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シーズン
第10ー15話 苦痛を超えて
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ジアソーレという邪悪なる存在は日本神族を酷く苦戦させた。
九龍の重傷に恋華まで続き、他の日本神族も皆が満身創痍だ。
そしてここに来て冥王ペデスの戦死という最悪の事態が引き起こされた。
天上界に協力的な冥王の死は日本神族達を激しく困惑させていた。
総大将アマテラスの本陣に集まった一同は今後の計画を話し合った。
「どうするのだ虎白!!」
「いやあ・・・みんなごめん。 俺の失敗だこれは・・・」
今頃、ジアソーレは満足して笑っている頃だろう。
激昂するスサノオに深々と頭を下げる虎白もまた、今後の冥府をどう扱えばいいのかわからずに困惑していた。
荒ぶる弟をなだめるアマテラスは「致し方あるまい」と過ぎた事を議論するよりこの先を話し合うべきだと総大将らしい冷静な見解をしている。
邪悪なジアソーレの能力は日本神族が強ければ強いほど危険な能力といえた。
虎白が横目で見ているのは白陸軍に搬送されて来られた九龍と恋華の無惨な姿だ。
辛うじて生きているだけでいつ息を引き取ってもおかしくないほどの重傷に胸を痛める幼馴染の神々は一度始めてしまった冥府侵攻を中断するわけにはいかなかった。
腕を組んで「戦果なくして退けませんな」と小さい声で話すのは風神ことシナツヒコだ。
オリュンポス事変にて天上界の政権を奪取した日本神族が初戦で大敗したともなれば、不満を持つものがいつ反旗を翻すかわからない。
それを危惧しているシナツヒコは「ジアソーレだけを討つほかあるまいな」と続けた。
すると雷神ことミカヅチがうなずいているが、虎白はうなずかなかった。
「虎白はまた自身だけで話を終わらそうとしているでしょ!?」
顔を近づけてきては尖った爪で座っている虎白の太ももをがりがりと引っ掻いているのは狼の神獣であるマガミだ。
半獣の見た目になって隣に座るとため息をつく虎白の頬を舐めては「皆で戦おう」と話した。
だが虎白は決めかねていた。
強引に攻撃を仕掛ければ次は九龍や恋華だけではすまないかもしれない。
死んでこそいないが、あまりに痛々しい姿に胸を痛める虎白は立ち上がると総大将アマテラスの元へ歩いていった。
「御大将。 こうなったら冥府の門を閉じるしかない。 俺ならそれができるはずだ。」
そう虎白が自信ありげに言うには理由があった。
オリュンポス事変。
記憶の戻った虎白はかつての冥王ハデスと共にゼウスに引導を渡そうと進んでいた。
長年戦ってきた両雄だったが、今では力を合わせて真の敵を倒すために力強い眼差しで互いの顔を見ていた。
まさに今からゼウス神殿に乗り込もうとしている虎白とハデスは最後の食事を採っていた。
食事といっても皇国の握り飯を口に詰め込むに過ぎないが、この僅かな数分間が現在の虎白にある影響を与えた。
「そうなのかよ!?」
虎白が握り飯を喉につまらせて咳き込んでは水を飲んで落ち着こうとしている。
ハデスは握り飯を一口で食すと咀嚼音(そしゃくおん)を立てながらうなずいていた。
冥王が話した内容とは天上門と冥府の門についての話だった。
水を飲んでも、なお咳き込む虎白の背中をぽんぽんと叩くと優しく笑みを浮かべていた。
「天上門も冥府の門も我の力で開閉できるのだ。」
そう話すハデスはゼウスの第九感である「記憶を操る能力」に対して自身にも第九感があると話したのだ。
第九感とは、もはやおとぎ話にすらならない幻の能力だ。
第八感ですらおとぎ話とされているが、第八感を宿す虎白達でも知らない力を扱う兄弟に驚きを隠せずにいた。
