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シーズン
第10ー16話 鞍馬虎白
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激しい喧騒と剣戟の音が絶えず響いている。
神族が倒れ、人間もまた倒れていく。
怒号が飛び交い、第八感を発動しては人間が吹き飛んでいる。
まさにこの世の終わりともいえる最終戦争だ。
時の親友である北欧神族達はその昔、虎白に「ラグナロク」について話していた。
それは最終戦争という意味だ。
彼らは大陸大戦の後にラグナロクを経験して、皆がヴァルハラへ旅立ったのだ。
長きに渡った戦いに勝者は見出されず、全員が戦死するという最悪の結末だった。
そして今、天冥のラグナロクともいえる最終戦争が勃発している。
邪悪なる男であるジアソーレの能力は「痛みを返す能力」だ。
配下の不死隊の全兵士にも能力の影響があるために、日本神族も苦戦していた。
オリュンポス事変でギリシア神族を圧倒した強力な日本神族を持ってしても簡単には勝利を掴む事ができなかった。
そんな悲惨な最終戦争の中を懸命に戦う、幼馴染の神々を後方で見つめている虎白は正座をして刀を自身の前に置いている。
「今は信じるしかない。 みんながやってくれるとな。」
信じてはいる。
だが明らかに苦戦している様子だ。
険しい表情を浮かべて助けに行きたいという気持ちを必死に押し殺して、精神統一をしていた。
そんな時だ。
ふと虎白が下を向いてアマテラスの太陽の力で照らされる地面を見ていると、影が飛来している事に気がついた。
不審に思った虎白が振り返ると、目を疑う光景があった。
「長らく迷宮に入っていた・・・友の声すら聞こえず、姉弟の声も消えていた。 過去は取り戻せないが未来はまだ我が能力で照らされるだろう。」
眩い光が振り返る虎白を照らした。
目を開けている事すら困難なほどに光り輝いている。
すると無数の閃光が空を駆け巡った。
やがて光と共に虎白の肩を優しく触った者の正体は天上界最強の呼び声高い存在であった。
「待たせたな虎白。 私もこの最終戦争に協力させてもらう。」
金色の髪の毛があまりにも美しく、白くて滑らかな肌から覗かせる美顔は誰もを魅了するだろう。
花冠を頭に乗せているその者は大天使ミカエルだ。
配下の天使の軍団を率いて日本神族の援軍にかけつけた。
長年の戦いでろくに動かなかったミカエル兵団が要請もしていないのに現れた事に虎白は喜んでいた。
「やっと自分の考えで動ける様になったのか。」
「汝らのおかげだ虎白よ。 長年、苦労させてしまったな。 ここからは任せてもらうぞ。」
そう語りかけると大天使は仲間の天使と共に乱戦へと入っていった。
虎白は刀を腰に差して立ち上がると、一度振り返った。
少数の白陸軍の先頭で一列に並んでいるのは心の底から愛してやまない妻達だ。
小さ笑みを浮かべると深々と一礼している。
「本当に愛している・・・」
「聞こえているよ虎白。」
距離にすれば声は届かないほど離れている。
だが愛する者達の声は確かに聞こえているのだ。
それは彼女らが今日までの死闘で成長させていった強力な第六感があっての事。
遠くで互いに見つめ合う夫と妻達は会話をしている。
「さっさと片付けて帰って来なよなー!!」
「ああ。 直ぐに帰る。」
「夕飯の支度があるから急いでね?」
まるで遊びに出かける夫へ早く帰ってくる様に促している程度の会話だ。
だがそれが今の虎白にはありがたかった。
