天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

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第9ー14話 開いた門からの声

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全ての記憶が戻った虎白と白王隊は血眼になって階段を駆け上がっていた。


ゼウスが待つ大広間に向かっている間も虎白は今までに見た事がないほど怒りに満ちた表情をしていた。


同時に凍りつくほど冷酷な眼差しも見せていた。




「そうだったか。 大陸大戦の事を忘れていたな。」
「してやられましたね。 殿。」




染夜風が虎白の事を「殿」と呼んだ。


白王隊の全兵士が今までと違った。


虎白は階段から見下ろす天上門を見て「人間達は無事だろうか?」と小さくつぶやいた。


その人間とは妻も入っているのだろうか。


「俺の兵士達」と愛情のある言動から「人間達」とは随分と冷たく聞こえる。


やがて階段を登りきるとそこには瓦礫の中から雷となって姿を現すゼウスがいた。


ハデスは瓦礫に埋もれているのか。




「記憶が戻ったか鞍馬・・・どうだ?」
「許さねえ・・・」
「無様な最期だったぞ。 汝が愛したフレイアとかいう女は。」
「黙れ!! てめえ殺してやるっ!!」



怒り狂う虎白と白王隊はゼウスに殺到した。


だが怒りに身を任せようとも相手は神族の中でも最強のゼウス。


地面に手を当てると雷が地面から吹き上がった。


虎白達は感電してその場に倒れるが、直ぐに立ち上がった。




「死んでも構わねえ・・・でもてめえだけは殺す・・・俺が死んでも時代は変わる・・・」
「安心しろ鞍馬。 もう汝が知っている我ではない。 あの時は我も若かった・・・故に汝に追い込まれた・・・」




虎白の刀が振り下ろされたが素手で触ると次の瞬間には体を痺れさせてその場に倒れた。


染夜風はじっとゼウスを見ていた。


目の前に立つと「狐の中でも飛び抜けて美人ではないか」と染夜風の可愛らしい顔を舐め回す様に見ている。


「鞍馬など捨てて我の妻になれ」と得意げに笑うと染夜風は悲しそうに下を向いていた。




「そなたは我が兵を大勢死なせた。 我らの友だって・・・何よりも純粋な者の心を操った・・・妻になれと申したか? 愛する夫を見限り汝の妻に? またしても心を操るか・・・」