そしてその幻の能力であるハデスの第九感とは「建造物を創りだす能力」だった。
天上界に門を作ったのはハデスという事だ。
虎白はその話を聞くと疑問をぶつけた。
「じゃあ閉めちまえばいいじゃねえか。」
するとハデスは首を振っていた。
「物事はそう単純にはいかない」と長い黒髪を風に吹かせて黄昏れていた。
実際にハデスは第九感を手に入れた時には冥府の門を閉じて軍備の増強を行っていた。
しかし天上門は一度も閉ざしていなかった。
その理由を虎白が尋ねると、力強い眼力で凝視している。
「お前のためだ鞍馬よ。 いつの日かルシファーと共にお前を弟の魔の手から救おうと考えていたのだ。」
ハデスがその気になればいつだって天上界を閉じ込める事ができたというのに、友である虎白が戻ってくるまで戦いを止める事はなかった。
長年、増強した戦力を武器に有能な指揮官であるアルテミシアやウィッチに天上界侵攻を命令したが、あまりに皮肉な事に彼女らは目標である虎白の手によって討ち取られたのだ。
話を聞いた虎白は握り飯を吐き出しそうな表情をしてその場に四つん這いになっている。
「全部俺のせいか・・・」
「違う。 お前のせいなはずがあるか。 全て愚弟の仕業だ。」
ハデスやルシファーがどれだけ真実を語っても誰も信じる事はなかった。
それも当然だ。
天上界はゼウスの領地であり、虎白も記憶が操られていたのだから。
今になって全てを理解した虎白は自責の念に苦しんでいたが、悲しき冥王はそんな虚しき英雄の細い背中を優しくなでていた。
「ご、ごめんなあ・・・」
四つん這いになったまま、大粒の涙で地面を濡らしている。
しかしハデスには怒りの欠片すらなかった。
更に続けたのは「無事でよかった」と笑顔すら見せたのだ。
ハデスの人生の全てが狂わされたにも関わらず、虎白には何一つ責任はないと微笑んでいる。
これが両雄の最後の食事となったわけだ。
その後ハデスは死に、虎白は日本神族と再会を果たした。
そして現在、ハデスの第九感を聞かされた総大将アマテラスは白くて滑らかな手を口に当てて驚いていた。
開閉の方法はハデスの第八感である「万物に触れる能力」だと話した。
冥王ハデスは触れもせずにいかなる物でも動かす事ができた。
今となっては冥府の門を動かす事ができるのは虎白だけというわけだ。
「いくらジアソーレでも閉まった門は開けねえよ。」
本来ならペデスを冥王に立てて同盟と行きたい所だったが、今ではそれも不可能だ。
虎白はアマテラスに「最後の攻撃をしよう」と話すと腰の刀を握りしめていた。
だがここで問題となるのはあのジアソーレと不死隊を突破して冥府の門にまで虎白が近づかないと閉める事ができない。
不死隊の高い戦闘能力とジアソーレの能力はまさに鬼に金棒といえる。
総大将アマテラスは僅かに沈黙すると決心した様子で「本当に最後になるでしょうね」と虎白の肩を掴むと、うなずいた。
「皆の者。 何があっても虎白を冥府の門にまで辿り着かせるのだ。」
アマテラスの一声で立ち上がった日本神族は虎白を冥府の門に辿り着かせるために進撃を再開した。
日本神族が決死の思いで進撃を始めている頃、冥府に一度戻ったジアソーレも魔力を回復させて再戦に備えていた。
だが、それとは別にある事に着手していた。
この邪悪なる男は日本神族を倒した後の事まで考えているのだ。
壁に手足を弓矢で射抜かれて貼り付けられている数名の姿を見て満足気に笑っている邪悪なる者は「火炙りにしろ」と絶叫した。
命乞いをするが、この男には一切響く事はなかった。
肉が焼け焦げる悪臭が漂う中で次に目を向けた視線の先には鎖で縛られて震える者が大勢いた。
「皆殺しにしろ!!!! ハデスの犬共があ!!!!」
大虐殺が行われている冥府の王都にはハデスに長年仕えた文官が多数残っていた。