彼女らの声も表情も肌も温もりも匂いも。
全てがたまらなく愛おしく自身の帰る場所なのだと思わせる。
やがて虎白は刀を鞘から抜くと、愛しき者に背を向けて歩き始めた。
「シナツヒコ!!」
そう名を叫ぶと、突風が吹き荒れた。
風が地面から渦巻きの様に形をなすと目の前にはとてつもない美男子が立っている。
風神ことシナツヒコが「さあ」と手を出すとそれに掴まった。
虎白は空中に浮き上がり、風神も隣で浮き上がっている。
体を包み込む様な強い風が吹きながら、巨大な冥府門まで運ばれていく。
「虎白、本当に投げ飛ばしていいのか?」
「思いっきりやってくれ。」
「だがそれでは退路がなくなるぞ。」
しばらくの間、戦闘を見ていた虎白は覚悟を決めていた。
日本神族とミカエル兵団を持ってしてもやはり冥府の門にまで辿り着く事は難しかった。
冥府軍は今や不死隊だけではなく、一般兵まで投入されて数は増え続けている。
倒しても倒しても激痛となって返ってくるこの死闘で虎白は自ら一番危険な場所へ飛び込みに行こうとしていた。
それを危険だと忠告しているシナツヒコの声を聞いてもなお、虎白は考えを変えなかった。
「なあシナツヒコ。 俺らはみんな幼馴染で一緒に苦楽を共にしてきた。」
「無論だ。 だがお前は誰よりも苦労したのは周知だぞ。」
「いいや。 俺は幸せだよ。 一つだけ頼みがある。」
空中で紙の様に風に飛ばされている神々は幼き日からの兄弟ともいえる風神に言葉をかけた。
天上界の英雄は風神の耳に女の様な薄くて綺麗な口を近づけると「嫁に伝えてくれ」と発した。
驚いた様子の風神は眉間にしわを寄せて「自分で言うんだ虎白」と縁起でもない事を言うなと返しているが英雄は話す事を止めなかった。
「万が一に俺が帰れなかった時のためだ。 頼むから聞いてくれ。」
「わかった・・・」
「ずっと仲良く幸せに生きてくれと伝えてくれ。」
そう話すとシナツヒコを見て力強い眼差しを向けてうなずいた。
意を決した風神も自身の能力を最大限に操って虎白を巨大な門にまで吹き飛ばした。
「必ず戻れ友よ」と悲痛の表情を浮かべる風神シナツヒコは吹き飛んでいく虎白を見届けると、地上戦に戻っていった。
一方で吹き飛んでいった虎白は上空から冥府の大軍を見下ろしていた。
延々と続くその光景は黒い津波でも押し寄せているかの様だ。
やがてシナツヒコの能力が届かなくなり、重力に身を任せて落下していく。
次第に迫ってくる地上を見て虎白は覚悟を決めていた。
「仮に門を閉じても俺はまず助からないな。 冥府に逃げ場はねえからよ。 最高の生涯だったよ・・・嫁達の肌の温もりが忘れられねえ。」
落下していく虎白は美しい妻達の服の下にある滑らかな肌を思い出していた。
下着の下まで思い出すとこんな時だというのに興奮している。
もう二度と感じる事のできない妻達の愛情は儚くそして恋しかった。
やがて地上に隕石の様な勢いで落ちると見事に着地している。
第六感で硬質化した体に傷の一つもない。
砂埃が舞う中で冥府兵が殺到してきた。
「鞍馬だ!! 殺せ!!!!」
ここで虎白の首でも取ればジアソーレから褒められると考えた冥府兵は空腹で死にかけの猛獣がやっと見つけた肉を追いかけるが如く襲いかかってくる。
もはやなりふりなど構っていなかった。
手に持っている槍を投げては虎白に飛びついてくる。
しかしそれでも虎白の戦闘能力の高さは侮れなかった。
軽快に宙へ舞うと冥府兵の頭を踏んでは飛んでいく。
まるで牛若丸が如くすいすいと冥府門を閉ざすために進んでいる。