染夜風はすっとゼウスの顔に触れた。


愛する雷電はこうしている今も死に物狂いでアレスと戦っているのだ。


夫もまた、記憶が戻ったであろうか。


白くて細い手がゼウスの頬をなでると静かに目をつぶった。


左手は刀に触れている。


染夜風は囁く様な小さい声でつぶやいていた。




「汝の事を許すなんて到底できぬ・・・第八感・・・風運時(ふううんじ)」




雷となっていた実態が風に吹かれると徐々に消え始めていた。


何が起きているのかゼウスは驚きを隠せずにいた。


どこからともなく吹かれる優しい風が雷をかき消す様に運んでいる。




「な、なんだ!! このままでは消滅してしまうではないか!!」




体の半分ほどが風となって消えていく中でゼウスは染夜風に向けて雷の槍を投げると周囲の部下達が身を挺して守っていた。


染夜風はじっと目をつぶって集中している。


次第にゼウスの体は雷として姿を保つ事ができなくなっていた。


染夜風の奥義である「風運時」は触れた物の全てを風に変えてかき消す能力だ。


何よりも恐ろしいのは触れた相手の神通力を奪う事ができた。


ゼウスは吐血までしている。




「き、貴様!! 第八感!!」




たまらずゼウスは空へ飛び上がると雷となってどこかへ消えていった。


討ち取る事はできなかった。


その間に瓦礫に埋もれているハデスを救出すると手当てをした。


虎白は立ち上がると天に向けて「逃さねえ!!」と叫んでは部下を引き連れて王都の完全制圧に乗り出した。



























兵士は眼前に広がる光景に絶句している。


門の鍵を開けてしばらくすると周囲は光と白煙に包まれた。


眩しそうに目を細めながらも見ていると大勢の声が聞こえ始めた。




「はいーや!! はいっはいっ!! よっ!! はいーやっ!!」




鈴の音や笛の音色と共にそれは美しい女の美声が響き渡っている。


一体何が起きているのかわからずに兵士はただ、光の先を見ていた。


するとすれ違う様に狐の兵士が通りかかる。




「こ、虎白様っ!?」




虎白に瓜二つの男狐が通り過ぎると彼に続く様に次々と狐の兵士が通り過ぎていった。


しかし彼らが掲げる旗には白王隊の「九」という文字はなく、金色で「一」と書かれていた。


かと思えば「二」や「三」と書かれる旗が次々に兵士とすれ違う様に歩いていく。




「はいーやっ!! そーれっ!! 大陸大戦はー!! まだ終わっていないー!! よっ!! はいーやっ!!」



数え切れないほどの狐の兵士達が通り過ぎた後でも聞こえてくる美声の正体がやがて近づいてくると兵士は目を疑う他なかった。


声の正体は兵士の人生で見た事がないほどの黒髪の美女だった。


そして彼女は着物を半分脱いで上半身をさらけ出して踊っているが長い髪の毛が隠す場所を見事に隠している。


軽快に踊っているにも関わらず髪の毛は不思議なまでに隠していた。




「い、一体これは!?」




狐の軍隊の次に現れたのは袴に身を包んだ人の見た目の男女達。


だが放つ気配からただの人間ではないと兵士は感じていた。


半裸の女性が軽快に踊りながら口にしている言葉は陽気な内容ではなかった。


彼女は決してふざけているわけではなかった。




「はいーやっ!! はいっ!! 我らのー!! 御大将っ!! いよっ!!」




袴を着た兵士達の中から現れた存在を見た兵士は、そのとてつもない神通力の気配に気を失いそうになっていた。

























天上界全ての戦域で戦う白陸軍の宰相達は何とか踏ん張っていたが苦戦をしているのは明白だった。


歴戦の宰相達でも相手はオリュンポスの神々だ。


そんな絶望的な戦闘の中で夜叉子が対峙している相手は「狩りを司る神」だった。


冥府軍を利用して同士討ちを図ると白陸軍の進行方向には多数の罠が仕掛けられていた。


反撃に転じた夜叉子だったが、兵の士気の低さと狡猾な罠に手を焼いていた。




「ちっ。 一筋縄じゃいかないね。」
「お頭!! 正規兵の先鋒がもう崩れます!!」




未だに敵の顔すら見ていない夜叉子は巧みに罠を張り巡らせている相手に苦戦していた。


正規兵が次々に倒れていく中で何か打開策を見いださなくてはと扇子をトントンと手で叩いては険しい表情を浮かべていた。


だがそんな時だった。


夜叉子の黒くて長い髪の毛が強風で激しくなびいた。


辺り一面の空気が一気に冷たくなり部下である獣王隊の兵士達の毛が一斉に逆立った。


半獣族で構成されている獣王隊の彼らは何かただならぬ気配に本能的に警戒していた。