ハデスがオリュンポス事変で戦死すると手のひらをあっという間に返してジアソーレに従ったが、この邪悪なる者の機嫌は相当に悪いのだ。
長年、殺したくてたまらなかった虎白に逃げられたに過ぎず、日本神族も一柱とて討ち取れずにいた。
怒りの矛先は信頼できない文官に向いたというわけだ。
あまりに理不尽な行いに絶叫する文官達の声はまた一つと消えていった。
彼らの悲痛の叫びを聞いて魔力を回復させているジアソーレは今にも中間地点へ出陣しようとしていた。
すると不死隊の指揮官の一人が近づいてくると耳打ちをしている。
「ハデス派の将軍と僅かな生き残りが未だに潜伏しています。」
「犬もか?」
「ええ。」
ジアソーレの尋ねた犬とはハデスの愛犬にして番犬だ。
かの有名なケルベロスだ。
番犬ケルベロスも不死隊の粛清を逃れて姿を暗ましていた。
三つの顔を持ち、獰猛極まりない上にハデス以外の誰にも懐くことのないケルベロスもジアソーレの粛清対象になっていた。
しかしあまりに広大な冥府での捜索は困難を極めていた。
同時にジアソーレの悲願である虎白の死を実現させるために魂を燃やす邪悪なる男は残党狩りに派遣する不死隊が不足している事も承知していたが、優先順位は悲願の実現というわけだ。
「まあ犬一匹と残党の相手は鞍馬の首を拝んでからだ。」
「しかしケルベロスは半獣となると凶暴性が増します。」
「放っておけ。 今は鞍馬に集中しろ。」
ハデス派の文官を全て粛清すると高笑いをして冥府の門へと進んだ。
邪悪なる者に続く不死隊もまた、気高さを失って邪悪になっていった。
かつてメテオ海戦で主のために自らを盾にしてでも勝利を信じていた勇猛果敢の不死隊はもういないのだ。
中間地点を進軍する日本神族の中で虎白は周囲に広がる広大な大地を見ては黄昏れていた。
「あれはアーム地点だ」とつぶやくと、廃墟と化した砦が不気味にたたずんでいる。
耳を澄ますとウィッチの高笑いと春花の機銃掃射の音が虎白の脳裏で聞こえている。
この世の終わりの様な戦いも全てはハデスが自身を救うための戦争だったのかと考えると悲痛の表情をしていた。
「これから決戦なのにそんな顔するなよー虎白?」
そう話すのはマガミだ。
絶世の美女でもあるマガミは古くから虎白の友だ。
しかしこのマガミもまた、大陸大戦で親友の唯我塚(ゆいがずか)という神族を亡くしている。
「皆失ってきたのだ」と話すマガミの背中をさすると「ああ」と返した。
目に涙を浮かべていた虎白だが、視線を前に向けると涙はあっという間に乾いた。
一変して鬼の形相となると「さあ終わらせるぞ」と刀を抜いた。
前方からは不死隊の大軍勢が接近している。
アマテラスの本陣から法螺貝が鳴ると鬨の声と共に日本神族の主力が隊列の前に出てきた。
虎白が横を見れば大好きな兄達も刀を手に立っている。
「もはや戦術なんてねえ。 伏兵や迂回して挟撃もできねえ。 障害物は何もねえ。 あるのは冥府の門だけだ。」
そう話すとおり戦場は美しいまでの平地にして障害物といえる物は何一つ存在しなかった。
迫る不死隊の背後にそびえ立つ巨大な冥府の門があるだけだ。
まさに最終戦争。
日本神族達はそびえ立つ冥府の門を見上げると、ゆっくりと前に進んだ。
『いざ行かん!!』
同時に不死隊もまた一糸乱れぬ動きで双剣を抜くと日本神族へ向かっていった。
地響きが大地を揺らし、喧騒と剣戟の音で雲は割れた。
神々と人間による最終戦争の中で虎白は静かに乱戦へと身を投じた。
総大将アマテラスでさえその身を削ってまで戦いに身を投じている。
ウズメは後方で懸命に踊っている。
皇国武士達は厳しい鍛錬の集大成をここで披露するのだ。
心技体は今ここで試される。