だが相手はあのジアソーレ。
気色が悪いほどに虎白の研究をして知り尽くしているのだ。
冥府門の前にまで辿り着いた虎白だったが、目を疑う光景が広がっていた。
「本当に気持ち悪いやつだな。 全部お見通しかよ・・・」
眼前には新たな不死隊が待ち構えているではないか。
最前線で日本神族やミカエル兵団と戦う不死隊とは別に虎白だけを取り押さえるためだけに配備されていた。
後方からは冥府兵が殺到して前方には不死隊が佇んでいる。
これで完全に虎白の退路は遮断された。
虎白の驚異的な能力ならこの者らを倒す事も本来ならできたであろう。
しかし刀の刃先だけでも突けば返ってくるのは激痛だ。
「神通力は戦いには使えねえ。 なんとかして押し通る。」
眼前の不死隊さえ越えてしまえば冥府の中に入る事ができる。
中に入れば、虎白を殺したくてたまらないジアソーレは追いかけてくるというわけだ。
そうなれば日本神族達は不死隊を倒す事ができる。
ジアソーレを冥府に閉じ込めさえすれば。
虎白はたった一柱で不死隊の中へ飛び込んでいった。
当然殺到する不死隊の攻撃を交わしては空中へ飛び上がり、強引に進んで行こうと試みたが相手は精鋭無比にして百戦錬磨だ。
取り押さえられると体中を武器で殴られ、足で踏みつけられている。
そして気を失った様にぐったりとしている虎白は動かなくなってしまった。
「無謀な男だ。 だがこれで我が悲願が叶う。 亡き戦友とアルテミシア様にこの首を捧げます。」
嬉しくてたまらないといった表情で見下ろしているのはジアソーレだ。
倒れる虎白の髪の毛を掴むとやはり満面の笑みを見せている。
傍らの不死隊にうなずくと、虎白の足を縄で縛って馬で引きずり始めた。
そして冥府へと帰ろうとしている。
刀はジアソーレに奪われて戦利品にされた。
無惨にも引きずられている虎白は冥府の門を越えて邪悪なる者と自身が冥府に入った途端。
目を開くと自身の長く鋭い爪を硬質化させて縛られている足の縄を切った。
自身が捕らえられればジアソーレが喜んで餌に食いついてくる事を読んでいた虎白は不死隊との戦闘をせずに冥府の門の中へ入ってみせた。
気がついたジアソーレは激昂して下馬すると襲いかかってきた。
「鞍馬ああああ!!!! やはり何か狙いがあったのか!! 何をするつもりだ!?」
「てめえにはわからねえよ。 自分の野望のためなら誰でも殺せるお前には、誰かのために喜んで死ねる俺の気持ちなんてわかるわけがねえ。」
両手を広げて目をつぶった。
そして「第八感」と囁くと巨大な門が音を立てて動き始めた。
背中から腹部に冷たい刃物が突き刺さる激痛を感じたが、虎白はまるで動じていない。
「心技体が皇国の教えだからな。 邪魔すんな。 目障りだ。」
口から白い血液が流れ出ているが、巨大な冥府門は閉まり始めている。
邪悪なる冥王は慌てて配下を中間地点へ前進させている。
そして邪悪なる愚者は虎白の罠にまんまと引っかかったわけだが、怒りに身を任せて細い女の様な背中を双剣で何度も突き刺した。
背中から腹部に何度も鋭い刃が飛び出しているが、表情一つ変える事なく目をつぶって意識を巨大な門にだけ集中している。
だがそんな時だ。
「置いて行かないでええええ!!!!」
悲鳴にも聞こえるが聞き慣れた愛おしい声が虎白の脳内で響き渡った。
声を聞いた途端、虎白は笑みを浮かべた。
そして涙を流しながら門を閉ざす事を続けた。
「お前がそんな声出すなんてらしくねえぞ。」
「お願いだから行かないで!!!!」
細い声を精一杯響かせている。
