」
軍神アテナは、呆れた表情をしている。天上界に来て、まだ一ヶ月ほどしか経っていないというのに、もうかつての親友と共に戦争かと。
腕を組みながら、高身長から見下ろすアテナは、まるで口うるさい母親のようだ。
「確かにツンドラは、スタシアと揉めているわ。 でも北側領土と言えば、あそこはアレスの管轄地域よ」
微かな頭痛に、眉をひそめる虎白は、アレスという名を聞いて彼のことを思い出した。
彼は、アテナの腹違いの弟で、天王ゼウスの息子だ。冷静で、賢いアテナとは正反対で、短気で狂暴極まりない男だ。その上、彼もまた軍神と人々から呼ばれている。
しかし正反対にして軍神と呼ばれるこの姉弟は、アテナが戦術の女神で、アレスが戦闘の男神だんしんなのだ。
「ああ、面倒なやつだな......」
「あなたと嬴政が、北へ行けば間違いなくアレスが出てくるわよ? 俺の土地に勝手に入るなって暴れるのが、目に見えるわ」
「あのイカれたアレスを止めてくれよ。 やつのことは思い出した......あいつは愛人のアフロディーテに目がないだろ」
暴れることだけがアレスと言えるが、彼は驚くほど魅力的な外見をしていた。そしてアフロディーテという愛人と、快楽に浸る毎日を過ごしているのだ。
虎白は、アテナに頼んだ。アフロディーテを利用して、アレスの注意をどこか遠くへそらしてくれと。
「暴れるか、快楽に浸ることしか能のない弟だもの。 それは簡単よ。 でも、私がお前に協力して、何の意味があるの? ツンドラと戦争なんてすれば、後々アレスは気がつく。 怒り狂う弟が南へ攻め込んでくるのが想像できる」
嬴政が、だから止めろと言っただろという視線を送っている。しかし虎白は、静かに考えていた。
アレスは、戦争と破滅を司る神だ。まさにメルキータとツンドラが、アレスの象徴のようなことになっている。ノバ皇帝の暴政と、周辺国への侵略。かつて戦争のない天上界を創ると話した俺は、きっとメルキータのような存在を見捨てられないと思っていたからだ。
「なあアテナ」
「何よ?」
「賢いんだからわかるだろ? 戦争なんて意味がないはずだ。 民は幸せか?」
「そりゃ私の南側領土は平和で、民は暮らしやすいだろうけど......」
「アレスの元で暮らしている者は、連日戦争に明け暮れている。 権力者は好きでやってんだろうが、民は違う」
アテナは虎白が次に何を言うか、想像ができた。だから天上界を全て南側領土のようにするんだと。
「天上界が全て南のようになれば......」
「はあ、言うと思ったわ......もう降参するわ。 行ってらっしゃい弟はなんとかするわよ」
「すまないな」
「待ちなさい鞍馬」
アテナが呼び止めた。振り返ると、呆れた表情から一変して、真剣な面持ちだ。
「戦争をなくすために戦争をする。 話し合いが通じない相手には、それしかないわね。 ツンドラは、鞍馬と交渉なんてする相手じゃないわ。 ただね、あなたが始めようとしていることは、より強大な権力と戦うことになるのよ? 覚悟はできているの?」
虎白は、嬴政の顔を見た。何を言ってもこいつには無駄だという表情をして、首を左右に振っている。
アテナの問いに虎白は、笑みを浮かべた。
「まるでアテナの言い方じゃ、世界の全てが誤った権力に聞こえるな。 だったら全てひっくり返してやるよ」
「......恐ろしいわね鞍馬......では行ってらっしゃい。 気をつけなさいよ」
反抗期の息子を仕方なく喧嘩へ送り出すような眼差しを見せたアテナは、虎白と嬴政を見送った。
目指すは、北の超大国ツンドラ帝国だ。
しかし緑が見えなくなるほど、秦軍で埋め尽くされている。やがて城門から出てきた虎白は、嬴政に一礼して大軍に加わった。
「さあ行くか虎白」
「本当にありがとうな」
「一つ聞かせろ虎白。 お前は今だに戦争のない天上界を創りたいか?」
強張った表情で問いかける。虎白は、しばらく馬上で黙り込んだ。馬のカパカパという蹄の音と、秦軍の鎧兜がカシャカシャと音を立てている。
ただ、それだけの音が単調に響く中、虎白は小さく息を吐いた。
「昔の俺はそんなことを言っていたのか。 まだ実感はわかねえが、いい夢だな」
嬴政は、何も返さなかった。いい夢か。今のお前には、その程度なんだな。天上界の大きさも知らず、記憶もないお前が、当時と同じ夢だった方が幻滅というものだ。この際、現実を見せるためにも、ツンドラへ行くのは良かったのかもしれないな。その上で、まだ戦争のない天上界を創ると言うなら、付き合ってやる。