スサノオは草薙の剣を豪快に振るい不死隊を吹き飛ばしては激痛に耐えて一歩、また一歩と巨体を進ませている。
ツクヨミは自身の「能力を遮断する力」を駆使しているが、やはり邪悪なるジアソーレの能力を遮断できずにいた。
問題はそれだ。
この日本神族をもってしてもあの男の魔力が勝っているのだ。
虎白は乱戦に入ろうとしたが、雷電に止められた。
「なんのために皆がその身を削っているのか。 殿は少しでも温存なされ。 この大舞台の主役ですぞ。 盛大に幕引きをなされよ。」
雷電は虎白の胸元を力強く押すと乱戦へと入っていった。
妻にして第九軍の総司令である染夜風もまた全軍を動かしながらも乱戦に身を投じていた。
周囲を見渡すと、その場に立っているのは虎白だけになっていた。
皆は前に出て命がけで戦っている。
ふと、振り返ると遠くで見守る白陸軍の隊列の前に並ぶ愛おしい妻達が立っていた。
「みんな本当にありがとうな・・・」
こんな時だというのに虎白は幸福感に満たされて泣いていた。
誰もが虎白のために命がけで戦っている。
苦しかった歳月を振り返ると今が幸せでたまらなかったのだ。
「不思議なもんだな。 ここは戦場でみんなは激痛に耐えているのに俺は嬉しくて泣いているなんて・・・必ずジアソーレを殺して門を閉じてやる。」
虎白は刀を鞘に戻した。
皆が千載一遇の好機を作るまで動くつもりはなかった。
その場に正座をすると瞑想を始めた。
聞こえてくるのは皆の声。
見えてくるのは皆の笑顔。
泣いても笑ってもこれが最終戦争だ。
九龍の重傷に恋華まで続き、他の日本神族も皆が満身創痍だ。
そしてここに来て冥王ペデスの戦死という最悪の事態が引き起こされた。
天上界に協力的な冥王の死は日本神族達を激しく困惑させていた。
総大将アマテラスの本陣に集まった一同は今後の計画を話し合った。
「どうするのだ虎白!!」
「いやあ・・・みんなごめん。 俺の失敗だこれは・・・」
今頃、ジアソーレは満足して笑っている頃だろう。
激昂するスサノオに深々と頭を下げる虎白もまた、今後の冥府をどう扱えばいいのかわからずに困惑していた。
荒ぶる弟をなだめるアマテラスは「致し方あるまい」と過ぎた事を議論するよりこの先を話し合うべきだと総大将らしい冷静な見解をしている。
邪悪なジアソーレの能力は日本神族が強ければ強いほど危険な能力といえた。
虎白が横目で見ているのは白陸軍に搬送されて来られた九龍と恋華の無惨な姿だ。
辛うじて生きているだけでいつ息を引き取ってもおかしくないほどの重傷に胸を痛める幼馴染の神々は一度始めてしまった冥府侵攻を中断するわけにはいかなかった。
腕を組んで「戦果なくして退けませんな」と小さい声で話すのは風神ことシナツヒコだ。
オリュンポス事変にて天上界の政権を奪取した日本神族が初戦で大敗したともなれば、不満を持つものがいつ反旗を翻すかわからない。
それを危惧しているシナツヒコは「ジアソーレだけを討つほかあるまいな」と続けた。
すると雷神ことミカヅチがうなずいているが、虎白はうなずかなかった。
「虎白はまた自身だけで話を終わらそうとしているでしょ!?」
顔を近づけてきては尖った爪で座っている虎白の太ももをがりがりと引っ掻いているのは狼の神獣であるマガミだ。
半獣の見た目になって隣に座るとため息をつく虎白の頬を舐めては「皆で戦おう」と話した。
だが虎白は決めかねていた。
強引に攻撃を仕掛ければ次は九龍や恋華だけではすまないかもしれない。
死んでこそいないが、あまりに痛々しい姿に胸を痛める虎白は立ち上がると総大将アマテラスの元へ歩いていった。
「御大将。 こうなったら冥府の門を閉じるしかない。 俺ならそれができるはずだ。」
そう虎白が自信ありげに言うには理由があった。
オリュンポス事変。