だが虎白はそこまで感情をあらわに出せる様になった事が嬉しくてならなかった。
こんな残酷な世界に絶望して、生きる事すら関心がなかったのに。
「元気でな夜叉子・・・本当に心の底から愛している・・・」
あの夜叉子が。
いつも冷静で声の小さい夜叉子が。
まるで子供の様に涙を流して感情をむき出しにして泣き叫んでいるのだ。
第六感を通じてその号哭を聞いた虎白の満足げな表情は儚かった。
すると虎白の後頭部を大きな棍棒で叩き潰す勢いで殴ったのは邪悪なる愚者だ。
だがさすがの虎白も地面に崩れ落ちてぐったりとしている。
ふと目を前にやると冥府の門は既にほとんど閉じているではないか。
後少しだけ力を使えば完全に閉じるだろう。
ふらふらと立ち上がった虎白はもう一度両手を広げた。
しかし背後から大声で棍棒を振り下ろそうとしている邪悪なる愚者が迫った時だ。
「てめえは黙ってろ。 相手ならこれ閉めた後だ。」
そう言い放つと愚者の腹部を力強く蹴ると、いともかんたんに吹き飛んでいった。
すぐさま門に向かって残っている僅かな神通力を集中させると、門は完全に閉じた。
鉄と鉄がぶつかる大きな音がそれを証明している。
安堵した虎白が振り返ったその瞬間だ。
棍棒が頭部を直撃してその場に崩れ落ちた。
「や、夜叉子・・・みんな聞こえるか? お、俺は・・・お前らの事を思うと・・・愛おしくて・・・お前らの永久の幸せを・・・」
虎白からの気配はその言葉を最後に妻達の脳内には響かなくなった。
邪悪なる愚者は出陣させた配下を全て中間地点に出してしまった。
冥府に残ったのは戦闘を放棄して逃げていく一般兵と天上界の英雄と邪悪なる冥王のみ。
妻達がどれだけの第六感を出しても愛する夫の声も気配も感じなかった。
ジアソーレ配下の者は「痛みを返す能力」の影響下から外れた事で日本神族とミカエル兵団の相手にはならなかった。
戦いは終わったのだ。
神族が倒れ、人間もまた倒れていく。
怒号が飛び交い、第八感を発動しては人間が吹き飛んでいる。
まさにこの世の終わりともいえる最終戦争だ。
時の親友である北欧神族達はその昔、虎白に「ラグナロク」について話していた。
それは最終戦争という意味だ。
彼らは大陸大戦の後にラグナロクを経験して、皆がヴァルハラへ旅立ったのだ。
長きに渡った戦いに勝者は見出されず、全員が戦死するという最悪の結末だった。
そして今、天冥のラグナロクともいえる最終戦争が勃発している。
邪悪なる男であるジアソーレの能力は「痛みを返す能力」だ。
配下の不死隊の全兵士にも能力の影響があるために、日本神族も苦戦していた。
オリュンポス事変でギリシア神族を圧倒した強力な日本神族を持ってしても簡単には勝利を掴む事ができなかった。
そんな悲惨な最終戦争の中を懸命に戦う、幼馴染の神々を後方で見つめている虎白は正座をして刀を自身の前に置いている。
「今は信じるしかない。 みんながやってくれるとな。」
信じてはいる。
だが明らかに苦戦している様子だ。
険しい表情を浮かべて助けに行きたいという気持ちを必死に押し殺して、精神統一をしていた。
そんな時だ。
ふと虎白が下を向いてアマテラスの太陽の力で照らされる地面を見ていると、影が飛来している事に気がついた。
不審に思った虎白が振り返ると、目を疑う光景があった。
「長らく迷宮に入っていた・・・友の声すら聞こえず、姉弟の声も消えていた。 過去は取り戻せないが未来はまだ我が能力で照らされるだろう。」
眩い光が振り返る虎白を照らした。
目を開けている事すら困難なほどに光り輝いている。
