天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

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第10ー17話 彼のいない世界

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鞍馬虎白死す。


そんな噂が天上界で広がっていた。


中間地点へ出陣した白陸、高天原、安良木皇国軍が天上界へと凱旋したが諸将の顔色は冥府に勝利した者達のそれではなかった。


中でも白陸の神話達の顔ときたら顔面蒼白という言葉が良く似合う表情だ。


彼女らの様子を見ていた天上界の国民や諸国の者達は凱旋の隊列のどこにも天王である鞍馬虎白の姿がない事から死んだのだと考えた。


それは新たな騒乱を生み出しかねない由々しき事態だった。


今日まで虎白の影響力があって、牙を向かなかった南側領土の諸将や北側領土の国々が不穏な動きを始めたのだ。


突如として軍備を増強し始めている。


実際に虎白は邪悪なる冥王と共に冥府へ行ってしまった。


竹子達の強力な第六感でも生命の気配が感じないのだから死んだものと考える他ない。


虎白の正室にして皇国第九軍の皇妃でもある恋華はこの危険な事態を重く受け止めて、傷が癒えぬ体で政務へと戻った。


白陸の皇帝には臨時で竹子がついた。


早速、恋華と竹子は今後の事を話し合うために神話一同を食卓へと集めると話し合いを始めた。


しかし夫が死んで間もない事から誰一人として口を開こうとしなかった。


すると恋華が「仕方あるまい」と声を発すると竹子は野良猫が如き鋭い視線を向けている。




「何が仕方ないの? 虎白のいない世界なんて私には耐えられない・・・」
「確実に死んだはわからない以上は夫が帰ると信じて国を守るしかないの。」



この様な状況においてもやはり恋華は冷酷なまでに冷静だ。


誰もがうつむいて現実を受け止められないというのに淡々と今後の話を始める。


するとナイツの長官にして炎の能力を継承した神話エヴァが立ち上がると、部屋を出ていこうとした。


恋華が呼び止めると「内政とかは私の専門外だから」と何か覚悟を決めた様な表情だ。




「国の舵取りは恋華が中心になってやればいいよ。 でもうちらの大好きな夫の捜索は私とナイツがやるから。 ユーリ、ゾフィ。 行くよ。」




そう話すとエヴァは部屋を出ていった。


ユーリとゾフィもそれに続こうとしたが、恋華は「今こそ赤軍をまとめなくては」と話した。


白陸に吸収されて日が浅い赤軍は虎白の死を聞いて反乱を起こすのではないかと疑われていた。


それを最初に言い始めたのは白斗だったが、これはオリュンポス事変で手柄を横取りされた腹いせとも言える。


紛れもない傑物であるユーリはその事がわかっているのか、鼻で笑って首をかしげていた。




「赤軍はまとまってるさ。 それより、証拠もないのに反乱の意思があるだなんて最初に言い始めたやつの方が危険な気がするけどな。 エヴァがもう一度中間地点へ行くってんなら私は行く。」