嬴政は言葉にこそ出さなかった。呆れたように鼻で笑った。
「何笑ってんだよ?」
「いや、記憶のないお前に無茶な質問だったと思ってな」
「当時の俺は、どうしてそんな夢を見ていたんだろうな?」
「......さあな。 改めて、本当に戦争をなくしたいと思ったなら、考えればいい」
嬴政は言葉に出さなかった。虎白がかつて、戦争のない天上界を本当に創ろうとしていた真意を彼は知っている。
だが、それは今ではないと思ったのだ。不気味な沈黙が続きながら、大軍の歩みは進んだ。
それから一時間が経過した。嬴政と虎白は、他愛もない会話をしながら、南側領土の管理者である、アテナが暮らす神殿の前を通過した。
「こら鞍馬!」
「うわ、アテナか......」
「一体何をしているの? 秦軍なんて連れてどこへ?」
「北側領土のツンドラ帝国だよ」
軍神アテナは、呆れた表情をしている。天上界に来て、まだ一ヶ月ほどしか経っていないというのに、もうかつての親友と共に戦争かと。
腕を組みながら、高身長から見下ろすアテナは、まるで口うるさい母親のようだ。
「確かにツンドラは、スタシアと揉めているわ。 でも北側領土と言えば、あそこはアレスの管轄地域よ」
微かな頭痛に、眉をひそめる虎白は、アレスという名を聞いて彼のことを思い出した。
彼は、アテナの腹違いの弟で、天王ゼウスの息子だ。冷静で、賢いアテナとは正反対で、短気で狂暴極まりない男だ。その上、彼もまた軍神と人々から呼ばれている。
しかし正反対にして軍神と呼ばれるこの姉弟は、アテナが戦術の女神で、アレスが戦闘の男神だんしんなのだ。
「ああ、面倒なやつだな......」
「あなたと嬴政が、北へ行けば間違いなくアレスが出てくるわよ? 俺の土地に勝手に入るなって暴れるのが、目に見えるわ」
「あのイカれたアレスを止めてくれよ。 やつのことは思い出した......あいつは愛人のアフロディーテに目がないだろ」
暴れることだけがアレスと言えるが、彼は驚くほど魅力的な外見をしていた。そしてアフロディーテという愛人と、快楽に浸る毎日を過ごしているのだ。
虎白は、アテナに頼んだ。アフロディーテを利用して、アレスの注意をどこか遠くへそらしてくれと。
「暴れるか、快楽に浸ることしか能のない弟だもの。 それは簡単よ。 でも、私がお前に協力して、何の意味があるの? ツンドラと戦争なんてすれば、後々アレスは気がつく。 怒り狂う弟が南へ攻め込んでくるのが想像できる」
嬴政が、だから止めろと言っただろという視線を送っている。しかし虎白は、静かに考えていた。
アレスは、戦争と破滅を司る神だ。まさにメルキータとツンドラが、アレスの象徴のようなことになっている。ノバ皇帝の暴政と、周辺国への侵略。かつて戦争のない天上界を創ると話した俺は、きっとメルキータのような存在を見捨てられないと思っていたからだ。
「なあアテナ」
「何よ?」
「賢いんだからわかるだろ? 戦争なんて意味がないはずだ。 民は幸せか?」
「そりゃ私の南側領土は平和で、民は暮らしやすいだろうけど......」
「アレスの元で暮らしている者は、連日戦争に明け暮れている。 権力者は好きでやってんだろうが、民は違う」
アテナは虎白が次に何を言うか、想像ができた。だから天上界を全て南側領土のようにするんだと。
「天上界が全て南のようになれば......」
「はあ、言うと思ったわ......もう降参するわ。 行ってらっしゃい弟はなんとかするわよ」
「すまないな」
「待ちなさい鞍馬」
アテナが呼び止めた。振り返ると、呆れた表情から一変して、真剣な面持ちだ。
「戦争をなくすために戦争をする。 話し合いが通じない相手には、それしかないわね。 ツンドラは、鞍馬と交渉なんてする相手じゃないわ。 ただね、あなたが始めようとしていることは、より強大な権力と戦うことになるのよ? 覚悟はできているの?」
虎白は、嬴政の顔を見た。何を言ってもこいつには無駄だという表情をして、首を左右に振っている。
アテナの問いに虎白は、笑みを浮かべた。
「まるでアテナの言い方じゃ、世界の全てが誤った権力に聞こえるな。 だったら全てひっくり返してやるよ」
「......恐ろしいわね鞍馬......では行ってらっしゃい。 気をつけなさいよ」
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目指すは、北の超大国ツンドラ帝国だ。
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