すると無数の閃光が空を駆け巡った。
やがて光と共に虎白の肩を優しく触った者の正体は天上界最強の呼び声高い存在であった。
「待たせたな虎白。 私もこの最終戦争に協力させてもらう。」
金色の髪の毛があまりにも美しく、白くて滑らかな肌から覗かせる美顔は誰もを魅了するだろう。
花冠を頭に乗せているその者は大天使ミカエルだ。
配下の天使の軍団を率いて日本神族の援軍にかけつけた。
長年の戦いでろくに動かなかったミカエル兵団が要請もしていないのに現れた事に虎白は喜んでいた。
「やっと自分の考えで動ける様になったのか。」
「汝らのおかげだ虎白よ。 長年、苦労させてしまったな。 ここからは任せてもらうぞ。」
そう語りかけると大天使は仲間の天使と共に乱戦へと入っていった。
虎白は刀を腰に差して立ち上がると、一度振り返った。
少数の白陸軍の先頭で一列に並んでいるのは心の底から愛してやまない妻達だ。
小さ笑みを浮かべると深々と一礼している。
「本当に愛している・・・」
「聞こえているよ虎白。」
距離にすれば声は届かないほど離れている。
だが愛する者達の声は確かに聞こえているのだ。
それは彼女らが今日までの死闘で成長させていった強力な第六感があっての事。
遠くで互いに見つめ合う夫と妻達は会話をしている。
「さっさと片付けて帰って来なよなー!!」
「ああ。 直ぐに帰る。」
「夕飯の支度があるから急いでね?」
まるで遊びに出かける夫へ早く帰ってくる様に促している程度の会話だ。
だがそれが今の虎白にはありがたかった。
彼女らの声も表情も肌も温もりも匂いも。
全てがたまらなく愛おしく自身の帰る場所なのだと思わせる。
やがて虎白は刀を鞘から抜くと、愛しき者に背を向けて歩き始めた。
「シナツヒコ!!」
そう名を叫ぶと、突風が吹き荒れた。
風が地面から渦巻きの様に形をなすと目の前にはとてつもない美男子が立っている。
風神ことシナツヒコが「さあ」と手を出すとそれに掴まった。
虎白は空中に浮き上がり、風神も隣で浮き上がっている。
体を包み込む様な強い風が吹きながら、巨大な冥府門まで運ばれていく。
「虎白、本当に投げ飛ばしていいのか?」
「思いっきりやってくれ。」
「だがそれでは退路がなくなるぞ。」
しばらくの間、戦闘を見ていた虎白は覚悟を決めていた。
日本神族とミカエル兵団を持ってしてもやはり冥府の門にまで辿り着く事は難しかった。
冥府軍は今や不死隊だけではなく、一般兵まで投入されて数は増え続けている。
倒しても倒しても激痛となって返ってくるこの死闘で虎白は自ら一番危険な場所へ飛び込みに行こうとしていた。
それを危険だと忠告しているシナツヒコの声を聞いてもなお、虎白は考えを変えなかった。
「なあシナツヒコ。 俺らはみんな幼馴染で一緒に苦楽を共にしてきた。」
「無論だ。 だがお前は誰よりも苦労したのは周知だぞ。」
「いいや。 俺は幸せだよ。 一つだけ頼みがある。」
空中で紙の様に風に飛ばされている神々は幼き日からの兄弟ともいえる風神に言葉をかけた。
天上界の英雄は風神の耳に女の様な薄くて綺麗な口を近づけると「嫁に伝えてくれ」と発した。
驚いた様子の風神は眉間にしわを寄せて「自分で言うんだ虎白」と縁起でもない事を言うなと返しているが英雄は話す事を止めなかった。
「万が一に俺が帰れなかった時のためだ。 頼むから聞いてくれ。」
「わかった・・・」
「ずっと仲良く幸せに生きてくれと伝えてくれ。」
そう話すとシナツヒコを見て力強い眼差しを向けてうなずいた。