記憶の戻った虎白はかつての冥王ハデスと共にゼウスに引導を渡そうと進んでいた。
長年戦ってきた両雄だったが、今では力を合わせて真の敵を倒すために力強い眼差しで互いの顔を見ていた。
まさに今からゼウス神殿に乗り込もうとしている虎白とハデスは最後の食事を採っていた。
食事といっても皇国の握り飯を口に詰め込むに過ぎないが、この僅かな数分間が現在の虎白にある影響を与えた。
「そうなのかよ!?」
虎白が握り飯を喉につまらせて咳き込んでは水を飲んで落ち着こうとしている。
ハデスは握り飯を一口で食すと咀嚼音(そしゃくおん)を立てながらうなずいていた。
冥王が話した内容とは天上門と冥府の門についての話だった。
水を飲んでも、なお咳き込む虎白の背中をぽんぽんと叩くと優しく笑みを浮かべていた。
「天上門も冥府の門も我の力で開閉できるのだ。」
そう話すハデスはゼウスの第九感である「記憶を操る能力」に対して自身にも第九感があると話したのだ。
第九感とは、もはやおとぎ話にすらならない幻の能力だ。
第八感ですらおとぎ話とされているが、第八感を宿す虎白達でも知らない力を扱う兄弟に驚きを隠せずにいた。
そしてその幻の能力であるハデスの第九感とは「建造物を創りだす能力」だった。
天上界に門を作ったのはハデスという事だ。
虎白はその話を聞くと疑問をぶつけた。
「じゃあ閉めちまえばいいじゃねえか。」
するとハデスは首を振っていた。
「物事はそう単純にはいかない」と長い黒髪を風に吹かせて黄昏れていた。
実際にハデスは第九感を手に入れた時には冥府の門を閉じて軍備の増強を行っていた。
しかし天上門は一度も閉ざしていなかった。
その理由を虎白が尋ねると、力強い眼力で凝視している。
「お前のためだ鞍馬よ。 いつの日かルシファーと共にお前を弟の魔の手から救おうと考えていたのだ。」
ハデスがその気になればいつだって天上界を閉じ込める事ができたというのに、友である虎白が戻ってくるまで戦いを止める事はなかった。
長年、増強した戦力を武器に有能な指揮官であるアルテミシアやウィッチに天上界侵攻を命令したが、あまりに皮肉な事に彼女らは目標である虎白の手によって討ち取られたのだ。
話を聞いた虎白は握り飯を吐き出しそうな表情をしてその場に四つん這いになっている。
「全部俺のせいか・・・」
「違う。 お前のせいなはずがあるか。 全て愚弟の仕業だ。」
ハデスやルシファーがどれだけ真実を語っても誰も信じる事はなかった。
それも当然だ。
天上界はゼウスの領地であり、虎白も記憶が操られていたのだから。
今になって全てを理解した虎白は自責の念に苦しんでいたが、悲しき冥王はそんな虚しき英雄の細い背中を優しくなでていた。
「ご、ごめんなあ・・・」
四つん這いになったまま、大粒の涙で地面を濡らしている。
しかしハデスには怒りの欠片すらなかった。
更に続けたのは「無事でよかった」と笑顔すら見せたのだ。
ハデスの人生の全てが狂わされたにも関わらず、虎白には何一つ責任はないと微笑んでいる。
これが両雄の最後の食事となったわけだ。
その後ハデスは死に、虎白は日本神族と再会を果たした。
そして現在、ハデスの第九感を聞かされた総大将アマテラスは白くて滑らかな手を口に当てて驚いていた。
開閉の方法はハデスの第八感である「万物に触れる能力」だと話した。
冥王ハデスは触れもせずにいかなる物でも動かす事ができた。
今となっては冥府の門を動かす事ができるのは虎白だけというわけだ。
「いくらジアソーレでも閉まった門は開けねえよ。」
本来ならペデスを冥王に立てて同盟と行きたい所だったが、今ではそれも不可能だ。
虎白はアマテラスに「最後の攻撃をしよう」と話すと腰の刀を握りしめていた。
だがここで問題となるのはあのジアソーレと不死隊を突破して冥府の門にまで虎白が近づかないと閉める事ができない。