こうして白陸軍の特殊部隊であるナイツを率いてエヴァとユーリとゾフィは中間地点へと舞い戻った。


彼女らの後ろ姿を見た恋華の表情はなおも冷静で話を再開した。


「各神話の部隊を周辺国への警戒に当たらせる」と話すと最初に待ったをかけたのはウィルシュタインだ。


彼女は赤軍の領土を統括して直ぐにユーリに譲り渡すと、次には旧ギリシア領である西側領土を統治している。


領土の広さだけで言うなら神話の中で最大版図を有しているほど虎白から信頼のある女だった。


かつて自身が恐怖政治による帝国で女帝として統治していた頃の成功と失敗を学んでいる彼女は虎白の良き相談役でもあり、妻でもあった。


そんなウィルシュタインが白陸軍を周辺国への警戒に派遣するという恋華の意見に待ったをかけたのだ。




「連中からすれば白陸が挑発していると受け止めかねない。 それに我々が混乱していると相手に言っている様なものだ。」



周辺国は天王の死を聞いて秩序が崩壊するのではないかと不安に感じて国内の防衛のために軍備を増強しているのかもしれない。

そこに白陸軍が大軍で接近すれば彼らの過敏な神経を逆なでする事になると傑物は話した。


賢きシェパードのヒューマノイドにして戦神でもある彼女はかつて秦国で嬴政から臣民を束ねる術も学んでいるのだ。


さすがの恋華もウィルシュタインの意見を聞き入れて白陸軍の派兵を取り止めた。


だがしかし恋華の危惧している周辺国の不穏な動きも事実であった。



「夫の不在はいつまで続くかわからない。 もう戻ってこないと考える方が自然かもしれない。」




竹子の鋭い視線を無視して淡々と話す恋華はウィルシュタインに「どうする?」と尋ねた。


賢きシェパードはエヴァ達が出ていった扉を見つめると「ユーリの言ったとおり」だと返した。


赤軍の指導者にしてエヴァのナイツの一員でもあるユーリは「最初に言い始めたやつの方が危険」と話して去っていった。


それはつまり赤軍が白陸国内で反乱を起こすと話した白斗の事だ。



「赤軍はオリュンポス事変でも協力的だった。 それに反乱を起こすならとっくにやっているはずだ。」
「白斗は混乱を求めていると?」
「そうだ。」



ウィルシュタインの表情は冷静であった。


ふと恋華が周囲を見渡すと、暗い表情こそしているが話を真剣に聞いている者は虎白に出会って日が浅い者ばかりだ。


呂玲やアニャといった面々だ。


白陸建国初期から苦楽を共にしている竹子や夜叉子達は顔面蒼白のまま、何も意見も出さずにいた。


静かに考えていた恋華は「じゃあ決めた」と手元にあったお茶を一口飲んでから話を始めた。




「神話達に役割分担を任せる。 そして各神話の側近達に領土経営を任せなさい。」



正室恋華が命じた内容とはこうだ。


竹子、優子、甲斐、お初、夜叉子、鵜乱、春花、琴、魔呂は虎白が消息不明だという事を周辺国へ伝えにいく。


ロキータ、尚香、レミテリシア、スカーレット、サラは虎白の葬儀の準備に取り掛かる。


そしてウィルシュタイン、呂玲、メアリー、アニャは白陸内部に潜む反乱推奨派の存在が事実なのか探索に出る。


エヴァとユーリ、ゾフィはナイツと中間地点へと出発。


恋華、紅葉、莉久は皇国第九都市に戻って虎白の身に起きた事実を伝えに帰る事となった。


こうして数えるに二十四名もの妻達が動き始めた。







一方で赤軍へ疑いをかけた白斗は宮衛党に武装を開始させていた。


彼は父の戦死を聞くやいなや直ぐに動き始めたのだ。


強張った表情で半獣族の兵士達を足早に動かしている。


その様子を不安げな表情で見守っている妻のメリッサは神話達から預かっている子供達の世話をしていた。



「はいお姉ちゃんがミルクあげるよお。」
「おいメリッサ!! ミルクは部下にでもあげさせて手伝え!!」
「どうすればいいのお?」



鎧兜までつけて腰に刀を差す白斗はメルキータやウランヌといった宮衛党の重鎮を集めると「裏切り者に警戒するぞ」と声をあげながら話している。


疑われているのは白斗なのだが、当の本人は周辺国が裏切ると考えて守りを固めつつあった。


しかしこの光景をウィルシュタインが見れば反乱を起こす準備をしていると認識されてしまう。


そうとは知らない皇太子殿下はメリッサの白くて滑らかな手からミルクを取り上げると準備を手伝わせた。


竹子の息子の甲介が泣いているが、気にもしていない。



「いいかメルキータは北のアルデン叔父上に協力してもらえるか話に行け。 ウランヌは秦国だ。 へスタとアスタはモンゴル帝国だ!! メリッサはスラグの義父上の元へ!!」



恋華からの許可なく勝手に動き始めている白斗に対してウランヌが「お待ちを殿下」と声をかけた。


このウランヌは長年に渡って虎白から直属の側近への勧誘をされていた。


彼女の冷静な判断と高い戦闘能力は虎白から高い評価を受けていたが、白陸軍への参加は断り続けていた。


それはメテオ海戦時に自身を拾って宮衛党まで連れてきてくれたメルキータへの恩義からだ。


鉄の忠誠心を持つ聡明な雪豹の半獣族は白斗の独断行動を止めた。




「勝手に動かれるのは危険です。 まずは恋華様にお話を。」
「叔母上だって守りを固めているに決まってんだ!!」
「ですからまず確認してください。」




ウランヌの意見を聞いた白斗は机の上にあった書類や筆記類などを手で払い捨てると、怒鳴り声を上げた。


「俺の命令に従え」と激昂する皇太子を前に従う者はいなかった。


ウランヌは一歩も退かない様子で「独断行動は恋華様から不信感を抱かれます」と返した。


すると大きくふっくらとした雪豹の胸ぐらを掴むと「お前も反乱軍か?」と冷酷な瞳を向けた。




「私がメルキータを裏切るなんてありえません。」
「俺を裏切るのかって聞いているんだ!!」
「メルキータと優奈姫様の命令に従います!! 私は殿下の家来ではありません!!」

顔を真っ赤に染め上げて激昂する殿下は拳を振りかぶって、ウランヌの美しい顔に振り抜こうとしている。


そしてまさに拳が放たれた瞬間、メリッサが腕を掴んで激昂する愚者の顔を平手打ちしたではないか。


「いい加減にして」と泣き叫ぶ神話の子供達をあやしに戻った。




「お前らどうしてわかんねえの? 敵が来るって言ってんだよ・・・」
「殿下こそどうしてわからないのですか? まずは恋華様に話してください。」




そう終わりのない会話を続けていると宮衛党の兵士が部屋に入ってきてメルキータに耳打ちをしている。


うなずきながら聞いているメルキータは「ウィルが来たぞ」と話した。


すると白斗は「俺が行く」と皆を押しのけて足早に出ていった。


静まり返った作戦会議室ではため息だけが静寂の中で音を出している。


虎白が天上界から消えた途端に実現されかけた戦争のない天上界が脆くも崩れかけているのだった。
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