意を決した風神も自身の能力を最大限に操って虎白を巨大な門にまで吹き飛ばした。
「必ず戻れ友よ」と悲痛の表情を浮かべる風神シナツヒコは吹き飛んでいく虎白を見届けると、地上戦に戻っていった。
一方で吹き飛んでいった虎白は上空から冥府の大軍を見下ろしていた。
延々と続くその光景は黒い津波でも押し寄せているかの様だ。
やがてシナツヒコの能力が届かなくなり、重力に身を任せて落下していく。
次第に迫ってくる地上を見て虎白は覚悟を決めていた。
「仮に門を閉じても俺はまず助からないな。 冥府に逃げ場はねえからよ。 最高の生涯だったよ・・・嫁達の肌の温もりが忘れられねえ。」
落下していく虎白は美しい妻達の服の下にある滑らかな肌を思い出していた。
下着の下まで思い出すとこんな時だというのに興奮している。
もう二度と感じる事のできない妻達の愛情は儚くそして恋しかった。
やがて地上に隕石の様な勢いで落ちると見事に着地している。
第六感で硬質化した体に傷の一つもない。
砂埃が舞う中で冥府兵が殺到してきた。
「鞍馬だ!! 殺せ!!!!」
ここで虎白の首でも取ればジアソーレから褒められると考えた冥府兵は空腹で死にかけの猛獣がやっと見つけた肉を追いかけるが如く襲いかかってくる。
もはやなりふりなど構っていなかった。
手に持っている槍を投げては虎白に飛びついてくる。
しかしそれでも虎白の戦闘能力の高さは侮れなかった。
軽快に宙へ舞うと冥府兵の頭を踏んでは飛んでいく。
まるで牛若丸が如くすいすいと冥府門を閉ざすために進んでいる。
だが相手はあのジアソーレ。
気色が悪いほどに虎白の研究をして知り尽くしているのだ。
冥府門の前にまで辿り着いた虎白だったが、目を疑う光景が広がっていた。
「本当に気持ち悪いやつだな。 全部お見通しかよ・・・」
眼前には新たな不死隊が待ち構えているではないか。
最前線で日本神族やミカエル兵団と戦う不死隊とは別に虎白だけを取り押さえるためだけに配備されていた。
後方からは冥府兵が殺到して前方には不死隊が佇んでいる。
これで完全に虎白の退路は遮断された。
虎白の驚異的な能力ならこの者らを倒す事も本来ならできたであろう。
しかし刀の刃先だけでも突けば返ってくるのは激痛だ。
「神通力は戦いには使えねえ。 なんとかして押し通る。」
眼前の不死隊さえ越えてしまえば冥府の中に入る事ができる。
中に入れば、虎白を殺したくてたまらないジアソーレは追いかけてくるというわけだ。
そうなれば日本神族達は不死隊を倒す事ができる。
ジアソーレを冥府に閉じ込めさえすれば。
虎白はたった一柱で不死隊の中へ飛び込んでいった。
当然殺到する不死隊の攻撃を交わしては空中へ飛び上がり、強引に進んで行こうと試みたが相手は精鋭無比にして百戦錬磨だ。
取り押さえられると体中を武器で殴られ、足で踏みつけられている。
そして気を失った様にぐったりとしている虎白は動かなくなってしまった。
「無謀な男だ。 だがこれで我が悲願が叶う。 亡き戦友とアルテミシア様にこの首を捧げます。」
嬉しくてたまらないといった表情で見下ろしているのはジアソーレだ。
倒れる虎白の髪の毛を掴むとやはり満面の笑みを見せている。
傍らの不死隊にうなずくと、虎白の足を縄で縛って馬で引きずり始めた。
そして冥府へと帰ろうとしている。
刀はジアソーレに奪われて戦利品にされた。
無惨にも引きずられている虎白は冥府の門を越えて邪悪なる者と自身が冥府に入った途端。
目を開くと自身の長く鋭い爪を硬質化させて縛られている足の縄を切った。