「グウウウウッ!! お頭・・・何か感じます・・・」



夜叉子の副官にして虎の半獣族であるタイロンは周囲を見ながら何かを威嚇していた。


明らかに空気が変わった戦場だったが、銃撃や怒号に剣戟の音は絶えず響いていた。


だがここは中間地点。


空気が一変する事は決して珍しい事ではなかった。


獣王隊の強みは半獣族達が直ぐに気圧の変化にも気がつく事もあり、雨が降る事も事前に察知できた。


雨音に紛れて奇襲する事も獣王隊には簡単な事だった。


だが今夜叉子が不審に思っている事は目の前にいるタイロンの異常なまでの警戒心だった。


まるで誰かに見られているかの様だった。


そんな時だった。




「聞こえているのか・・・」
「は?」
「君には聞こえているのだな。 強い第六感だ。」
「誰?」




夜叉子は独り言の様に話を始めた。


タイロンは主の身に何かあったと更に警戒心を強めていた。


周囲の獣王隊も皆が毛を逆立てている。




「少し下がった場所に山があるな?」
「誰なのさ・・・」
「今は知らなくて構わぬ。 君の敵ではない。」
「山はあるよ。」
「そこで敵を迎え撃て。」





夜叉子が振り返って見つめた山は戦場から離れている。


そして戦略的にも利点は少なかった。


謎の声が言う山に第4軍と獣王隊を籠もらせれば被害は減るかもしれないが、白陸軍全体から分離する事にもなる。


相対する「狩りを司る」神からの攻撃を防げても白陸軍の戦線に戻る事は難しくなる。



「そこへ行けば家族を見捨てる事になる。」
「問題ない。 君を助けよう。 安心するのだ。 君には自然が味方するだろう。」



夜叉子はじっと考えていた。


遠くにある山へ籠もる事に意味がるのだろうか。


味方の被害は抑えられるが、竹子達が戦う中央軍は完全にアテナに包囲されてしまう。


今でも挟撃されているのに自分達だけは山に逃げるのか。


だがそんな時虎白からの言葉が蘇った。




「お前は独立的にも戦えるのが強さだ。 竹子達の事は気にするな。 お前の判断が正しいと思うなら必ず全軍の勝利に繋がる。」





いつの日かそんな事を言われた。


思い返せば虎白と出会って多くの経験をした。


ふさぎ込んでいた自分に光を与えてくれ、愛する琴にも出会えた。


虎白の遠くを見るあの瞳はいつも魅力的で見ているだけで胸がキュンとしていた。


あの遠くを見ている瞳が見ていたのは景色ではない。


未来を見ていたに違いない。



「あんたの言葉はいつも正しかったね・・・最後まで信じるよ・・・」




夜叉子は立ち上がるとタイロンと第4軍の将軍に対して言葉を発した。


「戦闘を放棄して一斉に山へ駆けな」と。


その言葉に驚いた将軍は「部下を見捨てるのですか!?」と不満をあらわにしていた。




「そんなわけないでしょ。 私と獣王が殿になるよ。 あんたは第4軍を急いであの山へ走らせな。」
「あんなに遠くの山へ逃げてどうするのです!?」
「いいから行きな。 文句は後で聞くよ。 今は宰相の命令に従いな。」




不満げな将軍は第4軍に「退却」と命令を出した。


すると兵士達は一目散に戦闘を放棄して山へ我先にと走り始めた。


元よりオリュンポス軍との戦闘に賛成ではなかった正規軍の将兵達は命令が下ると躊躇する事なく逃げ始めた。


気がつけば戦場で敵と向き合っているのは獣王隊6000だけになっていた。




「お、お頭・・・」
「悪いねあんたら。 追撃の手を緩めるためにここで踏ん張るよ。」
「到達点に行っても家族でいてくれますか?」




タイロンやクロフォードといった有能な副官達は戦死を覚悟していた。


さすがに今回の戦闘は生き残れないと。


迫るオリュンポス兵は単体の戦闘能力も白陸軍を上回っている。


その上、指揮官は姿すら見せずに自在に罠を駆使して追い込んでくる。


獣王隊は愛するお頭と共に最期の時を迎えようと覚悟を決めた。


タイロンの背中にいつも背負わせている長い刀を抜いた夜叉子は自らも戦闘に参加するつもりだった。




「馬鹿言うんじゃないよ。 死ぬ気なんてないさ。 あんたらとは生きてこの先もずっと家族だよ。」




そんな時だった。


強風は更に強まり山からは木が吹き飛ばされ始めた。


「危ない!!」と叫んだ獣王隊に向かって巨大な木が吹き飛んできたが、どういうわけか軌道を突如変えてオリュンポス軍へ向かっていった。


次々に吹き飛んでくる木や岩が獣王隊だけを避けて飛んでいく。




「自然が味方するね・・・」
「殿なんて不要だ。 さあ早く山へ逃げなさい。 君に助太刀すると言っただろ。」
「ふっ。 誰か知らないけどね・・・敵も味方も私に顔を見せてくれないなんて傷つくよ。」