不死隊の高い戦闘能力とジアソーレの能力はまさに鬼に金棒といえる。
総大将アマテラスは僅かに沈黙すると決心した様子で「本当に最後になるでしょうね」と虎白の肩を掴むと、うなずいた。
「皆の者。 何があっても虎白を冥府の門にまで辿り着かせるのだ。」
アマテラスの一声で立ち上がった日本神族は虎白を冥府の門に辿り着かせるために進撃を再開した。
日本神族が決死の思いで進撃を始めている頃、冥府に一度戻ったジアソーレも魔力を回復させて再戦に備えていた。
だが、それとは別にある事に着手していた。
この邪悪なる男は日本神族を倒した後の事まで考えているのだ。
壁に手足を弓矢で射抜かれて貼り付けられている数名の姿を見て満足気に笑っている邪悪なる者は「火炙りにしろ」と絶叫した。
命乞いをするが、この男には一切響く事はなかった。
肉が焼け焦げる悪臭が漂う中で次に目を向けた視線の先には鎖で縛られて震える者が大勢いた。
「皆殺しにしろ!!!! ハデスの犬共があ!!!!」
大虐殺が行われている冥府の王都にはハデスに長年仕えた文官が多数残っていた。
ハデスがオリュンポス事変で戦死すると手のひらをあっという間に返してジアソーレに従ったが、この邪悪なる者の機嫌は相当に悪いのだ。
長年、殺したくてたまらなかった虎白に逃げられたに過ぎず、日本神族も一柱とて討ち取れずにいた。
怒りの矛先は信頼できない文官に向いたというわけだ。
あまりに理不尽な行いに絶叫する文官達の声はまた一つと消えていった。
彼らの悲痛の叫びを聞いて魔力を回復させているジアソーレは今にも中間地点へ出陣しようとしていた。
すると不死隊の指揮官の一人が近づいてくると耳打ちをしている。
「ハデス派の将軍と僅かな生き残りが未だに潜伏しています。」
「犬もか?」
「ええ。」
ジアソーレの尋ねた犬とはハデスの愛犬にして番犬だ。
かの有名なケルベロスだ。
番犬ケルベロスも不死隊の粛清を逃れて姿を暗ましていた。
三つの顔を持ち、獰猛極まりない上にハデス以外の誰にも懐くことのないケルベロスもジアソーレの粛清対象になっていた。
しかしあまりに広大な冥府での捜索は困難を極めていた。
同時にジアソーレの悲願である虎白の死を実現させるために魂を燃やす邪悪なる男は残党狩りに派遣する不死隊が不足している事も承知していたが、優先順位は悲願の実現というわけだ。
「まあ犬一匹と残党の相手は鞍馬の首を拝んでからだ。」
「しかしケルベロスは半獣となると凶暴性が増します。」
「放っておけ。 今は鞍馬に集中しろ。」
ハデス派の文官を全て粛清すると高笑いをして冥府の門へと進んだ。
邪悪なる者に続く不死隊もまた、気高さを失って邪悪になっていった。
かつてメテオ海戦で主のために自らを盾にしてでも勝利を信じていた勇猛果敢の不死隊はもういないのだ。
中間地点を進軍する日本神族の中で虎白は周囲に広がる広大な大地を見ては黄昏れていた。
「あれはアーム地点だ」とつぶやくと、廃墟と化した砦が不気味にたたずんでいる。
耳を澄ますとウィッチの高笑いと春花の機銃掃射の音が虎白の脳裏で聞こえている。
この世の終わりの様な戦いも全てはハデスが自身を救うための戦争だったのかと考えると悲痛の表情をしていた。
「これから決戦なのにそんな顔するなよー虎白?」
そう話すのはマガミだ。
絶世の美女でもあるマガミは古くから虎白の友だ。
しかしこのマガミもまた、大陸大戦で親友の唯我塚(ゆいがずか)という神族を亡くしている。
「皆失ってきたのだ」と話すマガミの背中をさすると「ああ」と返した。
目に涙を浮かべていた虎白だが、視線を前に向けると涙はあっという間に乾いた。
一変して鬼の形相となると「さあ終わらせるぞ」と刀を抜いた。