自身が捕らえられればジアソーレが喜んで餌に食いついてくる事を読んでいた虎白は不死隊との戦闘をせずに冥府の門の中へ入ってみせた。
気がついたジアソーレは激昂して下馬すると襲いかかってきた。
「鞍馬ああああ!!!! やはり何か狙いがあったのか!! 何をするつもりだ!?」
「てめえにはわからねえよ。 自分の野望のためなら誰でも殺せるお前には、誰かのために喜んで死ねる俺の気持ちなんてわかるわけがねえ。」
両手を広げて目をつぶった。
そして「第八感」と囁くと巨大な門が音を立てて動き始めた。
背中から腹部に冷たい刃物が突き刺さる激痛を感じたが、虎白はまるで動じていない。
「心技体が皇国の教えだからな。 邪魔すんな。 目障りだ。」
口から白い血液が流れ出ているが、巨大な冥府門は閉まり始めている。
邪悪なる冥王は慌てて配下を中間地点へ前進させている。
そして邪悪なる愚者は虎白の罠にまんまと引っかかったわけだが、怒りに身を任せて細い女の様な背中を双剣で何度も突き刺した。
背中から腹部に何度も鋭い刃が飛び出しているが、表情一つ変える事なく目をつぶって意識を巨大な門にだけ集中している。
だがそんな時だ。
「置いて行かないでええええ!!!!」
悲鳴にも聞こえるが聞き慣れた愛おしい声が虎白の脳内で響き渡った。
声を聞いた途端、虎白は笑みを浮かべた。
そして涙を流しながら門を閉ざす事を続けた。
「お前がそんな声出すなんてらしくねえぞ。」
「お願いだから行かないで!!!!」
細い声を精一杯響かせている。
だが虎白はそこまで感情をあらわに出せる様になった事が嬉しくてならなかった。
こんな残酷な世界に絶望して、生きる事すら関心がなかったのに。
「元気でな夜叉子・・・本当に心の底から愛している・・・」
あの夜叉子が。
いつも冷静で声の小さい夜叉子が。
まるで子供の様に涙を流して感情をむき出しにして泣き叫んでいるのだ。
第六感を通じてその号哭を聞いた虎白の満足げな表情は儚かった。
すると虎白の後頭部を大きな棍棒で叩き潰す勢いで殴ったのは邪悪なる愚者だ。
だがさすがの虎白も地面に崩れ落ちてぐったりとしている。
ふと目を前にやると冥府の門は既にほとんど閉じているではないか。
後少しだけ力を使えば完全に閉じるだろう。
ふらふらと立ち上がった虎白はもう一度両手を広げた。
しかし背後から大声で棍棒を振り下ろそうとしている邪悪なる愚者が迫った時だ。
「てめえは黙ってろ。 相手ならこれ閉めた後だ。」
そう言い放つと愚者の腹部を力強く蹴ると、いともかんたんに吹き飛んでいった。
すぐさま門に向かって残っている僅かな神通力を集中させると、門は完全に閉じた。
鉄と鉄がぶつかる大きな音がそれを証明している。
安堵した虎白が振り返ったその瞬間だ。
棍棒が頭部を直撃してその場に崩れ落ちた。
「や、夜叉子・・・みんな聞こえるか? お、俺は・・・お前らの事を思うと・・・愛おしくて・・・お前らの永久の幸せを・・・」
虎白からの気配はその言葉を最後に妻達の脳内には響かなくなった。
邪悪なる愚者は出陣させた配下を全て中間地点に出してしまった。
冥府に残ったのは戦闘を放棄して逃げていく一般兵と天上界の英雄と邪悪なる冥王のみ。
妻達がどれだけの第六感を出しても愛する夫の声も気配も感じなかった。
ジアソーレ配下の者は「痛みを返す能力」の影響下から外れた事で日本神族とミカエル兵団の相手にはならなかった。
戦いは終わったのだ。
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