夜叉子は獣王隊と共に悠々と山へ向かって歩き始めた。


その間も山からは木や岩が飛んでくるが獣王隊には一度も当たらなかった。




































白陸海軍港で絶望的な状況にある琴と尚香は海王であるポセイドンと相対していた。


軍港にある機械を破壊しては電流をポセイドンに浴びせているが意味はなかった。


それどころか海水に電流が流れて強さを増していた。



「わざわざ力を増幅させてくれるとはな。」
「あかんやん!!」
「ダメだった・・・どうしようこんな相手・・・」




ポセイドンは海水を操り2人の体を包み込む様に立体的に浮かせると呼吸ができなくなって苦しそうにする光景を満足気に見ていた。


「苦しそうな女も美しいな」と笑っている。


今にも溺死しそうな2人は最後に虎白や愛する相手の顔を思い浮かべていた。


しかしそんな時だった。


薄れゆく意識の中で見えるポセイドンの背後にたたずむ人影が見えていた。


海中の中で呼吸困難になっているからか人影はまるで水の様に見えた。


そして次の瞬間にはポセイドンを背後から斬り裂いた。


すると2人を包み込んでいた海水が消えた。




「ゲホッゲホッ!! ほんまに死ぬかと思ったわ・・・」
「ゲホッ!! ま、待って琴・・・あれは誰!?」
「なんやあれ・・・」




海中から見ていたからではなかった。


ポセイドンを斬り裂いた存在の姿はまるで水が人の形をしているかの様だった。


周囲に散らばった海水が生きているかの様にポセイドンの下半身を伝って戻っていくと姿を復元して水の姿をした者と相対した。




「ま、まさか!? き、貴様は!?」
「迷惑だったかな? 海を支配する人間よ。」




突然の出来事に驚き唖然とする2人に優しく話しかける水の姿をした存在。


「い、いえいえ・・・」と口にするのが精一杯だった。


すると「ははっそうか」と優しく笑うと姿を人の様な外見に変えた。


驚くほどの美男子で色白の肌をしている。


上半身は裸で手には銛(もり)を持っていた。


背中には入れ墨なのか、波が激しく岩を襲っている画が描かれている。





「では協力させてもらおう。 君達には関係ないだろうけどね。 ちょっと彼とは因縁があってね。」
「そ、そんなはずがない!! 何故お前がここにいる!?」




不敵に笑う美男子は銛をクルクルと回してポセイドンに対峙した。






















この世界で一番激しい戦闘と言えるだろう。


何故ならここで戦うのは戦神だけなのだから。


アレスを食い止めるために奮戦する雷電、ウィルシュタイン、スカーレットと中にいるベルカ、そして魔呂。


アレスが近くの建造物を殴れば破片がミサイルの様に飛んでいく。


魔呂が宙に舞って地面に落ちれば破片が浮き上がりアレスへと打ち込んでいく。


ウィルシュタインがブレードを回転させて建造物の破片を防いでいるとスカーレットがアレスへと飛び込んでいく。


だがそれでもアレスを倒せずにいた。




「我に武力で勝る者は結局いなかったのだな。」
「ほーうそうか?」




男の声だ。


しかし雷電の声ではない。


ドスの効いた低い声にウィルシュタインは不思議そうに見ていた。


ベルカはその場に崩れ落ちるとケタケタと笑い始めた。


雷電を見れば驚いた表情をしている。


魔呂までが口に手を当てて目を見開いている。




「どうしたお前ら。 急に頭痛で倒れたと思えば今度はなんだ。」




雷電を含めるベルカと魔呂も頭痛で戦闘不能になっていた。


その間もウィルシュタインだけは戦闘を継続できていた。


紛れもない戦いの才能だ。


戦神アレスを相手に単身で持ち堪えるとは。


ドスの効いた声は「大した犬だお前は」とウィルシュタインへと近づいてきた。


大きな体に立派な髭を蓄えている。


手には名刀を持っていた。




「ほうお前にもこの剣の良さがわかるのか?」
「まあな。 とてつもなく強いな。 誰だ。」




雷電は刀を握りしめて強張った表情をしているが、涙を流している。


魔呂は可愛らしい笑顔で見ていた。


ベルカは高笑いをしていた。


男は髭を触りながら「久しいな虎白の所の剣よ」と雷電に向かって片手を上げていた。


雷電は丁寧に一礼していた。




「お戻りを心待ちにしていました・・・スサノオ様・・・」
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