前方からは不死隊の大軍勢が接近している。
アマテラスの本陣から法螺貝が鳴ると鬨の声と共に日本神族の主力が隊列の前に出てきた。
虎白が横を見れば大好きな兄達も刀を手に立っている。
「もはや戦術なんてねえ。 伏兵や迂回して挟撃もできねえ。 障害物は何もねえ。 あるのは冥府の門だけだ。」
そう話すとおり戦場は美しいまでの平地にして障害物といえる物は何一つ存在しなかった。
迫る不死隊の背後にそびえ立つ巨大な冥府の門があるだけだ。
まさに最終戦争。
日本神族達はそびえ立つ冥府の門を見上げると、ゆっくりと前に進んだ。
『いざ行かん!!』
同時に不死隊もまた一糸乱れぬ動きで双剣を抜くと日本神族へ向かっていった。
地響きが大地を揺らし、喧騒と剣戟の音で雲は割れた。
神々と人間による最終戦争の中で虎白は静かに乱戦へと身を投じた。
総大将アマテラスでさえその身を削ってまで戦いに身を投じている。
ウズメは後方で懸命に踊っている。
皇国武士達は厳しい鍛錬の集大成をここで披露するのだ。
心技体は今ここで試される。
スサノオは草薙の剣を豪快に振るい不死隊を吹き飛ばしては激痛に耐えて一歩、また一歩と巨体を進ませている。
ツクヨミは自身の「能力を遮断する力」を駆使しているが、やはり邪悪なるジアソーレの能力を遮断できずにいた。
問題はそれだ。
この日本神族をもってしてもあの男の魔力が勝っているのだ。
虎白は乱戦に入ろうとしたが、雷電に止められた。
「なんのために皆がその身を削っているのか。 殿は少しでも温存なされ。 この大舞台の主役ですぞ。 盛大に幕引きをなされよ。」
雷電は虎白の胸元を力強く押すと乱戦へと入っていった。
妻にして第九軍の総司令である染夜風もまた全軍を動かしながらも乱戦に身を投じていた。
周囲を見渡すと、その場に立っているのは虎白だけになっていた。
皆は前に出て命がけで戦っている。
ふと、振り返ると遠くで見守る白陸軍の隊列の前に並ぶ愛おしい妻達が立っていた。
「みんな本当にありがとうな・・・」
こんな時だというのに虎白は幸福感に満たされて泣いていた。
誰もが虎白のために命がけで戦っている。
苦しかった歳月を振り返ると今が幸せでたまらなかったのだ。
「不思議なもんだな。 ここは戦場でみんなは激痛に耐えているのに俺は嬉しくて泣いているなんて・・・必ずジアソーレを殺して門を閉じてやる。」
虎白は刀を鞘に戻した。
皆が千載一遇の好機を作るまで動くつもりはなかった。
その場に正座をすると瞑想を始めた。
聞こえてくるのは皆の声。
見えてくるのは皆の笑顔。
泣いても笑ってもこれが最終戦争だ。
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来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。
自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。
「お前は俺の番だ」
番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。
一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。
執着と守護。すれ違いと絆。
――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。
甘さ控えめ、でも確かに溺愛。
異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。
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